第23話 異世界といえば美人に出会うべき
道中はとくに大事もなく、食事や見張りの順番でガキどもが喧嘩して、テンクスの町への街道が見える直前にエールを切らしたニモテアウズのじっちゃんが帰るとさわいだくらいなもんだ。
集落へ戻るとじっちゃんは言うけど、今からなら集落へ行く道程のほうが距離は長いというのにそれでも帰るというのだろうか。そもそもエールはあんたが飲み過ぎたので同情はしない。
「アキラ、人がいるね」
ぼつぼつと道を歩く人を見て、声を出せるマリエールは度胸があるほうと褒めておこう。ほかのみんなは集落以外の人と会うのが初めてなので、無言のまま寄り集まっている。まるで猿団子を見てるようで微笑ましい。
「テンクスの町が近いから人が増えてきたのだろう、はぐれないように手をつないで歩けよ」
「子供じゃないんだからそんなことしない!」
気に入らない言葉でいちいち拗ねてしまうから子供と言われるんだよ、わかってる? マリエール。
一両の走車がおれたちの横を通る時にその速度を緩めて、モビスを操縦している御者の人が声をかけてきた。初めてみるモビスは全長が約3メートルの二足歩行の小型恐竜、手は小さく太ももの筋肉が異様に発達している。
「よう、にいちゃん。子供一杯連れてテンクスに行くのか?」
「そうだ、もうテンクスの町は近いのか?」
「ああ、もうすぐ見えてくるじゃないかな。気を付けて行けよ」
「はいよ、ありがとうな」
御者の人がモビスに軽く鞭を入れてから走車は再びスピードを上げてここから去っていく。
「じゃ、行くよ。テンクスに着いてら宿を取ろう」
「やった、飯だ」
「にいちゃん、さき食べたでしょう」
「あー、風呂入りたい、ねー? クレス」
「うん、さっぱりしたい」
「もうすぐテンクスの町ですね、緊張してきたよ」
子供たちは思い思いの感想を口にする。カッスラークは相変わらず無口なのだが心なしかホッとしたような表情を見せている。初めての遠出と町へのお出かけ、本人たちは期待と不安で一杯一杯だったと思うね。
「よっしゃ、酒じゃ酒。テンクスに着いたら酒場に行くぞアキラ!」
うん、1名を除いたら。
「お前らはどこから来たのだ?」
見覚えのあるようでないような町、時空間が停止したときに沢山の町を回ったから覚えがない。町は空堀と木の柵で囲まれていて、町に入ろうとする人や走車は衛兵のチェックを受けている。
おれたちの順番になったが衛兵から町を訪れる用事を問われたときに重大なことに気付いた。おれは集落の名前は知らない。
前にファージンさんに聞いてみたけど、小さな集落だから名前は特に付けていないとのご回答。まさか衛兵に名無しの集落と答えるわけにもいかないだしな、おれが困っているとニモテアウズのじっちゃんのほうが衛兵に返答した。
「ファージンが長を務める集落だ」
「ファージン殿の集落か」
「おお、ニモテアウズ殿ではありませんか、お久しぶりですぞ」
「誰だおめぇ……うん? スーウシェの小僧か?」
衛兵の横から出てきた体格のいい中年が兜はつけていないが白銀の鎧を着て、じっちゃんに恭しく一礼する。
「はは、その呼び名も久しいですぞ。ニモテアウズ殿は変わらずお元気で何よりです」
「まだ死なんよ、酒はまだ飲み足りんからな」
「ははは、今度どうですか? 一杯でも」
「ああ、いいぞ。おめぇの奢りだな」
「無論です、今夜お時間があれば是非とも。ところでテンクスへは何の用で?」
「ガキどもがそろそろ大人になるから外の世界を見せに来た」
「そうですか……で、そちらの男はどなたですかな? 記憶違いでなければいいですが見ない顔ですな」
「アキラと言ってな、かなり前に集落へやってきた男だ」
「そうですか、名は今ニモテアウズ殿が申したアキラですな。新入りなのでファージンの集落の住民名簿に記して宜しいですかな?」
「ああ、そうしてやってくれ」
あれ? お偉いさんがじっちゃんに丁寧な態度で接している、やはりファージンさんが言った通り、じっちゃんは名が知られた人だったんだ。剣術は確かにすごかったがおれは飲んだくれのじっちゃんのイメージが強かったから、こういう場面には少々戸惑いを感じている。
ところでお偉いさんがおれの名を聞いて、名簿がに記載するとか言ったな。この世界でも人口の管理はしているということか、しっかりしてるね。
「わかりました、どうぞお通りください。今夜お暇があれば酒場でお待ちしてますぞ」
「おうよ、浴びるほど飲んでやる」
衛兵のお偉いさんのおかげですんなりとテンクスの町に入ることができた。広めの石畳みの道路が街の中心に敷設されていて、左右に店舗や露店が並べており、商売人が活気よくお客を呼び寄せては値交渉に大声を上げている。
モビスが引く荷車が道路を行き交い、道路の脇を色んな種族の人たちが早足で歩いたり、立ち停まって物を買ったりしている。
信号なんてものはない、道を行く人たちはうまいことに間隔をおいて行きたい方向へ前進している。中にはぶつかりそうになった人が相手と口喧嘩して、若者が横で声援しているようにはやし立てていた。
町の中に数えきれない人族がわんさかといた。その中に交えて犬の耳を頭から生やした犬人族や長い耳をした兎人族などの獣人たちが当たり前のように二足で歩行している。集落は人族ばかりですっかり馴染んでしまって忘れがちだが、ここはもう異世界だ。
時空間停止したときはずっと長い間に停止していた画面がおれの目の前で生き生きと動き続けている。
「ほれ、ささっとに宿へいくぞ」
立ち停まったまま、子供たち以上に忙しく辺りを見まわしているおれの背中をじっちゃんが小突きして泊まる予定の宿へ行くことを促した。
人ごみを避けながらじっちゃんについて行くと2階建てのわりと大きな建物に到着した。宿屋の看板が掲げていて、そこは夜のとばりと書いてある。昼間は経営してないかな。
「いらっしゃい! お食事、それとも宿泊?」
騒々しい店の中に入ると体がとても丸いおばさんが出迎えてくれた。そこへじっちゃんが片手を上げてから声をかける。
「マルサンちゃん、美人になったな」
「あらまぁ、あらまぁ。ニモテアウズさまじゃないの? 随分とお久しぶりね、いつからこちらにきたの?」
親しそうに二人が挨拶を交わしている。そうか、宿屋の女将はマルサンという名前だね。見た目そのままの丸々サンさんだから、一発で覚えちゃった。
「なんかあの子、失礼なこと考えてない?」
「うむ、気にするでない。失礼が産まれてきたような男だからな」
女は鋭いというか、人の心を読める。昔に事務所のおばさんたちで思い知らされたことを忘れたとはおれも記憶力が衰えたものだ。それとじっちゃん、それはおれが失礼そのものと言いたいのか? おれみたいに礼儀正しいやつは稀に見ないぞ。
「クスクス、本当よね。もう言うこともあnすことも失礼なことばかりよね」
「マリエール、それはアキラに失礼よ」
「マリエール言うの通りだ」
「にいちゃん、悪乗りしたらダメだよ」
どいつもこいつも失礼失礼って、本当に失礼だな。
「そう、ファージンさんらのお子さんね。早いわ、もうそんなに時が立つんだね」
「そうだ、あの頃のお前らには手を焼いてばかりだ。これからはこいつらがヤンチャするようになる」
「ところでその男の人は見ないか顔ね、ファージンの冒険団にはいなかったはずよ」
「おお。集落に新しく来たやつだ、気は小さいが性格も悪い男だ。仲良くしてやってくれ」
じっちゃん! なんだよその気は小さいが性格も悪い男は? 否定に否定が重ねているよ。普通は否定の表現してから肯定の言葉で打ち消すよな、それじゃおれのこと全否定しちゃうよ。酒か? エールを切らせた八つ当たりか? それは絶対におれのせいじゃないからな。
「ププっ、気は小さいが性格も悪い男って。本当よね、クレス」
「もう、マリエールは。アキラさんが怒るよ」
「ハーハハ、まったくその通りだ!」
「にいちゃん、そうだとしても言うべきじゃないよ」
こいつら……言いたい放題いいやがって、いつかマジできっちりと締めてやる!
「それで、泊まるのはどのくらいのおつもり?もうすぐ陰の日だから次の陽の日まで?」
「そうじゃな。おーい、アキラ、次の陽の日に出るか?」
「……おれはもう帰る」
大人げなくふてくされのおっさんがここにいます。
「あ、はい。次の陽の日でいいと思います」
優等生のエイジェがあわてて宿泊予定の話し合いに参加した。それで決まると思うから詳しい話はエイジェに任すことで、おれは賑やかな酒場の中を見物する。
食事を美味しそうに召し上がる人たち、酒をあおりながら話に盛り上がる獣人たち。それぞれの思いで一時を楽しめるこの酒場は声が飛び交う中、人々のざわめきが嫌な気分にならない程度のに繁盛している。
こういう店は居酒屋みたいで嫌いじゃない。
首を水平方向に動かしながらおれはこの世界に来てから追い求めていた目標を目の当たりにした。エルフさまとケモミミの兎人が食事と酒で会話を楽しんでいるようだ。
二人とも年齢は若そうで顔立ちが大層美しいお姉さんたち、特に身体のプロポーションが抜群に良い。なんといってもおれ好みの巨大な胸部装甲だ。
異世界最高、ヒャッホイー!
確かに集落の奥さまの中には惚れ惚れするほど大きさを持つ人もいるが、しょせんは他人用で観賞するには適してもお手出し無用です。マリエールだって素晴らしいものを備えているし、成長する未来性も十分にあるがお子様で守備範囲じゃない。
だが、目の前のお二方はご自分の魅力をよくご理解されており、薄い黄色のマキシワンピースのV字胸元からは谷底へ魂を誘われそうな深淵の深みを誇っている。そうとも、女も男も色気だ。このお二方は色気を越えてエロ気が体から溢れだしていた。しかも生エルフ様ですよ、これは脳内に焼き付けておかないと自分に申し訳が立たない。
「あら、お兄さんはあたいらになんの用かい?」
しまった、ガン見し過ぎた。兎人のお姉さんがおれの視線に気付いたようで、笑いの成分を含む艶やかな声を掛=かけてきた。
「あ、すすすいません。あんまりにも綺麗なものでつい……」
「うふふ、お上手だこと。どう? 一緒にお食事するかい?」
オッホホイー! 怒られるどころかお誘いが来たよどうするおい。もちろん行くよな、ここは行くしかないよな。女も男もは度胸だよな、ここはどーんと行こうか。
「...セイちゃん、レイ知らない人やだ...」
「アキラさん!」
あっちゃー、エルフさまは警戒中だよ。しかもおれの右腕をクレスが嫌そうな顔で握りしめている。
「ふふ、娘さんに嫌われたようね、残念よ」
「娘じゃねぇよ!」
「娘じゃないもん!」
目を丸くしたセイと呼ばれた兎人のお姉さんは交互でおれとクレスを面白そうに眺めている。
「あらそう、可愛い恋人さんってこと? お兄さんも悪い人ね、恋人さんの前でほかの女に目移りしちゃだめよ」
「ちゃうわい、恋人じゃないから誤解しないでくれ」
「アキラさん嫌いっ!」
すぐに目じりに涙を一杯ためて、辛うじてそれが流れ出ないように我慢をしながらクレスは一言だけ残してから二階への階段を駆け上がっていく。
「バカー!」
「アキラの節操無し!……マリエール待って」
「にいちゃん、そっとしておこうよ」
マリエールはきつい罵声をおれに発してからクレスを追っていき、さらにそのあとをチョコ兄弟がついて行く。
このガキどもはおれにどうしろと、これはなんの茶番だ。
「あらやだわ、あたいはいらないことを言ったのかい?」
「……気にしないでくれ、そういうわけじゃないから」
ドーっと疲れが一気に噴き出して来た。エイジェとカッスラークも気まずそうに二階に上がって、どうやら上の階は宿の部屋があるようだ。
「アキラ、わしとおめぇの部屋は二階の一番手前だ。キリのいいとこで上がってきてくれ」
じっちゃんはおれが頷くと2階への階段をのぼる。もう一連の流れが速すぎてなにがなんだか、正直わけをわかりたくない。とりあえず美人シスターズをもう一度拝ませて頂き、心の安らぎを求めるとしましょう。
「...セイちゃん、行こ。レイ苦手...」
「あらそう? ごめんねお兄さん、うちのレイっちは人見知りなのよ」
「いいですっ、なんか巻き込んでしまっちゃって申し訳ない」
残念、美人シスターズはご退場の予定だ。もう少しだけ仲良くなりたかったな。
「あたいらもここで泊ってるわ。お兄さんが良ければ今度会った時に飲もよ」
「はい! 喜んで!」
「ふふ、こういうのは久しぶりで楽しかったわ。……レイっち、行くよ」
「またお会いすることを楽しみにしてるよ!」
ヒラヒラと片手を振ってくれた兎人のお姉さんの前をエルフ様は逃げ去るように扉の外へ先に出て行っちゃった。あーあ、美人シスターズはいなくなるわ、ガキどもとの関係が変にこじれるわ。踏んだり蹴ったりてやつだな。
クレスとはうやむやな関係を築いてきたおれのほうも悪いか、これは集落に帰ってから一度しっかりと話をしておくべきだな。
「兄ちゃんはすっげーな。一杯飲むか? 俺おごるわ」
「ほんとほんと、最近で一番びっくりの出来事だよな!」
隣のテーブルで厳つそうなおっちゃんとガラの悪そうな青年が開いた目でおれへ尊敬の意をありありと送ってきている。というより、この酒場にいる全員がそういう目でおれを見ていて、丸々サンさんは呆れたような顔をしていた。
一体何が起こったんだ。
「双白豹が仕事以外で人族と話すなんて見るのは久しぶりだよ」
「バッカ言え、俺なんて初めて見たんだ。ええもん見せてもらったぜ」
んん? 知らない名前が出てきたよ? ツインホワイトパンサーって先の美人シスターズのことか? 白くないし、エルフ様に兎さんだよな。どうせならブラックパンサーかフィーメルパンサーがいいと思う。
黒豹もいいが女豹って言葉的にとても惹きつけられてしまいそうで、それでキャットスーツを装着しているならもう完璧。でも豹なのに猫の服ってこれ如何に。
「あんたね。店でうちの客にちょっかいをかけるのはいいけど、店を壊したら弁償してもらうからね!」
うわー。丸々の女将さんからも注意を受けてしまった、やっちゃった感じが半端ない。
美人シスターズはいったいなにものだ。
ありがとうございました。




