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第35話 旅にトラブルは付き物

番外が終わって本編を再開します。




 草原で愛車のマウンテンバイクに跨ってのんびりと向かい風を受け、右手は魔法のアイコンを連打して魔法のレベル上げに勤しんでいる。最初の行き先はテンクスの町を経由して都市ゼノスの教会で女神像に語り掛けてみることにした。


 集落を離れて久々の独り身に寂寞(せきばく)を感じないわけではないが、時空間停止していたあの頃ですでに慣れは身に沁みついているから、今を悠然と過ごすことができた。この広大な世界を巡っていくには自分だけ独りでいる決意と忍耐は不可欠なもの。



 集落を出てから水魔法のレベルを上げるためにひたすら連射することにした。そうしているうちについに水魔法がLV4となり、中級である範囲魔法のアイコンが灯すようになった。なるほど、それなら光魔法以外の魔法はLV4で中級魔法が使用できる可能性が高いということか。ひとまずここは試し撃ちでその威力のを調べてみる。



 頭上に50センチの水玉が数十個が出現して空中に浮遊している。動く気配もないのでどうしたものかと思い悩んだが、前方の地面に敵がいることを脳内で想定すると数十個の水玉がそこへ飛翔して激突した。地面には物理的に抉られた深い穴と水で濡らされた跡だけが残っている。


 面白そうなのでここで色々と試してみる。水玉はおれが思い浮かぶ場所へ移動することができ、例えば20メートル先の空中へ浮遊させてからの攻撃など、おれが念じた通りの行動を操作することができる。遊び半分で頭上の水玉を消すと思った時に、それらは一斉に崩壊して大量の水がおれに降り注いだ。


 水魔法の中級範囲魔法はサイコキネシス系とおれは定義する。これなら直接攻撃もさりながら威嚇や脅迫などの間接的な心理攻撃を行う手段を手にすることができ、この魔法は対人戦で有効な対処方法として使える。なにも殺傷することだけがトラブルの解決手法じゃなく、むしろ中途半端な殺害行為は窮鼠(きゅうそ)を生み出しかねない。



 おれは普段から光魔法を多用している。光魔法自体には中級魔法がないので、上級のがどのくらいレベルで上がるかなと知りたくなったから、テンクスの町までは光魔法のレベル上げに集中することにした。




 降り出す豪雨でおれは足止めを余儀なくされ、テントの中まで水浸しで寝るに寝れない。食事は火が使えないため、集落を出る前にシャランスさんらご婦人たちが大量にパンと煮物を作ってくれたので、それで腹ごしらえを済ませることができたけど、これからの長い道のりを考えると節約することが必要だ。集落の料理はおれにとっての故郷の味、補給ができない今は街でほかに美味しい料理を買い集めよう。



 ようやく雨が上がり、テントを出ると青空には大きな虹が掛けられていて、とても美しい光景が目の前で広がっていた。躊躇(ちゅうちょ)なくスマホを取り出して、写真を撮ってこの景色を記録する。



 スマホのメモリーには集落の人たちや風景の静止画を撮ってあり、動画も残しておきたかったがメモリー残量は10GB以上残ってるけど、元々入っているお宝動画などのデータは出来る限り残しておきたいし、今後のことをことも視野に入れると空き容量は確保したい。



 集落の人たちにスマホを向けて写真を撮影した時、最初は恐れて逃げていてばかりだった。それが無害であることを知ると全員が集合して色々と撮らされた。プリントアウトすることができないから分けられないことに集落の人たちは残念がっていたが、ファージンさんとクレスはこれでおれが集落のことをいつでも思い出せることに歓喜した。


 おれとしては画像がなくても集落のことを忘却などあり得ないけど、やはり思い出した頃に眺めたい思いはある。人の記憶なんてうやむやなもので、目に映り込むものと記憶が映し出すものとは往々として落差がみられるものだ。



「もうちょいだな」


 テンクスの町まであと陰の日の一日だけで着くくらいの距離に来た。オルトロス戦の経験値が多かったためか、上級光魔法も使用可能のとなってアイコンが光っている。最初の上級魔法が手に入ったので、おれは大魔法術師になった気分で左手をかなり薄暗くなった夕焼け空へ手を向けて空を見上げる。



「はっはっはっ! 起動せよ、ビ───ム砲お!」



 右手の人差し指がアイコンを押す。


 初級の光魔法とは比べ物にならない、それはまさに極太でも形容しきれない一筋の光線が暗闇になろうとする夜に変わりかけの空を切り裂いた。



「……」


 これ、メガビーム砲だよね……


 こんなのなにに使うんだよ!



 これを当てられたらオルトロスでもただじゃ済まされないぞ。これは当面の間は封印だ封印! もう伝説の化け物とは戦わないし、この世界で戦争に参加するつもりもない。こういう魔法が使えると知られたらトラブルの種にしかならないぞ。


 光魔法の説明には単体攻撃って書いてあったが、それ単体は何を指しての単体かは考えないことにする。さあ、飯にしよう。だがその前にここから愛車に乗って全力で脱出だ。




 陽の日の朝方にテンクスの町の門が見えてきたが門の前では人の長い列ができて、前に来た時の安閑な雰囲気と違い、ピリッとした空気が町に入ろうとする人や走車の長い列を恐慌状態にさせている。



「お兄さん、これはどうしたのかな?」


 前に並んでいる若い虎型の獣人の男に話しかけてみた。



「おっ、おう! びっくりすんじゃねえか」


 獣人の尻尾や後ろ首筋に逆毛が立っていて、丸く円らな目がおれを睨んでくる。



「悪い。ただなんかみんながすごい緊張してるから、なにかあったのかなって」


「おう、詳しいこったおらもしらんが噂があってな、どうも陰の日になりかけの時にに町の外で異変があったみたい。それで衛兵たちが町の外から来たやつらを調べてるって話だ」


 んん? 陰の日になりかけの時って?



「ふ、ふーん。異変ってなにが起こったかお兄さんは知ってる?」


「おらもよく知らねえが、前のいるやつらの雑談では魔族がきたとかを聞いたぞ」


「え? でも魔族とはアルス連山で隔たっているよね」


「ああ、そうだがなんでもすごい魔法が空を走ったとか言ってたぞ」


 んんん? 心当たりがあるようなないような……



「へ、へーえ。すごい魔法って、お兄さんはなんの魔法かは聞いてないのかな?」


「けっ、おらは魔法なんて使えねえからしらねえけどよ、話では光が飛んでいったとか言ってたぜ、うさんくさい話だよな」


 あ、それなら高い確率でおれだ。光魔法だと夜は良く見えるんだよ。



「そ、そうか。邪魔して悪かったな、これ一緒に食べる?」


 リュックから間食用のパンと干し肉を出した。若い虎人は干し肉を見て嬉しそうに尻尾を振り出した。



「お、干し肉だ! すまねえな、ラクータを出てからしばらくまともに食ってねえんだ。テンクスの町で食おうと思ったがこの様子だと時間がかかりそうで困ってたが、助かるぜ」


「ああ、遠慮しないで食べてくれ。干し肉ならお替りもあるよ」


「ありがてえ、おっさんはいい人族みたいだな。遠慮しないでもらうぜ」


 ああ、たーんと食べて。こうなってしまったのはどうもおれのせいみたいだからな。




 若い虎人と他愛のない話して時間を潰す。虎人はクップッケという名で城塞都市ラクータの勢力圏である虎人の村アルガカンザリスに住んでいたが、ここ3歴くらい都市ラクータからの税の取り立てが厳しくて、村での生活がかなり貧しくなってきたから仕事を探しにここまで来たという話だ。



「あいつらは最悪だぜ、村で作った作物や狩った獲物を安く叩き買いしやがってよ、ほんで税は上がっていく一方だ。払えないならおららに村人を売れってよ、マジで血も涙もないぜ」


 クップッケは今にも切れそうに憤慨していた。



「ふーん、無理な人買いってのはやっちゃダメじゃなかったっけ?」


 奴隷制については集落にいた頃にイ・コルゼーさんから聞いたことがある。



「おうよ、だからやつらもおららに自分から売れとよ。自分が志願する奴隷はアルス様も禁じていないとさ、奴隷商人まで連れてきやがって、おららを滅ぼす気かってんだよ。昔の長はよかったのによ」


「へー、都市の長が変わったんだ」


「ああ、おらがガキの頃は村も豊かで税も少なかった。ほんでいきなり前の都市の長が死んじまってよ、新しい都市の長はアルス様に選ばれた人族が他の種族を導くべきだとかわっけのわからんことを抜かしやがって、あいつらは獣人族の村や町から食べ物や金を税とか言ってふんだくりやがったんだ」


 アルス様に選ばれた人族か、幼女様が人族のみを愛するとは思えないね。これは人族至上のスローガンということだな。



「でも都市との相互関係は選べるよね、なんで君たちの村はほかの都市に提携を切り替えをしないのかな」


「それがよ、今の都市の長が近くの都市とも相互関係を結んでいてよ、あいつら全員で人族こそ最高とか抜かすんだ。だからおららが他の都市と相互関係を結んでも変わらん。人族の村もおらたちとの交易は搾取するし、どの獣人族の村もおららと同じような状況で助け合うこともできねえよ。ゼノスまで遠すぎるし、もう最悪ってんだ」


「そうか。なんていうか、ごめんな?」


「なんでおっさんが謝るんだよ。おっさんはいいやつだ、干し肉とパンを一杯食わしてもらったし、おかげで腹一杯になったぜ」


 確かに沢山食べたね、干し肉はうまいでしょう? あれはアウレゼスが丹念を込めて作った特製の干し肉だよ? 貴重なのにパクパク食いやがって、食い過ぎだよてめぇ。でも、もっと食ってくれてもいいけど。



「あ、おらの番だ。おっさんも元気でな、飯はありがとう」


「ああ、頑張ってな。いい仕事が見つかるといいね」


「おう、一杯稼いで家族を楽にさせてえからおらは頑張るぜ!」




 クップッケは衛兵の所へ査問を受けた。一般的に獣人族は魔法を使わないから魔力持ちが少ないと言われているのですぐに通された。クップッケは振り向いてからおれに手を振り、町の中へ入っていく。


 だが訂正しておくと獣人族は魔力がないのではなくて、どうやら魔力が少ないだけ。クップッケのステータスを彼が干し肉にがっついた時に覗いてみた。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

名前:クップッケ

種族:虎人族

レベル:8

職業:樵夫


体力:318/318

魔力:183/183

筋力:106

知力:39

精神:22

機敏:70

幸運:34

攻撃力:118/(106+12)

物理防御:38/(14+6+5+8+5)

魔法防御:0/0


武器:銅のショートソード(攻撃+12)


頭部:無し

身体:レザーアーマー(物理防御+14)

   チュニック(物理防御+6)

腕部:レザーグローブ(物理防御+5)

脚部:皮革のブレー(物理防御+8)

足部:皮革のサンダル(物理防御+5)


スキル:自己強化Lv1・剣術Lv2

称号:家族思いの優男

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



 クップッケの称号を見たときに涙ぐみそうで唇をかみしめた。あいつはそんなおれを不審そうに見ていたが、干し肉のほうは口を止めないでかみ続けていた。リュックからさらに干し肉を追加したのはおれがあいつにできるだけ労わりたい気持ちの表れ。


 クップッケが見えなくなる頃、ようやくおれの番になったと思いきや衛兵たちに囲まれた。数本の槍先が向けられ、これはいったいなにごとかとため息が出そうになる。



「きさま、どこから来たのか!」


「ファージンの集落です」


「ファージンの集落だと? なにか証明するものがあるのか、見せてみろ!」


 おいおい。なんだか穏やかじゃないね、まるでおれが犯罪者じゃないか。おれはファージンさんとニモテアウズのじっちゃんが連名した証明書を持っているので、それを取ろうとリュックに手を出したらさらに槍先が近付いてきた。



「きさまぁ、抵抗するのか!」


 ちょっと衛兵さん、気が立っているのはわかるけど冷静になろうよ。



「いやいや、証明するものを出せっていうから証明書を出そうとしただけです」


「おかしいな真似したらただじゃ置かんぞ!」


 リュックから証明書を出してからその若い衛兵に手渡す。衛兵がそれを食い入るように裏まで観察してからおれに質問してきた。



「これが本物を証明することはできるか?」


「……集落の長と長老の一人のサインがあります」


「だからそれをどうやって本物だと証明するって聞いてんだよ!」


 なにこいつ、おれに集落からファージンさんとじっちゃんを連れて来いというのか? 言い掛かりもいい加減にしろよ。



「じゃあ、あんたがそれは本物じゃないという証明を見せてみろよ」


「なんだとてめえ!」


 あ、槍先がレザーアーマーに突っついてきた。ちょっとやり過ぎてないか、この衛兵さん。



「証明が欲しいから証明書を出したらそれを証明しろって、じゃ、なにを出せば証明になるかを教えて下さいよ」


 後ろで遠巻きに見ていた人も頷いているがそのあと彼らも査問を受けるので、衛兵に睨まれることが怖くて近付いて来ない。



「もういい、てめえは詰め所に来い!」


「何の罪もないのになぜ行かないといけない」


「俺達の査問に抵抗している罪だ……こいつをつれて行け」


 こいつは周りにいる衛兵に指示すると、おれを連行しようと他の衛兵がこっちに来た。別にテンクスの町はおれにとってはただの通過点であり、ファージンさんたちにも迷惑を掛けたくないので、トラブルが起こりそうというのならここから立ち去ることにする。



「もういい、この町には入らないから証明書を返してくれ」


「ダメだ、てめえは怪し過ぎるから詰め所へ来い。尋問がおわったら牢屋にぶち込んでやる!」


 もう我慢しなくていいよな。人が下手に出ていれば図に乗りやがって、この町の衛兵は何様のつもりだ。突いていた槍の柄を持つとグイっと衛兵をおれのほうに引き寄せた。



「なあ、あんた。抵抗したってのはこういうことか?」


 衛兵が槍を引き寄せようとしているがおれの力に及ぶはずもないからビクともしない。



「て、てめえ……離せ!」


 ほかの衛兵は同僚を助けようとおれと槍を懸命に取り戻そうとする衛兵の周りに集まってくる。



 はぁー、旅の最初にこんなトラブルのイベントが起こるのは想定外のことだ。いいや、共通の法律で人権とやらを守られていないこの世界で、自分の力だけが頼りというのなら遠慮なくそれを使わせてもらうよ。



「なあ、あんた。証明書を返してくれよ、それは大事なものだ。テンクスの町がおれを歓迎しないなら去らせてもらうから、それでいいだろう」


 殺気を込めたつもりで衛兵の顔を間近から睨みつける。




「どうした、ここでなにがあった」


 横を見ると詰め所のほうからこっちに向かってくる見知った顔が三つ、テンクス衛兵団の団長さんに白豹が二匹だ。タイミングがいいな、まるでトラブルの最中に頃合いを見計らって現れるようなもんだ。


ありがとうございました。

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