第190話 後始末は欠かせないこと
多種族と接点がすくなく、見守るべくおれの身が安全になったということで、銀龍メリジーは飛翔してここから去った。
『愛し子を殺め、守護の眷属に刃向かった人族の所業は許しがたく思うのですが、今回はあたくしから罰することはしません。
――だが種族を問わず、全ての愛し子はアルス様が愛でていることを忘れなきよう、心掛けておきなさい』
前後の事情を把握したゼノス教会の巫女様イ・オルガウドがここにいる全員を代表して、風の精霊メデジーからお告げをうけたまわり、おれ以外のここにいる全ての人々が拝跪の礼で送る中、風の精霊メデジーは風となってアルスの森へ帰って行った。
風鷹の精霊はメッティアへおれの言葉を伝え、アジャステッグくんたちが今もマッシャーリアの里へ向かっていることを教えてくれてから、やはり風となってこの場からいなくなった。
さて、すべては落ち着いたが非常に困った光景となっている。
――全員がおれのほうへ拝跪の礼の姿勢で拝み続けているんだけど、どうしようかこれ。
おれが聖人様という設定は現在進行形で進んでいて、放っておいては終わりそうにない。
こういう場合はこっちが先に切り出して、話をはぐらかすようにしておかないと、おれの予測では聖人様に宗教関係者はなにか要求が出て、それに狂信者どもが乗っかるように賛同する。
その結果、はいおれ詰みで一丁上がり。
――うん、ダメだな。
何でもいいから、ここはでたらめで適当なことで話題を作って、ネコミミ巫女元婆さんや現在生きている連合軍の最高責任者に責任を押し付けるようにしよう。
悪いがおれは獣人さんたちの所に帰りたい。すこしでも早くムナズックたちを安らかに眠らせてあげたい。
「ちょこれーと、いや聖人さ――」
「アルス様が恩恵を与えしゼノスの巫女イ・オルガウドよ、これから言うことをよく聞いてくれ」
さあ、物言いやジェスチャーはオーバーアクション、わざとらしく演じることでそれっぽく見せつける。
なにか予言っぽいことを謎めくように伝えることで、聖人様の役割を終えさせるのだ。
――今ここにいる人々が聞こえるようにするのが大事。ハッタリをかましてとっとと逃げ出しましょうか。
「ここは全ての種族が住まう豊かなアルス・マーゼ大陸、全ての人々が思うままに生きることを約束された夢の世界。
創造神は母なるアルスとともにあなたたちに生きる源を与え、災厄が起きたときに守ってくださる二柱の守護とその眷属をお創りなってくださった。
――人々はその恩恵のもとで、ただ自分らしく生きればいい、それが神々の望みでもあるのだから」
我ながら恥ずかしげもなくなにを抜かしているのだろう。だがこういうことは羞恥心をどこかへ捨て去り、あたかも真実のように言うのが必要だ。
アルス神教の教典で教えられている内容と異なることもあるけど、いまはおれが知っていることを織り交ぜることで、ハッタリが本当のように聞こえるはず。
「人族に限らず、人型はみな心がか弱き脆いもの。
今回のようにラクータの人族と獣人族が争われることも、欲望という生きるための動機に惑わされ、より多くの物を手にしようとすることもある。
だけどそれは仕方がないこと。生きている限り、多くの物を求めるのは人型の定め。そうやって種族が成長しているからこそ、争うこと自体が悪とは決めつけない」
競争や欲望が悪いなんて思わない。
絶対不変の真理がない以上、それは人や種族が伸びていくのに必要なものだと思う。それにこうでも言っておかないと、今ここにいる人族の連合軍を許すための言い訳がつかない。
「人族と獣人族は命を失わせる争いをした。その争いの中でなにが正しく、なにを間違えたということを問い詰めていかねばならない。
アルス様はお告げになられた、種族を問わず、全ての愛し子はアルス様が愛でていることを忘れてはならないと。
――それが一つの答えであり、それを胸に刻み込んで思考することが大事だ」
震えている連合軍や神教騎士団たちから返事なんてあるはずもなく、とにかく話が破綻する前に、でまかせでもなんでもいいから誤魔化してしまおう。
「刃を交えずに互いをより、良い日々を共に生きる道はないかと探りなさい。
異なる種族であってもそれを受け入れ、違う意見があった場合は語り合い、共通する道があるときは手をたずさえ、全ての種族が共に生きる道を、探し当てることにアルス様は望んでおられるはず」
うーん、適当に法螺を吹いてきたけど、そろそろボロが出そうなので、これ以上語り過ぎるとつじつまが合わなくなるから、早めに結論付けよう。
「アルス様はお告げになられた、人族の所業は許しがたいが自ら罰することはないと。
それはすなわちアルス様のお恩愛であり、今回兵を起こした全ての者への処罰でもある。
ラクータを含むこの一帯に住む人々よ、悔い改めよ。
罪を顧みて、各々が自分を律し、異なる種族が同じ地に再び互いを認め合える日を迎え入れよう。
――それがアルス様に報いる道であり、失った命への供養であり、罪を贖う証でもあるのだ」
えっと……食い入るように手を合わせて、みなさんがこっちを見てきてますけど、おっさんは自分の大言壮語に、恥ずかしさで顔から火が噴きだしそうだ。
ダレカタスケテ……
でも最後にこの地へ救い道を差し伸べる必要がある。
そもそも紛争の発起は貧しさにあり、地域で貧富の格差が紛争の潜在的な原因かもしれない。貧しかった城塞都市ラクータが交易都市ゼノスと対抗するため、彼らはプロンゴンに舵取りを任せ、より貧しい獣人族を搾取することで富を得ようとした。
獣人族はアラリアの森という天然の宝庫を得ることができたが、ここ一帯の人族はまだ救われていない。
――それならおれが一つの道を示そうではないか。
このアルス・マーゼ大陸を隈なく歩いてきたおれが、人族にも新天地のありかを提示してあげたい。
「城塞都市ラクータ、都市メドリアそれに都市ケレスドグの人たちに告ぐ!
――今ここにある大地が生活に苦しさをもたらすというのなら、遥か西のほうへ行かれよう」
右手を西の方向へ指す。
マップを持つおれだけが知っているが、そこはアラリアの森に匹敵するくらい肥沃な土地があり、穏やかに流れる大河もある。
大事なことはそこの平原になんの種族も住んでいないこと。このアルス・マーゼ大陸に、そういう新天地がまだまだ広がっているのだ。
「道は遠く険しいものだが、そこに辿り着いたならきっと誰もが生きて行けるだけ畑を耕せ、日々を生きれる食糧を得て、新たな夢に目覚めることだろう。
全ての人が行かなくてもいい。新しい道へ行きたい人だけ行けばいい。行けばそこが新天地であり、そここそがフロンティア!」
正直このままこの場で自分の体を抱きしめて悶えたかったが、ここは敢えて目を閉じて顔を天に仰ぎ、両手を大きく広げる。
泣きそうのだけど、これで聖人様を演じた劇は終わり。後はみなさんの反応を待つのみだ。
チラッと目を覗くようにみんなを見てみる。静まり返っている人々の間で誰かが言葉を発する。
「ふろんてぃあ……」
それに誘われたように人々から声があげられていく。
「聖人様のお告げだ!」
「フロンティアだあ! 俺たちに道は示されたんだ!」
「西へ、西に新天地フロンティアがあるんだ!」
「聖人様あっ!」
「フロンティアあ!」
――はい死んだ、おっさんは精神的死亡を迎えました。チーン……
首脳会議というわけじゃないけど、ラクータにメドリアとケレスドグの騎士団長たち、神教騎士団ラクータ支団とゼノス支団の団長さん二人、獣人さん側から一人の虎人、それにゼノス教会の巫女様イ・オルガウドが出席して今後の話について語り合った。
おれはいうと、導きの聖人様ということで列席させられた。協議の内容が終わる度、一々同意を求めてくるには辟易してしまったが、早く下の里へ戻るために異論を唱えたりはしない。
人族の連合軍が撤退することは早々と決定。
ラクータ教会が人族の連合軍に同行したことをネコミミ巫女元婆さんは重視し、アルス神教の総本山へ知らせを走らせるとともに、ラクータの教会へ自ら調査へ乗り込むこととなった。
そのほかにもいくつかの取り決めがこの場で決議されてる。
ゼノス教会とラクータ教会、並びに神教騎士団ラクータ支団の援助により、城塞都市ラクータに在住しているすべての獣人を保護し、その安全と自由を保障する。獣人族の里へ帰還することを求めれば、神教騎士団ラクータ支団が護送する。
元婆さんの提案によりここ一帯のパワーバランスについて、各都市院及び獣人族による共同会議を行うことを、騎士団長様たちは自分が所属する都市院へ消息を持ち帰り、可否について検討したのちに返事を行う。
獣人族に対する圧政及び出兵の責任は城塞都市ラクータとラクータの教会が主謀とみなし、都市メドリアと都市ケレスドグは連帯責任を負うものとする。
ただし都市の長プロンゴンと大神官イ・ムスティガルが死亡しているため、新たに就任されるラクータの都市の長と、ラクータ教会の巫女様であるイ・メルザイスが代表者として、都市共同会議の時に、改めて獣人族に対する謝罪及び賠償を含む和平交渉について協議する。
獣人族はアラリアの森に新たな都市を建設し、周囲の都市はこれを認める。獣人族の都市と交易することについて、城塞都市ラクータ、都市メドリアと都市ケレスドグは和平交渉が終わるまで行われないものとする。
聖人様の提案により、新天地フロンティアへの探索はゼノス、ラクータ、メドリア、ケレスドグ、獣人族及びアルス神教ゼノス教会とラクータ教会の共同事業として扱い、都市共同会議のときに計画を協議する。
ほかにも細々としたことを、騎士団長たちがネコミミ巫女元婆さんと話し込んでいたが、それに獣人族の臨時代表である虎人さんとおれが加わることはなかった。
長生きしている分、巫女様は政治に関しても長けていて、騎士団長たちがタジタジとなって、返事できない場面が多く見受けていた。
「アキラ様、おらたちはいつまでここにいるのかな」
「もうちょっとだと思うよ。
――人族の協議が終わればすぐに帰れる」
戦友の気持ちはわかる。
虎人さんは里に帰って、死んだ仲間たちを弔ってやりたいのだろう。
――だって、おれだってそう思ってるから。
ありがとうございました。




