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のちに聖人と呼ばれたおれが異世界を往く ~観光したいのに自分からお節介を焼く~  作者: 蛸山烏賊ノ介
最終章 聖人と呼ばれたおっさんが異世界を往く
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第198話 出会いは大切にすること

 異人族の里を回り、エティリアは異人さんたちからたくさんの注文を受け、魔法の袋には先払いの品々が積み込まれている。


 ゴブオやマキリたちは相変わらずとても元気だ。特にマキリたちは川をさかのぼり、運河の掘削工事を見学して、上の里へ行くことを今かと楽しみにしているみたい。



 上の里の工事現場は賑わっている。


 城壁ののり面はすでに完成してあとはブロックを積みつつ、スイニーの粉と鉄筋を使って仕上げていく工事を待っていた。


 人にあらざる者のアルフィのおかげで、魔力が使い放題のおれはみんなが目を丸くしている中、土魔法の生活魔法でこれでもかとブロックを大量生産した。



 スイニーの粉は水を被ってはダメということで、上の里の中でいくつものコンクリート造の収納用倉庫を建て、これは建設課の設計図によるもの。建築工事が終わった後は、食糧を貯蓄するための倉庫に使うらしい。



 建物の養生期間を兼ねて運河の川筋に沿い、所々に適量なブロックを作り置きしながら、スイニーの粉を置くために、将来的に休憩場へ転用する予定の臨時倉庫を獣人さんたちと一緒に作っていく。




 おれが土木工事に勤しんでいる間、エティリアは上の里で働く獣人さんが食べる賄いのお手伝いしていた。



 アラリアの森で採取した野菜やオーク肉はみんなに喜ばれた。ラメイベス夫人に弟子入りして上達した調理の手腕は、賄いを作る獣人さんの女性たちからしきりと誘いを受けているその光景に、思わず笑みをこぼしてしまった。



 獣人族や一部のエルフたちが住まう銀星の都市、建設課が主にその区画割りを行い、各課の要求に応じて建物を建てていく予定。何度か会議に出席するように誘われたけど、どのような会議でもおれは参加することを断ってきた。



 獣人族のことは獣人さんが決めたらいいと思うし、なによりおれに気を遣って、おれの意見を採用しようとするのはよくないと感じた。


 獣人さんたちが好きに決めて、いつかここへ遊びに帰ったときに、獣人族の手で作り上げた異世界の風景を、おれは楽しみにしたい。



 ここでの用事を済ませたため、おれとエティリアは上の里にいる人々が催してくれた盛大な送別会で、呑んでは食べてと大騒ぎした。そのあとでたっぷりと睡眠を取ってから、みんなに送られる中、月と星が輝く夜空を背にエルフの集落へ出発した。




 アラリアの森を走車がゆったりと走り、昔話に元の世界にいたときのことをエティリアに聞かせ、どんな話題でも彼女は体をぴったりと寄り添って耳を傾けてくる。


 森で植物を採取し、二人きりの食事で話に花を咲かせ、お互いの体を疲れ果てるまで求め合った。二人だけの思い出はどんどん積み重ねられ、スマホの中に彼女の画像と動画が蓄積されていく。




 聖人の件は集落に里帰りしたエルフさんによって情報が伝えられた。それを鎮静化させるのに大変苦労を強いられたが、おれの性格を知っているここのエルフさんたちは納得しなかったけど、要望通りに今までのように付き合いすることを承諾してくれた。



 獣人族との交流で獣人族の里に興味を持つ人が増えて、下の里で手伝いながら上の里へ移住する希望者が増えたと、高齢長老者は教えてくれた。


 ネシアのほうは上の里へエルフさんの移住が終わってから、各地のエルフのコミュニティを回る予定を立てているみたいだ。




「...アキラはケモノビトを助けたから、聖人様とお呼びしてもよろしいと思うわ...」


「いやいや、聖人様というのは世界に幸せをもたらし、万物を愛する素晴らしい性格をお持ちじゃないと務まらないじゃないかな。おれみたいな人格者じゃない、しがないおっさんが名乗るのは畏れ多すぎて心臓が止まりそうだよ」


「...よくわからないわ。あたしはわからないことのほうが多いけど、同胞のためなら森の守り手になりたいと思うわ...」


「まさにそれ。ネシアは同胞のためなら喜んで森の守り手という役職につく。だけどおれは人のためにできることの手助けはしたいけど、それによって自分を押し殺すことはできないんだよ。だからおれは聖人様なんかにはなれない」



 釈然としないように眉を寄せるネシアを可愛いと思いつつ、自分には聖人様というえらそうな偉人になる気も、なれないことも、なりたくないことも、ハッキリと自覚している。


 なにをしようでも、成功するか失敗するかを考える前に、まずはやる気があるかどうかが肝心だと思う。


 やる気がないのなら、なにごとも起こりにくいし、一時的に成果を出せてもそれは長続きしないのでしょう。多分ね。


 神話に伝わる聖人様をやる気がないのおれは、聖人なんてものになるつもりはない。



 そもそも教典にも書かれている聖人様は、なにをすればいいかわからない。なによりも危惧しているのは、聖人という名でアルス神教に拘束されてしまうこと。


 それは今後の人生に関わって来るので、絶対に回避したいフラグである。




 エルフの果実酒が値下がりしないように、一回の取引を50樽と決め、年代物は10樽の出荷だが、毎回は出さないことでエルフの長老たちとエティリアが取り決めた。


 ラクータとの紛争が終わり、おれがお酒を使って人と取り引きしなくてもよくなり、資金稼ぎの必要もなくなって、エルフの果実酒については、エティリアが交易のルールをエルフたちと決めれば問題はないと思う。



 自分が飲む分はすでに確保してあるし、世界を出歩くときにきっと新しいエルフの果実酒と出会うのでしょう。



 エルフの集落でいつものように宴会を開き、やっぱり呑んでみんなで騒ぐことになった。


 月の明かりに照らされたエルフの守り手様ネシアとその守護精霊のペッピスは、いつ見ても絵になるので、酒のアテにちょうどいい観賞用のペアだ。




 陽の日の朝にエルフの集落を出た。眩しい朝日の中で吹いてくる風が少しだけ肌寒さを感じ、この地域を駆け回った暑い灼熱の日照の季節が終わりを告げようとしている。


 新しく作った交易路を通り、目的地の一つである交易都市ゼノスに向かい、そこで人々と語らってから城塞都市ラクータへ行く予定だ。


 テンクスの町へは行かない。そこへはいつか、ファージン集落へ帰郷したいときに、寄らせてもらおうかと考えている。




 道を行く途中、新しい交易路を使う走車を見かけることがある。この道の存在を知っているのはマダム・マイクリフテルだから、たぶん交易都市ゼノス方面から来ている人だと思う。



 サービスエリアじゃないけど、ニールと作った休憩場に走車が止めてあったから話しかけてみれば、二人の素朴な青年はなんでもついこの間まで務めていた商会から独立して、生まれ育った村に余剰の食糧があるから、城塞都市ラクータへ売りに行くらしい。



「噂なんですけど、どうやら聖人様が顕現されて、ラクータと獣人族の戦争を御止めになられたとか。本当は獣人族のほうと交易したいですけど、伝手がないのでラクータのほうへ売りに行こうかなと考えたんですよ」


「へ、へええ。そんな偉い神様がおいでなさったんだね、知らなかったなあ。ラクータと獣人族の紛争が終わったのは確かだけどな」


「奥さまは獣人族ですね、きれいな方で羨ましい。もしお二人が獣人族にお知り合いがあれば紹介してくださいよ」


「そ、そうですね。獣人族のほうは今のところ大変みたいだから、ラクータへ行ったほうがいいんじゃないかな。そのうちに落ち着くから、行くならそういうときにしたほうがいいと思うよ」


「そうですね、戦争が終わったばかりで大変だと思います……ところでこの料理は美味しいですね。お代わりが欲しいと言ったら厚かましいでしょうか? もちろんお代は払いますよ」


「お代わりはあるからじゃんじゃん食べてくれ。ここで会えたのもなんかの縁だからお金は気にしなくていいよ」



 寡黙な青年がもくもくとお食事を取っている間、おれは気の良さそうな青年と話していた。


 献立はオーク肉のソテー、ワインもどきを使って調理していたから青年たちはオーク肉を煮るときの香りに誘われて、こっちに寄ってきたみたいなものだ。



 食事を調理するときはニールとエティリアがよく食べるからいつも多めに作り、たとえ余ってもアイテムボックスに保存するだけだ。ニールがいない分、二人が増えたところで食べきれる量じゃない。


 せっかく作ったから、いっぱい食べてくれたほうがおっさんは嬉しいね!



「これ、めちゃめちゃ美味しいですね。使っている香草や野菜もゼノス辺りであまり見かけないものです。どこで買えるかは教えてもらえませんか?」


 チラッと横を見るとエティリアが黙っているので、会長が青年の質問に答えないなら、旦那としてあまり多くの情報を流せない。


 エティリアが食事に夢中なだけかもしれないけど、エティリア商会はワスプール商会と取り引きしているので、情報の公開には気を遣うべし。



 ただ頑張ろうとする青年にチャンスを与えたいし、アラリアの野菜と香辛料はまだワスプール商会と独占的契約を結んでいないので、多少なことは教えてもいいでしょう。



「野菜と香辛料は獣人族が採集してきたものだ。たださきも言ったように獣人族はまだ落ち着いていないから、興味があるならもう少し時間をおいてから訪ねてみるがいいと思う。なあ、エティ?」


「……うん? え、なあに、あなた。なにか言ったもん?」


 ハッハッハ、予想通りうさぎちゃんは食事に夢中でした。



「わかりました、そういう情報があるだけで助かります。売り買いは別として、食糧をラクータで捌いたら獣人族の村を訪ねてもいいのでしょうか?」


「……そうだね、それはいいじゃないかな。ラクータに行ったらマッシャーリア村の情報について調べてみなさい」



 青年はおれが獣人族と繋がりを持っているだろうと見破っているのでしょう。ご褒美じゃないけどヒントを与えることにした。獣人族は交易都市ゼノスと仲良くなる必要があるので、こういう突発的な出会いから交流を始まってもいいんじゃないかな。



 彼らがいい噂を持って帰ってくれると、ゼノスにおける獣人族の好感度が上がることに期待できるかもしれない。



 すべての商売をワスプール商会に流すといらぬ嫉妬を招くかもしれないので、莫大な利益を見込める異人族の商品以外は、こうしてゼノス商人が獣人族の里である程度の勢力を作ってくれると、将来に来るであろうのラクータ商人と対抗してもらえる。




 それはそうと今回の帰りにワスプール夫妻を獣人族の里へご招待と考えていた。今なら下の里の建設は大まかできているし、ワスプール商会マッシャーリアの里支店を置いてもらうのも悪くないので、ご夫妻を護衛するのは大親分に担ってもらいましょうか。



 それに城塞都市ラクータ、都市メドリアや都市ケレスドグへ訪問するときはいい知恵を貸してもらえるかもしれない。切羽の詰まらないおっさんには無い知恵を絞り出せないものだ。



 そうと決まれば青年二人を歓待してさし上げよう。ここで何かの体験することで目標を立て、ひょっとして彼らは大商人に成長するかもしれないね。


 ワインもどきであるエルフの果実酒とラスボスが作った料理やケーキなど、今のゼノスでお目にかかることのない食べ物を臨時の食卓に並べ、その品々に驚いている青年たちに微笑みかける。



「お酒は飲めるか」


「は、はい。村のほうで濁り酒を作ってますから結構飲みますよ」


「珍しい酒だ。入手はかなり難しいけど、まあ一杯付き合ってくれ」


「ありがとうございます」


 愛すべきうさぎちゃんは黙っておれを見るだけで言葉を口にしない。この商人(エティリア)さんは賢くて状況に敏く、それに会話を通して人の気持ちがよくわかるし、こういうことを説明しなくても、おれが意図するところをちゃんと察してくれる。



「今まで見たこともない素晴らしい走車をお持ちですね、鉄板を張って頑丈そうだから、襲われても多少なことなら凌げそうですよ。これも獣人族が作ったものですか?」


「そうだな、ちょくちょく長旅するからおれが作らせたものだ」



 青年が装甲戦車のプロトタイプ試作三号車に興味を示し、質問してきたから、本当のことを隠してはったりをかました。装甲戦車が見られることは想定内のこと、これを模倣して作ろうと思えば人族でも簡単にできる。


 もっとも装甲戦車が真価を発揮するのは魔道具で魔法防壁を展開させることにあり、魔道具が未搭載の試作車は防御力が高いただの走車。



 それでも試作車を人族側に披露することで、獣人族が高い技術を所持していることを知らしめ、獣人族に対する認識を改めることで、抑止力を高められたらラッキーという思惑があるのよな。




 こうして、少しずつ獣人さんたちがほかのコミュニティに住む人たちと絆を紡ぎあげることで、攻めにくくなる状況を作り上げることも、獣人族においての考えられる自衛策だ。



 きっかけなんて些細なことから始まるもの、それを広げていくことで色んなの人と友好関係を結び、ゆるぎない事実として確立させていくだと思う。



 そうやって獣人族をここ一帯における、軽視のできない一大勢力となることができれば、人族が獣人さんを差別し、虐げることはなくなるかもしれない。


ありがとうございました。

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