第182話 対極する思いは通じ合わない
距離があるので細かい表情を見ることはできないが、城塞都市ラクータ騎士団支団、黒の翼の支団長クワルドは絶対に勝ち誇った顔をしているだろうなと思った。人族の連合軍から歓声が沸いて、獣人族の不義を罵る声が聞こえてきそうだ。
多種族は知らない。
地竜ペシティグムスはその昔にアルスの森に住み、アルス様である精霊王様を慕っている。
アルス様を崇拝するアルス神教の教義なんて多種族が勝手に解釈しているもの、精霊王様が願うのは全ての種族がこのアルス・マーゼ大陸で平和に暮らすこと。
その彼女が神の名のもとに、種族同士が争うことを望むことなんてあるはずもない。
無知とはかくも幸せで残酷、自分勝手に解釈してしまうのだから。
「……言われた通りにしたから家族を返してくれ!」
クワルドの前にいる5人の獣人の男が、後ろにいるおれたちを見ることもできずに、切羽が詰まったような声を上げた。
「はあ? 家族だ? ああ、そうだな、それはそうだ。よく働いてくれたからこっちも約束を守らないとな……おい!」
後ろへ向けてクワルドは手で合図をする。
これから起きる光景を目に焼き付こう、目を逸らさないで5人の獣人の男を見つめることにする。
黒の翼の騎士は連合軍の列から出てきて、その手に掲げられているのは槍。槍には干乾びた獣人の死体を突き刺していた。どの死体も毛を削ぎ落され、手首と足首はなく、体のあっちこっちに傷跡が残されている。その数、子供のそれを含めて、全部で13体であった。
「……あ、ああ、うわあああああっ!」
言葉にならない魂を震わせる絶叫、それは哀れな獣人さんたちの口から叫ばれていた。
ここにいる獣人さんたちはそれをただ見ていることしかできない。こうなるであろうとおれは想像していた。人というのは同族を含む他の集団に対して、限りなく残忍になることはできる。自分たちにゆとりがない場合は、思いやることなんてしないことだって多々とあるんだ。
「あははは! 久しぶりのご対面だなおい。ちゃんと挨拶してやれよ? 返事はできないと思うがな」
「うわあああ――」
5人の獣人の男の前に放り投げられた串刺しの死体。妻や子供を求めて、哀れな獣人さんたちが死体に飛び付いて、あるかぎりの力で抱きしめる。
辛い気持ちで同胞を裏切り、心を苦しめられ、願っていた家族との再会は、言葉すら交わし合えないものだった。
「畜生がっ! お前ら殺してやる!」
腰から自衛用の片手剣を抜くと一人の獣人さんが小さな死体を抱えて、復讐のためにクワルドへ向かって斬りかかる。ほかの四人もそれに触発されたように、剣を抜いてから猛然と走り出した。
それを待っていたかのように、護衛の騎士たちが槍を5人の獣人の男へ向けて投射する。身体中に槍が突き刺されながら、なおも前へ進もうとする復讐者たちは、手に抱えている家族の死体を放さずに、その命を燃やし尽くそうとする。
手を出すことはできなかった。
哀れな獣人さんたちはここで生き残ってもこの先に待っているのは後悔の日々、死ぬまで癒せない心の傷と自責の念を抱えたまま、そんな人生を生き続けるのは悲し過ぎる。
それに彼らは復讐を果たそうと剣を持った。叶うか叶わないかの結論ではなく、それが彼らの選んだ道なら、おれが邪魔することはできない。
全身に槍に刺された獣人の男は足を引きずって、手に持つ片手剣も重たそうに持ているが、抱えている子供の死体を放さずに血を流しながら、黒の翼支団長クワルドの前に辿り着いている。
彼と同じように復讐しようとした4人の獣人は、すでに地べたに横たわって動かなくなっていた。
「ご、ごろ……ず……」
「ケモノにしては見上げた根性だな。剣を上げろ、自分を殺してみろや!」
両手持ちの剣であるツヴァイヘンダーを、片手で軽そうに振り上げたクワルドを血まみれの獣人が見上げた。その獣人はすでに力を失い、片手剣が今にも手から抜け落ちそうになっている。
激しい金属の音が鳴り響き、クワルドが振り下ろしたツヴァイヘンダーを斬鬼の大太刀で払いのけ、体勢を崩されたクワルドに飛び蹴りを入れた。やつはおれの蹴りで遠くへ飛ばされてしまい、彼の部下たちは自分たちの団長を手助けのために走り寄っていく。
今から槍を抜き、回復魔法をかけたとしても、家族を失った獣人の男に体力は残ってないから、命を生き永らえることはないのでしょう。
「ず……ずまない……」
「おれたちがアルス様の許へ送って帰るから、あんたは家族のところに帰りなさい」
獣人の男は涙を流し、少し笑ってからおれの腕の中で息絶える。
獣人さんの復讐であるために、おれが手を出すことはできなかったけど、むざむざ黒の翼のクソ団長に、彼が殺させることは我慢にならなかった。この場にいる全ての人が見守る中、アイテムボックスのメニューを操作し、哀れな獣人家族の遺体を全て収納した。
「怪しげな術を使う者、お前が獣人をたぶらかし、アルス様を背かせたのか!」
大神官であるハゲのおっさんがなにかを言ってるけど気にしない。局面がここに至ったのならこのえせ神職者となにを話しても、それは一方通行で互いに理解できない話。
神の名を使う欲塗れの腐敗した人物に精霊王の気持ちなど届くはずもない。
「ラッチさんでしたね。どうでしょうか、獣人を説き伏せてぼくらに降ってほしいと伝えてもらえませんか?」
「それで獣人さんたちに死に等しい生を送れと?」
にこやかに語って来るプロンゴンへ、おれは自分が思うことを答える。
「獣人は可哀そうな種族です。彼らを保護した上で生き方を教えていくのはぼくら人族の務めだと考えているのです」
「世迷言を言うね、あんた。それで今まであんたらに殺されて死んだ獣人さんはどうなる? だれが獣人さんたちの魂を慰める?」
「それは仕方のないことです。大いなる幸せの地を築くため、多少の犠牲はやむえません。彼らが本当にこの世界で生きていけるために、ぼくらが知識や生活を与え、獣人族を導いてやらねばならないのです」
「違うね。あんたが言ってるのは家畜を飼うってこと、そこに獣人さんたちの意志と幸福は見えて来ない。別にアルス様や人族が手を貸さなくても獣人さんたちは生きていける、思い上がりを押し付けないほうがいいんだよ」
「なんと罰当たりなことを言う不届き者、アルス様をないがしろにした罪は許されないぞ! だれか、だれかこいつを捕らえろ!」
えせ神職者のハゲのおっさんがなにか喚いているがどうでもいい。プロンゴンと睨み合うおれは自分の意志を視線に込めて、あいつに屈しない気持ちを送り込む。プロンゴンが言いたいことを、互いがわかり合う日なんてきっとやって来ない。
こいつの言うことを信じるとすれば、プロンゴンというやつは獣人族のことを、やつなりに思っているかもしれない。
だけどそれは獣人さんたちを虐げて、物や自由を奪、あげくの果てに殺したことの言い訳にはなれない。そんなことをおれは認めないし、獣人族に対するむごい仕打ちへ理解を示すことなどあり得ない。
「……そうですか。獣人族と親しそうなラッチさんがお味方してくれるなら、獣人たちの苦難の日々も早く終わると思ったのですが、理念に相違があるのなら仕方ない。ぼくはぼくのやり方を貫くとしますか」
「あんたのやり方がどんなものであるかは知らんが、おれがそれを容認することは絶対にない」
横に目を配ると、黒の翼の支団長さんは部下の手を借りて起き上がり、離れていてもこっちへすごい目線を飛ばしているのがよくわかる。
敵の親玉と話を終えたのなら、ゲームのお決まりはここからがバトルだ。大物たちを守っている敵の騎士たちは魔法陣を起動させ、手に持つ槍は投擲の動作に入っている。
用事を済ませたのならここが陣地に戻るタイミング、あとはできるだけ守りを固める戦いをしつつ、アジャステッグくんの合図が見えたら全力で撤退する。
モビスがない今、どのように逃げるかを考えない。そういうのは思考するだけ無駄って話。とにかく戦い抜いて、隙を見つけて逃げ切り、どうにか生き延びることだけを考えろ。
足に力を込めてから大地を蹴り、後ろへ飛んだ勢いで走り出し、魔法陣を起動させる。後ろのほうから攻撃の魔法が飛んできている気がするから、銀龍メリジーがそうしたように魔法で魔法を打ち消す。
後ろを覗くと、火魔法や風魔法が槍と一緒に飛んできている。槍は不壊属性があるオレの服で止めて見せ、攻撃魔法は今持つ最強の技で迎え撃つ。
小さな星の光!
よしっ! 思い通りに全ての攻撃魔法を迎撃することができた。魔法を消された連合軍の魔法使いたちから、どよめきが聞こえてきたが、あいつらがどう驚こうと関係ない。魔法が通用しないイメージを植え付けただけでもおれにとっては大儲け。
集団戦で遠距離射撃は怖い。しかも獣人さんたちに魔法を使えるのはメッティアだけなので、有効な反撃手段を持っていないと射撃だけで全滅されそう。だが先のようにおれが魔法を撃ち消せることを知れば、あいつらだって使い所を考えるはず、それだけで抑止力になれた。
さすがは神話に生きる銀龍メリジー、色んな技を彼女から学ばせてもらったぜ。
「無事か、アキラ」
「ああ、なんとかな」
虎人のギルド長はおれの体をべたべたと触って来て、傷がないかどうかを確かめているのでしょう。この場にメッティア以外の女性はいないので、美人だけのメディカル班を作れないのが残念。
冗談はさておき、おれはメッティアと固定砲台で魔法を撃たねばならないので、回復薬であるダンジョンハイポーションやエルフポーションは獣人さんに預ける。
「ムナズック、回復班を編成してくれ」
「かいふくはん? なんだそれは」
「怪我人が出ればすぐに下げさせろ、そのときにポーションで治療してくれ」
「ああ、なるほど。わかった」
アイテムボックスと魔法の袋から多くの回復薬を取り出し、戦闘中に壊れないように、木を置いてから大盾で被せて保護しておく。
「アキラ、同胞の遺体は消えるように無くなったがアキラの所にあるのか?」
「ああ、そのまましておくのは可哀そうだ」
「命の危険を冒してまですまない。感謝する」
「お礼なんて言わなくてもいいよ。あの家族たちを晒し者にするつもりがなかっただけだ」
脅されて同胞を裏切る間諜をやらされたあげく、妻や子を殺された獣人さんになんの罪があるという。送り火で精霊王の所へ行ってもらい、魂だけでも彼女の許で幸せに暮らさなくちゃ、あの獣人たちとその家族が報われないじゃないか。
「アキラ……」
「ムナズック、今は戦いに集中しよう。アジャステッグくんたちが無事に安全圏へ引いたらおれたちも里へ帰ろう」
「……ああ、そうだな」
「ファランクスは頼む。おれはメッティアと石の上で迎え撃つから」
無言で頷いてくるムナズックにおれは右手を上げて、ファランクスの後ろに設置した岩の上じぇ飛び上がり、アイテムボックスから出した闇カラスのシュルコートウベールを、メッティアのほうに投げた。
「アキラ監督、これはなんですか」
「羽織っておけ。矢なら通らないと思うし、魔法を食らってもある程度は防げるはずだ。魔力切れしそうになったら下へ行って光る石で補充しろよ? 念のために何個か持っておけ」
「はいっ!」
おれも魔法の袋に魔力充填用の300個の真珠を用意した。ムナズックが率いるファランクスが敵を受け止める役なら、おれとメッティアはこの陣地を保持するための生命線。この中に敵が入り込んだら、おれたちはたぶんそこで総崩れ、一巻の終わりだ。
この難局を切り抜け、念願である異世界の観光へ行ってやるぞ。
ありがとうございました。




