第186話 最後に思うこと
ヘイト値を稼ぎ過ぎると集中攻撃を食らってしまう、それはまるで今のおれのことだ。円陣にいる獣人さんたちは包囲されたままで攻撃されていない、どうやらラクータのやつらはおれをさきに始末したいらしい。
メイスや戦鎚に持ち替えた騎士団員たちは、モビスから降りて至近距離の戦闘を挑んでくる。てっきりここは騎士団長様と一騎打ちと思ったのだが、そうじゃなかったみたい。
「手と足を潰せ!」
おや? 今の声は黒の翼の支団長みたい。人を追い詰めた有利なときに出てくるとはセコいやつだ。足さばきや飛び上がりで避けているが数が多すぎ、回避したと思った矢先に左腕へものすごい痛みが襲う。
「があっ!」
あまりの痛みで右手に持つ人狼殺しを落としてしまい、それを敵の騎士団員に奪われてしまった。魔法の袋から予備の武器を取ろうとしたが、今度は右手に激痛が走る。
「クアっ!」
まずい、両手が潰された。超再生のユニークスキルは怪我を治そうとフル回転しているけど、さすがに複雑骨折はすぐに治せないみたいだ。
「足も潰せ」
「ぐがあああ!」
その声を聞いたときはすでにメイスで両足を力一杯で叩かれて、両腕と同じように骨を粉砕された。もう手と足は激痛しか残っていなくて、動けそうにない。
でも悲しいことに、肉体改造されたときのほうが今よりも痛かったから、痛覚に対して耐性ができているので、意識を保つことはできるのよな。
「ラッチだったな。さきは遠くの空で火魔法が撃ちあがったみたいだがあれはなんだ?」
騎士団長様から直々問われていたので、ここは答えてさしあげましょうか。
「……あんたらが負けたことを祝う烽火みたガアア――」
いってえええっ! 畜生お、黒の翼の野郎どもがメイスで人の手首を潰しやがったなこいつら。
「――」
一瞬、世界が真っ白になったみたいがどうやら頭を叩かれたらしい。何回か身体が回転したおれは、視野が変わったことと頭から血が流れたことで、それに気が付いた。
「いい武器を持ってやがる。神器は都市が所有することになってるから後で長様にさし出さないといけないが、貴様の武器で貴様を殺すというのは面白いじゃないか、ええ? よくぞ恥をかかせてくれたな貴様はよっ!」
「――」
もう、声が出ないほど激しい痛さに襲われてる。クワルドというやつはおれのどっちかの足首を人狼殺しで叩きやがった。
「そのくらいにしたらどうだ」
「騎士団長様よ、こいつは自分とちょいと因縁があるんでな、殺すのは自分にやらせてほしいぜ」
「……ふう。いいだろう、なるべく一思いでやってやれ」
「そうはいくかよ。こいつはな、自分に——」
青く澄み渡る空を見上がる。周りで嘲笑しているラクータの騎士の笑い声も、なにかカッサンドラスと言い合ってるクワルドというやつの声も耳に入ってこない。
「ごめんな、みんな。もう会いに行けないみたいよ」
この空の下で、あの温かいファージン集落はいつもと変わらない日を送っているはずだ。いつか故郷へ帰り、みんなと酒を飲みかわしながらおれの冒険談を聞かせるという約束だったがごめん。
もう果たせそうにないや。
ファージンさんも、シャウゼさんも、クレスも、じっちゃんも、みんな待ってくれているかもしれないけど、帰れないことは謝っておくよ。
「ありがとうな、救いの手を差し伸べてくれて。精いっぱい生きてみたよ」
この世界に来て、時空間が停止していた時代、おれの友達になってくれて、お話をしてくれた爺さんと幼女。おれに祝福してくれて、おれのことを心配して、眷属の銀龍メリジーと風の精霊ローインをつけてくれた。
爺さんと幼女がいなければ、この世界で生きていけたかどうかもわからない。もう生きる身で会えそうにないけど、魂ならまたくだらない話はできるのかな。
なんともあれ、彼と彼女に感謝する気持ちは今でも変わらない。
そしてこの世界で最愛の人。アルスに転移してきて、一番シアワセと思えたのはきみに出逢えたこと。
「じゃね、君にはいつまでも生きてほしいな」
一緒に笑い合い、抱き合い、愛を囁き合うことはもう叶わないけど、きみと巡り合えたことを管理神様に感謝したい。願わくばおれがいなくても、きみがいつまでも笑っていられるように、アルス様へお祈りを捧げよう。
二人の楽しかった日々は確かにあったんだ。だから、おれが死んだことをいつまでも悲しまないでほしいなあ。
いつか魂で再び出会えることを願うよ、エティリア……
「――にをブツブツ言ってやがるんだ貴様。まあいい、とっとと貴様を殺してケモノどもも片付ける。それで逃げたケモノどもを追いかけて皆殺しだ。あははは!」
楽しそうに卑しい笑いをする弱い犬が人狼殺しを両手で振り上げてからおれの首へ狙いを定まって来る。あれで叩かれたら、さすがに守護の祝福や管理神のユニークスキルがあっても、おれはこの場で死ぬのだろう。
青空が生涯の最期で見る風景となるが悪くない。色んな場所へ回ってリアルな世界を見てみたかったけれど、異世界へ転移してきただけでも貴重な体験ができたし、愛する女性とも出逢えたんだ。
自分から望んでここで人族の進攻を食い止め、戦友たちが死んだこの地でおれも散る。こんな死に方は元の世界で普通に生きていたら起こりえないし、介護施設か病院かで誰か親しい人に看取られることもなく、一人寂しく死んでいくよりかはマシなはず。
元の世界にいるお父さんとお母さんに産んでくれてありがとう。あなたたちの息子にいい人生があったかどうかはわからないけど、異世界へ転移するなんてだれも経験できないことは生きてこその体験、本当に産んでくれた親に感謝だよな。
息子が死んだことを知る方法はないけれど、あなたたちはできるだけ長生きしてくださいな。
ドオォーーン
静寂な世界になるかと思ったけど、離れた場所でこの世界では聞くことのできない音が響き渡り、あれは元の世界でしか鳴ることがない近代兵器の雄叫び。
死の時の幻聴か? 銃声が聞こえるなんて。
周りが騒がしくなり、痛覚が残っているということに自分がまだ生きているということだ。足元のほうに目をやると、おれを殺そうとしたあの弱い犬の支団長はいなく、騎士団員たちはメイスや戦鎚を構えて、おれのほうへ警戒心を見せつけてくる。
「いまなにをしたか! なぜクワルドの頭が爆ぜたっ!」
騎士団長様から切羽詰まった声で問いかけられたが、現況を知りたいのはおれも同じこと。クワルドの頭が吹き飛ばされただと? この状態ではあり得ないでしょう。魔法の使い手はおれだけ、まさかメッティアが戻ってきたとか?
声を出そうかと思ったときにおれの周りでふわりとそよ風が吹いた。
『あら、ちょこれーと。なんでここで寝てるの? 人にあらざる者を見なかったかしら?』
教会で見かけるような戦装備はしていないものの、風の精霊がおれの横で立っている。
お呼びしていないけどね、ここに女神の降臨だ。
城塞都市ラクータの騎士団は、騎士団長の命令でおれから少し間合いを取るようにして離れているが、気持ちはわからんでもない。美しい女性とは言え、いきなり現れたらだれだってびっくりするでしょうな。
それにあいつらよりもおれのほうが現在の状況を知りたいと思っている。おれを仕留めようとした黒の翼の支団長は死んだみたいだが、それはどういうことだ? 魔晶で呼んでもないのになぜ風の精霊さんがここにいるのか? 女神は人にあらざる者のことを聞いてきたけどそれはなんなんだ? 一番謎なのはあの銃声のこと、あれははおれの幻聴? それとも本当に起きたこと?
今の状況はいったいどうなっているんだ。
痛さはかなり引いてきているが、まだ痛みのある手と足はこれでもかとふくれあがっている。こういう場合は冷ましたほうがいいかな? そういうことを思う前に風の精霊に現況を聞かなくちゃ。
「エデジーさん、なんでこ――」
『待てね、ちょこれーと。すぐに彼女も来るわ』
風の精霊様は辺りを確かめるように見回しているが、なにを見ているのだろう。
それに彼女とはだれのことかな、まさか精霊王が世界樹から離れるわけがない。樹海の最後の秘宝殿を守らなくてはいけないから。
そんなことをぼんやりと考えているときに空が急に暗くなる。目を空のほうに向けてみると、そこには息を吸い込み、思わず見とれてしまうほど、銀色で輝く流線型の生き物が大きな翼を羽ばたいていた。
鑑定スキルなんて使わなくても、風の精霊様から教えられなくとも、おれは頭上でおれのことを見下ろしてくる神聖なドラゴンを見るだけで、それが誰かはおれにもわかる。
これがおれと長旅してきた神話にまつわる竜の使い、銀龍メリジーの真のお姿なんだ。
言葉なんてくだらない表現で飾ることをしなくてもいい、銀龍メリジーはただただ美しい。こんなに美しい生き物がこの世界にいたのか。
『……なんだこれは、なんでてめえが死にそうになってんだよ』
ええと、銀龍メリジーさんや。なにか怒ってませんか?
『人族ども! この銀龍メリジーが見守る者を殺そうとしたな!』
銀龍は人族の連合軍に向かって吠えた。魂を突き抜けてしまうじゃないかと身震いを起こし、全身の力が銀龍メリジーの咆哮によって抜けさせられてしまった。
地面に倒れているからいいけど、これが立っている場合はおれでもその場に座り込んでしまうはずだ。
『エデジー、そいつを治せ。俺は人族どもを成敗してやんからよ』
『メリジー、やり過ぎないようにね』
見下ろしてくる銀龍に風の精霊は止めるどころか、唆しているように聞こえた。
いやいやいや、神話級の化け物相手にいくら人族の連合軍でも敵うことはないだろう。規定事実でもこういう場合は軍隊なんてやられ役だけのかませ犬、全滅させられるのはシナリオ通りだよ。
起き上がって状況を確かめてみたくても超再生のユニークスキルはまだ稼働中で、手と足が役目を果たせない。もそもそと体をどうにか動かそうとしているおれに、風の精霊エデジーさんが気付いたように手を振りかざし、涼しい風が通り過ぎたと思ったとき、体の激痛は初めからなかったかように収まっている。
『はい、治したわよ』
「あ、ありがとう、エデジーさん」
自分の手足を取り戻した感覚で動かしてみてから慌てて立ち上がる。前方にいる人族の連合軍を見ると最終局面を迎えたのか、こっちのほうにかなり近寄っていた。
だけどほとんどの兵士が座り込んでいて、首は現れた空に浮かぶ美しいドラゴンのほうに向いている。
獣人さんの円陣へ視線を向けると、やはり人族の連合軍と同じのように銀龍メリジーを見ているようだが、距離が近い分、みなが口を開けてあっけを取られている様子がよくわかる。
『ちょこれーと。これはどういうことなの? なぜ獣人族がこんなに死んでいるの? 人族はいにしえのように寄り集まり、武器を携えているのだけど、獣人族を殺したのは人族なのね?』
今の季節は終わりそうだけど、それでも灼熱の日照であるはずなのに、風の精霊エデジーさんから声は、辺りに霜ができてしまうじゃないかと錯覚を起こすくらい、冷え込むような口調で問いかけてきた。
この女神、やはり怒ると怖いよな。
風の精霊の目に映り込む事実は確かにそうであって、だけど話せば長くなるし、果たしてこんな緊迫した戦場で怒ってる銀龍メリジーと、彼女に目をつけられている人族の連合軍が、おれに事情説明の時間をくれるかどうかの自信はなかった。
ありがとうございました。




