第195話 母なるアルスに見つめられてた
ああ、うまかった。
味噌汁とご飯のトッピングはめちゃくちゃ美味しい、これって魂に刻み込まれた記憶なんだよな。人にあらざる者の青年からたくさんの味噌と缶コーヒーをもらい、それをせっせとアイテムボックスの中に収納した。
銀龍メリジーと風の精霊エデジーもおれの勧めで、青年からモンブラン、いちごショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキ、ショコラケーキなどなどのデザートをもらった。
お二人は入れてあげたエルフのお茶を飲みつつ、各種のケーキを食べることに夢中になって、おれと青年の話に入って来ようとしない。
「まだなにかほしいものがあるか?」
「週刊誌がみたい! 来る前にコンビニで見てきたマンガの最終回が発売されている。それを家に帰る時に買おうと思ったけど、そのままこっちに来たからずっと気になってた」
週刊誌の名前を伝えると、青年は先と同じように虚無から一冊の週刊誌を掴み出し、おれのほうへさし出してくれた。これだ、これなんだよ。鮮やかな色で印刷された表紙に感動を覚えながら、少しだけ手が震えていて、ゆっくりと週刊誌を開くと……
「あはははは」
腹を抱えて爆笑する青年、プルプルと身震いするおれ……
楽しみにした週刊誌の中身は真っ白じゃねえかコノヤロ!
「ごめんごめん、面白かった?」
「おもろないわ!」
同じ表紙の週刊誌を出す青年の手からそれを奪うと、まずは中身をチェックして、確かにマンガが描かれていることを確認してから、アイテムボックスの中にサッと入れる。
ジョークのために出されたダミーは青年の手で虚無に戻されていた。
「しかしとんでもないことができるな、こんなじゃおれがいた世界のものをなんでも取り寄せれるじゃないか」
「そうでもないぜ。お前が知ってる物なら大抵大丈夫だけど、うやむやなイメージやお前が知らないものは無理だな」
「え? それはどういうこと? なんでおれ依拠なの?」
「物事に対するイメージが鮮明的なのはお前の思念だけ、そのほかの思念は概念ばかりだ。概念から創り出せないこともないが、それは母なるアルスの物に似てしまうから異界の物じゃなくなる」
「そうなの?」
「そう、だから先の週刊誌だって来週分は出せない。お前は見たことがないからな。先に言っておくけど、出した漫画はオレがお前の願望で創造したもの、本当の最終回なんてオレは知らん。あいつらにやったケーキだって、お前が食べたことのある物ばかりだ。お前の残した思念にないものはオレも知らない」
「じゃあ、例えば世界最大だった軍艦を創り出そうと思えばできるわけ?」
「ああ、それはできるね。なんなら船首に波動する大砲を装着させてもいいぞ」
「なんだその最強のチートは? 世界征服できちゃうじゃないか」
「バカかお前?」
嘲笑ってくる青年の顔がとにかくムカつく。
なぜか懐かしく思えて、いつも見ているようなその顔に同種嫌悪というか、こいつだけには笑われたくないという思いに不思議さを感じつつ、ムカムカと湧き上がる胸くそを押さえつける。
「母なるアルスから生まれたオレがそんなアホなことするわけがないだろう。ちったあ頭を使えよ」
「……ごめん、あんたに敵わないのは知ってるし、敵対する意思もないのだが、なんでか知らんけど、その笑いと顔を見るとムカついてしょうがないのはなぜだ?」
「そりゃそうだろう。オレの作りはお前が原形だから、自分を見ているようなもんだ」
「ええー!」
おっさんびっくりだよ。おれって、美男子になる要素があったんだ、知らなかったなあ。
それにしても差があり過ぎるではないか、片やイケメン、片やブサメンとまでいかないくても冴えないおっさん。どこでどう間違えたんだコノチクショー。
まあ、親にもらった大事な体だからこのままでいいけどさ。
「1000倍は美化したから大変だったよ」
「うっさいやい、そんなにぶさいないわ!」
言いたい放題言いやがるなこいつ、いつかスキを見つけてしばいたるねん。
こいつは中々ノリがいいから、ついついじゃれあってしまったけど、せっかく来てくれたので、聞くべきことはちゃんと聞いておいておこう。
「この前の銃声はやっぱりあんただったか」
「そうだ」
また虚無からなにかを掴み出した青年はそれをおれの前に置く。このサイズの大型のライフルはきっとアンチマテリアルライフルてやつ、ネットゲーの中で使ったことがあるからよく覚えている。
「なんであの時におれを助けたのか?」
「さきも言ったろ? オレはお前の対を成す者。お前が母なるアルスで死ねばオレもまた消えるから、まだお前が母なるアルスにとってなにであるかという定義が下されないうちに、お前に死なれちゃオレも困る。リアルは中々楽しいからな」
「そうか……それじゃありがとうと言わないといけないな」
「礼は言わなくていいぜ。お前が母なるアルスにとって害になるなら消させてもらうだけ、それがよくわからんかったから生かしてたの」
「もし、おれがその母なるアルスにとって害のない存在ならどうなる?」
これは絶対に知っておくべき大事なこと。人にあらざる者から付け狙われているのもそうだけど、この世界から受け入れられない異物として扱われるのはものすごく傷付く。
「どうもしない。異世界から転移してきたとは言え、お前はすでに母なるアルスにとっては客人も同然。死ぬまで好きに生きてみたらいいじゃないかな」
「それはありがたいな。母なるアルスに嫌われたら精神的に嫌だからな」
「母なるアルスはお前を嫌っていない。ただお前のことがよくわからんからオレが生み出され、お前の生き方を見させてもらっているだけ」
「そういう言い方だと、なんだか母なるアルスはおれを見ていたようだな」
「ああ、三つ角のシカに憑依して、お前がファージン集落にいるときに観察してたからオレにもわかる」
「え? もしかしてジョセフィードのこと? ジョセフィードが母なるアルスなの?」
「それそれ、お前がそう呼んでた記憶はオレにもある」
驚きの連続だよ。マーキング好きの牡シカに母なるアルスが憑いていたなんて、そんなこと知りもしなかった。
それはともかく、母なるアルスと人にあらざる者から攻撃されないための線引きを知りたい。これは今後の生き方に影響してくるわけだから。
「なあ、おれはあんたから攻撃されないために、なにをしたらダメなんだ? それを教えてくれ」
「別に好きに生きたらいいじゃないかな。お前の能力では母なるアルスを傷つけることできないってことはわかったし、たとえ宗教に入って、そこで勇者となって世界を征服しようとしても、そん時はオレが魔王になって、最終ステージのデーモンパレスってやつでも作ってやるから、勇者様としてちゃんとオレに挑んで来いよ」
「勇者になりませんから魔王にならないでくださいませお願い致します」
「あはははは」
青年から手渡されるお代わりのブラック缶コーヒーを口に付け、懐かしい味に心が和んでいく。
青年と同じように魔素から元の世界の物を創り出せると、いつでも食べたものや見たいものを手にすることができるから、ダメ元で青年にそのことを質問してみることにした。
「そういう創造の技はおれにもできないかな」
「無理。物は魔素から創り出せるが、情報から魔素で物質として構成するプロセスを理解できないお前ではできないこと」
「ファンタジーって、神クラスなら何でもありなんだな」
「そうだぞ、例えばこういうこともできる——」
いきなりおれの手を掴んでくる青年から、なにかがおれの体に流し込まれる。痛みもなく、ただ体の中でなにかが巡回している感覚で視界が急にすっきりとなり、見てきた風景が今までとすこしだけ変わった。
その存在を感じることはできるが、見えていた黒い魔素の塊が視覚で捉えることはなくなった。
「——な、なんだ?」
「これで使った分だけ瞬時に魔素が補充されるから、お前は無限に魔力が使えるようになったのさ」
「え? それって……魔力切れを起こすことなく、魔法が撃ち放題とか?」
「そうだ。もっともお前の魔法はまだまだ弱い。ディレッドが使う闇の魔法にすら勝ってないから、ちゃんと強くなるように精進しろよ」
魔法の使い放題はありがたい。これでおれも人外クラス入りだがちょっと待て、ディレッドが使う闇の魔法ってなんのこと? こいつはファージン集落を知ってるというの?
「ディレッドを知ってるの? その前にあんたはファージン集落にいたわけ?」
「しばらくそこへ住まわせてもらった。そのときに弟子入りさせたのが、お前のことを気にしていたディレッドだ」
はい、そこをちゃんと詳しく聞かせてください。おれの故郷で悪さをしたかどうかを、おっさんに細かく詳しく精密にチェックする必要性が生じておりますね。
「――ってなわけさ、それでお前の危機を感じたから集落を出た」
「……そうか、みんなは元気か。よかったあ」
「気になるなら帰ったらいいんじゃないの?」
「アホか、帰るなら錦を飾ってからだ」
ファージン集落の現況を教えてもらえた。みんなが頑張って集落を大きくし、ディレッドたちは集落の人たちの養女になって、元気に暮らしていることをとても嬉しく思った。
集落へ帰ればどうかと言われても、まだこのアルスという世界を回っていないし、心が躍る冒険もまだ経験していない。集落を出てからしたことと言えば、エティリアたちと出逢い、獣人さんたちを手助けしたくらい。
獣人たちと一緒に城塞都市ラクータと戦って、聖人というお偉いさんになったよ……なんてことを言ってみろ。あいつらのことだ、絶対におれを神様扱いしてくる。そうに違いない。
親友から崇められる自分なんて想像したくもないので、獣人族のことが落ち着いたら旅立って、みんなに自慢できるような冒険をしてくる。
「そうなの? まあ、お前の好きにすればいい……お前と話ができたからオレはもう行くわ」
「どこへ行くつもり?」
人にあらざる者の青年がどこかへ去ろうと体の向きを変えたので、彼の行き先を聞いてみることにした。こういう危ないやつはなるべく身近にいないほうがいい、どこかおれの知らない場所へ行ってくれるとありがたい。
「適当に世界をふらふらするよ。心配はするな、お前が危なくなったらすぐに来るし、お前が母なるアルスに害を及ぼすようなら消しに駆けつけるから」
「……来ないでください、お願いします」
「欲しいものはそれだけでいいの?」
「今はほかに思いつかないからそれでいい。なんか欲しくなったらまたお願いするよ」
もらったのは食いしん坊たちが何度もお代わりした各種のケーキ。これを下の里へお持ち帰りして、ラメイベス夫人に試食させたら、きっとよく似たケーキが作り出されることでしょう。
「そう。じゃあ、また呼んでくれればいい。もう行くから」
「それは消さなくていいのか?」
魔弾を撃ち出せる、凶悪な魔道具兵器のブローニングM2重機関銃もどきと、アンチマテリアルライフルもどきを指して、おれは青年に注意した。
「全部あげるよ、なんかに使いな。さきに言っておくけど、魔弾の威力は並み居るモンスターならともかく、眷属はおろかドラゴンにも通用しないからな、使いどころは自分で考えてくれ」
「いやいやいや、守護の眷属ともドラゴンとも戦わない!」
「それがいい。あいつらは強いぞ、今のお前じゃ勝てない。アホなことは考えないことだ。ちなみに射撃音は面白半分で創ったもの、スイッチで無音に切り替えられるぜ」
「面白半分って……まあいいや。ところであんたの名は?」
長い会話を交わしてもらったけど、そう言えば目の前にいる、人にあらざる者である青年の名をおれは知らない。
「名ねえ……オレに名はない。ファージン集落にいる時はノーネームで呼ばせたけど、対を成す者のお前がいい名を付けてくれ」
「無茶振りするな、名付けは難しいんだよ」
微笑みを顔にたたえて、青年は動かないままずっとおれを見てきている。どうやら名付けしてやらないと去ってくれないらしいし、横を見ても、いまだにお代わりのケーキを頬張る食いしん坊たちは役に立ちそうにない。
「母なるアルスから生まれた、アルス……アル……アルフィ? アルフィというのはどうだ?」
「わかった、お前がそう付けるならその名でよい……オレの名はアルフィ、母なるアルスより生み出されし人にあらざる者、異界より来たカミムラアキラと対を成すアルフィだ」
長い、名乗りが長いよ。そんなんじゃ一騎打ちするときに名乗り終える前に殺られちゃうぞ。まあ、こいつと一騎打ちしたいバカがいれば、是非そういうやつの顔を拝んでみたいものだ。
『ムグ、モグムグムシャ』
「なにかな? 眷属の竜」
去り行こうとするアルフィに、銀龍メリジーは口の中をケーキでいっぱいにして呼び止めているが、なにを言ってるのがさっぱりわからない。
物を食べてからしゃべりなさい、お行儀悪いですよ。
『ゴックン……アルス砂漠で異変を起こしたのはお前か?』
「ああ、オレだ」
銀龍メリジーの問いに、人にあらざる者のアルフィはすかさず肯定して返事した。
『なにをした』
「うーん……お前たちでは理解が難しいだろうけど、アキラなら説明できるでしょう。宇宙空間から隕石をこの星に呼び寄せた。それが星降るメテオだ」
それだけを言い残すと、アルフィは転移したように一瞬で姿を消す。恐ろしいことを耳にし、呆けて立っているおれに銀龍メリジーが肩を揺らしてくる。
『あきらっち、いんせきってのはなんだ? 星降るめておってのはどういうことだ』
恐ろしいアンノウンは人にあらざる者、まさかそんなことまでできるのか。
天体衝突を引き起こせるのなら、この世界の地表に住む、すべての種族をあっという間に絶滅させることができるでしょうに。
虎視眈々に、ラメイベス夫人に試食させるためのケーキを狙っている風の精霊エデジーと、おれの肩を揺らして放さない銀龍メリジーへ、その事実をどうやって解説すればいいかと、いつまでも言葉選びに迷っていた。
ありがとうございました。




