第36話 上役はどこでも気苦労する
「だ、団長。こいつが抵抗するんですぅ……」
おれに捕まっている若い衛兵が情けない声でテンクス衛兵団のスーウシェ団長という人に助けを求めているので、おれは槍の柄を手放した。転倒しそうになった若い衛兵をスーウシェ団長はその肩を手で支えて、若い衛兵はどうにか体勢を立て直すことができた。
部下が傷もなく無事でいることを素早く目で確認してから、そのスーウシェ団長はおれに向かい直して質問を投げかけてくる。
「お前さんは……知っている顔だな、この町になんのようだ」
「用はない、ファージンの集落から出たのでこの町に寄ろうと思っただけだ。歓迎しないのなら立ち去る」
なんだよその質問の仕方というのは。まるで人を犯罪者のように取り扱っているようでムカっと気分が悪くなる。
「そうか。悪いが今この町でちょっとしたことが起こったんだ、なにか知っているなら聞かせてもらえるかな」
「ほう、その言い方だとまるでおれが何かを知ってるように言ってるにしか聞こえないな。残念だがおれはファージンの集落から出てこっちに着いたばかりだ。ご存知かどうかしらないが、ここまでの道のりは草原しかないからあんたらが知りたいようなことをおれは何も知らない」
「なんだとてめえ、団長になんて口を聞きやがる!」
若い衛兵はさすがに槍を突きたててくることはもうしないが、団長さんの後ろから吠えるような大声でおれのことを責め立ててくる。
急に勇ましいね、衛兵団団長と白豹たちがバックに付いているから気を大きくしたのかな。
「いい、やめなさい」
若い衛兵の言動を制止するようにスーウシェ団長が部下のほうに右手をあげ、それをみた若い衛兵が慌てて口をつぐんでからおれのことを睨んでくる。部下の行動に小さく溜息をしてから団長さんはおれのほうへ向き直して会話を再開させる。
「そうか。すまないとは思うが少しだけ時間をくれ、ちょっとだけ聞きたいことがあってな。これはお前さんだけじゃない、この町を通る人たち全てなんだ。悪いとは思うが町の一大事に係わるから協力してくれ」
事情を説明してからスーウシェ団長さんのほうがおれのに頭を下げてきた。ここまで物腰が柔らかく対応されたらこっちとしても抵抗している態度を軟化させざるを得ない。
「……いいですよ。その前にファージンの集落の証明書を返してくれないか、大事なものだ」
「わかった。……きみ、それを返してあげなさい」
団長さんにせかされて若い衛兵が嫌そうに手を伸ばして、持っていた証明書をおれに突き返してくる。その仕草にムカついてしまったが、さらにもめ事が増えるのも嫌なのでここは大人しく見なかったことにする。
「あら、アキラさんじゃないかしら、元気だったかい?」
ようやく事態が収まりつつあるこのタイミングでセイとかいう麗しい兎人が親しく話しかけてきた。
都合のいいように振舞っていても盗賊団の時はお前らに嵌められたことをおれは忘れていないぞ、今回も黙って団長さんと隠れてこっちの対応を観察していただけだろう? ナメてもらっては困るがいくらおれ好みの美人で惚れてしまいそうな外見をしているとは言え、こちとら性格のブスにはさらさら興味がないんだよ。
「……」
「あら? 口を聞いてくれないのかい? 悲しいわ」
うさぎさんは美麗だがその泣きそうな面は嘘くせえぜ。悪いが美人に騙されてやるのは一回だけだ。じゃあ、美人じゃなかったら何回までって? そういうことは聞いてくれるなや、答えられないじゃないか
「...アキラ、久しぶり...」
ぐぬぬ、いくらエルフ様でもダメなものはダメだ。
ああそうだ、エルフ様のお代りはいる、森の中にはいくらでもいるぞ。そりゃおれが一方的に顔見知りだけど、エルフ様がダメならダークエルフ様にする、ダークエルフ様でもダメならおれは泣く。
「...セイちゃん、レイ、アキラ無視する...」
「そうね、あたいも嫌われちゃったみたいよ。つらいね、レイっち」
二人してなにをわざとらしく演技してやがる、もうその美人面には騙されないからな! お胸様はかなり惜しいのだけど、ああ、血の涙が出るくらいにあんたらと別れがたいけれど、男にはな、ここぞという時に決断しなければならないことだってあるんだ。チクショー!
スーウシェ団長さんについて行き、衛兵団の詰め所に入ると団長さんに勧められた椅子に座る。若い女性の衛兵が熱いお茶を持ってきて、テーブルの上に置かれて湯煙を立てている。まだ先の扱いに立腹しているおれは、お茶になんの薬を入れられたか知れたもんじゃないから飲みたくないと僻んでいる。
まぁ、この団長さんがそういう姑息な手を使うとは思わないし、毒なんておれのユニークスキルで効くことはないと思うけど。
「名前は確かにアキラ君とか言ってたな」
「いいえ、アキラです、テンクス衛兵団の団長さま。アキラクンではありませんよ」
査問に皮肉をたっぷり込めて答えてやった。団長さんの苦笑の顔がなぜかやたらとお似合いで、この世界でも上の人は苦労が絶えないのかな。
「そう突っかからんでくれ、なにも起こっていなかったらお前さんとまだ前みたいに酒を交わしたいと思っているんだ。こんなときに来てしまったことを運が悪かったと思ってくれ」
「……ああ、悪かった」
ちょっとはおとな気がなかったと自分でも思ったので、皮肉っぽい口調からいつものしゃべり方に切り替える。
「実はな、前の陰の日に変わりかけの時に、町の外で大光魔法が空を駆けぬいたんだ。その方向というのがアキラ君、君が来た方向なんだよ」
「……」
「遠く離れていたがそれは町からでも見ることができた。そんなもんで町のみんなが恐慌に陥ってしまってな、魔族が出たって噂まで広がっている。長からも至急解決するように言われているものだから、若い奴らもピリピリになってしまった。ここにいる双白豹にも依頼して調査の手伝いしてもらっているんだ」
「……そうですか」
なるほどね、それで白豹たちがここにいるわけか。色んな依頼を受けて商売繁盛ってわけだな、結構なことじゃないか。
「その方向から来たアキラ君ならなにか知っているかもと思ってな、心当たりはないのか?なにかを見たとかでもいい」
実はあるんですよ、というか、もう心当たりしかありません。でも言えないんです、良心がズキズキと痛いが本当のことを言えるわけがない。
『実はおれがやりましたよ、てへっ』
なんーて口が裂けても今後の安泰な生活のために言えない。そういうわけだから騙すようなことして団長さんには申し訳ないけど、知らぬ存ぜぬで押し通させてもらう。
「本当に知らない。知っているのようにファージンの集落からテンクスの町までは草原しかありません。陰の日のなりかけのときは草原で寝てましたからなにも見なかったし、もし噂であった魔族がいるのならとうにおれは殺されてここへは来られませんよ」
「そうか、それも道理だな……よし、わかった。ニモテアウズ殿は君にも剣を教えているそうだな、言わば君は私にとっても弟弟子だ。君の言うことを信じよう、協力してくれてありがとう。ところで今回はなんの用でここを訪れたのかな?」
あう、お人の良い団長さん、もうそんなことを言わないで。あなたのそのお言葉は無形の剣となっておれの心に突き刺さって痛いんです。
「都市ゼノスへ行く予定なので、ここを寄って買い物してから行こうかなと思ったんだけです」
「うむ、了解した。誤解はあったが気を悪くしないでくれ、テンクスの町は全ての種族に門戸が開かれているから滞在の間は自由にしてくれていい」
経済活動から見ても人とモノが集まれば金が自然に集まるもの、テンクスが繁栄しているのはこの町が多分その指針で営んでいると思う。ウソツキのプレシャーで喉が渇いてしょうがないので、テーブルに置かれたお茶は一気に飲み干す。
これ以上の用事もなさそうだからおれは団長さんに一礼し、衛兵団の詰め所を出てから町の中へ当てもなく歩き出す。さて、これからなにをしようかな。
「アキラさーん、ちょっといいかしら?」
「……」
後ろから声をかけてきたのは白豹たち、お二人がずっと付いてきていたのはとっくに気付いている。でもここで返事してしまうとなにか良からぬことに巻き込まれてしまいそうで、普段は動作しないおれの第六感がビービーと警音を発しているので歩調を速めることにした。
「逃げることないじゃないかしら、あたいらの仲じゃなかったかい?」
「...アキラ冷たい、レイ、話ししたいのに...」
「……」
でも逃げられない、双白豹に回り込まれて、その美しい姿でおれの前を立ち塞いでいる。
仕方がないのでおれは彼女たちに文句でも言ってやろうと口を開くことにした。
「あのな、先も詰め所で話したようにおれはゼノスへ行きたいからここに寄っただけなの。もし用事がなければ放ってくれると助かるけど」
セイが見せてくるとびっきりの笑顔がおれの心をグラつかせるほどとても眩しくて艶めかしい。人を食った性格じゃなきゃ絶対に惚れてたのに。美男もそうですけど、美人って、得だよな。
「あら、ゼノス行くなら丁度いいわ。アキラさんにお願いしたいことがあるわ」
やっぱりそう来たか。悪いことの予感はいつもものの見事に的中してしまうもので、こういう命中率の高い当たりというのは宝くじを買ったときにしてほしかったな。
「いやだ、お願いされたくな――「いいからいくわよ」「...レイ連れて行く...」――あう!」
左右両腕にとても柔らかいものに包まれまして、おれの鋼のような気力をまるごと削がれましたので反抗することができません。この卑怯者どもめが、こういう拘束するのは反則だぞ!
……できればお二方にはもうちょい腕を強くお胸様に抱えてくれると嬉しいな、エヘヘ。
ありがとうございました。




