第200話 交易都市ゼノスの面々
「同胞を助けてくれたことに改めて礼を言わせてもらうわ。ありがとう、聖人様のアキラ」
「聖人様はチョコレート様だからおれじゃない!」
マダム・マイクリフテルの邸宅でエティリアと一緒に食事を招待してもらい、侍女さんたちが食卓に並べるおれが出した料理で歓談している。
おれの意向で侍女さんたちも一緒に食べることになり、うさぎちゃんを彼女たちはかなり気に入られたらしく、今もあれやこれやと、食卓にある料理の数々がエティリアのお皿に乗せられていく。
「そう。アキラがそういうならそういうことにしておきます」
「そうしてくれるとありがたい、もういい加減にしてほしいと思っているんだよ」
「話は変わるけど都市院で公立の学び舎を建てる方案が通ったわ、これで親無し子たちを予算で養育することができるの」
「おめどとう……というべきかな」
交易都市ゼノスの都市の長と酒をたしなみながら話を進める。侍女のラケシスが途中で酔いつぶれたうさぎちゃんを客室へ休ませるために連れて行き、クロートは後片付けしながら日常業務の掃除当番を務め、マダム・マイクリフテルの横で座っているアトロポスは、会談中にずっと料理に手を付けている。
彼女がエティリア、ニールに続く大食いキャラであることがここで発覚した。
交易都市ゼノスは獣人の里をコミュニティとして承認し、対等な同盟関係で盟約を結ぶことは、口約束だけど都市院で提案してくれる。都市の長様は適切な時期に、外交使節団を下の里へ派遣したい希望を示した。
城塞都市ラクータと獣人族の和平交渉に、必要があるなら交易都市ゼノスは、第三者の公平的な立場から立ち会ってくれるそうだ。いつか開く各都市と開催する共同会議の提案も喜んで受け入れてくれた。
都市メドリアとケレスドグへの援助計画について、獣人族と同盟を結んだ上で、最初の共同事業にしてはどうかという意見がマダム・マイクリフテルから出された。それについては同盟のことも含めて獣人族に伝えるということで、おれは都市の長様との約束をこの場で交わす。
交易都市ゼノスは、獣人族からもたらされた新しい輸出品があるということで、今までほかの都市にも輸出していた食糧を当分の間はここ一帯に限定し、この地域の発展を促したい考えがあると教えてくれた。確かに獣人族でも慢性的に小麦粉は不足しているから、その計画はありがたいことだ。
公立の学び舎はテンクスの町を初め、交易都市の勢力下にある町に立てていく予定があるらしく、村についてはそこにいる親無し子を引き取り、二歴後までに最寄りの学び舎へ入学させたいと、都市ゼノスの来歴からの暦度計画を立てているみたい。
大まかなことだけだが、おれが獣人族の里で行った都市運営に関する各課のことをマダム・マイクリフテルに話した。彼女は熟考した上、都市衛生や基本的な医療機関、それに都市運営に最小限必要な立法と司法、労働と福祉のことで都市院による検討をさせたいと考えを示してくれた。
急すぎる政治体制の変化は、民に与える影響が大きいことは彼女も首脳として熟知しているらしく、それについてはおれも同意する。
獣人族の場合は一から立ち上げるので、できることを段階的に行っていけばいいのだが、交易都市ゼノスは既存の運営に新たな法案を投じるため、市民や既有組織からの大多数の支持がなければ、計画を着手することすら困難と思われる。
前に考えた公立劇場の話はかなりの興味を示してくれた。
それは劇場というより、市民に適切な娯楽を与えること、都市ゼノスを訪れる人々に観光という新たな収益源を得ること、それに就業機会を作り出すことに都市の長様は嬉しそうに微笑んでいた。
観光そのものが一つの事業になり得ることを彼女は理解しているようで、この都市の長がいる限り、交易都市ゼノスは更なる発展を遂げることでしょう。
スライムによる下水処理は早急に進めたいと、マダム・マイクリフテルは意気込んでいた。やはり都市内の臭いが気になるし、それが改善されるなら市民たちも喜ぶと彼女は笑っている。おばちゃんの時代に移住してきた彼女は、獣人さんの生活知恵が伝わっていなかったということだ。
「アキラはいったい何者なの? それだけ教えてほしいわ」
マダム・マイクリフテルからの質問に、肩を竦めてからおどけた顔で返事する。
「あんたらから見れば全く異なる技術が進んだ故郷に帰れない旅人、それに訳ありの友人が何人かいて、たまに不思議なことをしでかす冴えないおっさんだよ」
それで納得してくれたかどうかは知らないけど、交易都市ゼノスの長様は酒杯を掲げてきたので、おれも仕方なく自分の酒杯を持ってそれに軽く当てた。
このマダム・マイクリフテルはレイに負けないくらいのうわばみ。これ以上彼女に付き合うと、おれは間違いなく酔いつぶれてしまう。
ここらへんでお開きしたいのだが、侍女さんのアトロポスは、おれが予備で出しておいた年代物の果実酒を食卓へ乗せてきた。
困ったなあ、怪しく笑う主従二人は絶対におれを潰す気だ。まあいいや、ここまで来たら後へは引けない。記憶が無くなるまでマダムと侍女にお付き合いしようじゃないか。
二日酔いが酷く、食べ物を口にすると吐きそうになるのでミネラルウォーターばかり飲んでいる。そんなおれの横でペンドルやテーのじっちゃんが楽しく飲んでいるのだけど、漂ってくる酒の匂いが吐き気を誘ってしまう。
エティリアから20樽の果実酒を受け取ったペンドルは、機嫌よく手下に用意した酒蔵へ収納するように指令を出した。今回は見本を提供するということで、エティリアは無法者の大親分から代金をもらわないみたい。
気のいい商人にペンドルは笑顔で彼女へ話しかける。
「やあ、お噂はかねがねアキラのおっちゃんから聞いていましただけど、麗しいお方でお会いできてよかったですよ」
「いいえ、ペンドル……さん? ペンドルくんではないですよね」
「ははは、さんでもくんでも好きに呼んでもらっていいですよ。なんでしたらボクもあなたのことをエティリアと呼ばせてもらうから、ボクのことはペンドルと呼んで下さい」
「はい。じゃあ、ペンドル。あなたのことはアキラから聞いてますもん、これからもよろしくだもん」
おーい、エティや。そいつは見た目こそ少年みたいなもんだけど立派なじいさんだぞ、ゼノスの無法者の中でも一番悪い親玉だから騙されるなよ。
「アキラのおっちゃんはなにか文句がありそうだけど、なんならボクと飲みながら語る? お相手してあげるよ」
「うっぷ……やめてくれよ、マダム・マイクリフテルがあんなうわばみだなんて思わなかったよ」
「あはは、あの子を鍛え上げたのはボクだからね」
「マジかよ。さすがは大親分、悪いことしか仕込まないんだな」
「いやあ、嬉しいことを言ってくれるね。そんなアキラのおっちゃんにはもれなくお酒をさし上げよう」
「やめてくれよ……」
妖精の小人が突き出してくる酒杯から漂う酒の匂いだけで、嘔吐しそうになるおれは顔を反対の方向に背ける。
テーのじっちゃんとプーシルくんの酒飲みをエティリアにお任せして、おれはペンドルといつものように雑談に入る。妖精の小人さんは横に座ると、空になった酒杯へペットボトルの水を注いで、からかうような口調で喋りかけてくる。
「聖人様とお呼びしたほうがよろしいで?」
「はあ……わざと言ってるだろうお前。そんなのはやめてくれ」
「アキラのおっちゃんならそういうのは拒否すると思ったけどね。人をラクータへ走らせて情報を集めてきたんだ、とんでもないことを仕出かしたね」
「それどころじゃなかったよ、こっちは死にかけだっつうの」
「なんともあれ、獣人族を救ったアキラのおっちゃんはすごいと思うよ。騎士団、しかも城塞都市という軍事力を誇るこの近辺で最強の騎士団と渡り合ったから、もっと自慢してもいいと思うけどなあ。シソナジスちゃんも褒めてたし、アキラに会いたいって言ったよ」
「うん。ここを出たらラクータ方面へ向かうから一緒に来てくれ、前に言ったように獣人族の里を案内するよ」
おれからのお誘いにペンドルは水が入った酒杯を少し上げる仕草して、おれもそれに合わせて自分のコップを掲げる。これは了承したという合図と思うから、ペンドルが同行することでワスプール夫妻の護衛も彼にお願いできる。
え? おれはって? おれはエティリア専属の護衛。行商人の彼女がおれの傍から離れると危ないので、道中はイチャイチャして引っ付いてないとダメじゃないかな。
エティリア商会が異人族から注文された商品の買付けを、ワスプール商会に依頼してあるので、品物が揃うまでの間、しばらくはここゼノスで時間をつぶさないといけない。
普段のおれならペンドルたちと酒を飲んで騒ぐのだが、今の体調では厳しいので、テーのじっちゃんらが飲んでいるワインもどきが無くなったら、エティリアとお出かけします。
うぇっぷ……
ネコミミ巫女元婆さんのイ・オルガウド様はゼノス教会に帰っている。教会の外でなじみの神教騎士団員女騎士三人衆は、まるで神様に会うような恭しい態度を示しつつ、おれとエティリアを出迎えてくれた。
そりゃね、まともに銀龍メリジーと風の精霊エデジーとお会いしたもんね、そうなるわな。
はあ……これだからできれば教会へ来たくなかったが、元婆さんのイ・オルガウドとお話があるために来ること自体はしょうがないのよね。
エティリアは少し後ろに下がる形でついて来るけど、おれが聖人と呼ばれている話は聞いているはず、だけどそれにちっとも触れて来ない彼女に心から感謝した。自分の女に神扱いさせるのはおっさんの精神が耐えられそうにない。
「ちょこれーと様、ようこそ――」
「ちょ、ちょっと、跪くのはなしだよイ・オルガウドさん。そんでなんでイ・プルッティリアは拝跪の礼を取っているんだ、やめてくれよ」
身を屈める元婆さんの膝が折れる前に、その手を取ることでやめさせたが、後ろにいる女騎士さんまで手が回らなかった。たぶん彼女は元婆さんや部下たちから全てを聞いたと思うけど、面倒なやつに知られたもんだ。
「聖人ちょこれーと様、これまでの無礼の数々、お許しくださいと申し上げません。どうかこの背神者プルッティリアめに罰をお与え下さいませ、命で償うことができれば今すぐに――」
「だあーー、はいストップ。それ以上は言わなくていいから、命は取らないし罰もありません」
「この卑しい身をお許しくださいますか! さすがは博愛の神であられる聖人様、全ての種族の救いであられます」
「……」
だれだその救世主みたいなやつは、おれはそんな偉いやつじゃないぞおい。こうなるじゃないかなと思って、女騎士さんにはバレたくなかった。でもやっぱりこうなったのね、トホホ。
それとイ・プルッティリアさんよ、しゃべりながら頭を床に打ち付けないで、額からすでに血が噴き出しているからとても怖いんです。僭越でございますが、巡回神官様に回復魔法をかけさせて頂いてもよろしいのでしょうか。
「イ・プルッティリアや、ちょこれーと様はそなたをお許しになられたのじゃ。もう立っても良いのじゃ、そこでわらわと聖人様からのお告げを聞くのじゃ」
「うわーん、もう帰るぅ!」
「あ、あなたっ!」
もうね、精神力が先からゴリゴリと削られっぱなしで死亡寸前だよ。エティリアはガッチリと捕まえられなかったら、すでにこの部屋から逃げ去ったのでしょう。
「――畏まりま……あいわかった、巫女イ・メルザイスの件はわらわが預かったのじゃ。良きに取り計らうゆえ、聖人さ……アキラは心配しなくてもいいのじゃ」
厳しくきつく言いつけて、これ以上の敬語と聖人呼ばわりをするならゼノス教会と絶縁すると脅して、やっとのことで、ネコミミ巫女元婆さんと女騎士さんは不満そうにおれの条件を承諾した。
「でもいいのか? 総本山はなにも言わないの? 今回は大神官が死んでるよ」
「背神者ムスティガルは許可もなく勝手に神教の秘術を使い、あろうことに女神様に手をあげられたのじゃ。死すら惜しいその報い、総本山に背神者ムスティガルが、ラクータ教会でしてきた悪事の数々をちゃんと伝えねばならぬのじゃ。女神様の名を騙り、勇者を称える神教に潜む不届者どもへ、目にものを見せてくれるのじゃ」
「さいっでか、頑張ってくだはいな」
宗教なら避けて通れない道かもしれないね、神の名を借りたえせ信者と宗教関係者。ただそれはネコミミ巫女元婆さんが張り切ることで、おれはなにもする気はないし、口を出す気もない。
ちょっとでも触れてみろ、絶対にあっという間に巻き込まれてしまうから。
「アキラはこれからどうするつもりじゃ?」
「ラクータ、メドリアとケレスドグを回ってから獣人族の里へ帰る」
一人で長い旅へ出る予定はこの人たちに言うつもりはない、第六感からの危機信号が脳内で鳴り響いている。そのことを言ったらが最後、きっとあらゆる手を使って、ネコミミ巫女元婆さんがおれの引き留めにかかると思われる。
「神教騎士団ゼノス支団第一隊、悪夢のイ・プルッティリアよ。せいじ……アキラが行く旅路を護衛し、そのまま第一隊を獣人の里に築かれるアラリアの教会で駐在させるのじゃ。巫女イ・メルザイスのこともそなたに頼んだのじゃ」
「はっ、謹んでお受け致します。命をかえても聖人アキラ様をお守り致します!」
ええっ! 女騎士さんは子分たちを連れて来んの? 邪魔なんですけどこの雰囲気じゃなにも言えないよ。
だってさ、女騎士さんは真面目な顔で巫女様に向かって右手をない胸の前に掲げ、絶対に守り通しますって表情しているし、アラリアの教会を守るという大義名分があるなら、おれだけの思いで断ることもできない。
はあ……こうなったらおれも受け入れるほかないのだけど、守ってもらうことだけはちゃんと言いつけておかないと、あとが面倒くさくなる一方だ。
それと別にどうでもいいことだが、女騎士さんに悪夢という二つ名が付いていたんだね、いまさらだけど初めて聞いたよ。
「イ・プルッティリア、来るのは構わないが、一つだけ絶対に違反しちゃいけない規則がある」
「はっ、聖人様のお告げならなんなりと」
「それ、それだよ。誰であろうとおれのことを聖人と呼ぶな、人前で呼んだら即ゼノス教会へ帰還の刑だからな」
「……」
泣きそうな顔をしてもダメなものはダメ、イ・プルプル。これは譲れない線引きだから、しっかりと遵守してください。
「……わかりました、聖人……アキラ様」
アキラ様というむず痒い呼び方も本当はやめてほしいけど、これ以上要求すると、なんだかおれがイ・プルッティリアをイジメてるように見えるので、お互いが妥協するところはここにしておくか。
200話ということでキリのいい所で終わりたかったのですが無理でした。
ありがとうございました。




