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のちに聖人と呼ばれたおれが異世界を往く ~観光したいのに自分からお節介を焼く~  作者: 蛸山烏賊ノ介
第2章 新しい世界で集落の住民となる
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番外編 第3話 おかしなやつが集落にやって来た・中

 集落に異変が起こっている、誰かが集落を覗いているとシャウゼがみんなに警告を発した。こんな寂れた貧困な集落を襲撃したい物好きはいないと思うがこの集落には女や子供がいるから、人攫いを警戒する必要がある。



「おい、クレスがいないってアリエンテが子供を探してるぞ!」


 陽の日の朝にヌエガブフが俺の家へ駆けこんできて大声で叫んだ。


 シャウゼが疲労で倒れた陽の日にシャウゼの娘のクレスが森に狩猟へ出かけた。


 あの子はマリエールと同じのように親思いで、集落を大切にしてくれている気立てのいい優しい子だ。泣き止まないアリエンテの話によるとシャウゼを介抱しようと起きたときに隣の部屋の寝床にクレスの姿はなく、持っている狩り道具も一式のまま消えている。


 クレスが独りで森に入ったとしか考えられない。



 子供たちには森に入らないように強く諫めてある。クレスだけはシャウゼが狩人として育ってあげている特例だが、それもシャウゼが付いていればの話だ。きっとクレスは集落のことを心配して狩りに出かけたと思う、三つ角のシカを狩らないと主食の小麦粉とは交換ができない。



 子供にまで迷惑をかけた俺は長失格だ。



 マリエールら子供は友達を心配して泣いている。シャウゼが病身を押してクレスを探しに行こうとしているので、俺はヌエガブフに頼んで数人の仲間がシャウゼとともに森へ入った。残った俺はみんなとイ・コルゼーさんの所へアルス様にクレスが無事でいることのお祈りを捧げた。


 頼む! アルス様! 集落の大切なクレス、あなた様の愛し子のクレスをお助け下さい!




 集落中がクレスのことを心配しているうちに、森への入口の辺りでずっと友達の帰りを待ち望んでいるマリエールが家に帰ってきた。シャウゼたちが森の中からクレスを連れて帰ってきたらしい。



「お父さん! クレスが帰ってきたわ!」


 シャウゼたちが無傷のクレスを助け出したと聞いて、俺は心からアルス様に感謝を捧げた。みんなが無事で帰ってこられたことを家族で喜んだ。しかし森から帰還したシャウゼは変な奴を集落に連れてきている。聞けばクレスがモンスター化に遭遇したらしく、その男がクレスを助けたとクレス本人がいう。



 その男は一言でいえばとにかく冴えなくて頼りなさそうな男であった。歴と恰好からすると多分俺らと同じくらいと思うが歴なんて一々数えてないから、今の俺は歴が幾つかすら覚えていない。


 男が話す言葉がわからないし、こっちの文字と言葉が男には通じていない。見た目は筋肉はなさそうだし、小腹もちょっと出ている。よくこんな身体能力で森の中で生き延びたと疑った。



 クレスの話によると4体のゴブリンを瞬く間に全滅させたという。悪いが信じられた話じゃない、そいつはあんまりにも弱そうに見えたから。冴えなさそうでその実は達人という人なら何人か知っている、集落ならニモテアウズさんがそうだ。


 でもこの男はそういうのじゃない、断言できるがこの男にはスキがあり過ぎる。



 しかしどうであれ、この男はクレスの命の恩人、集落にとっての大切な客人となる。しきり自分を指してあきらと連呼しているので名前がアキラということだろうな。


 まだ怪しいところもあるがシャウゼが預かるというので今はもう使っていない野犬監視用の小屋に住まわせることにした。


 小屋はシャウゼの家からも近いし、集落で一番の偵察上手であるシャウゼならすぐに対応できるだろう。



 なんにもない集落ではあるがこれがアルス様のお導きなら客人は大切にもてなそう。出せる食事なんてたかが知れているけれど。




「アキラー、シカを捕まえてきてくれ!」


「おうよ、期待して」


 イ・コルゼーさんの所で文字と言葉を学びながら、アキラというやつはシャウゼとクレスの狩猟に付いて森で狩りしている。客人だからなにもしなくてもいいとは言ったがアキラは集落の暮らしぶりに貧困していると察しているのか、自分にも仕事をくれと言ってきた。



 シャウゼのほうがアキラに興味を持ったみたいでゴブリンを倒せるなら狩りはできるかもしれないと指導することとなった。だけど俺は知っている、クレスがアキラに惹かれているから心配している。ならば二人を手元で監視する気だ。


 わかるぞ、シャウゼ。マリエールがもしやつに気があるなら、俺は間違いなくアキラを家で監禁して陽の日も陰の日も監視してやる!




 アキラが狩猟に出てから獲物が増えた。三つ角のシカや森ウサギだけじゃなくて、薬草や野菜などの植物を持って帰ってきてくれた。シャウゼにわけを聞いてみたがアキラが持つ能力が特別だという。


 弓を持ったことない奴がこのわずかの間にシャウゼには劣るものの、集落の人たちならアキラの腕前に及ぶ奴はもういないという。


 なによりもアキラが持つ見たこともない短剣と手斧での投擲が恐ろしいほどに的中する。シャウゼが弓で仕留め損ねた三つ角のシカをアキラはたったの一撃で脳天に命中させて仕留めた。


 教えたことをあっという間に吸収して覚え込む、シャウゼして感嘆せずにはいられないほどの優れた教え子だそうだ。



 イ・コルゼーさんからもアキラは普通ではないことを教えてくれた。アキラには回復魔法を使えることができ、教会以外の魔法術師ではほとんどいない回復魔法使いはアルス様の恩恵がなければ発現することも少ないとイ・コルゼーさんから聞いた。


 しかもアキラの魔法は今までにないもので、魔法陣展開による魔法の行使ではなく、回復せよと呟いてから胸元にあるアキラが描いた魔法紙が光っての魔法起動だ。



 俺には魔法は使えない、だけど魔法術師が魔法を撃っているのは冒険者の時に見ている。あれは複雑のもので中級魔法なんて数人が集まって初めて起動するものだ。イ・コルゼーさんは俺にアキラのことは追及しないように諫言してくれた。


 イ・コルゼーさんによるとアキラは間違いなくアルス様と何らかの関わりはある、でもそれは人の身が知るものべきではない。だからイ・コルゼーさんも教会に言うつもりはない。



 同じことをニモテアウズさんが言ったことがある。ニモテアウズさんはアキラが来た当初それとなくだが緊密に観察したという。



「おめぇ、ありゃ小心で侘しい男だ。変に危害を加えない限り害を成すおとこじゃねぇよ。だが義理堅く人の気持ちもわかる男だ、いい友達にはなれるだろうよ。だからあいつのことは放っておいてやれ、底力は人間じゃねぇけどありゃ人間そのものだ」



 シャウゼは初めのうちにアキラが住む小屋まで隠密でその行動を覗きに行った。しばらくすると行かないようにしたのでその理由を聞いてみた。



「女の声が聞こえた」


「な! それまずくないか? あいつは集落の外から人を呼び寄せているのか?」


 盗賊類は村や集落に人を忍ばせてから襲撃を行うことを冒険者の俺らは知っているのに、なぜシャウゼはのうのうとしていられるのか。



「違う。アキラは見たこともない小さな魔道具を見てた。女の声は小さな魔道具から出た、男と女の営みの声だ。それで一所懸命に自分を慰めていた」


「そうか……それは、行かないほうがいいな」


 すまねぇアキラ、マリエールとクレスは論外で集落にはもうお前に宛がえる女はいないんだ。俺の嫁の胸を時々チラ見しているのは知ってたけど、手を出さないならそれは許してやろう。お前は胸が大きい女しか覗かないのは知ってるからな。




 家に帰るとシャランスはご飯を作って待ってくれている。今日はアキラからもらったギュウニクの煮物だ、あれはとても美味しい。シカ肉に比べると柔らかくて臭みがない、アキラはそれを際限なく出してくる。


 あいつが持っているのは魔法の袋、しかも今まで見たこともないようなもので、背負える魔法の袋なんて聞いたこともない。



「あんた、ご飯よ」


「おう、今日もうまそうだな。マリエールはどうした、あいつはギュウニクが大好きなはずだが」


「ええ、もう食べたからクレスと一緒にアキラさんの家に遊びに行ったじゃないかしら?」


「なんだとぉ! こうしちゃおれん、マリエール待ってろよお! 父さんが助けに行くから!」


「帰りにアキラさんを連れておいで、煮物は彼も大好物よ」


「うおおおおおおお!」



「こらー、アキラ! てめぇはマリエールを誑かしてねぇだろうな!」




 集落の子供はアキラに良く懐いていた。俺らからすれば大切な子宝でどうしても口うるさくなってしまう。その分、アキラは自由なものだ。魔法の袋から際限なく出てくる甘美な飴とちょこれーとと言う苦味がある甘いお菓子。



 アキラは子供の教育になにも言ってこない、まるで友達のように子供たちとじゃれ遊んでいる。見えない所ではカッスラークと植物の栽培について雑談したり、エイジェが魔法術師の才能があると見抜いてイ・コルゼーさんのところへ連れて行ったりしてくれている。


 近頃、集落はみんなの笑い声が増えている、アキラがここへ来てくれたことをアルス様に感謝しよう。


 今ではアキラも大切な集落の仲間だ。



 だけど、俺は知っている。



 アキラよ、お前は時折り集落の大木の下で寂しそうに遠く離れている空を見つめていて、世界を踏破したいと呟いているのも聞いている。


 お前の視線の先にはアルス連山が見えているのだろうか。いかなる種族も踏み入れることを許されない神龍の山、人族と魔族を分断させる神の城壁。お前も俺らが若い頃に行きたがっていた神の領域を見つめているのだろうか。



 俺らが諦めた見果てる夢の続きをお前は独りで見ているのだろうか。


 もしそうなら、できればお前にここで居続けてほしいのだが、お前がここを出て世界を見て来てくれるなら、俺らに果てしない世界のことを教えてくれ。


 行く先を阻む化け物を排除して誰も見たことのない風景のことを俺にも聞かせてくれ。




 今回の狩りでアキラはいつものようにたくさんの魔石をくれた、アキラが一人で狩りに出ると必ず魔石を持ち帰ってくれる。魔石は正直に言って助かる、集落が食事に困るようになってからは日用品以外のものは売り払った。


 モビスも走車も予備の武器と装備も、生活に必要以外のものはもう集落にはない。だが照明の魔道具には替えの魔石が必要なんだ。



 森でモンスター化したモンスターと戦えば手に入るのだが、出てくるモンスターが予測できない以上は危ない橋は渡れない。


 アキラは今でも怪しい。人格や日頃の行いじゃなくて、あいつの能力はニモテアウズさんが言ったように人外なものかもしれない。だが集落のみんなはアキラに係わることは聞かないが認識している暗黙のルールだ。



 魔石や三つ角のシカの素材が簡単に入る彼は貧困なここを襲撃する動機が思い付かないし、女がほしいならそうやってバレてないと思い込んでいる覗きだけで満足するはずもない。


 大体、集落の女に遊ばれているウブなやつが力づくで女を強奪するとも思わなくなってきた。




 アキラが山ほどの三つ角のシカの角を持ってきやがった、本当に問い質したいという衝動に耐えながら、子供が宝を見つけたような目でこっちを見ていると何も言えなくなる。以前に集落は子供を作らないかと聞かれたので、食えなくなると答えたことがあった。


 それからアキラは遠慮がなくなった。


 1回の狩りで十数頭シカと数百束の薬草を持って帰ってくる、こいつはいったいどんな魔法の袋を持っているんだ。



「アキラ、それは知られないように扱えよ。大体魔法の袋なんてもんはダンジョンの下層からしか手に入らんのだ、商人どもにバレたら大変だぞ?」


「そっすか。でも俺覚えていないもん、記憶が喪失してなんも思い出せない。でも忠告は心にしとくよ、ありがとうな」


 その極めつけがこれだ。これだけの角があれば集落の暮らしぶりはかなり良くなる。これで子育ての心配はなくなる。色々と集落に役立とうとアキラは頑張ってくれて、それでいて集落の住民の枠からはみ出そうとしない。感謝しようにも彼はいつも逃げてばかりだ。



 もし、アキラはアルス様のお導きで遣わされた人だったらどんなに楽か、もう毎日やつのことを拝んで、アルス様に心を込めたお祈りを捧げていればいいからな。



「はやく新しいガキでもこさえやがれよ」


 何気ない戯言にアキラの一言が、臆病になっていた心の底を響き渡って行く。集落の長という立場だけでずっと嫁に迷惑や我慢を強いてきた、子供だって欲しがっていたのに、嫁の心の奥深くに願望を押さえつけさせてきた。



 いや、もう子供の頃から、シャランスはずっと俺のわがままに付き合ってくれた。この素晴らしい女が望むのなら、俺はいたい何をためらってきたのだろう。きっとアキラの言葉はアルス様のお導き。



「そうだな、アキラのおかげでシカの素材や魔石を計画的に売れば、小麦を買う金に困らなくなった。これで集落に新しい血を育つこともできるようになる、ありがとうな」


 シャランスが俺の身体を抱きついてくる。愛を誓い合ったときから変わることのない、俺にだけ与えてくれる熱さだ。



「まぁ、嬉しい。ずっとあんたともう一人の子がほしかったの」


 ああ、やはり思った通り。これだけ時が立ってもシャランスの温もりはいつまで経っても変わらないのだな。



「ありがとうね、アキラさん。これで待ち望んだことがかなうわ」


 嫁の感謝の言葉にアキラは固まっている。



「そうだな、クレスも弟か妹がほしいと言った。ファージンがいいというならうちも子を成すか」


 シャウゼの家族を思う呟きが追撃となったようで、アキラがブルブルと顔を真っ赤にして震え出した。



「や、ヤってろよ、好きなだけヤれ! お前らみんな爆ぜろやー!」


 あ、やつが俺の家から飛び出していった。見たところエールはしっかり持って行ったようだから大丈夫だろう。



 すまんな、夫婦水入らずの時間は、いつまでも俺たちには大切な一刻(ひととき)なのだ。


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