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のちに聖人と呼ばれたおれが異世界を往く ~観光したいのに自分からお節介を焼く~  作者: 蛸山烏賊ノ介
最終章 聖人と呼ばれたおっさんが異世界を往く
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第196話 商会の旦那様はおっさんである

 ニールこと銀龍メリジーはマッシャーリアの里にいない。おれからメテオの説明を受けたメリジーさんとエデジーさんは神龍(エンシェントドラゴン)精霊王(ティターニア)のところへ帰り、人にあらざる者のことを報告しに行ったのでしょう。



 闇夜に火の粉が舞い上がり、1500名を超える死者を送る送り火は夜空へ高く燃え盛って、ここにいる数万人の涙を誘う。



 獣人部隊が残した子供たちは、ラクータ騎士団のカッサンドラス団長とラクータ教会の取り計らいで神教騎士団(テンプルナイツ)のラクータ支団が護送して来て、命がけで守ってくれた親たちの葬式に参加することができた。


 この子たちは増設された学び舎の宿舎で住み、獣人さんたちで育てることが決まっている。


 子供の希望によっては、里親の許で養われるという選択肢も与えられ、すべては葬式の後に子供たちとの話し合いで決定するとピキシーさんは教えてくれた。



「炎で舞い上がる魂、この世に未練なくアルス様の許へ帰られよう。母なるアルスに抱かれて、生きた時の証はアルス様がお認めになられる。行く先を迷うでなかれ、道しるべは炎が示される。アルス様の許へ行かれよ、愛し子の魂たちよ。」



 アルス神教の神官見習いであるクップッケが低く響くような声で歌い上げる送り火の唄に、獣人族や葬式に参加している里に住む人々は故人を偲び、その冥福をアルス様に託してお祈りを捧げている。



 慰霊碑の作成はエルフの高齢長老者に依頼し、本体は鉄製にして、表面をエルフの秘術で作った魔石を用いる魔道具で膜を張れば、どうやら錆びることはないらしい。



 異世界の防錆コーティングの技術は素晴らしく、慰霊碑の下部に設置されている魔道具の穴へ、魔石を放り込めばその魔力が吸収されて、等級1の魔石でも魔道具は起動するみたいだ。それならお供えは花じゃなくて、魔石にすることが決められている。




 当たり前だけど死んだ人は蘇らない。この世界で亡くなった人たちの、その魂はどこへ行くというのか。みんなはアルス様の許へ帰るというけれど、風の精霊(メガミさま)精霊王(ティターニア)様に聞かないとわからないでしょうね。



 エティリアが両手でおれの腰に抱きつき、頭を肩にもたれかかり、流涙している彼女を慰めする必要はない。彼女が悲しんでいるのは過ぎ去った獣人族に対する過酷な圧政の日々と居なくなった獣人さんたちへの思い。


 そんな時代に彼女は父親を亡くし、潰された商会の再建を希望に小さな体で頑張った。



 送り火の炎はさらに燃え上がり、多くの魂をアルス様へ送り届ける。死んだ獣人さんたちはその姿を見せることはもうないのだが、彼や彼女たちの面影は記憶から薄れても、確かに生きていたことを獣人族のみんなが忘れたりはしないだろう。


 それは生者が生きている間に、死者へ送る長き弔いかもしれない。



 三歴に渡るラクータ一帯に住む獣人族の苦難は過去の出来事となり、積み重ねられた心の傷を癒しながら、彼や彼女たちは先祖が住んでいたアラリアの森で新たな生活を営み、いくつかの世代を過ぎていくと、今までの辛い日々がいつかは歴史として語られることでしょう。



 今の世代は苦しみぬいて、再出発できる土台を子孫のために築き上げた。


 願わくばアラリアの森に住む獣人族に神々の祝福があるよう、魂たちがアルス様の許を訪れた際、ぜひそう伝えてほしいと思いを馳せて、巻き上がる火の粉をエティリアと二人で眺めていた。






「本当に大丈夫のかい? 冒険者をつけることもできるけど」


「心配しなくていい、今のおれならここら辺にいるモンスターは敵なんかじゃない。それより冒険者たちはヒヨッコばかりだから、ちゃんと実力つくように育て上げろよ」


「それはそうだけど……ニール様は同行しないかい?」


「ニールは武道館で師匠役が忙しくてね。本人はついて来たいって言ってたけど、モンスターが相手ならおれでも大丈夫と言って断った」


「そう……じゃあ、エティ姉をお願いね」


「任せなさい」


 新しく建てられた冒険者ギルドは、コンクリートを使用した三階建ての建物。柱や梁の考え、鉄筋や枠型の組み方は建設課の鼠人課長さんと現場で、平屋建てのモックアップを作ってから説明した。



 冒険者ギルドには休憩場を兼ねる酒場のほか、簡易の宿泊施設、トレーニング場や試験場に倉庫、それに職員が住まう宿舎も建てた。万が一の場合に備え、ここが臨時的な避難施設となれるように堅固な作りにした。


 そのギルド長の執務室で、おれとセイは近頃の予定について会話を交わす。



 商会としての名目をとり、エティリアの護衛で異人族の里を回りながら、銀星の(シルバースター)都市(シティ)の工事現場に、土魔法の生活魔法で作るブロックとスイニーの粉を置き、工事の進捗状況を確かめてるつもり。



 その後は各都市へ回りつつ、外交課から遣わす使節団が行う予定の事前協議の下打ち合わせして、その情報を下の里へ持って帰って来ることを、長老院と協議した上で大まかなスケジュールを立てた。



 長老院はおれに全てのことを一任すると全面的な信頼を寄せてくれるが、獣人族に対して不利な条件を断りし、そのほかは書き留めてから獣人族の関係各課や長老院に提示して、獣人族自身に決めてもらうと強めに言い伝えた。



 外交というのは、一度で内容を決めてしまうものじゃなく、何度もすり合わせながら相手の抵抗点を確認し、自分たちにとってなるべく有利な交渉をしつつ、最終的に双方とも納得できる妥協点で合意に達してから、双方にとって有益な条約を結べばいいじゃないかなとおれは考えている。



 ラクータ一帯に住んでいた獣人族は集団として、初めての交渉相手をゼノスと仮定し、その協議過程で交渉の技術や経験を積み、都市メドリアと都市ケレスドグで独自の外交交渉を試みる。


 最終的に城塞都市ラクータと和平交渉の過程で、対等に渡り合うことができるように進める指針を取ることで、外交課の担当とおれは協議済みだ。




「アキラさん」


「ん? なにかな?」


「色々とありがとう。同胞たちを導き、あたいらに明日を見せてくれたことを感謝するわ」


「そんな大したことなんてしてない。手助けはしたけどきみたち獣人族は頑張った、全てはきみたちが自分の手で掴み取ったものさ」


 椅子から立ち上がり、深々と体を屈めてお礼を言ってくる兎人の美女ギルド長さんへ両手を振り、拙い返事でその感謝を受け入れた。



 セイとレイはこの世界で最初に話したモフモフさんとエルフ様。


 出会った当初こそ色々とあったけれど、彼女たちとは友人の付き合いをさせてもらった。今は獣人族の繁栄を目標に日々の激務に励んでいるところを見ていると、おっさんが獣人さんたちのことに関われてよかったと心から喜べる。



「じゃ、旅の準備とかあるからもう行くよ」


「はい。異人族の里へ立ち寄った時に、冒険者ギルド支部の建設予定地も見てきてくれると嬉しいわ」


「はいよ、言われた通りに下見してくるわ」


「よろしくね」


 バイバイする仕草で手を振ると、セイも同じように振り返してくれた。


 彼女の執務机に決裁しなければならない書類が山積みで、このあとはデスクワークに勤しむことでしょうから、邪魔にならないようにここは早く退散して、エティリアが待つエティリア商会に向かおう。






 石作で建てられた二階の建築物がエティリア商会のマッシャーリアの里支店だ。下の里を貫通する大通りの大手門近くに所在し、店舗よりも裏にある倉庫のほうが大きいのが特徴だ。



 今は羊人族や虎人族にエルフの店員を雇い、新装開店したてということもあって、20人の店員さんたちが物を運んだり、店内を飾ったりしてみんなは忙しくしている。



「ようこそいらっしゃいませ……あ、旦那様だ。お帰りなさい」


「う、うむ。みんなもお疲れさま、おれのことは気にせずに仕事を頑張ってね」


 虎人族の若い女性店員が羊人族で量産化されたスニーカーを入れた木箱を運んでいて、笑顔で客への挨拶がおれの顔を見るなり、恭しく体を少し屈める礼に変わった。



 店員さんたちは、おれのことをエティリアのツガイで会長さんの旦那と認識しているみたい。間違いではないが、そういう呼び名にいまいち慣れていなくて、ちょっと心がむずがゆい。



「旦那様、奥さまは旦那様の事務室にいらっしゃいますよ」


「そう? ありがとう。ラメイベスさんからもらったエッグタルトの試作品を厨房に置いておくから、休憩の時間にみんなでお茶と一緒に食べてね」


「やったあ! いつもありがとうございます、旦那様」


「じゃあ、お仕事頑張って」


 ここにいる子たちは、食事と宿舎付きの住み込みという条件で働いている。もちろん実家は里の中にあるけれど、親とエティリアの希望で自主性を育てたいとのことだ。学び舎が始まればこの子たちも時間を調整しながら、エティリアの方針でそこへ通うらしい。



 なんでも商人は知識が大事だから、学び舎でしっかりと学問を学んでくることが、エティリア商会の欠かせられない職員の育成だと、寝物語でエティリアから聞いたことがある。



 人材は集まることだけではなく、長い目を見て、成長させることは組織にとっても重要なことだとおれも思っているため、エティリアの慧眼に感心するばかりだ。



 さて、厨房で人数分のエッグタルトをおき、エルフさんが作ったお茶の葉の補充してからエティリアに会いに行こうか。




「店長さん、お帰りです」


「やあ、エゾくん。元気で頑張っているかね」


「はい、もう色々とエティリア様から教えてもらってますよ。今度僕らの集落へ行商しに行くときは任せてもらえるとエティリア様に承諾してもらえた」


「そうか、頑張りたまえ」


 エルフのエゾレイシアくんは、高齢長老者から支援で派遣された鉄製品加工組より移籍して、エティリア商会に雇用されている。


 商人としての素質はあるし、本人も勤勉な姿勢で仕事に取り組んでいるので、いまはエティリアから商売のイロハを叩き込まれ、将来的にはマッシャーリアの里支店の支店長候補として目をかけているらしい。



 エゾレイシアくんはエルフの集落にいた時も、商人ごっこしてたから大変結構なことだと思う。それとエゾレイシアくんは夏休み以来、おれのことを店長さんと呼んでいる。どんな店の店長かはよく知らんけど、エゾくんがいいのならおれは別にそれで構わない。



 生産してもすぐに売れてしまうスニーカーは、獣人さんやエルフさんの間で大人気。エゾレイシアくんはその出来具合をチェックしつつ、サイズを分けて木箱に詰め込む作業に集中しているところを見て、倉庫の二階にあるおれの事務室へ行くために、手前にある階段をのぼった。




 エティリアの事務室は店の二階にあるけど、普段はなぜかおれの事務室にいることが多い。たぶんエティリアが働いているときに、おれはここで昼寝とかしているから、いつの間にか彼女もここで仕事をするようになった。


 来客がきたときだけ、自分の事務室へいそいそと走って行くうさぎちゃん(おれのツガイ)の姿は、愛らしさを感じるのよね。



「お帰りなさい、あなた。ちょっと待ってくださいね、これを記入したらお茶を入れてくるもん」


「いいよ、ラメイベスさんからエッグタルトをもらったので、休み時間にみんなでお茶しながら食べよう」


「はい」



 一生懸命に帳簿を照らし合わせて、なにか書き込んでいるエティリアは早く仕事を済ませ、おれとの時間を空けようとしている。



 獣人族の交易を一手で担う彼女はとにかく忙しく、長老院としては交易都市ゼノスから、不足しがちの食糧を買付けしたいとの意向を示している。彼女もそれに応えようと、生産が再開された獣人族が作る特産品、それに異人族から入荷した商品で資金を得ようとしている。



 邪魔をしてはいけないと思ったおれは応接用のソファーに腰を掛けて、エティリアの作業が終わるまで、静かに彼女を待つことにした。


ありがとうございました。

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