第27話 危険な世界へようこそ
陰の日に入ってもテンクスは変わらない賑やかな町、むしろ夜の明かりが至る所で建物の窓から溢れ出し、集落では見ることのできない光景に子供たちは圧倒されている。さすがに夜の街を子供だけで出歩かせるわけにはいかないから、おれとニモテアウズのじっちゃんが子供たちのお供と化した。
じっちゃんは本当に有名人であった。飲みに行くときにこの町の衛兵団の団長であるスーウシェがじっちゃんはその昔にゼノス騎士団の副団長で敵う者がいない片手剣使いあったことも教えてくれた。
ウワバミのご老人が有名な剣豪であったことにおれは戸惑いを隠せずにはいられなかったが、じっちゃんは実に面倒くさそうな表情でスーウシェ団長の口を止めた。少しの間は畏まって尊敬の意をじっちゃんに表してみたが、飲んだくれは相も変わらず酒を強請るものだから、おれも普段通りの態度に戻っている。
「アキラ、わしらが付けられているのは気付いているな」
「うん、胡散臭そうなのが何人くらいかがこっそりこっちを観察しているな」
じっちゃんと酒場で酔わない程度飲んでから、宿へ戻る道でじっちゃんは口調を変えることなく、おれに話しかけてきた。
「スーウシェの小僧がこの付近で盗賊団が潜んでるから気を付けろってんだ」
「それらしき情報は耳にしているよ」
「そうか。帰りはどうするつもりだおめぇ」
「一応考えたが、おれたちが盗賊団の目星なら逃げようがない。このままテンクスで長居するわけにもいかないし。予定通りに陽の日の朝に買い付けたものを積み込んでから出る」
「うむ、いい考えだ。狡猾なやつらならわしらが遅れて出ようかでまいか、連絡係を残してこっちが町を出てから一網打尽だ」
「そうだね、やはりじっちゃんはおれたちが盗賊団の獲物と思うか?」
「そりゃおめぇ、奴隷になれるガキが6人に転売できる荷。その中で手強そうなのは昔に名が知れたじじいが一人だけだ。使えない上に冴えない男一人がいるが、脅威にはならんと踏んでるだろうよ」
「とほほ、使えない上に冴えない男一人ってのはおれのことだよな。はー、萎えるわ」
やっぱり冴えない顔してるからか? 肩を落としたおれの背中をじっちゃんは強めにひと叩きした。
「僻むな、見た目はそんなもんだ、しかも誰もが見た目で判断したがるから。それはいいがおめぇはどうする? 対策はあるか」
「うーん。おれの剣の腕は何人も殺せないけどな」
「おめぇの剣の腕は期待してねぇよ、素人に毛が生えた程度で何ができる。この際だから聞くがおめぇ、なにかを隠してんだろう?」
達人クラスならわかるもんだよな。平凡な生活を送りたいから目立つことはしたくないだけで使い所を間違うほどおれは間抜けじゃない。能ある鷹は爪を隠すって言うし。
「隠すとか確かにそうだけど、用もないのに攻撃魔法なんて使うこともないし、一々それで粋がるほどおれもガキじゃないだけ」
「そりゃそうだ。やはり思った通りだ、おめぇは魔法使いで剣使いじゃねぇ。何人はやれるんだ?」
「相手の魔法抵抗にもよるけど、光魔法の初級で一発必殺なら200人までは大丈夫じゃないかな。やったことがないから知らないけど」
「なんだそりゃ、そんな魔法使いなんて聞いたことがねぇよ。おめぇは伝説に出る大魔法術師か」
「いや、童話が盛り過ぎだけだって。光魔法の初級なんて高位のモンスターに効きにくいと思うし、軍隊相手ならおれではどうにもならないと思っているよ。中級や上級魔法はまだ使えないし」
「はっはは、自分の力量をしっかり把握してるわけか。しかも中級と上級はまだと来たか、少しおめぇを侮ったな、わしも老いるわけだ」
この世界で魔法使いに会ったのはレイくらいなもんだし、魔法を使えと頼むわけにもいかない。恐ろしい女豹達に目をつけられると盗賊団以上に厄介なことだと思う。
「よしわかった、帰り道に盗賊団が出たらおめぇ一人に任す。わしはガキらを守る、それでいいな」
「ああ、任されよう」
「ところで聞くが、おめぇはタマを取ったことあるか?」
うん? タマを取るってあれだよな、人を殺すということ。
「いや、ないよ。シカとゴブリンなら山盛りだけど」
「アホ言え。人を殺ると動物やモンスターのそれとは違う、やれるかおめぇはよ」
人を殺したことなんてない、生まれ育ったところは平和で人殺しは日常茶飯事ではない。それでも地球にも紛争は絶えない、戦争で命は容易く消えるもの。こっちに来て、時空間停止の時代では嫌というほどのそういう光景を瞼に焼き付いてきた。
まさに殲滅されている村や集落、モンスターに食われている最中の人族や獣人族、馬車が襲われて絶望的な暴力を受けているあの家族。おれは決めていたんだ、自分が目にする理由なき暴力にはそれを上回る迷いなき殺戮をくれてやると。
「やれるかどうかはヤったことがないからしらない。おれが決意するのはただ殺るだけ」
「はっはははは、面白れぇやつだ。なら何も言うまい、ケツはわしが持つから思いっきりやってみるがいい」
集落から言付けられているお買い物は大体そろえることができた。その道中でもしつこく誰かの粘っこい視線は絶えたことがなく、むしろ粘度が上がる一方。その中にはそれらに張り付く美女シスターズもいるが、二人に近付くのは危険なので止しておいた。
エイジェは本が沢山買えたことで大はしゃぎ、集落へ戻れば図書室を作るとカッスラークにしゃべり続けている。クレスとマリエールは女性用の日用品を買い漁っているし、チョコ兄弟は菓子類を集めることに余念がない。
二度目のお小遣いは一人ずつ、銀貨20枚を追加で配給することとなった。
陽の日の朝、走車の店へ改造が終わった走車とモビスを引き取ってから、買い付けた品物を各種の店へ取りに行った。集落までの食糧品と水はひとまず積み込んで、町を出てからおれのアイテムボックスに入れる予定だ。そのほうが長持ちする。
「もうちょっと居たかったね、クレス」
「うん」
「また来てね、マリエール、クレス」
「ええ、また来るわ。元気でね」
エイジェ以外の子供たちは宿で待っていた。
チロは最後とばかりに食事を立て続けてお替りしているが、お前は食い過ぎだ。マリエールとクレスは仲良くなった女将の娘と話し込んでいる。さしずめ女子会ってとこか。
戻ってきたおれたちを見てから子供たちは走車のほうに来て、しばらく滞在した宿とお別れをする。宿代は一人当たり陽の日銀貨10枚と陰の日銀貨10枚で合わせて銀貨20枚、6人分は全部で金貨1枚と銀貨20枚。安くない出費だがこれは必要経費。
「それではニモテアウズ殿お元気で、またお会いすることを楽しみにしていますぞ」
「おめぇさんも元気でな。じゃあな」
スーウシェ衛兵団長に見送られて、おれたちはテンクスの町を出た。集落へ行く方向は元々行く人がいないためか人気が少ない。じっちゃんはおれたちに手綱でモビスの御し方を教えてくれて、チロはすぐに飽きてしまいマリエールに話しかけているが無視されているね。
代り映えのない草原の風景に、子供たちはウトウトと眠気に襲われていた。来るときには町へ行くの期待と興奮もあったから気を張っていたが、集落への戻り道は家族に早く会いたいくらいなもの。
若い時に好奇心が何よりも勝る時代を思い出してから、おれは少しだけ自分も年を取ったと苦笑いを顔に浮かべる。
後ろで誰かが付いてきていることを、おれもじっちゃんもちゃんと掴んでいる。相手もことを起こすなら、テンクスの町から事件の発覚が遅れるだけの距離を取るつもりだとこっちも踏んでいるため、準備する時間を十分にとることができた。
「おめぇら、わしらは盗賊団から襲撃を受けるかもしれん。用心しておけや」
じっちゃんの警告に、走車の中でひと眠りから目を覚ました子供たちが一斉に緊張し出す。おれはリュックからみんな用の装備を取り出して、鋼の鎧が一式で7人分、カッスラークにはさらに鋼の大盾を渡す。
おれのほうは愛用の小鬼シリーズを着用するつもりだ。
「アキラさん、この装備は町で買ったの?」
「違うよ、おれが持っていたものだ。君たちの命が一番だからね、皮革の鎧からちゃんと着替えろよ。マリエールには大き目の鎧な、胸に合ったものがほかにないんだよ」
クレスからの問いにおれは返答して、一方の言われたマリエールは顔が見る見るうちに紅潮した。
「変態! どこ見てんのよ、バカ、スケベ」
走車の走行を止めないで積んでいた荷を全てリュックに仕舞う。子供たちが着替え終えると、じっちゃんとおれは順番で交代して完全武装した。
「アキラ、これはダンジョンから取ったものだな」
さすがにじっちゃんはお目が高い、鑑定スキルがなくても見抜けるみたい。子供たちはダンジョンの鎧と聞いて歓声をあげたが、君たち、いまはそういう場合じゃないからね。
おれは御者の席から辺りを気配察知のスキルとともに目を凝らしている。子供と走車を捕獲したいなら矢を放つのは控えるはず、来るとしたら接近戦だ。
後ろのほうから土煙が上がっているとじっちゃんから注進が入った。右手前方から急に鳥が飛び立っていく、ようやくお出でなすったってわけか。
「子供と走車は全部もらうぜ。じじいとおっさんは自分の手で死んどけや、俺らにやらせると苦しいだけだぜ?」
「ゲヘヘ。お頭ぁ、女は犯っていいよな」
「あいつらいい鎧持ってるぜ!」
数十人の汚らしい野郎どもはニタニタして走車を囲んでいる。
先頭に立つお頭と呼ばれている体格のいい中年は、こっちを見くびっているように脇にショートソードを差したままだ。その左右にはロングソードを抜いたヒャッハーな青年が二人、中年の横から罵声を囃し立てている。
前方には30人の剣や斧を武装した盗賊たち。
その中で10人ほどの盗賊は弓を装備していて、矢は弓にかかっていない。後方をチラッと見ると約15人の盗賊が武器を仕舞った状態で立っていて、もう3人はモビスに騎乗していた。
盗賊はこの戦いが楽勝だと考えているだろうな、おれが無知なやつらならきっと同じく楽観視する。
最初は光魔法の掃射、死んでいなくていいから行動力を奪ってやる。
その後で弓を持つ盗賊どもを刀で潰す。遠距離攻撃は子供たちに危害を与える恐れがあるので、そこは気を付けよう。前方の敵が倒れたら、後方の奴らの中で騎乗盗賊は斬殺するつもり。モビスは村でも使えるので出来れば捕獲しておきたい。
残りの奴らは光魔法に切り替えて乱射だ。こいつらにはその場でとどめ付き。
よし、殺るか!
子供たちはカッスラークが構える鋼の大盾の後ろで身を隠すように防御を固めた。じっちゃんは子供たちの後ろで後方の盗賊に備えていて、ちゃんと打ち合わせした通りの隊形をくんでくれている。これならおれが戦闘している間は大丈夫だろう。
さてと。
「おいおっさん、怖くて言葉も出ねぇのか? ギャハハハ!」
楽しそうにガラの悪い青年が笑う。それを聞いた盗賊たちもつられて全員が馬鹿にしたように笑いだす。
死にな。
光魔法のアイコンを連打する。
光の束は次々と射出されて盗賊をなぎ倒していく。盗賊の笑声が途切れて、目の前に起こったことを理解できずに動きを失った。約20人の盗賊は全員倒れたが、その始末は後でだ。
機敏値285の速さを知れ。
弓を持つ盗賊の許に跳ねるような歩調で飛び付いた。
反応することができないやつらに抜刀して切りかかり、とにかく切り続けるのみ。たとえ死んでいなくても手と足が切り離されたら敵対行動が取れない。野太刀の切れ味はまるで豆腐を切るように次々と弓盗賊が斬り倒されていき、これでおれたちの前方には立っている盗賊が一人もいない。
「ガキらを人質にとれ!」
後方の盗賊から誰かが叫んだ。悪くない考えと思うだがすでに遅すぎた。
子供たちの守備隊形を横切ってから、モビスに騎乗している盗賊に斬撃を浴びせる。油断していたのか、3人とも引っ付いている形で連続で殺しやすかった。5人くらいがようやく動きを取り戻して、子供たちの守備隊形のほうへ接近しようと走り出す。
光魔法の射線上に、子供たちの守備隊形があるので魔法の行使は断念する。じっちゃんが片手剣を構えて戦闘に備えている。
集落で鍛えられた技はここで出す。5人に接近したおれにそれぞれが得物を切り掛かてくる。切りかかったショートソードを横に一歩だけ避けて野太刀を払った。一人目だ。
振り上げた斧が振り落とされるを持つこともなく、盗賊の心臓を野太刀の剣先で突き刺す。二人目。
水平に払ってきたロングソードより先に、盗賊の後ろに回り込んでから野太刀を振り下ろす。これで三人目。
バックラーで叩きつけようとした盗賊には小鬼の籠手で叩き返す。盗賊の体勢が崩れた所で、股から野太刀を切り上げて、腹を両断された四人目の盗賊は絶命する。
あとは一人。
恐怖に慄いた盗賊は未だにいる仲間の所へ戻ろうと、後ろのほうへ向いて走り始めた。
よし、魔法の射線にはもう盗賊しかしない。躊躇いなくおれは光魔法のアイコンを押し、伸びる光線は残りの盗賊の命を刈り取った。
唖然としている子供たちの横を通り過ぎようとするおれを、じっちゃんが腕を掴んで歩みを止められた。
「トドメを刺すならこいつらにやらせてやれ」
「え? ああ、わかった」
この世界は生きづらくて優しくない、集落にいる間は醜悪な一面を見ずに済むのだろう。
しかし、もし翼を羽ばたいて集落から飛び出す勇気を持ち得る時がくれば、向けられた悪意を容赦なく跳ね返すだけの覚悟が必要となる。
人の肉も動物と同じのように柔らかい。だけどその肉に刃を突き刺す感覚は別のもの。
慣れる慣れないではなく、武器を持って誰かにそれを向けたときから、人を殺すことを身体と心が理解すべきことだと、じっちゃんは言いたかったかもしれない。
勿論、おれには異議などあるはずもない。
「トドメはお前らに任す。盗賊でおれたちを殺そうとしている相手だが、苦しくないように一思いでやってやれ」
「お兄さん、一人だけ残してくんないかしら?」
覗き見をしていた招かれざる観客があらわれました。
この劇の終幕に、白い鎧を纏っている麗しい美人たちがようやくのご登場だ。
ありがとうございました。




