第24話 商人ギルトで商売をする
ゆるりと睡眠を貪り、おれが寝てる間にじっちゃんは酒場でスーウシェという人と盛り上がっていたらしい。おれが起きたときはじっちゃんと子供たちが食事を済ませており、今からの予定を話し合っていた。
エイジェの提案でまずは商人ギルトで魔石やシカの素材に薬草を売り払い、出来た資金は役割分担で日用品の買付け係と納税の係に分けて行動する。
エイジェとおれは騎士団の駐屯所で税額の交渉を行い、じっちゃんがそのほかの子供を連れて店舗を回りながら日用品や食糧を購入するということで話がまとまっている。クレスは美人シスターズのことで引きずっていて、マリエールは素気ない態度を隠そうとしない上にチョコ兄弟までもが同調していた。
もちろんおれは毅然とした姿勢を崩さないことにしている。こんなくだらないことでいちいち振り回されていたら示しがつかない。
クレスは集落の日常において、大切で守りたい子供であるとおれは思っている。彼女の思いは大事で尊重に値するけれど、線引きということがまだ理解できない以上はもう一方の当事者であるおれが提示すべきだな。
ただ、間を置くことで気持ちが落ち着くということを考慮すると、クレスと対話するのは集落に戻ってからほうがいい。
アイテムボックスが知られると大変なことになりそうなので、おれは人がない路地裏で二台の荷車をアイテムボックスから取り出す。売却する予定の魔石などを積み込んでから、おれとカッスラークが荷車を手押しで全員が揃ってから商人ギルトに向かった。
商人ギルトは石造の3階建てで開口部はガラスの窓を採用していて、綿密な模様が彫刻されている玄関の木製扉からはこのギルトが潤沢な資金で建てられたことが伺える。
「いらっしゃいませ。本日はどのような御用でしょうか」
絹製のような上品で水色のサーコートを着た上品そうな女性が玄関に入ったところで出迎えてくれた。交渉ごとはすべてエイジェに一任するとファージンさんから託されているので、おれとじっちゃんは口を開くこともなく、エイジェが前に出て女性との会話を静観する。
「こんにちは、集落で収穫した素材をギルトで購入してほしいんです」
「はい、畏まりました。お手数ですが窓口までお越し頂けますか?」
相手が子供でもギルトの案内係は話し方を変えることはなく、右手を軽く上げてから進む方向を示してくれた。
「わしらはどこか休めるところで待たしてもらってもいいか?」
「はい、では別の係のほうでご案内させて頂きます。お茶もご用意致しますのでどうぞお寛ぎください」
横から足音なく同じ水色のサーコートの若い女性がお辞儀してからじっちゃんと子供たちを別室に連れて行った。
荷車を押して静かな長い廊下を渡っていると左右に同間隔で扉が設けられている。ここが売買を行う部屋と案内係に教えてもらった。その中のひとつの扉を開いてから中へ案内されて、女性はソファーに座るように勧めてくれた。
「お飲み物をご用意いたしますので、少々お待ちください」
一礼してから女性が部屋から出ていく。エイジェは少しだけ緊張しているようで両手を小刻みに揉んでいた。
「落ち着け、おれの魔法の袋にまだ魔石はある。お前の好きなようにやってくれていいから」
「はい、ありがとうございます」
扉をノックの音が聞こえてから開門すると先の女性が飲み物を乗せた台車を押して入ってくる。その後ろで水色のチュニックを着こなすおれと同じ年代の男性が入室してきた。女性はカップに香りのいいお茶をコップに注いでから部屋を後にする。
「ようこそ商人ギルトへ、私が担当させて頂くワスプールと申します。本日はこちらに収穫なされたものをお売りして頂けると聞き及んでおりますが、商品をお見せして頂いてもよろしいでしょうか」
「は、はい。こんにちは、ファージンの集落から来ましたエイジェです。品物はこちらです」
緊張気味のエイジェの声が上ずっていて、苦笑いしそうになったがよく考えるとエイジェと同じ年頃のおれは勉強が嫌いで遊んでばかりいた。頑張ろうとする子の邪魔にならないように、おれは荷車から売却予定の物をそれぞれひとつだけ取り出して机の上に置いた。
「魔石とシカの素材ですか、当ギルトとしては大変ありがたい取引となりますね。どのくらいの量をお売りして頂けますか?」
「え、えっとですね。魔石が800個、シカの角が3本一組で80組、シカの皮が80枚、あとは薬草が1000束と毒消し草が200束です」
真剣な目付きで魔石などの品物をひとつずつ食い入るように鑑定しているワスプールは、すべての物を見終えると人の良い笑顔をエイジェに見せる。
「魔石を初め、どれも品質がとてもよろしいのです。当ギルトとしは是非ともこのような大口のお取引させて頂けるよう、エイジェさんにお願い申し上げたいです」
「き、金額はどうなるのですか?」
「当ギルトでは取り扱う商品の公正価額を公示しておりまして、一般的には記載されている価格でのお取引となります。ですが、今後ともファージンの集落とお付き合いさせて頂きたいと考えておりますので、このような高品質の商品であれば1割ほど金額の加増をさせて頂きます」
「はい、それでお願い致します!」
ワスプールの提案にエイジェは嬉々として満面の笑みで答える。この場合はこれでよかったかもしれないが、おれは少し口を挟むことにした。
「ワスプールさん、ちょっといいかな? おれはエイジェ同じ集落のアキラだ。取引金額は全部でいくらになる? できれば即金で支払ってもらいたいけどできるかな?」
「はい、アキラ様。当ギルトは本日にてそちらの商品を買い取らせて頂いた全額のお支払いすることについては問題ありません。参考までに魔石は1個分で銅貨220枚、シカの角1組分で銀貨5枚、シカの皮は一枚分で銀貨3枚と銅貨50枚、薬草と毒消し草は1束分で銅貨5枚となっておりますので、公正価額のほうと是非一度照らし合わせてみてください」
「了解した。それでどうかな? エイジェくん」
「はい、僕もそれでいいと思うんです」
「それでは商品はこちらでお預かりしましょう。魔石は常時不足気味で大変助かりますし、三つ角のシカはこちらでは生息しておりませんので、その素材が市場での出品は常に待ち望まれている状況ですよ。それでは今回の取引総金額をご提示でき次第、案内係から通知させて頂きますのでお連れ様がおられる休憩室で少々お待ちください」
「ああ、今回はありがとう」
「ありがとうございました、今後もよろしくお願いします」
「こちらこそ良いお取引させて頂いて厚くお礼申し上げます。また機会があればぜひお気軽に当ギルトをご利用ください」
ワスプールがおれとエイジェを見送ろうとして立ち上がったときに走車とモビスのことを思い出して、この町での売値を聞いてみようと思った。
「そうだ、ワスプールさん、走車とモビスの値段を教えてもらえないか?」
「走車とモビスの値段ですか? よろしいですよ。実際の価格は店で交渉されることになるかと思いますが、6人乗りの走車なら大体金貨2枚程度で、モビスの相場は一頭が金貨3枚と銀貨50枚かと存じます」
「そうか、ご丁寧にありがとう、助かるよ」
「いいえ、お役に立てられれば幸いかと存じます。必要のであれば当ギルトとお付き合いのある店をご紹介しましょうか?」
「どうだ? エイジェ」
「はい、ワスプールさんがいいのなら紹介してほしいです」
「わかりました。では商品の売却金をそちらにお引き渡すときに紹介状を添えておきますので、その店でお問い合わせの時に紹介状をお見せすることで多少の値下げが期待できるかと存じます」
「わかった、どうもありがとう」
今度こそ扉の前にワスプールに見送ってもらった。みんなと合流する前にエイジェを連れて人気のない所へ納付する税金のことを相談するつもりだ。
「なんでしょうか、アキラさん」
「おう、税金のことを聞こうと思ってな、それによって買い付けできる金が決まるんだ。前回の物納はどのくらいだったのかな?」
「はい、ファージンさんから聞いた話ではシカの角が50組でシカの皮が50枚だそうですよ」
「そっか、ならシカの角が5銀貨の50組だから250枚でシカの皮が3.5銀貨の50枚で175枚、合計で銀貨425枚だから金貨4枚と銀貨25枚というわけか」
あれ? エイジェが両目一杯見開いておれの顔を注視しているよ、計算を間違えたのかな。
「アキラさんすごい! 算木を使わないで計算しましたか? どうやったんですか? 僕にも教えて下さいよ」
エイジェくんが大興奮です、こんなエイジェくんを見たことがない。集落ではおれが計算することを担うはないので暗算を使うこともなかったが、そういえばこっちの世界では算木という道具を使用するとイ・コルゼーさんから教わったな。すっかり忘れていた。
「お、おう。集落に帰ったら教えるから落ち着けや」
「絶対ですよ! 絶対の絶対ですからね!」
うん、エイジェくんが大暴走です。だから思いっきり両手でおっさんの身体を掴みながら揺らさないで、食べたものとお茶がお腹の中でシェイクして今にも吐きそうになるから。
「どうじゃった、うまくいったか?」
おれが休憩室の扉を開くなりじっちゃんが聞いてきた。子供たちは未だに室内に置いてある高級そうなクッキーみたいな菓子を口いっぱいの放り込んでから上質な果実茶をがぶ飲みしている。
「エイジェ、早く来てお前も食えよ。集落じゃこんなの食えないぞ」
珍しくチロの言葉にルロが突っ込まないで夢中に菓子を食べている。集落でお菓子らしいものと言えばおれがあげる飴とチョコレートくらいなもんだ。
アリエンテさんが集落で作っている小麦粉を捏ねた生地に果実をたっぷり乗せてから、石窯で焼きあがる甘くておいしいパイみたいなものはおれから言わせばあれはピザだ。食事の時に出るからおやつなんかじゃない。
「ああ、うまくいったんじゃなかな。エイジェが上手に値交渉をまとめたからあとで現金がギルトから支払われると担当の者が言ったよ」
「そうか、じゃ今から買い物に行けそうだな?」
「そうだな、ギルトの取引で魔石が2.2銀貨の800個で1760枚、シカの角が5銀貨の80組で400枚、シカの皮が3.5銀貨の80枚で280枚、薬草と毒消し草が0.05銀貨の1200束で60枚。1760足す400足す280足す60で銀貨が2500枚、一割増しなると2750枚。合計で金貨が27枚に銀貨50枚となるか」
チロとエイジェ以外のみんなが沈黙しているので、おれは引き続き使える金を計算する。
「先にエイジェと話したが税で出る金は金貨4枚と銀貨25枚だ。ギルトの者が教えてくれた走車は金貨2枚で、モビス一頭が金貨3枚と銀貨50枚だから二頭で金貨7枚。収穫品の売却金から税と走車にモビス二等の合計金を差し引くと金貨14枚に銀貨25枚が残るから、宿泊代を引いても金貨10枚程度の買い物ができるじゃないかな?」
うん? チロまでもが食べるのを忘れてこっちを見ている、どうしたのかな。食い過ぎてお腹が痛くなったか?ここのトイレがどこにあるのかは知らないぞ。
「アキラさん計算早い! すごいです」
「無駄な才能だけは持ってるのね」
クレスがいち早く驚嘆の声を上げて、続いてマリエールが反応したが減らず口は変わらないままだ。クレスの熱い眼差しがおれの視線に合った瞬間に、彼女は口を尖らせてプイっと顔を横に逸らした。
うん、なにも言うまいぞ。
「本当にわけがわからんやつだな」
なぜか読めない表情をしたニモテアウズのじっちゃんは呟いてから、いつものとぼけた顔に戻る。
「ガキら連れて買い物に行くから金をくれ、エールを大樽で買わにゃならんのだ」
「エールを買うんじゃねぇよこの飲兵衛が! ちゃんと集落で頼まれた日用品を買ってきてくれや」
「五月蠅いやつだな、わかったから金をくれ」
「まだ計算が終わっていないんだよ。エールは余り金で買うから最後だ」
じっちゃんとくだらないやり取りしていると、案内係の女性は取引項目と計算式の記載した明細書みたいな紙を持ってきた。試算した金額より多く、担当のワスプールはさらに銀貨50枚を上乗せして総額金貨28枚での売却金となった。
案内係の女性にお願いして、貨幣の量を金貨を25枚と銀貨290枚に銅貨1000枚にしてもらった。貨幣ごとに三つに分けた皮革の袋を受け取るとともに、先の明細書は2枚同じものが用意されて、商人ギルトの判が捺印しており、担当者のワスプールもサインしてある。
2枚の紙にエイジェがサインをして、1枚はギルトが保管し、もう1枚がこっちに渡されて今回の取引が円満に終了した。
最後に走車の店の紹介状を女性から受け取ると、休憩室で寛いでもかまわないとの言葉をもらえた。じっちゃんには金貨5枚・銀貨100枚・銅貨200枚を渡して、みんなに買い物を頼んでからおれとエイジェは別行動だ。
次は騎士団の駐屯所に走車とモビスの買付け。雑用はできるだけ先に済ませないことにはテンクスの町をゆっくりと観光することができない。
ありがとうございました。




