第32話 激闘後の森での一時
アイテムボックスのメニューで検索するとオルトロスの死骸が載せてある。心臓の近くからはゴブリンやレッサーウルフでは比べ物にならないほどの虹色の魔石を剥ぎ取ったが、これは大切な記念でコレクションとして死蔵しておく。
オルトロスの毛皮ならいい防具を作れそうだし、商人ギルトなら高値で買い取ってくれそうだが、ヴァルには伝説のままで存在してもらうことにするから、どこか人知れずの所で埋葬するつもり。
激戦の中で捨て置いた武器と、オルトロスの炎と氷のブレスで壊されていないレッサーウルフの魔石はすべて回収し、今だに延焼している森を水魔法を行使して火災を鎮火させた。レッサーウルフの死体は最初の激戦地で一ヶ所に集めて火魔法で火葬に付した。
レッサーウルフの素材は何かに使えるとも思ったが、おれとしては初めての大規模戦闘を経験させてもらったのでこいつらだけは弔ってやりたいと自己満足に浸った。
オルトロスが死んですぐ、自分の全身に新たな力で気力充実を実感したのでステータスをチェックしたがレベルの上がり方が半端ないのでした。
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名前:カミムラ アキラ
種族:人族
レベル:32
職業:魔法術師
体力:1152/1830
魔力:849/2751
筋力:610
知力:107
精神:810
機敏:405
幸運:181
スキル:精霊魔術Lv1・夜目LvMax・鑑定Lv3
普魔法Lv3・武器術Lv2・身体強化Lv5
投擲術Lv6・気配遮断Lv3・気配察知Lv3
魔力操作Lv5・解体Lv3
ユニークスキル:住めば都・不老・健康・超再生
称号:迷い込んだ異界人・世界を探求する者
精霊王の祝福・神龍の祝福
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うん、想像以上に能力値が軒並みにあがっている。今なら初級魔法は550発を撃てるし、光魔法に至ってはかがやく栄光の杖を使えば1000発の連射が可能だ。今からおれのことを新しい類型とでも呼んでくれ。
冗談はさておき、今回の戦闘経験は得られたものが多い。生死を賭けた戦いは男を成長させるのだ!まぁ、ふざけるのもこのくらいにしよう。これからは見たことのないものはどんどん鑑定のスキルを使っていく。スキルレベルを上げることで情報の入手量が変わってくるので、敵対するものを知るのに大事な生命線となるはず。
ついでに魔法レベルを開いて見ると光魔法に火魔法のレベルも上がり、やはり強敵と戦うことでより高い経験を得ることができるみたいだ。
火魔法:LV3・水魔法:LV3・風魔法:LV3・土魔法:LV3・光魔法:LV5・回復魔法:LV2
この戦いの後始末に手掛けよう、それは残ったレッサーウルフの殲滅だ。戦場の後片付けが終わると最初にオルトロスと出会った場所へ向かう。レッサーウルフはこの森では存在していなかったモンスター、悪いが全部消させてもらう。
糞尿の悪臭がした最初の場所にはレッサーウルフが一頭としていなく、この際だから森の中の見回りも兼ねて隈なく探してみる。森に散らばるレッサーウルフは司令官がいなくなった今、やつらは十数頭で群れをつくり、そしておれは群れを発見したらすかさず光魔法で撃滅する。
やつらはおれから元司令官の匂いを嗅ぎつけたのか、おれを発見なり逃走に取りかかるが機敏値が400を超えたおれからは逃げられない。殺したレッサーウルフはすべて魔石を採取したうえで死体丸ごとアイテムボックス行き、集落の大切な資源になってもらおう。
森を徘徊しているうちにレッサーウルフの数はだいぶ減らすことができた。数が少なくなった群れをまた発見したので追跡と虐殺をいつものようにやつらに強いていたが、最後の数頭が岩場のある所へ逃げ込む。
おれがそこへ足を踏み入れると突然数十頭のレッサーウルフが、あっちこっちの岩場の陰から襲い掛かってくるので、かがやく栄光の杖をかざしてためらいなく初級光魔法でやつらを射殺していく。
よく見ると死んだレッサーウルフは今まで殺害したよりも小さ目で、首のあたりにたてがみが生えている。死体を詳しく観察するとたてがみがあるレッサーウルフは牝であることがわかった。群れによる襲撃が止んだのでさらに岩場の奥へ入り込むと、凹んでいるところに洞窟の入り口のようなものが見えてきた。
洞窟へ近付こうとすると数匹のレッサーウルフが牝のレッサーウルフ十数頭を連れて、怯えた目をして震えながらも低い唸り声で威嚇しておれの足を止めようとしている。なんだか様子がおかしいぞこいつら、どうやらなにかを守ろうとしている。
洞窟の入り口から小さなレッサーウルフ数匹が奥から飛び出してきた、レッサーウルフが止める間もなくそいつらはおれの足元へ走り寄って来る。
未知の匂いに好奇心満々で小さな鼻で嗅いではおれの足を甘噛みしている。大人のレッサーウルフはおれから子を取り戻したい様子だが、恐れと怖気でオロオロしておれの周りを行ったり来たりしているだけで近付いて来ない。
「キャウンッキャウンッ」
子犬が鳴いているように小さなレッサーウルフはおれに摺り寄せてくる。
……おれはいったい何様になったつもりだろうな。森の守護者? 自然の守り神? レッサーウルフはオルトロスの配下としてこの森へやってきた。シカの狩りを命じられて、獲物を食べることもなく献上しては自らが飢えに耐えている。
そしてオルトロスとおれの闘いでは前座を強要されて気が付けばやつらは全滅していた。最終的にこの森に棲んでいなかったというだけでおれに群れごと殲滅されると?
警戒しているレッサーウルフに構わずにおれは洞窟の中に入っていく。途中で勇気を振り絞った数頭のレッサーウルフたちは噛み付いてきたがレッサーウルフの牙と爪では黒竜の鎧に通用しない。思ったよりも浅い洞窟の中には十数頭の子供と傷ついて倒れている十数頭の牡レッサーウルフしかいない。
「回復せよ」
詠唱なんて必要としないおれの魔法だがここは自分に言い聞かせるためにあえて声を出した。傷つき動けない牡レッサーウルフは回復して、飛び上がってから困惑そうにおれのことを見つめている。十数頭の子供はおれに身体をすり寄せてきて、一緒に遊ぶことをせがんでいるのだろうか。
洞窟から出るとおれはなおも仲間を守ろうとしている勇ましいレッサーウルフたちに声をかけた。
「ここから反対側に人族の集落がある、生き延びたいなら近付かない方がいい」
どうせ聞いても分かるはずもないとは思うが、そうやって言葉で言い聞かすのも、残りのレッサーウルフを討伐しないことにしたのもすべてはおれの偽善。ただ、管理神が願いを込めているこの世界は果てしないほど大きい、精霊王は命のある種族に隔たりなく慈愛を与えている。
生き方を強いられてきたこのレッサーウルフの最後の群れがここで望む生を営んでも、ただの旅人であるおれが一方的に制裁を加えることに権利も義務もないはず。すでにおれはオルトロスにも劣るただの大量殺戮者にまで成り下がっているから、これ以上無様な姿を晒すこともない。
こいつらの群れが大きくなってこの森に害を成すときはファージンさんの集落が必ずお仕置きを下してくれると思う。その程度の強さはあの集落の人たちには備わっている。
緊急用の食糧として偵察の途中に狩った数匹のシカの死体を置いて行くことにした。天敵がいないこの森ではある種の動物が大繁殖となれば森の生態を荒らすことになるので、このレッサーウルフの群れなら三つ角のシカを適当の数に間引いてくれるだろう。
「「「わぁおーーーん!」」」
集落のほうへ歩き去るおれの背中からレッサーウルフの鳴き声が聞こえてくるがその声の意味はわからない。後ろからレッサーウルフから襲われることもなかったので、すくなくとも俺に対する敵意ではないことだけは理解した。
「じゃな、この森で生きるなら人族との接触は避けろよ」
振り向きもしないでおれはだれのために忠告しているかは自分でも知らないが、そう言い残してからおれはレッサーウルフが棲むこの岩場の場所から離れていく。
たぶんそのシカはおれだけしか認識できないとは思うが、ジョセフィードは元気の姿でおれの前に現れた。
「ジョセフィードーーー、生きていたのか!」
「ミャーーー!」
人族とシカの熱い抱擁を交わす光景がここにあり。いや、ジョセフィードに抱き着くことができないからおれが一方的にシカの首を抱いているだけ。
「よく聞けよ、この森にお前らを襲う肉食のモンスターが棲み付いてる、襲われそうになったら振り切れよ」
「ミャウ……」
そんな悲しそうな目で見るな、こんなの自然の摂理だ。むしろお前ら今まで恵まれていたことに管理神へ感謝を捧げろ。そして一番厄介な大物を始末したおれに跪け、お前らは絶滅されるところだったんだぞ?
「ミャウ……」
「おれはもう行くよ。ひょっとするとこれがお前との今生の別れだ、悔いのないシカ生を送れ! わが友ッ!」
「ミャウウウウゥゥ」
「泣くな! おれもつらいんだ。だけどお前も男なら分かれ! 男にはやらねばならないときがあるんだ、それが今と言うのならおれを祝福しろ! そして笑っておれを見送れ、友よ!」
「ミャアアーーーッ!」
際立つシカの叫び声が森の中を響き、それがエコーとなって一人の人族と一頭のシカを優しく包み込んだ……
変なシカとそこでお別れした、あいつはいったいなんだったんだろうな。
オルトロス戦の後で自分の未来に思いめぐらせていたが、当初決めていた四つの目標のうち、三つは達成できたのであとは精霊王に連絡するためにどこかの教会へ行くだけとなった。
集落のみんなは異郷人であるおれに温かみを与えてくれた。異世界からきたおれがこうも離れがたい気持ちになれたのも、この世界で最初にこの人たちと巡り会えたからだと思っている。
もう少し先となればきっと集落が変わる。産まれてくる新住民の子供たちが寂れた集落に賑わいを齎してくれることとおれは確信している。集落が変わろうとしている時期にここで居られて、みんなと過ごせたことがおれの幸せであると信じて疑わない。
だから、もう未来へ進もう。約束を果たしに行こう。
精霊王に逢って異世界のチョコレートと飴で驚かそう。爺さんと会って、与えてくれた祝福でとんでもない敵を打ち倒せたことに感謝を捧げよう。
いつもの旅人の装備に着替える。集落の人たちなら、あの人たちなら女子供を避難させる準備が終わる次第、おれのことを助けにくると思う。とくにあの熱血漢コンビは今にも駆けつけて、たとえ相手が伝説の化け物でも親友のためならと立ち向かおうとするだろう。
慣れ親しんでいたいつもの森の雰囲気に戻っていて、ちょっと乱暴だが新しい動物も増えることになり、レッサーウルフ程度ならきっとクレスたちにとってはいい戦闘対象になると思う。
オルトロスが引き起こしたざわめいた雰囲気も消え去り、鬱蒼としたまりの中で森林浴を浴びながらゆっくりと枯れ葉の絨毯の上を歩いていく。
ここの風景を記憶に焼き付いておこう、またいつか戻った時に懐かしめるように。
「さて、ゴブリン相手にどのくらい強くなったか試してみるか」
妖精殺しなどの神器級の武器を使わなくても、今のおれなら鉄のショートソードで十分にやれるはず。魔素の塊を探し出して、保険のために光魔法だけはアイコンを出しておく。
「さぁ、来いっ! 犬神殺しが伊達じゃないことを思い知らせてやる!」
おれは魔素の塊を左足で踏み抜き、ゴブリンのモンスター化が始まる。
ありがとうございました。




