第22話 テンクスの町へ遠足する
この頃は狩猟のおつとめはおれが行きたい時でいいというフレックスタイム制になりました。
森の危険度はファージンさんとシャウゼさんが想定したものより低かったので、集落の人たちも運動と子供の鍛錬を兼ねて森へ入るようになった。野生動物の狩りもみんなですることになって、獲物の数も今までより多く取れるようになってきている。
魔素の塊でのモンスター化について、ファージンさんがいうにはおれが同行しなくても森で適当に歩けば遭遇するから大丈夫だということで晴れてお役御免となりました。
確かにそのほうが管理神様の調整に対して違和感を感じさせないし、むしろおれの接触によるエンカウントのほうが不自然な形だ。
「魔石は一個で銅貨165枚で引き取ってもらえるようになった、これで食料品も困らないし、安心して子育てができるんだ。良いことづくめだな、ガハハ!」
行商人との売り買い交渉がスムーズに進んだみたいで、シャウゼさんの家で飲み会を開くことになった。アリエンテさんが作った美味しい牛肉とシカ肉の煮物をつまみながらエールをあおる。
前の陽の日に行商人から多量の小麦を購入したため、その貯蓄量が多くなったので酒作りに回す量が増えるようになった。特にニモテアウズのじっちゃんは毎日がご機嫌で、最近は剣の稽古に付き合ってくれなくてさぼり気味なんだ。
酒を飲みかわす3人をよそにシャランスさんとアリエンテさんは赤ちゃん用の衣服を編み、その横でクレスとマリエールは弟か妹の名前で話が盛り上がっている。この集落の主婦たちはほぼ全員がご懐妊されましたので、クレスたちが産まれて以来のとてもめでたい話です。
「アキラ、頼みたいことあるんだ」
コップを机においてから神妙な顔でファージンさんがおれに両手で拝んでくる。ちょっと待てね、シカ肉を飲み込むから。
「実はな、いままで都市への税はシカの角と皮で物納してきたが今回からは貨幣で支払いしたい」
「それはいいのだが、税のことをおれに頼んでどうする」
「いや、お前に頼みたいのは税のことじゃなくて護衛のほうなんだ」
「もっとわからん。ファージンさんにおれの護衛がいるのか?」
このおっさんは酔っぱらっているのか? さきも大笑いでおれを叩きのめしたのに、なにをふざけているのかな。
「いや、俺じゃなくてエイジェのほうなんだ」
「うん、話を聞こうか。それと結論からの頼み方はやめろ、話が見えて来ない」
「ガハハ! 厳しいこというな」
「いいから話してみろよ」
「今回の魔石の値段はエイジェが行商人との交渉して決めたのだ。俺はいいところで銅貨120枚と見ていたが、行商人は精いっぱ出して135枚って言うんで、それで手を打とうかと思ったが、エイジェは最低でも145枚は欲しいと口を挟んできた」
「ほう、あの子がね」
頭の回転が速く理論を立ててきちんと説明ができる子だが、ファージンさんが交渉の場ではあまり口出しはしない子だとおれは思っていた。
「俺も驚いたがその場は任せてみようと思ったんだ。子供たちが集落を背負って立つ時がきっとやって来る、俺たちはのんびり日々に酒をかっ食らって生きていくつもりだ。ガハハ!」
「話が逸れたから戻すね、それで交渉がどうした?」
「やけに突っかかってくるな、ガハハ! そうだ、それでエイジェは100個なら銅貨145枚、150個なら銅貨155枚、200個以上なら銅貨165枚で行商人に提案したんだ。その数にびっくりした行商人はそれなら引き取ると飛び付いてきたんだ。ガハハ!」
「確かに行商人がここまでくる距離を考えると最低は半分の利益はほしい。でも数量があれば利益も増えるので多少の買取値が上がっても十分に儲けは出るはず。エイジェもよく気が付いたよな」
「そうだろう? だから思いっきりあいつに今回の税を決めてきてもらおうと思うんだ」
「最近は魔石が取れているからな」
子供チームの能力は大人が一人付いての遠征が可能になっているので、森では集落の人たちによるゴブリンの虐殺劇が日頃から出演されている。
「それでアキラにはテンクスの町の騎士団駐屯所へ連れて行ってほしいんだ」
「え? ファージンさんは行かないの?」
ファージンさんがシャランスさんを人差し指でさしてからおれを見て、その仕草に気付いたシャランスさんが幸せそうにお腹を優しい手付きで撫でまわしている。
「いまはかーちゃんを置いて集落を離れることができないんだ。おれ以外のやつらもな。そこでお前に頼みたい」
「アーソウデスカ? ヨロコンデヒキウケマショウ」
もう棒読みだよ。妊娠中の奥さまを大事になさってますのね、独り身のおれは羨ましいでございますよ。
「あたしもテンクスへ行きたい!」
「うん、わたしも……」
横で静かに話を聞いたガキたちはなぜか変な発言してきたぞ。
「いや、遊ぶに行くわけじゃないから」
「エイジェばかりでずるいよ!」
「わたしもアキラについて行く」
あーもう、こんな時の子供は聞きわけがない。誰がなにをするからあたしもとか、便乗商法じゃないんだよ。Aの事柄と筋に関係のないBの理屈を乗せてくるな。でもきっと聞いてはくれないよな。
さあ、ファージンさん、ここは毅然として親の威厳を見せてくれ!
おれの熱い眼差しをファージンさんに送ってやる。
「そうだな……」
「お父さんお願いよ」
「おじさん、わたしはテンクスの町へ行きたいです」
迷うな! ファージンさん! ここで追撃だ、おれの秋波はさらに美男のほうへ。
シャウゼさん、ここは援軍をお願いしますぞ。
「うーむ……」
「おじさま、いつも世界を見てきてほしいって諭してくれてるでしょう?」
「おとうさん、町に行かせて」
くっ、ファージンさんもシャウゼさんも使えないな。仕方ない、こういう時は母の厳しさという教鞭を教えてやる。追い縋るような上目でシャランスさんとアリエンテさんにおれの頼り無さげな視線を送出している。
卑怯を承知でご懐妊中の母性本能をくすぐる作戦だ。
「そうね、マリエールもお姉ちゃんになるんだから、色々と経験することが必要ね」
「ええ、シャラ姉さんの言う通りですわ。クレス、集落の外を見て来てらっしゃい」
「ありがとう、かあさん大好きよ」
「うん、わかったわ。お母さんありがとう」
はい、終了です。誰もおれの味方になっちゃくれません、悲しいです、哀れです。天涯孤独というユニークスキルはつかないのかな? グスン
「そうだな、テンクスの町まで遠い道だが草原だから危険も少ない。この子たちに集落以外の人と接してみるのもありだな。お前はどう思うか、シャウゼ」
「ああ、いい機会だ。見るのも人生経験になる」
みなさまでお子様のお勉強になる話をするのはいいんだけど、連れて行くのはおれだよな? おれの意見は聞く気はないのか?
「そういういうことだ。集落の子供全員を頼むぞ、アキラ」
「どういうことだよ? 人数増やした上でまとめに入るなよ。おれの同意を求める気はある?」
「そうだな、さすがに6人は多いよな。よし、あと一人の護衛をつけてやるから」
「そういう問題じゃないよね? ねぇ、みんなはおれの話を聞く気はある?」
この二家族はテンクスの町で集落に産まれてくる赤ちゃんの用品や不足している日用品の話題に弾んでいる、おれは置いてけぼりのまま。
ちびちびとエールを飲んでは煮物を食ってやる、チキショー!
翌日にファージンさんはもう一人の護衛を連れてきました。
「おい、おめぇか? わしが一緒に町へ行くから酒は切らすじゃねぇぞ」
ニモテアウズのじっちゃんだった。おれ、子守りだけじゃなくてお歴寄りの相手もせにゃならんのか? だれか替わってくれよ。
テンクスの町までの水・食料や薪などの消耗品、野営用に皮で縫い合わせた天幕などの道具、納税や日用品の売買に使う魔石はおれのアイテムボックスで預かっている。
「アキラ、みんなを任せたぞ。急ぐことはないから方向だけは間違えるな、ここを出てから真っ直ぐ言ったら道に出るはずだ」
「はいよ、任されました。じっちゃんもいるから大丈夫……だよな?」
「ガハハ! ニモテアウズさんは俺たちが子供の頃はすでに広く名の知れたツワモノだからな、あっちこっちへ行ってるはずだ。知らんことがあったら聞いておけ」
「へー、そうなんだ。そうするよ」
「それと、魔石は多めに持たせているから帰路は走車とモビスを買って、子供を乗せて帰ってきてくれよ」
「おう、それは聞いているから心配するな」
モビスは草を主食とする小型の竜種で両足の大きく全身を鱗で覆っている、正確も温和で人懐こく人族によって飼育されていて、騎兵に運搬にこの世界では大活躍しているらしい。おれはまだ目で見たことがない。走車とはそのモビスに引っ張られている車両のこと、ようするに馬車のことだ。
集落は移動手段を持っていないので、今後のことを考えるとファージンさんから魔石を売って、その資金で走車を購入するように言付けられている。陽の日の日の出とともに集落のみんなから見送られて、一行8人はテンクスの町へ出発する。
集落から出ることのない子供たちは興奮の続き。何もない草原でも走り回って、普段は落ち着きのあるエイジェまでみんなと駆け回っている。大人しく付いてくるのはカッスラークくらいで、長い道のりで体力の配分は考えないといけないのだけど、教えるのも気力がいるので体でわからせることにした。
ニモテアウズのじっちゃんは年の割には健足で、おれたちの歩行ペースに置いて行かれる気配は全くしてこない。
「アキラ、疲れたぁ」
「そうだそうだ、休憩しろ!」
「にいちゃん、だから走るなって言ったのに」
真っ先に音を上げたのはマリエールとチロ、なんだかんだで仲いいなお前ら。考えてみると集落を出てからだいぶ時間が経過しているから、ここで一息を入れても悪くない意見。走り疲れた子供には温かい食事がいいだろう。
「おし、飯にするか。初めの当番はマリエールとクレスだな。ほかのみんなは設営の手伝いをしろよ」
「わかったわ、任せて」
「えー、疲れているのに嫌だな……」
「俺が手伝うよ、マリエール」
「にいちゃんは設営の手伝いでしょう」
「はい。僕はカッスラークと食器の用意しますので出してほしいです、アキラさん」
「……わかりました」
「アキラ、わしのエールは?」
うん、これは遠足の引率だ。チロはマリエールに追い払われたが、落ち込んでしゃがみ込んでないで仮設テーブルはちゃんと組んでおけよ。それとじっちゃん、エールは二食ごとに一回は出すという決まりだろう? なのでじじいがおれにしがみついても飲ませてやらないからな。
食後は後片付けしてからみんなを見るとニモテアウズのじっちゃんはすでに横たわってイビキをかいている。それに釣られたように子供たちはまぶたを重そうにして首をコクっとウトウトし出している。こういう場所での野営は見張りが必要だが、子供たちには寝かせることでおれがその役を買って出た。
「ねぇ、アキラは旅慣れしているの?」
「クレスか、寝なくていいのか?」
魔力操作しながら辺りを見回すおれに、みんなが睡眠をとっている方向から足音が聞こえると思ったらクレスが近付いて横の地べたに座る。
「うん、寝付けなくて」
「そうか……先の話な、旅慣れしてないけど、昔はちょっと一人の旅が好きでね」
「ええ? なにか思い出したの?」
「い、いや。そういうこともあったんじゃないかな? と思っただけで」
「そう」
クレスがびっくりしてこっちに詰め寄ってきた、記憶喪失の設定を忘れて、つい学生時代に思いを馳せてしまったけどなんとか誤魔化した。それとクレス、顔が近い近い。
「それでね、アキラはいろんな武器の稽古をしているけど、もう狩りには行かないのかな?」
「そういうわけじゃないよ。魔法の袋に知らない武器が入っていたから、いつか使えたいと思っただけ」
「そう、よかった。もう一緒に狩りに行けないかと思っちゃった」
「ははは、狩りに行かないと集落での仕事が無くなるので追い出されちゃうぜ」
「そんなことない! アキラは強いから誰も追い出ししたりしないよ!」
「そ、そうか。あ、ありがとうな」
腕を両手力一杯クレスに抱きかかえているおれはその気迫にタジタジに上半身を少し後退りしてしまった。そんな真剣なキラキラした眼差しでおっさんに迫って来るな、クレス嬢や。
膨らみがあまりないとは言え、柔らかいものは柔らかいんだよ。アルスの世界に来てからずっと同人誌画像とエロ動画に頼ってきたから、生身の感触は生々し過ぎて生理現象を起こしてしまいそうだ。
「な、なぁ、クレス。先が長いから休めるときは休んどけ、狩りのの時にシャウゼさんは散々言ってきたんだろ?」
「うん……じゃ、ちょっと寝ようかな」
名残惜しそうにクレスはおれの腕を話してからみんなのところへ戻っていく。ああ、助かったよ。独り身がこうも長くなると人恋しくなるんだよな。集落はもとより、今回は子守り団なのでたとえテンクスの町に風俗があっても行けないし。
町についてから動画を楽しむ時間でも作ろ。肉体改造が済んでから下身体の生理衝動の密度が上がってきている。
「行くよー。薬草とか毒消し草を見たら摘んで持ってくるように、大事な資金源だからね」
「はーい」
なんかもう先生になった気分だよ。ちゃんとおれの後ろについて来るんだぞ? おやつは銅貨10枚分までだからね。銅貨10枚でどのくらいのお菓子が買えるかは知らないし、おやつはおれの飴とチョコレートがガキどもにむしり取られている。
「アキラ、喉が渇いたからエールをくれ」
変なのが約1名混ざっているが気にしない、そんなわがままの要求は無視して出発だ。
ありがとうございました。




