第33話 親友ができたようです
身体を満遍なく触られた、抱き着かれた、叩かれて殴られた。なによりも理不尽なのが野郎二人に頬をキスされまくった。やーめーてー、けがされるゥー!
迎いに来てくれたのは予想していたファージンさんとシャウゼさん、予想外のがニモテアウズのじっちゃんとヌエガブフさんの親子だ。ファージンさんは集落ではテンクスの町への避難準備を整ったこと、おれを救助してから状況を判断して集落へ帰還すること、逃げきれない場合はヌエガブフさんが集落へ戻って避難行動を開始させるとのことでした。
涙がとまらないほど嬉しいことをおっさんたちは言ってくれる。逃亡することができない状態でファージンさんとシャウゼさんにニモテアウズのじっちゃんが一緒に死んでくれるというのだ。このバカ野郎たちはおっさんを感動させるんじゃないよ、涙がさらにもろくなるじゃないか。
「ふんっ、生きていりゃいいんだよ。死んだらなんにも残らんぞ」
剣の師匠は若干照れているようだが、顔が少し赤い。これは酒を飲み過ぎのせいかな。
「で、犬神はどうした?」
「え? ごめん。大きな犬型モンスターだが犬神じゃなかったよ」
ごめんよ、ファージンさん。ヴァルなら神秘に包まれたままで伝説の中で生き続ける。やつが死んだことを言える相手がいるのならばそれは神龍と精霊王だけでいい。
「逃げる時に感じた威圧はとんでもない。犬型モンスターでは収まり切れない」
「うーむ、よくわからないや。とにかく一戦はしたが何とか森から追い出して、遠くへ逃げ去るのを確認してから集落への帰り道についたよ」
シャウゼさんは今も疑わしげに探るような目で見てくるが真実を言うつもりはありませんよ。もし本当に犬神を討伐したことが知られれば、ここら辺の都市や町だけではなく、アルス神教の関係者までもがここへ津波がごとく押し寄せてくることとなるでしょう。
なんせエイジェの話では犬神のことは神教の伝承の書に載っているくらいからな。
「とにかくシャウゼが恐れた化け物を独りで退治したわけだ、お前はいったいなにもんだ? アキラ」
「バカもん?」
よーし、ここにきてようやくファージンさんにダジャレができたよ。てへっ
「いや、お前がバカなのはみんなが知っているから」
そんなバカな、マジな言葉で返してきたのかよ! このわからず屋が。
「まぁいい、言いたくないなら聞かない。とにかく無事でよかったよ、集落のみんなも心配しているから戻るぞ」
いつものように肩を強く叩かれたが、ヴァルによって鍛え上げた今のおれには大したことはない。
「おい、アキラ。おめぇ、強くなっていないか?」
ゲっ! やはりじっちゃんは隠れ能力である見破りが鋭すぎる。管理神からそういうスキルはないとハッキリおっしゃったけど、この酔っぱらいは人物鑑定のスキルをお持ちじゃないかと疑念を抱きたくなる。
「あ、うん、ええ。えっと、あれかな? レッサーウルフを一杯倒したからじゃないかな? 魔法の袋にあるけど見てみる?」
「動揺してんじゃねぇよ小僧が。こういう時は堂々としているほうが疑われなくて済むんだよ」
もうこの人は嫌だ、言い返せないじゃないか!
「とにかく、集落のみんなに安心させるためにも帰るぞ。ガハハ!」
「そうだ、ファージンさん。実は森でレッサーウルフが棲み付いているんだ、数はだいぶ減らしたが逃げた群れがある。ごめん」
レッサーウルフの群れのことだけは報告しておく。どのように扱おうかは責任の丸投げというか、狩猟するために森へ来ることがある集落のほうで決めてもらうとおれは考えていた。
「そうか。まぁ、森ってのは元々色んな生き物が棲んでいるし、レッサーウルフがあってもおかしくないぞ。アキラが謝ることはない。なぁ、シャウゼ」
「ああ、レッサーウルフ程度なら集落で対応できる。増えすぎるシカを狩ってくれるからいい」
やはりファージンさんもシャウゼさんも器が大きいし強さもある。頼りになる人たちだ。
「ほかになにかないか、ないなら帰るぞ?」
せっかくファージンさんから申し出てくれた、これをきっかけに進路を伝えよう。
「さきにみんなに言うけど、集落へ帰ってから旅支度して、それが終わればおれは旅に出る」
おれが集落を出ることは以前にファージンさんとは確認し合っているから、今はその時期を伝えなければならない。
「そうか……飲み仲間が減って寂しくなるな、思い直すことはできないか?」
「……はい。なにもかも忘れたおれを集落が受け入れてくれて嬉しかったし、ここでの日々は楽しくて満ち足りているんだ」
この場にいる人たちがおれの言葉に耳で聞いてくれて、心でおれの思いを感じてくれていると直感でわかる。
「ただ、心残りがあって、行かねばならない所へ行き、逢わねばならない人と話す。その後はどうするかをそれから決めようと思うんだ」
シャウゼさんはおれの肩を軽く叩いてから強めに手のひらで握り、おれの決めたことを尊重するように何度か頷いてから言葉をかけてくる
「アキラは友、集落の仲間だ。行く道があるなら旅に幸あれとアルス様にお祈りする。帰りたいときはここに戻れ、ぼくらは待っている」
クーゥ、泣かせやがるぜこの美男が。抱きしめて頬とかにキスしてあげたいぜ、さきはおれもやられたからやり返してもいいよな。
「アキラ君、集落のことを沢山助けてくれた。子供たちにも良くしてもらって、成長の手助けしてくれた、ありがとう。君の道にアルス様の祝福あらんことを、そしていつかは集落へ帰って来てくれるを信じてるよ」
ヌエガブフさんと普段から雑談することが多く、冗談はあまり言わないけど気遣いの出来る人。片手剣の訓練も親切丁寧に教えてくれていたし、ほかの人よりはだいぶ手加減して鍛錬に付き合ってくれた。おれにとっても大切な集落の仲間の一人だ。
「まぁ、男が決めたことならやり遂げろ。おめぇは強いがまだまだ脇が甘い、道中はスキを見せるなよ。とにかくだ、わしら歴寄りが生きているうちに一度は顔を見せに帰って来いや」
じっちゃんにはおれのことを色々と看破されていると秘かに思っているが、実は集落で一番の配慮をしてくれていることはおれにもわかる。剣の鍛錬では技や技術的なことはあまり教えてくれなかったが、威力のある攻撃の仕方やトリッキーな身の使い方は、このじっちゃんとの実戦的なお手合わせを通しておれの身体に叩き込んでくれたと理解できる。
これでほぼ毎日牛肉をせびりに来たり、酒飲みの相手を吐くまでさせられることがなければもう言うこと無しだが、それでもおれからすればこの世界で二番目の愛すべき爺さんだ。
「アキラ、じっちゃんの言う通りお前は強い。今なら一対一で集落でお前と真剣な殺し合いができるやつはいないだろう、じっちゃんと俺にシャウゼも含めてだ」
ファージンさんにもおれのことがモロバレらしい、言わぬが花とはこういうことだよね。
「俺たちも若い頃にこのアルスの世界を回ろうと思ってた、自分たちの力だけで世界の果てを見てみようと。だけど気が付けば自分の限界だけが浮き彫りになって、それで生きるために馴染んだ町の近くで住処を開拓するとみんなで決めた。この先の生涯はここで終わるとな」
記憶の古層に仕舞いこんだ遠き昔の情熱を懐かしむように、ファージンさんは過ぎ去って帰ってこない日々を眺めているようで、その視線は遠く青い空に向けている。
「だから俺たちと歴の変わらないお前が集落に出たいと聞いた時は羨ましかった。旅路につくのは情熱や知識だけでは足りない、なによりも備えと忍耐が必要だからな」
ファージンさんの目が見つめているものは、過去の日々から今この時にと戻ってきている。大きな両腕が優しげに伸びて来て、おれはファージンさんの胸の中へ吸い込まれていき、包容するような力強い抱擁がおれの身体を包み込んだ。
「アキラ、集落の長として言う。お前はどこにいようと集落の大事な一員だ、みんなで待っているからいつでもここに帰ってきてくれ。体を大切にしてあらゆる災難や病気がお前に寄り付かないように、旅路のどんなときもアルス様の加護があらんことを」
この世界で最初に手を差し伸べてくれた集落、その長からは大事に送り出そうとしてくれている。だけどね、アルス様は祝福だけでいい、ご加護はたぶん帰ってこれなくなるからいらない。
「そして友のアキラよ、おれたちの見果てぬ夢を代わりに瞼に焼き付いてきてくれ。どこでもいい、すばらしい自然に感動し、見知らぬ街の人たちと出逢い、お前にしか知らない冒険を体験してきてくれ。無事に帰ってきたらおれたちにもその記憶を分かち合ってくれ、お前が笑ってここにもう一度現れる日をみんなで心待ちしているから」
もうファージンさんってば。あんたのはち切れんばかりの胸筋はむさ苦しいんだよ、むさ苦しくて暑苦しい。その熱さでおれの涙腺が止まらないじゃないか、このバカ友が。
ありがとうございました。




