第28話 コイバナは切なげに
最初の盗賊どもなら斬鬼の野太刀の雷魔法で簡単に片付けることができた。
双白豹が盗賊団はおれたちを襲うことにヤマを張っていると、おれもじっちゃんも予測していた。集落の心優しい人たちならともかく、おれが神器を所有していることが彼女らにバレるとなぜかとてもまずい気がするので、剣による雷魔法の行使は諦めて、光魔法だけを使用することにした。
「見ていたなら助けてくれてもよかったのに」
「うふふ、助けようとしたけどあっという間に終わっちゃったのよね」
当てつけの皮肉に兎人のセイは全く動じることなく、妖艶な笑みを見せるけど目がまったく笑っていなかった。
「そうか。子供たちに早くそいつらのトドメをさせたい、それが終わったらおれたちは集落へ帰りたいんだ」
「わかったわ。レイっち、まだ死にそうにないやつを見繕ってちょうだい」
エルフ様は先からずっとおれを凝視していて、憧れのエルフに見つめられるのはやぶさかではないが、異様なほど疑っているような視線には冷や汗が噴き出すほど気圧されている。
「...アキラ、魔法おかしい、レイそんな起動、連射知らない...」
「そうね、いろんな魔法使いには会ったわ。こんなの初めてかしら」
今度は二人しておれを静観しているけど、このままでは埒が明かない。
「悪い、おれの魔法は普通じゃないのは知っているが言う気はない、秘伝ってやつだ。ちなみに言っておくがおれは魔族じゃないぞ、一目で見て人族ってわかるだろう。そもそもおれたちは被害者なんだ、まずは後始末をさせてくれたほうがいいんじゃないか」
「……そうね。ええ、そのとおりだわ、ごめんなさいね。レイっち、早くしてちょうだい」
「...わかった。レイ、セイちゃん言う通りする...」
レイが片手を切り落とされた盗賊に回復魔法を唱え、素早く魔法陣が現れては薄い光が盗賊を包み込み、斬られた腕の出血がすぐに止まった。イ・コルゼーさんでは到底及ぶことができない迅速な魔法の行使だ。
「それで盗賊のものだけど……」
「おれたちはモビス以外は何もいらない、セイとレイの手柄ということにしてくれ」
「そういうわけにはいかないわ。あたいらの手でやったならともかく、人様から手柄を横取りなんて真っ平ごめんだわ」
双白豹はプライドが高い、自分たちの力だけで伸し上がってきたから否定はしない。でもここはおれ自身やファージン集落のために引くわけにはいかない。
「そうじゃないよ。盗賊はファージンさんの集落のもんが討伐したということになったら、おれたちは都市ゼノスからの呼び出されてしまい、せっかく帰ったのにまた遠出して査問とかを受けねばならない。それにおれたちがやったとなれば、内密じゃ済まなくなるだろう?」
「そうね……」
「そこでだ、この場はこのままにしておく。セイとレイが来た時にはなぜか全滅しているということにしてくれ、それならみんなが幸せになる。おれたちは無事に集落へ帰れるし、セイとレイは依頼を完結するし、依頼主はとっくに盗賊を討伐したこととなる。みんなが笑って、それぞれの幸福を手に入れたでこれで終わり。そういうことだ」
「……」
セイは黙り込んで喋らなくなったが考え込んでいるようだ。都市ゼノス最強の冒険者は力が強いだけじゃなく、頭の回転が速くなければ最強という地位には着けるはずもない。
「……わかったわ、今回はそういうことで決着しましょう」
「ああ、悪いな。連れて行く盗賊もことが済めば間違いなく始末してくれ」
小声でセイに呟き、彼女らはこれからたぶん盗賊の拠点を殲滅にいくだろう。生き残りがいれば裁判なり尋問なりをかけなくてはいけない、初めから誰もいないのほうが事無かれで終われるというもの。
思案に耽っているおれに突如チュッと頬に温かい感触がした。セイ、お前キスしたな!
「うふふ、お礼よ」
キスするなら唇にしてくれたほうがおっさんはもっと嬉しい。ただクレスがまたいきなり不機嫌になったので、帰りの路程を考えるとここはこれで良しとしよう。
「ねぇ、モビスのことだけど、あたいらは1頭しか乗ってきてないの。薄汚い盗賊と同乗するのはゾッとしないから3頭のうち1頭はくれるかしら?」
「いいよ、乗って行ってくれ」
仮処置した盗賊とモビスを1頭連れて、白豹たちはこの場から離れていく。
「アキラ、またお会いしましょうね。楽しみにしてるわ」
「...レイ、アキラと話したい。また逢うから...」
「縁があればね、じゃあな」
手を元気よく振って去る二人、おれの後ろでジロッと睨むクレスとマリエール、その横ではしゃぐチロ。お前らも元気よな、今からやらねばならないことを忘れてはいないか。
「さて、途中で邪魔が入ったがやるべきことをやってもらおうか? 慈悲のあるとどめを刺していけ」
みんなが見る見る内に顔色が青ざめていく。これから自分たちはしようとすることに想像してから手と足が震え出した。じっちゃんが子供たちの前に立つ。
「わしから注意は一点だ、喉か心臓に一突き。覚悟を決めてやれ」
子供たちはしばらくの間食事も喉を通らなかったから、みんなはかなりショックを受けたと思う。徐々ではあるがクレスとエイジェは先に心の回復を果たし、そのクレスだがおれを見る目は憧憬を通り越えてもっと深い思いを込めるようになっている。
いつもはそれを冗談にするマリエールが困惑そうにクレスとおれを見ることがしばしばあったりして、親友の変化に戸惑っているのかもしれない。これはこのままにして置くことができなくなったと思い、集落へ戻ったら互いに語る機会を作ったほうがいい。
帰り道は順調そのもの、盗賊から得た2頭のモビスは鞍が付いてあって、じっちゃんとおれが騎乗することとなった。初めは何度も滑り落ちたおれだがこういうのは失敗が元となって上達していくものだ。
いまや子供たちも暇つぶしにモビスを乗る訓練に交えている。短い期間で色々と経験を積んでいるからみんなの顔が大人びてきている。
大人側からするとちょっとだけ寂しい気持ちになるけど、これは誰しもが通りゆく道だからそれを親の代わりに見ることができたおれは彼や彼女のことを誇らしげに思っているのは間違いない。
集落が見えてきた、いつもと変わらない景色にほっと心が落ち着く。この世界で故郷を問われれば、おれはファージンさんの集落こそがおれの故郷と告げるのだろう。そう思ってしまった自分にとって、もうここから出る日がそう遠くはないと思えるものだった。
「お帰り!」
元気のいいファージンさんの声を耳にすると、もう帰ってきたんだという思いが湧いてくる。集落の人たちがぞろぞろと集まり出し、親は子を抱き、子は親に甘える。いい光景だと思いつつ、離れた場所で立っているおれはまるで部外者のようにその微笑ましい団欒から弾き出されている。
「チクショー、もう帰って寝る!」
「相変わらずわけのわからんこというやつだ。まぁいい、帰って休んでろ、起きたら飯を食いに来いよ? 報告はそん時でいいから」
ファージンさんからのありがたいに甘えることにする、買い付けた品物は集落に着く前に走車に載せたので、その走車とモビスは集落の人に預けた。エイジェはきちんと報告の出来る子ということでおれがすることはなく、正直なところ本当に睡眠を貪りたかった。
この旅は道中の見張りなどで気を休めることがあまりできなかったから、慢性的な睡眠不足が続いていたし、宿で泊まっていた時はじっちゃんのイビキは非常にうるさかった。グスン
「寝起きしてから行くわ、お休み」
「おう、たっぷり寝ろよ」
親子水入らずの時間を楽しみたまえと念じつつ、重くなってきた瞼を耐えながら小屋のほうへトボトボとだるくなっている足で歩いて行く。
集落では久しぶりの贅沢品が入ったいうことで非常に賑わっていた。特にシャランスさんとアリエンテさんを初め、集落の御婦人たちから人気が高かったのが布の生地であった。赤ちゃん用は勿論、自分たちの服も新調することができるのは嬉しかったみたいだ。
ファージンさんからの買い物のリストには入ってないかったが、マリエールがエイジェに相談して購入することに決めたとクレスから教えてもらった。
盗賊に襲われたことについて、ファージンさんはおれの肩をきつく何度も叩き、ありがとうと数度言っただけで戦闘経過の詳細は聞かれなかった。ニモテアウズのじっちゃんがうまく説明してくれたと憶測し、たぶんだけど、おれのことは踏み込まないようにとじっちゃんの心配りがチラついていた。
エイジェは魔法をおれから学びたかったらしい。アイコン魔法はこの世界でおれしかできないし、魔法陣による魔法の行使はおれではできないので、仕方がないからやんわりと断るとエイジェは気落ちしたけど理解を示してくれた。
集落ではおれたちが戻ってから、蒸留酒や醸造酒が入荷したということでしばらくの間はお祭り騒ぎで酒徒どもが宴会に明け暮れていた。最終的には酒が切れそうになったこと、ご婦人たちがかあちゃん魔神に化けたことであっさりと野郎どもの酒宴は終了を告げた。
どんちゃん騒ぎの集落はいつもの日々に復帰して、次の陽の日からまたシャウゼさんと一緒に狩猟に赴く。
「シャウゼさん、クレスのことで迷惑かけている! 本当にごめん!」
両手を合わせて上半身を90度くらいに曲げてから深々と頭をシャウゼさんに下げた。クレスが集落へ戻ってからおれへの好意はより顕著になっている。小屋へ一人で遊びに来たり、横へ寄り添うようになっていたりして集落でも噂が上がっているようになっている。
「いや、アキラが謝ることない。娘の想いはあの子のもの、あれはあの子の大事な宝物」
「ありがとう。クレスのことは大切に思っているし、シャウゼさんとアリエンテさんもおれのかけ替えのない友人だから」
「クレスを弄ぶことはしないよな?」
父親はやはり父親だ、娘を心配しているシャウゼさんは厳しい口調と視線をおれに投げかけてくる。
「あのな、この集落は今のおれにとっても故郷みたいなもんだ。クレスを含めて、マリエールやエイジェたちもみんな親しい子供みたいなもんだぜ? そんなひどいことはできるかよ」
「ああ、すまない。アキラはいいやつと思っている、でも娘が可愛いから」
「知ってるよ。それでシャウゼさん、近いうちにクレスと話したいと思ってるんだ。泣かしてしまうかもしれないが先に謝るからそのあとのことをお願いしたい」
「……殴らせろ。ぼくは娘を泣かすやつは許さない」
右手の拳に力を溜めるシャウゼさん、洒落や冗談でやってるようには全然見えない。この世界に来ても人生っては理不尽だらけだね、グスン
「本気だが冗談だ」
「どっちかにしろ!」
「アキラは行きたい道がある。友人には生きたいように生きてほしい」
「シャウゼさん……ありがとう」
「クレスはまだ大人じゃない、娘が見たい夢は友人のそれとはちがう。今はどうしようもないがいつかわかってくれると思いたい」
「本当にそうですね」
「だからあの子と話してやってくれ、後のことは親のぼくに任せろ」
「すまない、本当に助かる。シャウゼさんありがとう」
「うん。だから全力で殴らせろ」
そっちに戻るんかい! それよりあんたが全力で殴ったらおれは間違いなく死ぬから。
近頃は集落の人たちも狩猟しているので、以前のように陽の日の全部を狩りに当てなくてもよくなった。5頭ほどのシカを仕留めてからシャウゼさんが集落へ戻ると帰途につく用意を始めた。
「ジョセフィードか?」
「ミャア」
1頭の三角シカがシャウゼさんを用心しつつ、いくらかの距離を置いておれを見続けている。
「シャウゼさん、前に言ったシカです」
「アキラに懐いた変なシカか」
シャウゼさんは弓にかけていた矢を筒に戻して、不思議な光景を眺めるような目でおれとジョセフィードを見やる。
「久しぶりだな、元気か?」
「ミャウゥ」
ジョセフィードに近づいてからその頭を撫でまわす。ジョセフィードは目を細めて気持ちよさそうに身を摺り寄せてくるが足を僅かに引きずっていた。
「ん? どうしたのお前。あっ、その足は傷ついてるじゃないか?」
「ミャウゥ」
右後ろ脚の太腿に引き裂かれた3筋ほどの浅い傷跡から血だ滲んでいる。
「ジッとしてろ、いま治してやるから」
「ミャア」
ほかのシカの命を奪っておきながらジョセフィードには初級の回復魔法をかけている。矛盾さを指摘されたら返す言葉もないが、情が湧いたこのシカをいまさら手にかけることは無理なことだ。
シャウゼさんが口元に笑みを綻ばせておれと変なシカを見ているだけ。
「よし、治ったよ。遊んでやれないから気を付けて行けよ」
「ミャアッ」
ひとしきり頭をおれの肩に擦り付けてからジョセフィードは跳ねるように走り去り、あっという間に森の奥へ姿を消した。それにしても変な傷だった、3筋の並行した傷は猛獣の爪に襲われたように見えた。
野犬しては大きな傷であったし、この森の野犬はすべてが小型でウサギなどの小動物を主食していて、死んでいない三角シカを襲うことはないと以前にシャウゼさんから聞いている。
森で生きていると足を滑らせて木の枝でケガすることもあるだろうとジョセフィードの傷を気にしないことにした。
「アキラ、ぼくは見分けがつかないよ?」
シャウゼさんは森でジョセフィードを見ても識別はできないと言いたいのでしょうか。
「ええ、その時は苦しくないようにひと思いでやっちゃってよ」
「ああ、それなら自信はある」
集落の人たちに狩りでやられることもあるだろうが、そうなった場合はそれがジョセフィードの運命ということ。おれはどうすることもできない、どうするつもりもない。ただジョセフィードがシカ生を力強く生き抜いていけると願うのみだけ。
前に集落のみんなで泉から水路を引いて、畑を拡張させるために溜め池を掘ったことがある。アリエンテさんは花が好きで溜め池の横にある花が咲き乱れる花畑は、シャウゼさん家族全員と手伝いさんのおれが畑の拡張工事のかたわらで合間見て作ったもの。
母親思いのクレスは時間が空いた時に雑草抜きなどで花畑の手入れをしている。
「やあ、クレス。精が出るね」
「アキラさん、お父さんと狩りから帰ってきたの?」
「うん。今回はシャウゼさんがシカの皮をなめすからおれの仕事は終了だよ」
「そうですか、お疲れさま、アキラさん」
彼女の嫣然と満面の笑みは今のおれには明るくて眩しすぎる。白いワンピースの所々に泥がうっすらと付着して、鍬を持った彼女は少女のあどけなさと野生的で端麗な美しさに、最近は体付きが肉体美を見せる丸みを帯びて来ている。
少女から大人の女へ咲き始めているのだろうか、そんな彼女に女性の魅力を感じながらおれは自分の思いを彼女へ語る覚悟をする。
「なぁ、クレス……」
「わたしはアキラさんが好きっ!」
先手を打たれた。
「大好きなんです、アキラさん」
クレスの顔から笑窪が消え、瞳から真剣な意思が突き刺すようにおれの心を揺さぶってくる。返事するための口が開かない、いや、開けない。
「……その気持ちは嬉しい。でもごめん、応えてやれないんだ」
ようやく言葉を紡ぎ出すことができたが、青年を通り過ぎたおれは頭の悪さと語彙の少なさに、どう語ればこのいたいけな女性を悲しませず、貴重な想いをその胸の奥底へ仕舞わせることができるのだろうか。
「どうして? ねぇ、アキラさんはわたしのことが好きじゃないの?」
「好きだよ。でもね、それは君が望んで実らせたい好きじゃない」
この女性はとても利口で人の気持ちに鋭敏、機先を制したのもおれが何かを言おうとしたのはわかっていたはず。こういう女性は口先だけでは通用しない。
「わたしが子供だからとか、お父さんと同輩だからなんて言わないで。アキラさんの本当の気持ちを聞かせてほしいの」
考えていた逃げ道を塞がれた。もういいや、正直に自分がしたいことを言おう。彼女なら理解できると思うから。
「うん、わかった」
クレス両目に涙が雫となってこぼれ落ち、眼差しは真っ直ぐにおれの瞳に向けてきて、口をつぐんだままおれの声を待っている。
「クレスが知っているように、おれは集落の人が知らない不思議な力を持っている。わけを話すと長くなるけどおれはこの世界に色んなところを知っているが、その場所を自分の身体で直で感じてみたいのが今の夢。今すぐというわけじゃないけど、近いうちに集落から出るつもりなんだ」
「……」
たぶん、彼女はおれがいつかは去ることをすでに察知していたのだろうし、それを知っていて口にするのが怖かったかもしれない。だから彼女に向ける言霊はまだ終われない。
「おれは旅人、いずれここから立ち去る者。集落で幸せを築き上げていくのも悪くないと考えたこともあって、それもまた選び得る人生の道の一つと思ったりする。だけどね、それは今のおれが生きるの証にはなれない、ごめん」
「……」
「あくまでおれの妄想でだけど、君がおれと一緒に行くことを望んでも、おれは君を連れて行くことはできない。これはおれが悩んだ上での選択、君を巻き込むつもりはない。クレスに集落でシャウゼさんとアリエンテさんの家族や集落の人たちと一緒に暮らしてほしいし、いずれは自分の空へ羽ばたいていくとしてもそれは今のおれとじゃないよ」
思っていたことを拙い言葉で伝えることができたと思いたい。おれとクレスの間の対話に正解がない以上、誠実に正直な思いを目の前にいる美しくも賢い女性へ伝わるようにぶつけることしかおれにはできない。
「……わたしがもう少し大人なら連れて行ってくれたの?」
「わからない。おれのことをどう思うであれ、君が素敵であることに変わらない。クレスだから、この集落へ連れて来てくれた君だから、おれのことを大切にしてくれた君にこそ嘘や偽りは嫌なんだ」
「……ありがとう。あなたが大好きよ」
流れては落ちると彼女は流涙を止めることが我慢できなくなっている。できるだけ優しく包むように彼女の華奢な身体を抱擁し、おっさんはこれくらいでしか彼女の純粋な想いに応えることができない。
「ありがとう、君に好かれたことを誇りに思う。これから先もきっと忘れることはない」
小屋への帰り道にマリエールとばったりと会った、というよりは待ち伏せされたと思う。
「クレスはアキラのことが大好きよ」
いきなりの直球かよ、お前は覗いてないだろうな。
「そうか、おれも好きだ。この集落のみんなが大好きで、勿論マリエールのこともだぞ」
「あら、卑怯な言い方ね。とてもずるいわ」
「チョコレートをあげようか? 今なら三つをあげてもいいよ」
「ごまかしに入ってない?」
これだからスレた子は嫌いだよ。
「オッホン。ほら、飴も三つ追加だな」
「ありがとう。あたしもアキラのことは大好きよ、クレスのことがダメならあたしをお嫁にしてもいいわよ?」
「はっはっは、こらこら。おじさんを揶揄うんじゃありません、本気にしたら大変だぞ?」
「嘘だと思うわけ? ふーん。えいっ」
抱き着いてきやがった。はち切れんばかりの弾力に富んだ二つのゴムまりが高い体温とともに押し付けられ、押し込まれた脂肪がぴったりとおれの胸部に吸い付いている。アカン、コレ気持ちエエぞ!
そしてマリエールよ、クラクラといい感触に時間が飛ばされて今ごろ気付いたけど、お前の視線はおれを越えてどこに向けられているのか? さぁ、それを辿ってみようか。
あるぇ? 鬼神がごとく顔中に激怒が溢れている人の形した何かが両手を組んでこっちを睥睨しているのは、確かに先までは嫋やかで幼気な美しい女性だと思うが……
――謀ったなマリエール! わかっててわざとやりやがったな!
「あらやだ、クレスに見られちゃったね。じゃ、あとは任せたわよアキラ」
マリエールの手にはしっかりとおれが冗談で出したチョコレートと飴が握りしめられていて、ちゃっかりしているこの子はきっとどこでも生き抜いていけるとおっさんが保証するよ。
そんなマリエールのことよりも、どうやって誠実にこれから近付いてくる人災をどのように説得しようかとおれは悩み出した。
ありがとうございました。




