第185話 消えるは仲間の命
キリがない、しんどい、疲れる。
押し寄せては一撃を与えた後に引いて行く、ラクータの止むことのない波状攻撃を心底からだるいと思った。
やつらにも被害は与えているが、決め手となる攻撃がなく、ただたまに開いた魔法防壁で、体を現したやつに光魔法を撃ち込むだけ。かがやく栄光の杖のおかげで魔力の消耗は抑えているんだけど、無限というわけじゃない。
真珠で魔力を補充しているけど、すでに岩の下に百個以上は転がっていて、売ればいくらになるだろうなと考えた自分自身に苦笑したくなる。
叶うことなら、岩の下で獣人さんの手当てをしてあげたいが、途切れるのない攻撃の中では無理な願い。獣人部隊との戦いで死んだ者の数を加えると、すでに部隊は二百人近くが死んでいるじゃないかな。
メッティアは頑張っているみたいだが、その顔からは明らかな疲労が見られ、それでも真珠で魔力を補給しながら懸命に魔法で射撃を続けた。
左右や後方から侵入を試みる敵の小隊を撃退する人員を割くため、ファランクスの陣形は三列までと減らされた。ムナズックは戦線を維持するために獣人さんを叱咤しつつ、時には自分が槍を持って応戦している。
獣人さんたちはここでラクータの軍勢を拘束していればきっと同胞の役に立つ。同胞たちをアラリアの森へ逃がせることを信じて死力を尽くす。
おれは? おれはなぜここまで命を張って戦っているんだ?
すでにそういうことを思える余裕なんてない。だけどみんなをここにおいてはいけない。おれの言うことを信じ、命を失わせるまで戦った獣人さんたちのために、生きて今も槍や剣を振るい、ラクータの軍勢と戦っている獣人さんのためにおれはここにいるんだ。
みんなは命を共にする戦友。逃げるというのなら、彼らと一緒に行くことが、今のおれが持つ唯一の選択肢だ。
フッとかけられ続けてきた圧力が弱まる。陣地を中心に注意力を注いできたおれは連合軍のほうへ目を向けると、黒一色で固めた集団が騎乗したモビスで駆けてきて、騎士団支団の黒の翼が魔法防壁を展開して突撃をかけてきた。
「新手が来るぞ!」
「おーっ!」
みんなはもう体力の限界のはずなのに、戦意は未だに高く、三列まで討ち減らされたファランクスは、大盾を構え直して長槍を前方に向ける。
息を大きく吐いてから胸いっぱいの空気を吸い込んで、左手に持っている真珠から魔力を補給した。
魔力がなくなった真珠を投げ捨てると、目前に迫っている騎兵へ、機関銃がごとく光魔法の連続射撃をイメージしてから、黒の翼の騎兵がファランクスの第一戦列と激突した瞬間に、その後方へおれの光魔法連射が射出された。
激しい攻防の末、ついに陣地はモビスの突進で遮蔽物が壊され、おれたちは黒の翼のやつらと斬り合う接近戦を余儀なくされた。
かがやく栄光の杖を魔法の袋に入れ、アダマンタイト製の戦鎚である人狼殺しを手にしたおれは機敏値を生かして、飛び上がってはモビスに跨る騎士を叩き潰す。
獣人たちが次々と倒れていき、黒の翼だけじゃなく、ラクータの騎士団も攻撃に加わってきた。大盾で構えた円陣もモビスの突進や魔法攻撃で崩されるけれど、仲間を助けに行くことはできない。
剣に斬りつけられ、槍に突き刺され、倒れている獣人さんにラクータの騎士はとどめを刺していく。
それを今のおれには群がって来る騎士を退けながら、みんなの死を見届けることしかできない。同じ志を持つ戦友が命を失っていく、おれの目の前でだ。
離れた場所でメッティアは鎧に変化した銀龍の手甲で、巧みな格闘戦でラクータの騎士を倒している。さすがは銀龍メリジーが作ったもの、いらんことを考えずにおれも作ってもらえばよかったな。
もう残っている獣人さんが百人以下となっているのだろうな、そうぼんやり考えているときに獣人さんのだれかが叫んだ。
「上がったぞお!」
その声に繰り広げられた戦闘が一時的に途絶え、おれたちもラクータの軍勢もその獣人さんが指す方向に視線を向ける。マッシャーリアの里の方向へ目をやると、遥か遠くからわずかに小さく見えてくる火魔法が空を連続で炸裂している。
ああ、救助された獣人さんたちは、獅子人の将軍様に連れられて安全圏へ到達したんだな。よかったあ、本当によかった。
アジャステッグくんたちはこれからも逃走を続けるでしょう。それに対して人族の連合軍が行軍を開始させるのに時間がかかるはず、モビスだけで追わせるにしても、アジャステッグくんならきっと数が多くない追手を撃退してくれる。
なんせ、あいつは将軍様だからそのくらいの期待を応えてくれてもいいよな。
さあ、おれたちも逃げる準備をしようか。
「ガアアッ」
静かになった戦場に聞き覚えのある声が悲鳴をあげた。そこへ目を向くとムナズックの体に槍と矢が突き刺され、その口からは血が流れ出されている。
合図を見ていたムナズックに、ラクータの騎士はそのスキを見逃さなかったのでしょう。
「村長おお!」
少女の叫びが耳に入って来るが戦闘が再開された今、おれにどうすることもできない。槍と剣ではおれの装備を通せないけど、衝撃で与えられた痛みは消せない。
それでも戦鎚を振るい、群がる敵を下がらせ、友といえる獣人さんのところへ行かなくちゃ。
「来るなっ! オレはもうだめだ、お前らだけでも逃げろ!」
体に刺される槍が増え、左手を斬り落とされた冒険者ギルドのギルド長は、それでも右手の刃こぼれした大鬼のつるぎでとどめを刺そうと近寄る敵を薙ぎ払っている。
ああ、そうだ。ムナズックのいう通りだ、もう逃げなくちゃ。
でも左右や後方を囲まれたおれたちは、傷を負った獣人さんを連れて逃げられるものだろうか。
無理だ。同じように多くの犠牲を出したラクータのやつらも逃げさせてくれないだろう。
力の失ったムナズックが大地に倒れ込むと、それを待っていたかのようにラクータの黒い騎士は槍を、剣をその体に突き刺していく。獣人族の冒険者ギルドの初代ギルド長は、その生涯をここで閉じたんだ。
今のおれにできることなんてほとんどないけど、ムナズックの遺言を果たしてやろう。
大きく後ろへ飛び退いて、ラクータの騎士が少ない場所に移動してから戦鎚を置く。
「逃がすなっ!」
敵がおれのほうへ走り寄ろうと大声で叫んでから駆けてくる。生き残っている獣人さんもメッティアも、仲間がなぜか嬉しそうな顔でおれを見ているので、なんでだろうと不思議に思った。
あっ、わかったぞ。さてはラクータのやつらと同じのようにおれがここから逃げると思ったんだな? アホか、おっさんは臆病者だけど卑怯者じゃないわ。
見くびるな!
素早く魔法の袋から真珠を取り出して魔力をチャージ。これからしたいことはできるだけ多くの魔力がいるんだよ。
四つの真珠を使ったけど敵の騎士がすでに目の前にいるので、本当は不足だけどこのくらいでいいか。戦鎚を取ると武器を振り上げて斬りかかろうとする騎士へ横殴りし、二人を横へ吹き飛ばした。
集結して応戦を続ける獣人さんたちのところへ急いで戻り、唖然と突っ立っているだけのメッティアに話しかける。
「メッティア! おれが何とかするからお前は里へ帰れ」
「アキラかんと――」
「時間がないからぐだぐだ言うな、監督命令だ!」
「しかし――」
戦鎚で反撃しつつメッティアへ怒鳴りつける。
「ムナズックのことも獣人部隊のこともここにいる仲間のことも、みんなに伝えてくれ。おれたちは戦い抜いたとな!」
「監督う……」
「そうだぞメッティア。アキラの言う通りにしろ、ちゃんと俺らの雄姿を称えろよ」
気の利いた獣人が笑っておれの意見に賛同の声を出してくれた。そうだな、ここまできたら後は最期まで頑張るだけだ。
「逃がすと思うか、ケモノど――」
なにかほざいた騎士の頭を戦鎚で吹き飛ばした。人が話しているときに断りもなく口を出すんじゃありません。
「密集体勢を取れ! おれの技の後にメッティアは全力で離脱せよ!」
「メッティアあ、逃げ切れよ」
誰一人としておれのしようとすることを疑わず、瞬時にみんながおれの周りに集まって来る。ありがたいことだ。その間にもラクータのやつらはおれたちを取り囲むようにして魔法防壁を展開し、少しずつ近寄って来る。
本当はメッティアにエティリアへ感謝の言葉を伝言してほしかったがやめることにした。
多感なスポーツ少女がそういう遺言みたいな言葉で悲しむことだろうし、エティリアがそれを聞けばきっと涙に明け暮れるのだろう。もしかしておれは生きているかもしれない、そんな救いのない期待を愛しい人に持たせることは残酷なことだろうか。
もういい。
いい方法が思いつかないのなら、今するべきことをきっちりと終わらそう、それだけだ。
多重魔法陣を起動させ、銀龍メリジーのように貫通性のある光魔法をイメージ。魔力はギリギリまで使い、目標は味方を避けた水平方向全周だ。
食らえ、魔力がほぼ全開した小さな星の光だ!
狙い通りに近くにいるラクータの軍勢は薙ぎ払われたが、どれだけ倒したかを確認する暇なんかない。今のうちに予定通りメッティアを逃がさないとすぐに攻撃が再開される。銀龍メリジーの作った装備を着ている彼女なら、きっとこの包囲網から逃げられると信じたい。
「行けえ、メッティアあっ!」
「……みんなあ、生き残ってえ!」
獣人さんたちは走り去る流涙の少女に手をあげ、みんなでその後ろ姿を見送った。
これであとはどれだけこの世界で生きれるかは知らないけど、最後の最期まで足掻いて見せようかな? 異世界に転移してきてから本当に色々あったけど、全力で生きてきたから悔いることない。
「アキラさん、俺たちの同胞を助けてくれて、未来へ続ける道を作ってくれたことに礼を言う。本当にありがとう」
「いいってことさ。じゃあ、もうひと頑張りとするか」
空いたこのわずかの間に、おれの回復魔法と回復薬を使って治療する獣人さんたち。これで全員が倒れるまで戦うことしか残されていないんだけど、おれを含め、ここにいる獣人さんたちの顔に死を恐れた暗さはなかった。
やりきったんだ、後はわずかしかない生涯を生き抜くんだ。死んだことを彼女に怒られてしまうかもしれないが、精霊王の許へ行って、先に逝った戦友と再会して、共に戦えたことを笑いながら誇ろうじゃないか。
最後に真珠で魔力を補充しようとしたけれど、ラクータのやつらはそんな時間を与えたくないみたいで、すでに攻撃が再開されている。
「おれは外側で戦うから、みんなは崩されるなよ」
「はい、人族に一泡吹かせてやります!」
円陣を組み直した獣人さんたち、残りの人数は50人もいない。槍が折れ、大盾はへこみ、すでに獣人さんたちはまともに戦えないのは目に見えている。
今にできることは一人でも多く敵を倒し、ほんの僅かでいいから、メッティアとアジャステッグくんたちの逃亡時間を増やす。
飛んでくる魔法を僅かに残った魔力を使って光魔法で落として、戦鎚を手でしかっりと握りしめ、獣人さんが守りを固めている円陣を出た。
左翼と右翼からも、モビスに乗った鎧姿の騎士が得物を手にして迫ってくる。ああ、人族の連合軍にとってはもう最終局面だな。周囲を見回したけど、おれたちは完全に人族の軍勢から囲まれている。
もう逃げられないね。
戦闘中に着かえる時間がなかったからもういいけど、黒竜の装備一式を着ればよかったかなあ。でも、それだとおれだけが生き残って、みんなが死ぬということになりそうで、それもなんだか釈然としないよな。
「グハッ」
戦いながらそう考えているときに、ものすごい力で叩かれて、全身に激しい痛みが走った。
なんだ? なにが起こってる? なんでこんなに痛い? なんでおれは倒れている?
「やはりな。斬撃や魔法が通らなくても打撃は有効みたいだ」
口から血を吐き出し、声のするほうに目を向けたら、城塞都市ラクータの騎士団長様カッサンドラスが、打撃武器である戦鎚を持って、モビスの上から見下ろすようにおれを眺めている。
ありがとうございました。




