第193話 穏やかな一時
マッシャーリアの里から少し離れた場所で、大きな木組みがいくつも組まれ、亡くなった人々をアルス様の許へ送るための葬式の準備が進められている。
自衛軍が走らせた使いは上の里へ避難していた人たちに紛争の終結を知らせ、帰って来た人たちは平和になったことを喜び、死んだ同胞のことで悲しんだ。
異人族の里へ交易のために行商しに出かけていたエティリアたちも下の里に戻り、おれはエティリアの家で寝泊まりしていた。
「――た! あなた!」
エティリアの声で目を覚まし、気が付けば全身が汗びっしょりであった。
「どうしたの? ずっとうなされてたもん」
「……なんでもない。驚かせてごめん」
手を握って来るエティリアに、これ以上の心配をかけさせまいと微笑んでから彼女の頭を撫でたが、心臓は今でも激しく鼓動している。
長い槍が体にさし込み、鋭い剣が肉を切り刻み、斬られた腕がちぎれ、叩かれた足が潰され、刎ねられた首が宙を舞う。
戦っているときは気にする時を与えられていなかったのに、今となって、戦友たちの壮絶な死に様、敵の騎士たちが死に際に放ってきた憎しみや呪いが夢の中で鮮明に映し出される。
恐れ、悲しみ、悔やみなどの感情に、ここのところはずっと心がかき乱されていた。
「……一緒に逝けばこんな思いをしなくて済むのかな」
「あなた!」
小さなうさぎちゃんの胸に頭を抱かれ、彼女の心臓の音がはっきりと聞こえてくる。
「死んだ同胞には申し訳ないけど、あなたが無事に帰ってきて、あたいは嬉しいもん……お願いだから死なないで、あなたにずっと生きてほしいもん」
「……ありがとう、エティ」
そっとエティリアの体を抱き返し、その温かみで後悔や不安を溶かしていく。生きることとは難しいこと。長く生きて行けば行くほど他人の思いと混ざり合うから、自分の人生が自分だけじゃなくなる。
当初の目的は満点を取れるくらいに果たしたつもり。獣人さんたちは先祖の地に帰っただけでなく、ラクータの脅威からも解放されたはずなのに、喜びを分かち合える親しい人たちが亡くなり、それに対して自分を慰める方法をおれは知らずにいる。
それでもおれは生きていく。今はこの腕に中にいるうさぎちゃんと一緒に歩み、獣人さんたちと街を作り、周囲の都市に住む知人と語らい、ここ一帯が落ち着きを見せるまでもうちょっと頑張ってみよう。
心にできた傷は時間をかけて癒して行こう。
「ちゃんぴおん! 元気ないな、飯は食ってるのか?」
「食べてるよ、半分くらいだけど」
獅子人の将軍様は銀星自衛軍の再建に虎人族と獅子人族に損害が出たため、ほかの獣人族から募兵制で新兵を補充した。志願してくる獣人さんを男女問わず、体力や基本技能を厳選しながら2000人の編成を目指しているみたい。
自衛団について、下の里で500人、上の里で750人とエイさんは再編することにしたらしい。
ムナズックの後を継いだギルド長のセイはエイさんと話し合って、自衛団員を冒険者として扱うことで、里や森の巡邏の仕事を回すことが決まっている。そのためにエイさんは副ギルド長の役職に就いた。
エイさんの自宅でエティリアと一緒に食事に行ったとき、二人で獣人さんの冒険者ギルドを大きく成長させたいと、親子が揃って酒をあおってはすごく意気込んでいた。
レイは冒険者ギルドの支部を建設するため、アラリアの森にいるエルフの集落や異人族の里へ出張し、同行するのはパステグァルちゃんとエゾレイシアにエルフ五人衆。
なんでもエティリアは異人族の里へ行商するときにダイリーさまが冒険者の制度に興味を持ち、自分の里を繁栄させるために獣人族の冒険者ギルドと連動したいとご希望されたそうだ。
獣人族側の長老院はアラリアの各種族が交流できることに大賛成して、ピキシーさんの提案でレイたちに意見を調整するとともに、冒険者ギルドの支部建設を協議するための使節団を派遣することとなった。
アベカ少女は建設課に所属するかと思っていたが教育課の副課長になっている。ピキシーさんによると、優秀な教え子くんは獣人たちの教育に対して並みならぬ意欲を見せ、ゆくゆくは先生になりたいと彼女が各課合同会議の時に発言したらしい。
その彼女は今、ノディソンさんと一緒に下の里の学び舎の建設工事に当たっている。なんでも異人族や森の民から留学生が来るということで、学舎は勿論のこと、留学生のための宿舎を建てる計画で宿舎の基礎工事がすでに着工しているとのこと。
女騎士で巡回神官のイ・プルッティリアはゼノス教会へ戻り、銀星都市教会とマッシャーリア教会の工事はクップッケに任されている。そのクップッケはアルス神教に帰依し、イ・プルッティリアに弟子入りして見習い神官に就任していると妹であるメッティアが教えてくれた。
聖人の件についてはイ・プルッティリアの耳に入ったらしく、里へ帰って来た当初はおれを探し回っていたみたい。第六感の働きでおれは奇跡的に回避し続け、そのうちにゼノスの巫女イ・オルガウドさんからの使いが来て、ラクータ教会での会議へ参加するために下の里から出た。
困ったことも起きている。ラクータの巫女様であるイ・メルザイスを、アラリアの里まで獣人族の冒険者の案内で、神教騎士団ラクータ支団の使者が訪ねて行ったのだけど、巫女様はアラリアの里を出たがらず、アラリアの森で布教巫女を務めたいと言い出したらしい。
なんでも素朴な異人族は女神様を彼女の説法で深く敬い、そのことに感動した巫女様は、異人族の巫女になりたいと決心したという。
ラクータ騎士団の使者はおれにラクータ教会へ帰るように、彼女を説得してほしいとお願いしてきたが、そんなことは願い下げだ。そういう思いをさせたのはラクータ教会のせいであり、人のミスのケツ拭きなんてやり気がありません。
そういうことでおれを聖人様と呼ばないでくれ。
ラクータ騎士団の使者はゼノスの巫女イ・オルガウド様に相談してみると、寂しい背中を見せてトボトボと去っていき、どうなるかはアルス神教が決めることなのでおれは関与しない。
そうそう。
アラリアの森のヌシ様、地竜ペシティグムスの角は、森で厳選した巨木によって組み立てたイズモオオヤシロみたいな高床式木造建築物へ、御神体として本殿に据えておいた。
その名もペシティグムス大社と名付けられ、10歴ごとに建て替えるらしい。
そうなると神職みたいな人が必要となってくるので、神主はエイさんに務めてもらいたいとお願いして、かの武人さんは大喜びで引き受けてくれた。
巫女役はパステグァルが情熱的に立候補してきたため、彼女の横にさり気なく立っているシャルミーと一緒に、二人は初代巫女として大社の歴史にその名を遺すでしょう。
巫女装束はダイリーさまにイメージとお宝画像でしっかりと伝えて、ここは異論を認めない方向で白衣に赤い緋袴、それ以外の選択肢などあるはずもない。
神主の服装である衣冠は正直な話うろ覚えだ。それはアラクネの侍女さんに作ってもらい、烏帽子を被っておけばなんとかなるはず。まあ、ペシティくんを祀るものだからそれらしきものにすれば問題ないと思うね。
届いた服装を着たパステグァルとシャルミーの巫女姿に感動しつつ、着衣した神主のエイさんは斬鬼の野太刀を渡したくなると思うくらい、それはまさしくモノノフそのものだった。
すごいと思わせてくれたのはエゾレイシアくん。ラメイベス夫人の料理教室に通って、御神体の形を似せた焼き菓子をご奉納品としてペシティグムス大社の横で販売し始めた。
奉納を済ませてからお持ち帰りできるということで、またたく間に手土産としても大人気となり、マッシャーリアの里で連日に行列を作る名産となりつつある。
妖精族エルフであるエゾくんが持つ商才の片鱗に、エティリアは愛弟子の出来に満足した笑みを見せ、おれはため息つくほど感心せずにはいられなかった。
今のおれにすることはなにもない。獣人さんたちがおれのことで話し合ったらしく、傷心中のおれになにもさせるなと各課合同会議で決議され、長老院に承認されたみたい。
会議で一人のために提案がなされ、長老院まで動員させた聖人チョコレート様ってのはすごいんだね。
おれのことじゃないよ? おれは人族のアキラだからね。
たまにエティリアの家にある庭で、ピキシーさんやネズミ婆さんのロピアンさんとお茶会をしながら、獣人さんたちのことを聞かせてくれた。
獣人族として、城塞都市ラクータと和平協定を結ぶ用意はあると長老院のほうで協議済みらしい。
獣人族はラクータに損害賠償を求めるつもりはなく、ラクータの状況に応じて将来的に交易を行ってもいいが、三歴の間は城塞都市ラクータと交流したくないというのが獣人さんたちの最大限の譲歩みたいだ。
獣人族というのは優しい人たち。だけどその優しさをラクータの人族が甘えないように、時間を見つけてラクータへ釘を刺しに行こう。
なんもおとがめなしとなれば、ラクータのやつらは勘違いしてしまう恐れがでるから、ゼノスのマダム・マイクリフテルに相談して、なにか知恵を出してもらおう。
獣人族は都市メドリアと都市ケレスドグと交流を行うことを決めた。これは帰還した獣人さんの中でその二つの都市に住んでいた人がいたらしく、どうもメドリアとケレスドグはラクータから脅迫されていた節があるみたい。
その中で二つの都市はできるだけ獣人族に便宜を図ったと帰還した獣人さんが教えてくれて、長老院のほうで、二つの都市と会話を試みたい提案を外交課のほうへ出された。
それなら外交使節団を出してはどうかと、ネズミ婆さんに建議したら、いつものごとく感謝するあまりに、圧倒してくる勢いで接近してきたが、エティリアは木製の盆でネズミ婆さんの頭を強く叩いてくれて、ネズミ婆さんの目を覚まさせたから助かった。
もうすぐ獣人さんたちの葬式。それが終わればエティリア商会の行商に、護衛役としてこの一帯を回ってみようと考えている。そのときに色んな人と会って、これからこの一帯のことを非公式で話し合ってみよう。
おれは獣人族を代表する立場にないけど、聞くだけならなんの問題もないと思うし、もちろんその前に獣人さんたちの賛同を得てから行動するつもりだ。
「はい、お茶を入れたもん」
「ありがとう、エティ」
木陰の下にある大き目の椅子に座り、その横に小さなテーブルに上にエティリアはお茶を置いてくれた。
目を閉じて涼しい風を感じているとエティリアはおれの足の間に座ってきて、そのまま体をおれに預けてくる。
両腕を彼女の体に回してそっと抱き寄せて、その髪の香りを臭覚で独り占め。
殺伐な日々を過ごし、ラクータと矛を交えて、たくさんの死を目の当たりにした。そのすべては腕の中にいる愛しい人のためにおれがしたかったこと、それをやり遂げたことに悔いなどあるはずもない。
彼女が喜んでくれれば、その罪を背負ってもいいと身勝手な考えを思い浮かべる。
「ニール様は忙しいね、寝る時しか帰って来ないもん」
「そうだね、生徒がいっぱいできて喜んでるじゃないのかな」
銀龍メリジーは里で武道館という武技を教える道場の館長に就任している。武道館という名はニールに聞かれておれが提案したもの、その名を気に入ったニールは即決で建物の名にした。
武道館に入門している人は多く、第一弟子のメッティアと第二弟子のゾシスリアはもちろんのこと、アジャステッグくんやエイさんまでもその門下に名を連ねている。というより、武技を習いたい里の獣人さんたちは、揃って武道館に席を置いているという表現が正しい。
ニールの率いる武道館は間違いなく、現在の獣人族の里にある最大の武力勢力だ。
「もうちょっとしたら出かけようか」
「うん、用意はしたもん。でも、もうちょっとこのままがいいもん」
里の宿屋はまだ正式に運営されていない今、ラメイベス夫人とデュピラスの料理教室で、獣人族の女性たちがそこに通っていて、おれとエティリアもウラボスに弟子入りしていた。
今回のメニューはおれから提案したピザもどきを作る予定。ピザのイメージをおれから聞き出したラメイベス夫人が食材を準備してくれると思うので、今はエティリアの希望に沿って二人きりの穏やかな時間を過ごしたい。
ありがとうございました。




