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第181話 悲しき獣人たち

 ここでラクータの軍勢を食い止める自衛軍の兵は志願者が多すぎたため、独身で家族に影響の少ない550人の獣人を中心に編成した。そのほかに20人の自衛団所属の男がここに残ると言い張って譲らなかったので、仕方なくそれも認めることになった。



 こんなだだっ広い草原で包囲されてしまったら、あっという間に殲滅されるだろうと考え、迎撃用の臨時陣地を構えることにする。材料ならアイテムボックスにたくさん持っている。銀龍メリジーと交易路を作る時に、森で切り倒した木とシンセザイ山で砕いてきた岩だ。



 左右を守る形で大きな岩を二つ置くと、アイテムボックスから沢山の木を排出させて、ムナズックたちに横たわりで土嚢代わりに、遮蔽物として組ませることにした。


 黒の翼の騎士はムナズックたちの邪魔をしようと近寄ってくるが、岩の上に座っているおれの魔法を警戒してか、近寄って来ては後ろへ引くの行動を繰り返しばかりだ。



「……なにをしてる」


「木を運んでますよ、アキラ監督」


 いや、メッティアちゃん。元気そうに笑ってくるのはいいけど、おれが聞きたいのはなぜきみがここに残っていることだよ。



「すまないな、アキラ。虎人は聞きわけが悪くて、アジャステッグたちと行けというのに、こいつは全然聞いちゃくれないんだ。ははは」


「笑い事じゃないですよ、ムナズック……いまさらアジャステッグくんたちに追いつけないからなにも言わないけどさ」


 しかし困ったことだ。この獣人さんたちとどうやって逃げようか。モビスが一頭も残っていない今、なにひとついい案が思い浮かばない。騎士団が攻めてきたら、機を見てラクータのやつらからモビスを奪ってみるか。



 両サイドと後方を木による遮蔽物を作り、正面の開口部は50人が立つ幅を開けておいた。重装歩兵の装備をアイテムボックスから出して、すでに下の里でファランクスの訓練は終えていたので、正面は5列で並べて計250人の陣形を組ませた。これで突進は食い止めると期待してみよう。



 残りの250人は弓などを持たせて、左右と後方からの襲撃を備える軽装歩兵。70人の獣人は予備の重装歩兵として、怪我や疲労で後ろに下がる獣人と交代する予定。これでどのくらい持つはわからないけど、とにかく長く戦えるように、必要のときにおれがヒーラーを務める。



「アキラは戦争の仕方もわかるのか、いったい何者なのか見当もつかない」


「遠く離れた場所から来た異邦人だ、戦争なんて行ったことないよ。おれの故郷では魔法はないけどこんな戦いなんて大昔にやっていたもんだから、うろ覚えの知識なら持ってる」


「……珍しいこともあるんだな、アキラが自分のことを話してくれるなんて」


「そうか、それは悪いことしたな」


「いいってことよ」


「まあ、とにかく食べよう。腹ごしらえして、気力満タンでラクータのやつらを撃退しようぜ」



 また戦闘に入っていないということで、正面に二列の重装歩兵が黒の翼を警戒しつつ、左右と後ろは5人ずつの物見が周囲の様子を見まわしている。そのほかの全員はラメイベス夫人が作った料理やゼノスで買ってきた焼き菓子を食べて、嗜む程度にワインもどきを飲み、戦いの前の静けさを過ごす。



 適量にご飯を食べた重装歩兵は、前方にいる仲間と交代して食事を取らせる。みんなは里の話で笑い、家族のことを自慢し、仲間を逃がせたことに喜びを分かち合った。


 いま、ここで確かに生きている570人は、いったい何人が生き残るだろうか。おれにはわかるはずもない。


 ただ今はそれを考えるときじゃなく、みんなが生きているならそれでいい。美味しいご飯を食べて、向かってくる敵にだけ思いを馳せろ。


 それが今のやるべきことなんだから。



「近いぞ、そろそろ陣形を取ろう」


「……そうか、わかった」


 地面に耳を当てて、ラクータの本隊を探っているムナズックから敵情を聞いたおれは今でも迷っている。


 最強装備である黒竜の装備を着替えるべきじゃないか、でも逃げる時にそれはすごく邪魔になりそう。しかも敵軍の強さはなにひとつわかっていない。



 正直なところ、とても怖い。


 オルトロスや地竜(アースドラゴン)ペシティグムスと戦ったときとは違う怖さが込み上げてくる。強力なモンスターと対戦する時は、一体の強敵に対する恐怖はあるけれど、人は常に変化してくる戦い方を持っている。


 この世界(アルス)で戦術はどのような発展を遂げているのか、やはり敵も魔法を駆使してくるのか、さっぱりわからん。



 これまでおれが持っていたアドバンテージは、この戦いでなに一つ発揮できない。奇襲もできないし、魔法は魔法防壁で阻まれることもある。大丈夫かな、それでみんなを救えるのか? 銀龍メリジーか風鷹の精霊ローインをここに呼んではいけないんだし……



「アキラっ!」


「はひ!」


 大きな声で呼ばれたおれは、思わずうわずった声で返事してしまった。



「考えるな。目の前にある戦いに集中しろ」


「……ありがとう、ムナズック」


 笑顔が眩しい虎人のおっさんに励まされた。心強い仲間がここにいるんだ。彼らと生き延びるために、今はできることを精いっぱいやり遂げよう。


 100個の魔力付きの真珠を地面に置いておく。



「メッティアっ!」


「は、はひぃ」


 ファランクスの列の後方にある高い石の上に座り、固定砲台の役割をおれと一緒に担う虎人の少女は、緊張が高まっているようで、振り向くその姿もややぎこちない。



「魔力が少なくなったらすぐにこの光る石を握り、魔力を補充しろよ」


「はい、ありがとうございます。」


 戦争なんてしたことがないおれは、これ以上あれやこれやと思っても仕方ない。人族である以上、彼らにも出方というものがあるだろう。



 おれがラクータの軍事力を知らないように、ラクータのやつらもおれの全貌を知っているわけじゃない。少なくても初手は互角であるはずだから、ここは勇気を持って戦いに臨むべし。


 フラグを立てるのは嫌なので、これ以後は戦い以外のことは考えないようにする。だが最後に思いを馳せたいことがある。



 エティリア。おれにきみたちを守るため、戦える勇気をください。




 遥か前方から、まるで波が押し寄せるかのように、城塞都市ラクータの本隊が地平線の向こうより現れた。




 おれたちを監視し、牽制していた黒の翼の騎士たちが整列したラクータの軍勢へ戻った。しばらくすると、モビスに騎乗する人族たちが、騎士団に守られつつこちらへ近付いてきた。



 お偉いさんなら光魔法で狙撃してやろうかなと思ったけど、魔法防壁はしっかり張られているし、彼らはなにかお話したいようで、話させることでアジャステッグくんたちの逃亡時間を稼いでやりたい。


 ここで統率する人だけを殺すと、兵士たちが無秩序の混戦に突入することは避けたいと考えたので、魔法陣だけを維持することにした。



「抵抗する獣人族に告ぐ。速やかに武器を捨てて抵抗をやめよ、さすれば我々城塞都市ラクータ、都市メドリア、都市ケレスドグ及びアルス神教ラクータ教会からなる連合軍は獣人族の降伏を受け入れる用意がある。賢明な判断を選択せよ」



 少し距離はあったが、そこにいるのはラクータの都市の長であるプロンゴン、騎士団長のカッサンドラス、騎士団支団黒の翼の支団長クワルド。


 煌びやかな法衣を身に着けているのはラクータ教会のイ・ムスティガル大神官。その後ろに控えるようにしてこっちをみている人たちは、たぶん都市メドリアと都市ケレスドグのお偉いさんだと思う。



「断る。城塞都市ラクータはオレたちを虐げてきた。降伏したところでお前たちはオレたちに苦しい所業を強いる未来しか見えない。オレたちはお前たち人族に屈する膝は持たない」


 ファランクスの第一戦列の前に出たムナズックは胸を張って、先ほどの降伏するように言いつけてきた騎士へ拒絶の意を示した。



「人族に正義は無し、お前たちは旗印もなく軍を起こした。すでに相互関係の断絶を申し入れる書簡は城塞都市ラクータに渡したはず。その返事がこれなら、アルス様もお前たちを許さない」


 堂々と言い分を大声で張り上げたムナズックだが、人族たちから返ってきた返事は湧き上がる失笑であった。



「ケモノどもに言う、こっちが御慈悲を示したのはアルス様を敬っての話だ。貴様らは相互関係があるにもかかわらず勝手に村を逃げ出し、城塞都市ラクータに反抗するために集結してるのは知ってんだよ」


 モビスに騎乗したまま、黒い鎧姿のクワルドは嘲笑うような口調で吠え出した。



「アルス様のご恩愛を受けているのに、ラクータ教会の巫女様を誘拐し、アルス様への感謝を忘れて、アラリアの森にいる邪龍を信奉する貴様らは裏切り者だ。アルス様に代わって成敗してくれる。わかってんのか、ああ? これは聖戦なんだよ、アルス様の御旗のもとに、アルス神教の支持を得て、お前ら不届き者のケモノどもを征伐する聖なる戦いだ。降伏しないなら全員死ねや!」


 クワルドの言葉を聞いたおれ以外の獣人さんたちに動揺が走った。なぜ自分たちのことが人族側にバレたと思っているだろう。



「お、オレたちはアルス様を裏切ったりなどしていないぞ! でたらめを言うな! 人族はオレたちを陥れるのにうそばかりつくのだ!」


「はん、うそね。なにを言いやがるケモノ、うそじゃない証拠を見せてやろうじゃないか、ええ?」


「見せてもらおうじゃないか!」


「おい! お前ら今すぐにこっちに来い」


 怒鳴るムナズックに気もかけず、クワルドはこっちに向けて手招きをしている。なにが起きたかがわからないので、獣人さんたちは警戒して武器を強く握りしめた。



「ああ? 家族のことはどうでもいいんだな?」


 心が沈む。内通者がいることは予測していたけれど、その可哀そうな獣人さんたちは家族をラクータに捕らえられていたのか。




 脅迫するクワルドの言葉に反応し、ファランクスの最前列から大盾と長槍を投げ捨て、5人の獣人の男がラクータの軍勢のほうへ走っていく。突然の事態にムナズックたちはあっけを取られて、なにも言えないまま、戦列から飛び出した獣人の男たちを見ているだけ。


 あれはここに残ることを強く希望した自衛団員、おれがゼノスから連れて帰った元奴隷の獣人さんたちだ。



「こいつらはこっちで招待してやった家族のため、貴様らのことをご親切に事細かく教えてくれたんだぜ。ご苦労なこったよな? あははは!」



 人族側に走った獣人の男たちは俯いて身体を震わせている。同胞思いで心優しい獣人族にとって、同胞を裏切っていることに、きっとつらい思いを耐えてきたことだろう。だからおれは彼らを咎める気にはなれない。



 家族を囚われた哀れな獣人さんたちへ向ける思いは、おれもムナズックたちも同じだと思う。微かな嗚咽が獣人さんたちから聞こえてきて、おれたちはその獣人の男たちを責めることなどできるはずもなかった。


ありがとうございました。

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