第183話 同じ血が大地に流される
前方に出た弓兵と魔法術師が怪我を負って下がって来る。今回の戦いで神教騎士団が同行しているので、回復魔法をかけてもらっているから、大きな損害になっていないものの、思った以上に獣人たちの守りは堅く、遠距離射撃で攻め込むにはスキが少ない。
射た矢は獣人の持つ大きな金属の盾を通さず、ラッチという人族の男は矢を風魔法で逸らせるだけではなく、こちらの魔法攻撃は光魔法で打ち消している。魔法でそんなことができるなんて聞いたこともないぞ。
それにしてもやつの魔力量が多すぎる。前線から偵察してきた部下の話によると、時折り丸い石を掴んでは放り投げているらしい。あれが都市の長が言った魔力を補充できる光る石というやつか。
その合間を縫って、どう見ても獣人族の子が光魔法で、前へ出過ぎたこっちの弓兵や魔法術師を狙撃してくる。あり得ない、獣人は魔法が使えなかったのに。
城塞都市ラクータの騎士団長であるカッサンドラスは、眼前の戦況に眉をひそめていた。長らく騎士団に席を置く彼は、こんな戦いを見るのは初めて。
騎士団は弓や魔法で敵の前衛部隊を崩してから歩兵部隊が前進し、敵の力を削ぎつつ、騎兵で突進して一撃を加える。それが伝統的なラクータの騎士団の戦法だ。
だが今回はその初手でつまずき、歩兵部隊を動かす時期の判断がつかめられない。歩兵部隊の前進時は矢や魔法を控えないといけないので、下手に進めばあの人族の撃つ魔法に狙われてしまう。
歩兵部隊は市民から募兵しているため、怪我や死亡のときは市民兵軍事規則に基づき、相応の給金を支払わねばならない。
策は考えている。それを部下の騎士に口上で伝えてから、都市の長へ報告しに行かせている。あとはここで戦局の変化の合わせながら命令を下し、都市の長プロンゴンからの返事を待つ。
「粘りますね、あの長い槍を持つ装甲の厚い歩兵は中々厄介なものですね」
「はっ! まったくです。あれではこちらが近付く前にあの槍でやられそうです」
「でも近接戦になったら威力がありそうなので、帰還したらこちらも真似して編成してみましょうか」
「はい」
後方にある本陣から、プロンゴン自らが前線へ出向いて戦況の進捗状況を確かめに来た。
本来なら都市の長が戦場に出てくることはないが、プロンゴンという男は総大将として、軍と同行するだけでなく、平気で激戦が続く前線まで出て来た。
騎士団長のカッサンドラスは、今回の戦いで自分たちの都市の長が示すこういう姿勢を高く評価している。
「騎士団長殿、無理に攻めなくてもいいですよ。先ほど報告ですが了承します」
「はっ、では直ちに――」
「まだです、それは黒の翼の第二次攻勢が終えたから、騎士団長殿による第三次攻勢としましょう。それで敵を崩したら総攻撃をかけます」
「……はい」
そう言えば珍しいことに、口うるさく好戦的なクワルドがこの前線にいないと思っていた。なるほど、都市の長から指令を受けて動いているというわけか。
「この戦いにできるだけ損害を避けてほしいのです。獣人族相手に苦戦というのは、都市メドリアと都市ケレスドグの手前、そういう無様なところは見せたくないのです」
「はい、心掛けておきます」
「それでも多少の被害を被っているでしょうから、被害に対する賠償や責任については都市院で受け持ちます。騎士団長殿は気にせずに、自分の考えた通りに任務を遂行してください」
「はい、ありがとうございます」
「ところでラクータの秘宝の使い心地はいかがでしょうか」
「上々です、さすがは迷宮から得られた神器と言ったところでしょうね」
騎士団長のカッサンドラスは、立っている場所の横に置いてある白銀色の大槌に称賛の声をあげて、それを聞いたプロンゴンは満足そうに微笑んだ。
「騎士団長殿、先ほど報告から聞いたのですが、ラッチという男は光る石を惜しげもなく使っているそうですね」
「はい、そのために弓兵と魔法術師が手を焼いています」
「それはいいです、それを聞いてぼくは安心しましたよ。それによってあの男の魔力に限りがあるということが証明できましたからね。このまま時間をかけて戦っていけば、いずれは魔力切れで全滅、だから騎士団長殿もあまり心配しないでください」
「はい」
「それではもう少ししたら弓兵と魔法術師を下げて、神教騎士団に治療させてください。黒の翼による第二次攻勢のお手並みを拝見しましょうか」
「了解しました」
前線へ騎士団長のカッサンドラスから命令された伝令兵が走って行き、弓兵と魔法術師たちが攻撃をやめ、獣人の陣地を警戒しながら後退してくる。
プロンゴンが左手を上げると、左翼を陣取る都市ケレスドグの軍勢は左へ移動し、中央正面で部隊をおくラクータの歩兵部隊との間に隙間ができた。そこから編成させられた1000名の歩兵部隊が獣人の守る陣地へ進軍を始める。
「みんな無事か!」
「おう、まだ死んでないぜ」
矢と魔法による攻撃が途切れ、一息がついたおれはすぐに下へ飛び降りて、負傷している獣人さんの治療に当たった。獣人さんたちは敵を撃退したことでみんなが笑顔を見せている。
遠距離射撃の攻撃が続き、アイコン魔法の風魔法で矢を落としつつ、魔法陣による光魔法で魔法落としを同時にこなした。魔力の消耗は激しく、すでに数十個の真珠で魔力を補給した。
ただ消費した魔力の量に比べ、大した数の敵も減らせずに時間だけが過ぎていく。
アジャステッグくんたちを逃がすという意味では正解なのだが、このままでは消耗戦の果てに、ここにいる全員が人族の連合軍に飲み込まれてしまうじゃないかと、おれは危機感を抱かずにはいられない。
幸いなことに流れ矢に突き刺さった軽傷者ばかりで、おれの回復魔法とポーションでも十分に治すことができた。第一戦列は予備兵と交代し、おれが出す水魔法の生活魔法で水を飲み、戦闘に備えて体力の回復を務めている。
このまま持久戦に入ってくれれば、こういう攻撃の合間に一気に脱出してもいいじゃないかなと甘く思っているおれにメッティアからの悲鳴に近い声が耳に飛び込んでくる。
「アキラ監督っ! 敵が、敵じゃない敵が」
岩の上にいるメッティアを見上げると、その顔が青ざめているので、ただならぬ気配におれは慌てて岩の上に飛び上がり、メッティアが見ているほうに目を向けた。
思わず息を吸い込んだ。やはり人族は人間かという感想に心が冷めていく。
軽装した獣人さんたちが盾と片手剣を持って、こっちのほうに向かって静かに歩いてくる。男の獣人さんもいれば女の獣人さんもいて、共通しているのはどの獣人さんも悲痛な表情を浮かばせていることだった。
その後ろで黒い鎧を着て、モビスに跨る騎士たちがまるで督戦隊のようについて来ている。
おいおい、そりゃないぜ、こんな反則を使っていいのかよ。それならおれも銀龍メリジーや風鷹の精霊ローインを呼び出してもいいのかな、ラクータのクソどもが。
「槍を掲げえ!」
虎人のムナズックが命令すると、第一戦列は槍を前方に向け、後方に控えている重装歩兵は斜め上に長い槍を構えた。
「ムナズック! 来るのは獣人だ、あんたらの同胞じゃないか!」
「戦場で武器を持って相まみえるのはみな敵、生き残りたかったら倒すしかない」
「ムナズッ――」
「うろたえるなアキラあっ! 同胞が同胞を殺すにはわけがある。人族でも同族で戦うじゃないか、今すべきことをやれい!」
下へ目をやると、屈強な体をした虎人のムナズックが涙を流している。彼の横にいる獣人さんたちもみな泣いていた。
こんな戦いはなんのため? 獣人さんを助けるために獣人さんを殺すって、いったいこれはなんのための犠牲なんだ? 女神よ、お願いだからおれに答えを教えてくれ。
「突撃っ! ガキの命が欲しかったらあいつらを殺し尽くせ」
黒い鎧の騎士が叫ぶと、獣人部隊は全力でこっちに向かって片手剣を掲げながら走って来る。これがラクータの軍勢なら、おれもためらいなく光魔法で狙い撃ちしたのだろう。
だけど子供の命を守るため、死を覚悟した獣人さんをおれの手で殺すことに、思わずためらいが出てしまったんだ。
「アキラ監督!」
たぶんメッティアもおれと同じ思いで、おれのほうに救いを求める目で見てくる。
ごめんメッティア、おっさんの人生でこんなつらい経験なんてないんだ。どうしたらいいかおれもわからないよ。
「構えいっ!」
ついに獣人部隊がファランクスの陣に突入した。長い槍に突き刺され、口から血を吐く獣人たち。それでもかまわず突っ込んでくる獣人部隊に、後列にいる重装歩兵が同胞を突き刺していく。
群がって来る獣人部隊とこっちの重装歩兵が混戦となり、この状態でフレンドリーファイアのことを考えると、攻撃のための魔法を撃つことは難しい。
「剣を抜け、応戦しろ!」
第一戦列が斬り崩されて、ムナズックは抜刀による接近戦を命じ、獣人同士による悲しい戦いが目の前に繰り広げられている。
おれは理由なく暴力にはそれを上回る暴力で返すと決めていたから、人を襲う盗賊団でも、獣人を嬲る騎士団でも殺すことができた。だけど今の敵側の獣人たちは違う、子供を守るために戦っているだけ。
この獣人たちを殺してしまうと、おれはその子供たちと顔を合わせたときに平然といられるか? おっさんにそんな精神力を期待しないでくれ。
「アキラ監督!」
悲鳴に近いメッティアの声に、おれはやっと状況を明確に把握することができた。獣人部隊の一部が遮蔽物を乗り越え、陣地の中に入り込んでから、中にいる獣人さんと戦闘し始めていた。味方がおれの前で倒されていく。
遮蔽物に乗りかかっている敵側の獣人や崩されたファランクスの外側にいる獣人部隊に光魔法で狙いを定める。男の獣人さんもいるし、女の獣人さんもいた。みな、子供をラクータに囚われている親たち。
だけどごめん、おれにも守るべき戦友たちがいるんだ。だからあんたらはここで死んでくれ。
かがやく栄光の杖を握りしめ、初級光魔法を獣人部隊に向けて放つ。
「うわあああーっ!」
おれの光魔法で、獣人部隊の見知らない獣人さんの親たちが殺されていく。
激戦だったが、全滅という形で決着は早くもついてしまった。死を望んでいないけど、死に急ぐように獣人部隊は文字通り一人残らず死んだ。
「す……すまな……こど……を」
「ああ、子供たちを助けに行くから」
獣人部隊の最後の一人は陣地の中で死んだ。おれの手を握り、子供のことを最期まで心配したので、おれが果たせるかどうかも知り得ない救助を約束すると、彼は穏やかな顔で瞼を閉じてから息を引き取った。
こっちの犠牲も多く、回復薬や回復魔法で負傷者だけは治したが、百人に近い死者を出してしまった。
見知った顔の戦友たちが死んだ。
でも彼らを殺したのは同じ獣人さん、その獣人さんたちも全員が死亡、この切なくやり場のない気持ちを、おれはどうしたらいいのか。
とりあえず獣人部隊を含め、ここにある獣人さん全員の死体はアイテムボックスに入れ、葬式のことは里に帰ってから考えよう。
獣人部隊を督戦した騎士たちが引き、ぼんやりと人族の連合軍を眺めると、右翼のほうから大きな体をした鎧姿のオークが現れる。
その横で騎士が魔法を防ぐ魔法防壁を張っていて、オークどもは金属製の大金槌を持っていた。
「……オークだと、しかも鎧を着ているぞ」
陣形を立て直したムナズックが、オークを見て唸っているけどその気持ちはわかる。モンスターのオークは力が強くて凶暴、そのオークが武装したらその強さを測ることは難しいのでしょう。
だからね、ムナズック。ここはおれに任せろ。
「メッティア、射程内に入った敵は撃ち殺せ」
「はい、アキラ監督」
「ムナズック、おれが戦っている間に回復を務めろよ。だが警戒は怠るな」
「アキラ、お前はなにをするつもりだ」
魔法の袋から豚頭殺しを取り出し、両手斧を握りしめてから心の声でムナズックに返事した。
ちょっとね、ラクータのやり方にムカついてるから、オークどもを殲滅してくるんだよ。
ありがとうございました。




