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のちに聖人と呼ばれたおれが異世界を往く ~観光したいのに自分からお節介を焼く~  作者: 蛸山烏賊ノ介
第2章 新しい世界で集落の住民となる
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第31話 弱者は知恵を絞れ

 一瞬だけ気を失ってしまったおれは意識を刈り取られていたみたいだが激痛ですぐに目を覚ました。どうやらオルトロスによって吹き飛ばされたらしい。五感を取り戻すとともに身体を動かせと自分に発破をかけ、同じ場所に停まっているとやつの次の攻撃が来てしまう。死にそうに見せるのはもうちょっと先だ。


 無様でいい、カッコ悪くてもいい、立てないなら転がれ、動かせるどれかの四肢を使って這い進め。



「グワルアアアアアアアッ!」


 左手が持っていた武器は消え失せた。確かにオルトロスの赤い瞳とおれの視線がぶつかり合った記憶が蘇り、その後すぐにおれはやつの首と激突して吹っ飛ばされた。そうだ、気を失う前に左手で肉を突き刺す手応えはあったはずだ。



 超再生と健康がフル回転して、肉体内のダメージを修復している最中、精霊王の祝福のおかげで魔力も少しずつだが補給されている。足に力を入るようになってきて、なんとかこれで立ち上がれそうだ。思えばさき、やつは感情のこもった声で吠え猛っていたな。


 回避する体勢を取りつつ上半身を起こすと、オルトロスは延焼し始めている森林を背景にこれまでに表すことなかった感情に支配されているようだ。やつは間違いなく怒っている。露わになった牙を噛み砕かんばかりに顎に力を入れて、口角からは森に響くような唸り声が漏れている。



 おれがオルトロスの右の首に焦点を凝らすとやつの目から一本の剣が生えているように突き刺さっている。


「ははは、成功したわけか」



 右首の片目を潰されたオルトロスの怒気は激しく、三つの赤い瞳から射殺されるくらいの殺気がおれに詰め寄ってきた。やつの前足がピクッと動いた瞬間におれの視野がやつの身体で埋め尽くされた。思考することもなく反射神経だけで横へ飛び退いて、おれが居た場所をやつの噛み付きは大きな音を立てて空を切った。


 どうにか逃げれたが今はやつの殺意を耐えきることが必須、生きるために足を動かせ。



 全力での疾走ではオルトロスの素早さに及ぶはずもなく、おれは黒竜のシールドを拾って両手で前方を持ち、堅守の姿勢でこれから始まる絶え間ない攻撃を凌ぐんだ。飛び退いては這いずり、同じ逃亡方向にならないように心掛けるのはやつがおれの動きを予測するからだ。


 オルトロスが加えてくるどの一撃も意識を飛ばしそうな衝撃を与えてくるので、それでも回避しきれないときは盾で防ぐのみ。



「無理ゲーだよこんなの」


 超再生のユニークスキルは間違いなく高速運転して体の修復を行っているが、連続的にダメージが追加されて苦痛が止まらない。だけどまだおれはやれる、血反吐を吐いても悪戦苦闘を強いられてもおれはこれ以上の痛覚を知っているからまだ大丈夫。


 今までにない震動がおれを襲い、何が起こったというのか……気が付けば巨木の根元にへばり付くおれに重い痛みだけが全身を支配し、ハンマーで身体を打ち付けられたようだ。ともかく痛さが引いていない身体に鞭入れて巨木の裏へ回る。


 小さく息を吐くと背もたれしていた巨木ごとおれがまた吹き飛ばされた。



「グボッ!」


 口から飛んでいく血飛沫と粉砕された木の破片の中、オルトロスの姿勢を見たときに理解ができた、やつの体当たりを食らったらしい。あれだけの巨体では面積が大きいためにさすがに避けづらい。



 地面で転がり落ちたおれは盾で構えようとしたときに、臭い吐息を嗅ぐとともに涎に塗れている赤い舌が視野に入った。



「なっ、なんだ?」



 戸惑うおれは闇に包まれ、ハッと思いつくのはオルトロスがおれを食い殺すことだ。しかし黒竜の鎧ではやつの直接攻撃は通らないはず、胃に飲み込んで溶かすつもりか? ならば温存していた手を使わざる得ないなと思ったそのとき、おれは空を高く舞い上がっていた。


 夜空の月と星は幻想的で美しいな……戦いとはかけ離れた感想を抱いたがすぐに上方からの打撃がおれに叩き込まれ、再び大地との強い接吻を強いられたおれは力が抜けそうになっていると自覚する。



 それから3度ほど同じことにやられると、さすがにおれもオルトロスがすることを理解したた。牙と爪はおれの鎧に貫通することができないし、炎と氷のブレスも鎧が持つ無効化技能で効かない。


 しかし衝撃によるダメージの上乗せは目で見てもすぐにわかるからやつは攻撃手段を変化させた。やはりこいつは賢しくて勘がとてもいい、犬神を名乗るのはおれが許す。そう考えているおれは今も空高く飛んでいる。



 だけどありがとう、この攻撃の切り替えで温存していた手段は次に回すことができる。



 やつが右首でおれを咥えこんで放り上げるのが5度目となり、高く浮いているおれをオルトロスは四つの足で地面を蹴って、右首の顎で下へ叩きつけようとする。このままの循環ではいずれおれが死ぬとわかっているらしく、だから作業が単純的になっていた。、やつの右首が間近に差し迫ってきて、二度目の反撃をやるならいまだ。


 空中で動態が転換しにくいのはおれもそうだけど、オルトロスお前も同じだよな。投擲だけならシャウゼさんもおれには敵わないとお墨付きはもらっているんだ。


 サバイバルナイフを手に握りしめたおれはやつの右首に今も燦々と赤く光る眼を狙って放り投げる。



 空中衝突をして両者ともバランスが崩されてから大地へ落下し、オルトロスは四つの足で華麗に着地するがおれのほうは無様に転倒している。両目を潰されたやつの右首は怒りに狂ったように燃え盛る森林の中で氷のブレスを辺り一帯に所かまわず噴き出している。


 火事で火の棒になった木がブレスで凍り付く炭と変わり、こいつは消火活動に勤しんでいるのかなどと、戦いの中でくだらないことを考える余裕がおれにもやっとできた。




 それよりもすべきことを先にしようと黒竜のシールドに身を隠して時間を稼ぎ、ダンジョンハイグレートポーションを一気に飲み干す。命の雫が身体の隅々に染み渡って、全体力が回復して力が漲ることが体感できた。


 でもオルトロスのやつにはまだ悟らせてはダメ、機を見ておれは攻勢に転じるつもり。このすばしっこい強敵を相手に重さのある黒竜のシールドを持つことはおれの素早さを削いでしまう。せっかく体力の補給もできたので、ここは戦法を切り替えて攻撃に転じよう。



「グルワアアアアッ!」


 一際大きな吠え声を響き渡らせたオルトロスは焦げ臭さと煙が立ち籠る中で、憤怒を森の消火とともに鎮静させていた。



 冷静になったやつは今度おれを円心として左首はこっちに向いたまま歩き出す。ブレスがおれに噴きつけられ、視野が炎と氷に塗れている中、やつの前足がおれに向かって払ってきた。おれが光魔法を目くらましに使ったようにやつもブレスをフェイントで使用している。


 魔力の補給は適当に魔素の塊を踏んで、エンカウントした運の悪いゴブリンはオルトロスに踏み殺されるかおれの光魔法で全滅するかだ。ゴブリンは大迷惑かもしれないが、血走っているやつにゴブリンという小物はこの戦いの邪魔にすらならない。おかげでエンカウントがないときは魔力を少しだが回復させることができた。


 体当たりアタックでおれが倒れ込むことを知っているオルトロスは、ブレスからの体当たり、前足の鉤爪で崩すとまた体当たりの繰り返し。体力を全回復した甲斐があって耐えることはできたが、それでもよろめくフリは忘れない。


 這うように岩へ逃げていくけど、オルトロスは追撃の手をやめない。炎のブレスが来たので次が体当たりアタック、やつの攻撃力は岩すら砕いてしまうほど強力。目印した岩の後ろに置いてある人狼殺しを持ち出し、俄然とやつへ突進して、左首を狙って渾身の力を込めるとそのまま戦鎚を振りぬいた。


 ひん死と思っていたおれが反撃することに反応できないやつの左首へきれいに命中した。


 口から血を吹き出させ、足がたたらを踏んでオルトロスの足がが停まってしまった。今度はやつの身体へ力一杯戦鎚を振り下ろす。



「キャウキャウッ」



 初めて聞く高く短い悲鳴のような鳴き声、なかなか可愛らしいじゃないか。目以外にやっとオルトロスに武器でのダメージを与えることができ、これでおれとお前は互角だと気を強くする。やつは人狼殺しを警戒してか常に動き回り、その移動速度はとてつもなく高速で流れるような身の使い方におれが振るう戦鎚はやつの影すら捉えることができない。


 うん、ごめん。対等だなんておれは調子に乗って勘違いしたと認めます。



 いつの間にか両者が動きを止めて対峙し始めた。オルトロスの肩が上下していて息が激しく、多分消耗しているのだろうがおれの状況もよくない。疲労のためにやつに劣らない短い間隔の呼吸を強要されている。そろそろ最終局面に移そう。今度こそやつか、それともおれかが死を迎えることで決着をつけねばならない。


 戦鎚をやつへ向けて投げつけ、横へ飛び退くオルトロスを見てから、おれは一回転して集結拠点へとにかく逃走するように走り出す。



 樹木に隠れるようにやつの攻撃から身を躱しながら走破するけど、オルトロスは鉤爪で巨木を破壊してしつこく追走してくる。ようやく拠点にたどり着くとおれは一転して、斬鬼の野太刀を抜刀してからやつへ斬りかかる。直撃はしたけど思った通り妖精殺しと同様、野太刀ではやつが持つ被毛の防御に通用しない。


 ここの地形は先より木が多く、繰り返してくるオルトロスの攻撃を木の陰に隠れながらやり過ごし、やつもおれの行動に察知してか、おれが隠れた木へ体当たりで粉砕し出した。それを何度か繰り返して、次に飛び付く木へやつが体当たりの体勢で接近してきた。


今だ!


 木の後ろに置いてある破滅の斧を握りしめ、やつの右首に向かって持ってる全力で振り払った。


「グルアアアッ!」


 斧はオルトロスの右首へ深く斬り込み、やつの右首の口から大量の鮮血は吐き散らされ、苦しそうに何度か息を吸い込んでから力が抜けたように垂れていく。


 体当たりを避けられなかったおれも勢いよく地面で天地がわからないほど回転させられ、血反吐を吐きながらやつの右首の動きを見届けた。



 右首の機能を失ったオルトロスは狂気に侵されたように見渡す限りの樹木を薙ぎ倒していく。おれがやつに傷を負わせた攻撃に武器の隠蔽によるだまし討ちのような手段、それを防止するためにやつは周辺を更地にするつもりだろう。


 あらかた木々を倒し終えるとやつは生気を失った右首に刺したままの破滅の斧の柄を、左首の口で咥えてからそれをおれが拾えないほどの遠くへ投げ捨てた。



 武器を失ったおれをオルトロスは容赦なく上空へ放っては叩き付けるの攻撃を繰り出し、広くなったここで反撃手段はない。全回復したのにもう体力の限界まで来て、膝は折れ両手は垂れ下がり、這うことしかできなくなったおれにやつからの攻撃は止んでいた。



 そろそろ止めを刺しにかかるのだろうか。



 這いずっていたおれは手足の力を抜き、枯れ葉を床にして仰向けに夜空を見上げて、オルトロスはゆったりとした歩調で近付いてきた。長く続いたと思った戦闘がこれで終わりの時だ。


 やつの左前脚はおれが逃げられないようにしっかりと抑え込み、冷然と覗き込む左首の両目は死者への手向けとおれの敢闘を讃えるような視線を送り込んできた。それは言葉ではなく死闘を繰り広げた相手としておれがそう思いたい。



 本当にお前(ヴァルフォーグス)は強かったよ。



 枯れ葉の下に隠した滅竜の槍を右手で持ち、長くて黄金色に輝く槍先がオルトロスの左胸部へ刺し込まれた。おれに残された魔力を闇属性範囲魔法の起動に変えて、やつの体に魔法を流し込む。これがおれの奥の手、これでダメなら長くて短い異世界移転の終点が訪れるだけ。



「食らってしまえっ!」



 見開いた赤い瞳がおれを覗き込んだまま、オルトロスからの反撃はない。闇属性範囲魔法はやつの体内を侵食し、体内の機能を壊し尽くしたんだろう。



「ゴバッ!」



 やつの左首の口から大量の濁った血がおれに垂れ落ちて、おれを抑え込んでいたやつの足から力が抜けていく。やつの足は折れ曲がり、オルトロスはそのままの姿勢で座り込んでしまった。王者がおれにたった一度だけ呈した屈伏の姿だ。




 今にも消えそうな命の灯におれは滅竜の槍を携えて、大地に伏せているオルトロスの左首と向き合っている。爛々と生命の強さを誇っていた赤色の瞳はいまや弱々しく霧散してしまいそうで、それでもやつはおれに屈する気配を一向にみせない。


 犬神と呼ばれるだけの誇り高さは死に面しても毅然と失うこともなく、それならばおれはやつに敬意を払わねばならない。戦いを終わらせるのは勝者の権利であるとともに義務でもあるんだ。



「お前は強かったよ、ヴァルフォーグス、犬神と呼ぶに相応しい強者だ。祝福の恩恵と充実な装備がなければお前に敵うはずもないおれなんてとっくに死んでいた」


「グルルウゥ……」


 あれだけ気迫に満ちたオルトロスの声に力を微塵も感じられない。



「ヴァル、お前はおれのアイテムボックスに入れる、いつか見晴らしのいいところで埋葬してやる。だからもう眠れ」



 オルトロスは静かに瞼を閉じていく。



 おれは両手で滅竜の槍を空に向かって掲げ、しばらくの間はオルトロスとの死闘に敬意を捧げてから槍先をやつの左首の脳天へ一気に突き刺す。ピクンと何度か巨体が痙攣を起こし、いつの間にかそれが動かぬものとなった。ついにオルトロスは一切の生命活動が永遠に失われた。



「あー、マジで疲れた!二度とこんなことはしないぞ」



何とか戦闘シーンをどうにか書き上げることができました。


ありがとうございました。

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