番外編 第4話 おかしなやつが集落にやって来た・下
「ほう、鍛えてほしいとな……」
アキラが俺に強くなりたいから鍛え上げてほしいと相談してきた。ここで暮らすにはすでに十分な能力をアキラは持ているはず、さらに強くなりたいのなら、それは行く道にここより強敵がいるということだ。
シャウゼとシャランスが見るアキラの力は、持っている潜在能力を生かし切れていないということ、それは俺もそう睨んでいる。アキラのほうからから求めてきたのなら、俺も確認すべきことを聞いておかねばならない。
「前から聞きたかったことがある。アキラはここにずっといるつもりはないんだな?」
「はい、すみません」
間はあったがしっかりとした意志の表示が返ってきた。このことをいつかは聞かれると彼は想定して、どうやって答えればいいのかということも、きっと一人で思い悩んだことだろう。
「そっか、残念だ。アキラはいいやつだからずっとこの集落いてほしかったが、出る気があるならしょうがないな。残るならマリエールをくれてやってもいいぞ」
「あんたとシャランスさんをとうさんかあさんで呼ぶのは勘弁させてください!」
「ガハハ!」
冗談ではないのだよ、アキラ。マリエールは俺の娘、出産してからずっと見て来ている。あの子はクレスに遠慮して本当の気持ちをお前に見せることはないが、お前のことをかなり気に入っている。それが男女間の愛情であるかどうかは本人しかわからないことだけどな。
「わかった! 一丁揉んでやるか」
心の底から嬉しそうにしているんだな、俺にも遠い昔にそういう記憶があったぞ。ならばニモテアウズさんを師匠に頼んでやろう。お前が習得しなければならない強さは立ち向かう勇気であって、武術などの目に見えるものじゃないはず。
俺がついで手にし得なかったものを、あの人なら教え込んでくれるからしっかりと盗んでこい。
嫁とシャウゼもやる気になっている。そう言えば昔は一緒に冒険団に入ってきた新人を育ててきたな。
ハルバードを対人で振るうのも随分と久しぶり、普段では形の稽古をしているから腕はそう鈍っていないはず。この際だから子供たちも自分を守れるくらいに鍛えこんでみるか。
「ついでだから子供たちもやらせるか! そろそろいい歴だしな」
「あの、それなら俺も手伝わせてくれ」
躊躇ったようにアキラがおかしな提案をしてくる。学ぶ側のお前がなにを教えるのか。
「ああ? アキラは学ぶのほうだろう? ガキどもと一緒にやってくれりゃいいだよ」
「いや、そうじゃなくてレベル上げのほうで」
その言葉は聞いたこともないぞ。
「れべるってのはなんだ?」
「あー、底力を上がるというか、モンスターと戦って身体能力を高めるってとこかな」
確かにモンスターとの戦いで身体的に強くなれるのは俺らが熟知している。だけどそのモンスターはそう簡単には出会えない。
「それがお前の秘密ってわけか」
黙って頷くアキラはようやく俺らに自分のことを曝け出してくれた。それはとても嬉しいことがモンスターと会敵したことのない子供たちには厳し過ぎる。
「気持ちはうれしいが、賛成はできないな。子供に危ない目は合わせられない」
「心配しないでくれ、俺は魔力でモンスターを察知することができる。この森もゴブリンしか出現しないから、普段はシャウゼさんと俺がいれば大丈夫だ」
アキラはみんなの前でハッキリと言い切った。魔力でモンスターを察知するなんて聞いたこともない。そんなの神様しかできないことをこいつは可能だというのか? フッとイ・コルゼーさんの言葉が記憶によぎる、アキラはアルス様と何らかの関わりはあると。
「わかった、その魔力でモンスターを察知するとやらを見せてもらおう、それで判断する。お前もそれでいいよな?」
「ええ、わかったわ。アキラさんの今の力を見せてほしいしね」
嫁も俺の意見に同意してくれた。異能の一端が覗き込めるのは今しかない、これはアキラを安心して送り出す側としての義務を果たせそうだ。
「よーし、アキラ。今度の陽の日に森に行くぞ。お前のすべてを出し切って見せろ」
「了解」
それはとんでもない衝撃な出来事であった。
最初は神器の見たこともない形のソードと全身一式のダンジョン装備で俺と嫁にシャウゼが驚愕していた。ダンジョン装備の一式は踏破しないと入手できないもの、ダンジョンボスまで倒さないと武器は入らない。
それをアキラが所持して俺らの前に装備している。
冒険団のときにでダンジョンの遠征を数度だけ行ったことがある。食料品に十分な水、野営装具に医薬品、ダンジョンに入るだけでも大仕事だというのに、遠征中に傷者が出た場合は人数を割いての引き上げや撤退することもしばしば強いられる。
最悪の場合は全滅だってあるし、実際に俺はダンジョンから帰ってこなかった友人の冒険団を知っている。それをこいつは独りでやってのけたというのか。
「これでモンスターのお出ましだ」
同行していた俺らを一番驚かせたのはアキラが自在にモンスター化を行えるということだ。何も無い所を足のつま先で踏んだと思ったその時にゴブリンが現れてしまった。
「出でよ、イカズチ!」
ソードを抜くなりまるで空気を切っているようで肉の抵抗も感じられないままに2体のゴブリンが両断された。その体勢で剣先から白い光が落雷のように迸り、白い光が4体のゴブリンを覆ったと思った時には焦げ臭い匂いだけが辺りに溢れている。
……なにが起こったんだ? これが神器の持つチカラか、俺らはもう声を出すことさえできなかった。
「このようにモンスターをせん滅しました」
「「「……」」」
いやいやいや、おかしいだろう? 好きな時にモンスター化させることができて、しかも瞬間に全滅させたんだぞ? そりゃ魔石が取り放題ってわけだ。長い冒険者の時を過ごして、こんなの見たことも聞いたこともないぞ。
それでお前の力はわかったから、そのどうだ! の顔とわざとらしい体勢はやめろ。バカ丸出しのガキみたいで俺が笑ってしまいそうだよ。
その後は久々のモンスター狩りを楽しませてもらった。妻もシャウゼも腕は衰えていない、昔に若返った気分だ。ところでアキラ、俺がゴブリンを叩き飛ばしているときに、お前が叫んでいるそのほーむらんってのはどういう意味だ?
先から気になってしょうがないぞ。
アキラのお陰で子供たちを鍛え上げられる目途が立った。ゴブリンしか出ないのなら俺らでも対応できる、これで森の危険度がグッと下がったというものだ。魔石も取れるから集落としてはいいこと尽くめだな。アキラ、ありがとう。
これに報いるために力一杯揉んでやって、俺の知り得る限りの技をその体に叩き込んでやる。
「そうだな、俺もウキウキしてきたぞ。久しぶりだから手加減が出来なくなるかもしれないが、上達するように揉んでやるからな。ガハハ!」
そう怯えるな、アキラ。できるだけの手加減はするつもりだからな。
以前にシャウゼが言っていたアキラの異常さが俺にも理解できた。こいつは武器の技術を吸収するのが早すぎる、そして身体能力が人離れしていると言っても過言ではない。
同じ技を二度を食らっても三度目はない、意識を刈り取るほどの、失神してしまいそうな攻撃でもこいつは耐えきってみせる。
まぁ、ゲーゲーとゲロを吐いているけど。
アキラが見る見るうちに上達しているから俺らはそろって困ってしまい、この先はなにを教えればいいかわからなくなってきた。それを解いてくれたのがやはり恩師である剣豪のニモテアウズさんだった。
「気にするな、思い存分に叩きのめしてやれ。あいつには武器を操る才能なんかねぇよ、できるように見えて極めることねぇ。だから戦いで避けて逃げることを身体で叩き込んでやれ。心配するな、あいつの身体はなぜか耐えることができる」
ニモテアウズさんの教えに俺らも納得した。アキラが使う武器の技はわかり易すぎて素直、だから相手には容易く予測されてしまう。
「お前らはあいつの本当の恐ろしさがわかっちゃいねぇ。わしの見込みではあいつは魔法併用の攻撃が本命だ、そうなるとこの場にいるどいつも防げねぇよ。だから育てるつもりで鍛えるな、殺すつもりで揉んでやれ」
うむ、ニモテアウズさんはいつも正しい。それならそれでやりようがある。
「ほーむらーん!」
「グヘッ!」
アキラのせいで変な口癖が付いてしまった。木製の両手斧で吹き飛ばされて地べたにへばり込んでいるこいつに水をぶっかける。
立て、立つんだアキラ。まだまだ続くぞ。
お前のおかげで集落は豊かになった。みんなが笑い合えるようになった。集落の女は全員が新たな命をその身に宿した。アキラが来てから本当にここは変わった、俺が望んでいた未来図に近付けることができた。
これなら近い内に昔の仲間に声を掛けることもできる。何人くらい生き残っているかはわからないけど、また昔みたいにくだらないことで騒ぎたい。
だからお前は望んでいる道を歩んでいけ。
それがどんなものかは知らないけど、お前も集落の立派な仲間、夢というのは分かち合ってこそ真の仲間だからな。
今しばらくここにいるならみんなと日々を楽しんでいけ。俺らと酒を飲んで、夢に酔って、つまらないことで騒いでくれ。
友としてしてやれることを俺にもっとさせてくれ。
ありがとうございました。




