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のちに聖人と呼ばれたおれが異世界を往く ~観光したいのに自分からお節介を焼く~  作者: 蛸山烏賊ノ介
第2章 新しい世界で集落の住民となる
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第26話 大人の時間は酒と与太話

 宿に着くととみんなは戻っていた。食事の時間なのでおれは遅れて一階の酒場へ行き、みんながいる隅にある食卓の椅子に座って食事をとることにした。



「アキラさん、先はどこへ行きましたか?」


「うーん、町をウロウロと観光だよ」


 エイジェが聞いてきたことは多分クレスが知りたかったこと、その証拠にチラチラとこっちに視線を向けながら目が合うとすぐに逸らしてしまう。おっさんは無視するけどね。



「また女の人にちょっかいをかけに行ったじゃないの?」


 棘のある言葉をどうもありがとう。でも、マリエールよ、そうだとしても君たちには関係ないよね。しかしここはその言葉に返事しないこと、でないと言葉尻をとらえてさらに話がこじれるだけだから。



「集落に必要なものがないかを見に行っただけだ。それより若い皆さんにお小遣いをあげよう」


「えー!」

「わしもあるのか?」


 約1名が奇怪な質問をしてくるが気にしないぞ。集落で預かったものは共同で使う金、まじめなエイジェはそれで私物を買う性格はない。じっちゃんは子供たちを連れて買い喰いくらいはするが、買い物は集落から頼まれたものしか買わないのだ。



 なんと言ってもじっちゃんは集落の長老だから、そこはちゃんと弁えているみたい。ここは予定より大金が入ったおれがみんなと一緒に幸せを分かち合うべき。



「一人ずつ銀貨15枚をあげます、これで好きなものを買ってきていいよ。これは集落の金じゃなくて、おれが稼いだ金だから遠慮しなくていい」


「……そんなのアキラさんに悪いわ」


「クレス、気にしないでもらっちゃおうよ。男は悪いことすると罪滅ぼしにご機嫌とるって母さんが言ってたわ。きっとこれがそうなのよ」


「くれるならもらってやるから早くくれ!」

「にいちゃん、そういう言い方はないと思うよ」


「アキラさんからもらうわけにはいきません、僕たちは我慢しますから」


「……それは良くない」


「アキラ、こいつらはいらんならわしにくれ、飲み足りんのだ」



 こんなことでおれには悪くなんて思わなくていいからね、クレス。


 それとマリエール、おれは無罪だから機嫌なんかとらないよ? 日頃からシャランスさんはなにを教え込んでんだよ。


 チロ、お前の分はルロにくれてやるから横で泣いていろ。


 エイジェも我慢とかいうな、子供は大人を食い物にして成長していくのだから。


 良いとか悪いとかじゃなくて、そもそもお小遣いのことを気遣わなかったファージンさんが悪いからね、カッスラーク。


 最後にじっちゃんは黙ってろ、今はお年寄りが出る幕じゃない。



「あーもう、いいからもらっておけ。今度ここへ来れるのはいつになるかがわからない、せっかく来たから楽しんでいけ。これは決定事項なの、反論は認めない。食事後はじっちゃんとおれの部屋へ来いよ」


 食事を進めるようにおれが焼いたパンを濃い牛乳の味がするシチューみたいなスープに浸してから食べる、それに続くようにみんなが中断した食事を再開した。




「ここに金貨2枚がある。これはエイジェに預けるから集落に役立つ本があれば、全部を使ってもいいから買うこと、反論はなしだ。買い足りないときは言え」


 金貨2枚をエイジェに手渡す、この子ならきっと必要な本を厳選して購入してくれるだろう。すごく感動しているけどこれも無視だ。



「それと買い物は全員で行くこと。危ない人物とか場面とかに出会ったなら逃げること。買い喰いしてもいいがご飯が食べれないほど食うな。必要なものとか欲しいと思うものは買っておけ。小遣いが足りないときは言いに来い、また渡すから。だが集落に帰ってから買ったもので親に怒られてもおれはしらんからな」


 自分の意志で使えるお金をもらって、みんなは心ここにあらずの様子でお買い物を楽しみたくてうずうずしているのだ。



「マリエール、みんなの面倒を頼んでおく。こういう時のお前は頼りになるから、しっかり引率するように」


「……ええ、わかったわ。ありがとう、アキラ」


「アキラ、おめぇはわしのお小遣いを忘れてないだろうな」


 じっちゃんが拗ねてどうする、あんたはおれと同行だ。ワスプールからいい酒が飲めるところを紹介してもらった。



「ファージンさんが頼んだ用事はほぼ終わったので、おれはじっちゃんと飲みに行く。みんなも町に来たからにはいっぱい見て、聞いて、自分で体験すこと。以上で解散」


「珍しく気が利くじゃねぇか、おめぇ。ガキどもはお小遣いで遊びに行け、いい時間になったら宿に帰ってこい」


「はーい」


 長老の一声で子供たちは蜘蛛の子のように散っていく。この世界はエールだけじゃなくて葡萄酒みたな果実酒もあるし、蒸留酒や醸造酒があるかどうかが気になるところだ。




 うん、あった。蒸留酒も醸造酒もあった、おかげさんでじっちゃんと飲み交わしている。ここは商人ギルトから少し離れたところで路地裏まではいかないが、大通りから入ったところでこじんまりとした、バーみたいな落ち着きのある雰囲気でまさに酒を飲む店なのだ。



「こりゃうめぇや、長らく飲んでないなこれ」


「集落へ帰るときに買って帰ろう、みんなも喜ぶはずだ」


「わかってるじゃねぇかおめぇ、愚図だと思ったが見込みはあるな」


「口の減らないじっちゃんだな、お代わりするか?」


 店主にアビラデという酒を注いでもらった。名前と味からしてブランデーと思うが思念でこっちの世界に来たからそうなったと思うことにした。



「アキラ、わしはスーウシェの小僧と宿の酒場で約束してるから先に行く」


「そうか、わかった。おれもうちょっと飲んでいく」


「おう、またここに連れて来いや」


「はいよ。じっちゃんはいい歴だから飲み過ぎるなよ」


「ぬかせ小僧、まだおめぇには負けねぇよ」


 じっちゃんが酒場から出ていく。おれは醸造酒を頼んで嗜んでみる、これは何を発酵させたものだろうと店主に来てみたら山羊の乳から作っているらしい。この世界にも乳酒はあるものだ。酒飲みは世界を選ばずというところかな。




「あら、お兄さんはお一人かい?」


 声を掛けられたので振り向いてみると見覚えのあった美女二人がそこに居る、一人はもう一人の背中に隠れるようにしてこっちを見てるけど。



「うふふ、お兄さんと縁がありそうね」


「そりゃ光栄だ。どうかな、一杯をおれに奢らせてもらうのは?」


「ふふ? 1杯だけで済ますつもりかい?」


「...セイちゃん、レイ知らない人やだ...」


 エルフ様は変わらず警戒中だ。できればエルフ様と仲良くなりたいが、どうしたらいいだろうか。



「レイっち、人見知りばかりじゃダメでしょう? 苦手なのはわかるけど、克服する努力を見せなさいよ」


「そうそう、人はある程度話してみないとわからないよ? 風林火山ちゃん」


 エルフ様とお話しができるならハッタリでもなんでもかましてやるよ。



「ふうりんかざん?」


「...フーリンカザン...」


 しまった、ワスプールの話が鮮明過ぎて、つい口が滑ってしまった。



「お兄さん、それなにかな? どういう意味なの」


「い、いや、特別な意味はない。なんか二人のイメージに合いそうかなって」


「... フーリンカザン! カッコいい! レイ二つ名それする...」


 ええっ? エルフ様は食いついてきた、まさかの厨二属性か、エルフは知性が高く長寿の設定だよな。



「もう、レイっちは変な言葉が好きなの。どうしてくれるお兄さん、責任取るかい?」


「え? 結婚しろってこと? いや、まずは互いの性格と趣味をだな……」


「...レイ、変な人結婚しない。でもフーリンカザンもらう...」


 変な人って誰だよ、おれのこと? 大好きなエルフ様から直に言われると凹むからやめてくれ。



「ププっ、確か変な人ね。まずは座ろ、レイっちもいいでしょ?」


「...うん、レイいい。カッコいい二つ名もらったから...」


「もうレイっちは、二つ名は商売道具のうち、変えないからね」


 とほほ、変な人で定着するんだ。エルフ様から同席の許可が出たからいいけど。




 飲み物がテーブルの上に置かれると先に乾杯ということで酒杯を上げてみたが、この世界はその習慣はなく、訝しげにウサギさんがなにそれと聞いてきたので教えることにする。



「それはな、飲み初めの掛け声でさ、これから飲むぞみたいなもんだよ。乾杯は杯を乾すと解いて、実際は飲み干さなくていいから自分のペースで飲んでいいから」


「へー、お兄さんはあたいらを酔わせてなにする気かい?」


「ここで死ぬ気」


 横でエルフ様は会話に参加することなく、ちびちびと果実酒を小刻みに酒杯を突く姿がとても可愛らしく、それでいて二つの巨峰が二の腕に挟まれて、小刻みに動く腕に連動してプルプルしている。たまらん!



「うん、あたいもちょっと思ったけど奢ってもらっているので、飲み終えてから生かすか殺すかを決めようかな? レイっちはどうする?」


「...レイいい、見られて減らないからいい。触れたら即殺...」


 おれの生死与奪権はどうも自分のものじゃないらしい、これがこの世との別れ酒と思うと……残念な思いが残らないようにしっかりと脳内に焼き付こう。


 エルフ様のお胸様をガン見だよ。



「いい度胸してるよね、お兄さん。名前は教えてもらえるかしら?」


「ええ? 度胸なんてないよ。だってこれが今生の最期のお酒かもしれないぜ? 未練残すのは嫌だからガッツリ見させてもらうかなと。フーリンカザンの許しも出たことだし。ちなみに名前はアキラだ」


「...うん! レイ許す。レイ、フーリンカザンだから...」


 エルフ様、そのエッヘンのドヤ顔はやめてくんない? 可愛さ100倍増しだから惚れたらどうしてくれるんだよ、結婚を申し込んでもいいかな。



「うふふふ、アキラさんは面白いね」


「アキラでいいよ、さん付けはいらないから」


「... レイわかった、アキラ呼ぶ...」


「およよ? レイっちが人族とこんなに早く馴染めるのは珍しいわね」


「...うん、レイやれるから大丈夫...」


 そのヤレルというのはおれが期待するヤれるじゃなくて、殺と書いてやれるってことですよね。



「アキラさんはあたいらのことを知ってるよね。ちなみにあたいはセイでこの子がレイだからね」


 知ってますよ、セイレイシスターズですね。セイちゃんは名前に拘りがありそうだから、この手の冗談は言えなさそう。それにしてもセイちゃんはやはりおれのことをさん付けで呼ぶんだ、警戒されているかな。



「ああ、宿の酒場で聞いた」


「ふーん、どういう風に聞いたかは聞かないでおくわね」


(ツイン)白豹(ホワイトパンサー)、都市ゼノス最強の冒険者ってとこかな」


「...白豹最悪。レイ白くないし豹じゃないし、白魔豹なんてカッコ悪い...」


 ですよねぇ、なんで白豹なのかな。せめて黒豹とか女豹とかがお薦めだけど絶対に口に出すことはしない、理由はセイちゃんに殺されそうで怖いから。それにしても魔法が強いからって魔豹は安直の名付け方だな、もうちょっとひねったりしたほうがいいと思うね。



「もう、レイっちは二つ名が売れるまでどれだけ苦労したと思ってるのよ。二人の白い鎧を買い揃えて、嫌なリクエストもこなして、とにかく大変だったかんね。白魔(ウィッカ)(パンサー)白瞬(フレッシュブリーズ)(パンサー)の二つ名は変えないよ、いい?」


「...うん。レイ嫌だけど、セイちゃん言う通りする...」


「いい子ね……それでアキラさんはあたいらのことでほかになにか噂を耳にしたかい?」


「強いて言えば盗賊がなんとかかんとか、そのくらいかな?」



 セイのウサギ目がこれでもかと細められていく、その上でおれだけに強烈なほどの殺気が向けてきた。このウサギは怖い、おれの怒らせてはいけないリストにその名が載りました。



「うふふ、なにを聞いたかしらね。詳しく細かく教えてほしいなぁ、お兄さん」


 はい、名前すら消えました、笑っているけど本気です。殺される一歩手前におれがいる。



「いや、なにも。この町の噂で盗賊がいるとかいないとかだけ。おれは旅人だから気を付けろって」


「……ふふ、そうね」


 よかった、地獄の手前から帰還できたみたい。彼女からの殺気が解けて、先と同じ落ち着いた店の雰囲気が戻ってきた。



「...アキラ、気付ける...」


「ありがとうレイ、心配してもらえるとは思わなかったからすげぇ嬉しい!」


「うふふ。レイっちも気を付けなさいよ、こういう男は甘い顔をするとすぐに付け上がってなにを仕出かすかがわからないよ?」


「...レイ、大丈夫。一瞬殺るから痛くない...」


 やっぱり殺す気なんだこのエルフ様。でも苦しまないように殺ってくれる優しさはあるうんだな、全然嬉しくないけど。



「アキラさんは旅人っていま言ったよね、子供を連れてどこからきたの?」


「ああ、ファージンさんが長を務めている集落だ。ここから離れているし、集落と言っても住人は少ないからレイとセイは知らないと思うけど」


「あら、ファージンさんなら知ってるよ。集落を開拓する前はテンクスで有名な冒険団をやっていたわ、しかもその冒険団は揃いに揃って全員が猛者の集まりらしいね」


「...レイ知ってる。烈斬のファージン、狂風のシャウゼ、双蛇剣使いのシャランス...」


「アキラさんと同行しているお爺様は以前のゼノス騎士団副団長のニモテアウズ様ね」



 二人が腕がいいのは知っていたが、二つ名持ちは知らなかった。彼らからすれば昔の出来事、思い出の話。集落で一緒に飲んでいても冒険時代の自慢話は聞かなかったな。シャランスさんもやはり二つ名持ちの実力者だったんだな、通りで未だにおれは稽古で木刀を当てることはできない。



 ところで聞き流せないけど、じっちゃんが騎士団の副団長だったと? これはなんの冗談だ。強いのはわかるがただの酔いどれじゃないか。



「ふふ、アキラさんはあたいらが有名な冒険者とわかっても畏まったり逃げたりはしないんだね?」


「緊張はしてるよ。まぁ、月並みだけど、男がいい女を追い求めるのは世の習わし。それが美女二人ならなおさらだな」


「うふふ、お上手ね、嫌いじゃないわ」


 言うなりにセイは両腕で胸部を締め上げてからこっちに向かって少し上半身を屈めて見せる、巨大な二つの女性のシンボルがテーブルに乗せて、扇情的なポーズで艶やかな視線をしっとりと送り込んでくる。



「...レイ、する...」


 レイもすぐさまセイと同じ姿勢をとって、おれの理性を崩しにかかって来る。思わずごっくんと固唾を呑んで、どちらに注視すればいいかと煩悩に塗れている。



「あ、あの、おれはどうすればいいかな? この後のことを期待するとか」


「うふふ、サービスよ。あたいらに口説く人族は久しぶりよ、アキラさんもあたいらと飲んで楽しめたのかしら」


 セイは両手を解いてから酒杯をこっちに向けてきた。目の保養はこれで終了してしまったことがとても無念である。



「アキラさんの流儀で乾杯って言うかしら。あたいらは用事があるからそろそろ行くわ」


「そうか、むちゃくちゃ残念だよ」


「...レイ飲み足りない...」


「ふふ、本当に珍しいわね。レイっちが人族と飲みたいなんて。でもダメよ、また今度縁があれば飲みましょう。乾杯ね」


 一気に残りの酒を飲み干すとセイは立ち上がった。レイのほうも酒杯を傾けて最後の一滴を可愛らしい口に飲み込む。短い美女の観賞会はお開きになったのだ。



「奢ってもらったお礼に忠告を一つね、盗賊はいるわ。帰り道は用心することよ」


「...アキラ、気付けて...」


「ああ、ご丁寧にどうも」


 小さな声でそれだけ言い残してから(ツイン)白豹(ホワイトパンサー)は店からそろって出ていく。おれの憶測だけど、彼女たちから査問は現在のところ無罪で済んだらしい。テンクスの町の外から来た全ての人物を彼女たちは盗賊団の関係者ではないかと疑っていると思う。



 そこでおれに接触を試みてなにかの情報を得ようとしていた。



 そうなんだよな、そうでなくては美女二人がおれみたいな冴えないおっさんに声を掛けてくるわけがない。


 全身の力が抜けるほどの気落ちしたが、宿の酒場で飲み直そうと美女二人の分も含めた支払いを済ませてからおれも店を出た。


ありがとうございました。

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