第201話 猫耳の少女は女将さん
ワスプール商会は都市ゼノスにある走車屋と提携して、おれとエティリアが乗ってきた装甲戦車のプロトタイプ試作三号車を参考し、鉄板を張った走車を作製して、これからの行商や商品の運送に投入するみたいだ。
その試作の一号車にワスプール夫妻が乗り、試作二号車はペンドルとテールドンに暗殺者ギルドのギルド長クリンクが乗車し、試作三号車から五号車までワスプールはゼノス教会に献上して、その三台の走車に女騎士さんイ・プルッティリアの率いる神教騎士団、ゼノス支団第一隊の騎士団員たちが乗り込んでいた。
六台の大型装甲走車は都市ケレスドグを目指して、シンセザイ山を越える交易路に走り、走車団の外側を15名の騎士団員がモビスに騎乗して警備に当たっている。
「おお、さすが聖人様だ。見たか? 一撃でオーガを仕留めたぞ」
「そんなの当たり前だろう。女神様と銀龍様を従える現人神であらせられるぞ」
「一瞬でオーガの死体が消したわ、人のなせる技じゃないよね」
オーガどもが交易路の外側で投擲するつもりの岩石を持っていたから、おれはエティリアに操縦を代わってもらい、収束する初級光魔法で襲ってきそうなオーガどもを殲滅した。
オーガの皮はスニーカーに使うので、オーガの死体をアイテムボックスに収納して、下の里に帰還してから冒険者ギルドに引き取ってもらうつもり。
その一部始終を見ていた騎士団員たちから感嘆する声が上がったのは構わないが、おれのことを聖人様と呼んでいたので、団員たちの隊長さんにイエローカードを渡すつもりだ。三枚目のイエローカードで退場させてやるから気を付けてよ、イ・プルッティリアさん。
「アキラが戦う場面は初めて見たけど圧倒的だな。色々と珍しい素材や等級が高い魔石を持っていたのはこれで理解できたよ」
「不意打ちならアキラのおっちゃんに一矢を報いることができると思ったけど、ボクの考えが甘かったみたいだね」
ワスプールとペンドルは揃って、おれのモンスター狩りを見た感想を口にした。実はオーガを一撃で狩れるようになったのは最近だ。
密度を高めて、収束する殺傷力の高い光魔法はやたらと魔力を使う。人にあらざる者から授かった魔力瞬時補給は、その欠点を補うのにおつりが出るくらいだ。
旅に途中、エティリアが寝ている間に多重魔法陣を起動させて、どれだけの光球を作り出せるかと試してみたけど、人族の連合軍に攻撃を加えようとした銀龍メデジーと同じような状態になってしまい、慌てて魔法を取り消した。
どうやらおれって、本当に人外の人族になりつつあるみたい。グスン
食事はエティリア、コロムサーヌに騎士団員さんたちが手伝ってくれるから、人数は増えたけど調理の作業が楽になった。
神教騎士団ゼノス支団第一隊の隊長さんは一度だけ手伝おうとしたが、抜刀してオーク肉を斬ろうとしたので、すぐに彼女の攻撃を止めた。あれ以来は女騎士さんを調理場に近付かせることはない。陰でメソメソと泣いてるらしいけど、料理は戦いだが剣術は使わん!
都市ケレスドグはテンクスの町より大きく、のどかな田園の中にある、低い城壁で囲まれた田舎の都市といったところだ。特別な産業があるでもなく、店の数をざっと見ると、おおよそテンクスの町と同じ程度で、落ち着いた街並みの雰囲気におれは好感を持った。
好々爺みたいな都市の長グッスタルフから、前回の出兵について謝罪されたが、話を聞くとプロンゴンから脅迫じみた要請であったらしく、獣人族に対しての政策も、城塞都市ラクータからの強い圧力で取り入れたとのこと。
それが免罪符になれるとおれもグッスタルフさんも思ってはいないのだけど、いまさらそれを責めるのもどうかと思うし、声にするというなら、それは獣人さんたちであって、おれなんかが主張すべきじゃない。
マダム・マイクリフテルからの伝言で、都市ケレスドグと都市メドリアへ支援する用意があることを伝えると、好々爺のグッスタルフさんは声を詰まらせておれに感謝を述べた。
獣人族からの外交使節団を受け入れたいと申し出たグッスタルフさんに、その旨を獣人族の長老院に伝達することを返答してから、おれたち一行は都市ケレスドグを出て、都市メドリアへ向かって移動する。
辿り着いた都市メドリアは、風景も街並みも都市ケレスドグとよく似ていた。二つの都市を回って気が付いたことは、両方ともアルス神教の教会はなく、街を行く人は女性がやや多いということ。
都市の長の名はケキハゴト。彼は都市ケレスドグの長グッスタルフと同じように謝罪を言ってきたが、別におれがなにかされたというわけじゃないし、その言葉は獣人族に向けるべきもの。
都市ケレスドグと同様、獣人族の外交使節団が来たときに、正式な場で伝えるということになった。
都市ケレスドグと都市メドリアの事情を、ケキハゴトさんから聞くことができた。以前に失敗した治水の公共事業のツケが今でも影響が大きく、農耕地が不足する二つの都市は経済が慢性的に悪化しつつ、あと数歴で都市の経済が破綻するとケキハゴトさんは確信している。
帰還した騎士団から聖人様のお告げにより、グッスタルフさんとケキハゴトさんは西方への移民を考慮していると、強い希望を持っている教えてくれたが、両都市とも資金難のために、移民団を構成することを踏み込めずにいる。
それに対しておれの返事は早かった。
交易都市ゼノスでもゼノス教会が主導となって、聖人ちょこれーと様のお告げに沿い、西方移民団を組むこととなり、マダム・マイクリフテルは都市ゼノスから資金や食糧の援助を提供するとゼノス教会へ伝達した。
それにワスプール商会を先頭に、ゼノスの商人たちからも移民団に対する支援が約束され、話を聞いたエティリアも参加したいと、ワスプール夫人に資金援助の参加に対する意欲を見せている。
それなら都市ケレスドグと都市メドリアにもその移民団に参加してはどうかとの提案に、ケキハゴトさんは感涙しておれの手を握って来る。
おれの功労ではないから気恥ずかしさを感じながら、力強く都市の長の手を握り返して、苦境にある二つの都市に良き明日があるようにと、心の中で精霊王様に祈願した。
「今までは城塞都市ラクータの勢力下にあったので、ここまで足を延ばすことはなかったけど、これからはほかの都市とも交易をしてみたいものですな」
「商いのことはよくわからないが、特産品がないと言ってもなにもないというわけじゃない。売れる商品を見つけ出すのも商人の腕にかかるからワスプール、ぜひ君に頑張ってほしい」
「ははは、まったくその通りだ。これからここ一帯が面白くなりそうだ。移民で人は減るけど、産めや増やせやで新しい時代が来るというものですよ」
ケキハゴトさんや都市メドリア騎士団から見送られ、おれたちは走車を走らせて、最終目的地である城塞都市ラクータへ向かう。
いくつもの町や村で寝泊まりし、畑が広がる田園の中を通り、エティリアやワスプールたちと他愛のない会話を交わして、見覚えのある高い城壁が目の前に現れてきた。
「騎士団長のカッサンドラス様にお会いしたいですが、どこへ行けばいいですかな?」
詰め所を通る前に若い騎士に尋ねてみると、彼はちょっとだけためらってから返事するために口を開く。
「カッサンドラス様は騎士団を辞められた。今の騎士団長はカンバルチスト様だ。お会いしたいなら都市院へ行きなさい、都市の長代理カッサンドラス様はそこにいらっしゃるはずだ」
人事の変動があったことを若い騎士は教えてくれた。彼に礼を伝えると、後ろで待っている人の邪魔にならないように、おれたちは正門をくぐり抜ける。
初めて騎士団の詰め所を通って、城塞都市ラクータへ入るとこの前と違い、敗戦したせいか、街を行く人々の顔に明るさは見られない。
おれの顔を覚えている騎士がいるかもしれないということで、今はフード付きのローブを着けて、入城の手続きとかはエティリアとイ・プルッティリアにやってもらった。
「ここから先は打合せ通り別行動だ」
「はい、あなた。それじゃ用事が済んだらみんなで宿へ行くもん」
ワスプールとエティリアは、ラクータの商人ギルドへ今後の交易について協議を行うために訪れる予定。ペンドルたちは大親分であるシソナジスを訪ねたいとのご要望。
イ・プルッティリアが率いる神教騎士団ゼノス支団第一隊は、ラクータ教会で会談するためにそこで宿泊するつもり。
おれとエティリアたちは、もちろんのことネコミミの宿で泊まる。ねこまんまと大風呂がおれを呼んでいるから、そのほかの選択などあるはずもない。
イ・プルッティリアたち神教騎士団が乗っている走車以外は商人ギルドへ預かってもらうことで、ここでおれが先に降りて、一人でネコミミの宿へ行く。
「女将さん、部屋は空いてるかな」
「いらっしゃい……おや? カムランさんじゃないのかい、よくきてくれたわね。それはそうと今の女将さんはこの子、間違えちゃだめよ」
フトルッスが自分の体の後ろに隠れている猫耳の少女を、押すようにして前のほうへ突き出してきた。
「い、ようこそいらっしゃいませニャ」
きたよコレー、ネコミミのニャー回収だ!
なにこの可愛い生き物は? フットルスはどこで拾ってきたのかな、一匹を分けてほしいよ。
「失礼だね。この子は先代女将さんの娘よ、ナジ姉に預けて匿ってもらってたの。プロンゴンのやつが死んで聖人様のお告げで、ラクータにいる獣人族は解放してもらえたのね、だからアイシャルちゃんが三代目の女将に継いでもらったのよ。あ、アイシャルちゃんはこの子の名よ」
「そうかそうか、それはよかったなあ。聖人様ってのは偉いんだな」
うんうん、聖人ちょこれーと様は偉いぞ。でもその偉人はおれじゃないし、ラクータの獣人族解放令は言ったつもりはないが、カッサンドラスのやつがうまく言い含めてくれたのだろう。
あとで年代物のエルフの果実酒を、聖人ちょこれーと様の代わりに彼へ下賜してやろうじゃないか。
「それでどうするの、お泊りはカムランさんお一人様でいいのかい?」
「いや、全部で七人だが二人部屋が二つと一人部屋が三つを頼む。それとこの前は事情があってカムランと名乗ったけど、おれの本当の名はアキラだ」
「ふーん、そうじゃないかと思ったわ。チャガレットくんから競売の会場で奴隷獣人を買い取った人がいるって聞いたの、その人が騎士団とひと悶着を起こしたらしいのね。それってカムラ……アキラさんのことでしょう」
「ハッハッハ、ナンノコトカ、サッパリワカランナ」
「言葉が変になってるよ……まあいいわ、害にならないお客様の素性は聞かないことにしてるの。部屋はあるのでお食事と大風呂付でいいのよね」
「もちろんだとも。それを外したらここで泣きわめくからな」
猫耳の少女アイシャルちゃんは、おれとフットルスが話しているときも、ネコミミを小刻みに動かしながら聞き入っている。どの仕草を見てもとても可愛いのよね。つれて帰りたいけど、お手出し無用なんでここはこらえてみせます。
獣人族は自分たちのための里を作ったが、フットルスのように守ってくれる人族たちがいるのなら、ここで生きていくことが猫耳の少女にとっては幸せなのでしょう。
ありがとうございました。




