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第179話 獣人救出作戦

 走車の日程を計算すると第一陣はそろそろ上の里に到着し、お師さん方を含む第二陣は途中まで進んでいることだろう。獣人族の会議で定めた予定で、第三陣は若者を中心で退避させようとしたが、若者たちが全員そろってその予定に猛反発した。


 主張として自分たちは最後に出発すべきで、万が一ラクータが攻めてきたら、獣人の若者たちは武器を取って戦うと気勢を上げている。



 そうやっておしくらまんじゅうのように、若者たちと大人たちがもみ合っているとき、ラクータ方面に派遣した偵察隊から知らせが入ってきた。



 ――ラクータ方面より、一千を超える同胞がラクータの軍勢に追われている――



 会議室に集まっている面々は言葉を発することもなく黙り込んでいて、だれも顔をあげようとしない。対応の方法にさぞや困っているのでしょうな、仲間思いの獣人に同胞は見捨てられないはずだ。


 ラクータの人族め、やりやがるぜ。



「追っている軍はラクータの全軍か?」


「いえ、同胞たちの後ろから矢を射たりしているがその数は少なく、全員が黒い鎧を着ていました。ただ、別隊の話によるとラクータの本隊はその後に進軍を続けているとのことでした」


 前線から戻ってきた偵察兵はおれの問いに答えてくれた。



 これは罠だな。相手も罠と承知の上に獣人族の習性を把握して仕込んでいるものだから、その一千を超える獣人さんたちを見捨てることが今の時点で取るべき最上の策なんだろう。でもそれを口にすることはできない。


 この感性高く感情が豊かな人たちにそれを強いると、末代までアラリアの森に住む獣人さんたちは後悔し続けることでしょう。


 ここはアドバイザーとして、彼らに意見を申し出るときなんだろう。



「ここにいる獣人族は自衛団を省き、全ての獣人は上の里へ撤退行動に移す。今あるだけの走車を持って、アジャステッグ軍長が率いる自衛軍が出撃し、追われている獣人族を収容したのち、直ちに引き上げるというのはいかがだろう」


「おっしゃあ、乗ったぜちゃんぴおん。おれ様に任せろ、同胞を助け出して見せるぜ」


 救出作戦と聞いて、アジャステッグくんだけじゃなく、会議に参加している全員が明るい顔を瞬時に見せた。本当に愛すべきバカものたちだ。



「出動するのは自衛軍1200名、300名はここに残して万が一に備えたほうがいい。自衛団は下の里に放火する用意を整えて、知らせが来る次第に着火してほしい」


「ま、マッシャーリアの里を燃やすというのか!」


「燃やすよ。そのままラクータに渡すのも癪だし、なによりこっちが撤退する間に、すこしでもラクータの進軍を阻害する」


「も、燃やすのか……」


 肩を落とすエイさんを見て、その気持ちはわからないでもない。なんせ、ここは彼の最愛の村だった。


 だけど宿舎となれる建物が多く存在し、水場もあるマッシャーリアの里は、ラクータの前線基地としての役割を果たせるもので、使われるのは仕方ないとしても、再建するお金を掛けさせるくらいの嫌がらせはさせてもらおう。


 何でもいいから少しでもラクータの体力を削り落とさねばならない。



「ピキシーたちもめている若者たちへ直ちに里からの退去を命じてくれ。自衛団にアキラが言ったように放火の準備をエイが執行してくれ。アジャステッグはこの後オレと出撃の打合せする。それとアキラは上の里へ撤退する同胞の護衛を頼む」


「なに言ってんの? 獣人さん救出作戦におれも同行するんだよ」


 ムナズックの意見を反対するつもりはないが、救出作戦を彼らに任せば前線でラクータ軍との戦いに引き込まれてしまい、獣人を助け出すどころか、救出部隊が全滅してしまいそうだ。



 それに魔法を撃てるおれは、固定砲台としての役割も果たせそう。実は自分が言い出したことでなんだけど、心の中でこういう時にニールかローインがいれば、確実に助けることはできるだろう。


 しかし、やはり竜人(メリジー)精霊(ローイン)に守護の眷属として管理神の言付けを違反させたくない。もしもおれが口にしてしまえば獣人族に肩入れしてくれそうな気もするが、それをやっちゃうと爺さんと幼女を裏切ってしまう。


 やってはいけないことにちゃんと分別をつけるのが大切だ。それはだれかに言われるのじゃなく、自律すべきだとおれは思う。



「アキラさん、これはワタシたち獣人の問題です。アキラさんを巻き込むわけには――」


「いまさらだよ、ピキシーさん。ここまできたら悔いのないようにやらないと気になるじゃないか。それにラクータの軍勢を見ておきたいから」


 うまく魔法で撹乱すれば一撃離脱ができるかもしれない。戦いにおいては遠距離射撃は大事、下の里の中ではおれが一番の使い手、この際に貴重な戦力となれるはずだ。



「ちゃんぴおん、気持ちは嬉しいがこれは――」


「アジャステッグくん、追われている獣人さんの収容はできるだけ速やかに行うべし。乗り込んだらラクータの攻撃を牽制しつつ、下の里へ入らずに一気に駆け抜けろよ」


「ちゃんぴおん……」


「時間がもったいないからサッサと行こう。兵はできるだけ騎乗させ、モビスが足りない場合は、走車に乗車して出撃の用意をしてきてくれ」


 しばらくの間アジャステッグくんはおれの顔を見つめていたが、意を決したように体を扉のほうへ翻した。



「出撃だ! 同胞を助けに行くぞ!」



 アジャステッグくんが外へ出てから、エイさんはおれの近くまで来て、申し訳なさそうに小声で話しかけてくる。



「婿殿、すまない。なにからなにまで婿殿を頼りにしたままで……」


「気にしないでよ、エイさん。今すべきことをやろう、せっかくここまで来たから最後までやり抜こう」


「ああ、そうだな」


「おれも用意してから出る。下の里のことはエイさんたちに頼んだよ」


 ラクータの本隊が来ないうちに、うまく退散できるようにアルス様に祈っておくか。正直に言って、万を超える軍勢なんて見たこともないし、さぞかし壮観なものだろうな。




「えっと、みんなはなにをしているのかな?」


 女騎士のイ・メルザイス、レイにパステグァルとエゾレイシアらエルフ様たち、獣人族からはゾシスリアとメッティアにサジペグス君たち獣人の若者が数たくさん。


 みんなしてフル装備でなに待機しているのかな?



「イ・メルザイスはダメだ、撤退する獣人さんたちの護衛をしてくれ」


「なにを言われる! 獣人族を救い出すことが――」


「それはあんたの役割なんかじゃない、アルス神教の関係者が戦場に出るな。あんたに万が一のことがあれば遺恨が残る、そうなることを巫女様から託されていないはずだ」


「……」


 恨めしそうな目で見てきてもダメ。これはラクータ一帯の人族と獣人族の紛争、神教騎士団の隊長にして巡回神官がもし戦場で死んでしまったら、アルス神教がこの紛争に乗り出す可能性はあるので、事態をややこしくするつもりはない。


 いうべきことを言ったから今度はエルフ様に目を向ける。



「森の民が戦場に出るんじゃありません」


「...同じ里、仲間助ける...」


「人族と獣人族の紛争に妖精族のエルフが加われば、ラクータのやつらに今後の口実を与えるからダメ。ラクータの軍勢がアラリアの森に入ったというならともかく、ここは自重してくれ」


「...アキラ、冷たい...」


 泣き出しそうな表情してもダメですよ、レイさん。気持ちはありがたく受け取っておくから撤退する人たちの護衛してくれ。歩行する獣人さんが多いため、森で襲われたら大変なことになるので、みんなを守ってやってくれ。



「そしてきみたち」


「あたいらも行く、同胞を助けるんだ!」


 強い決意を現すようにゾシスリアは声を上げた。こんな一途な若者たちは美しいと思う。無知は時として人を強くさせるけれど、現実に向き合ったときの決意は以外に脆く崩れやすいもの。


 戦場に行ったことのないおれが言っても説得力に欠けるけど、殺意が溢れる場所へ若者を連れて行くつもりはない。



「きみたちには大事な任務がある。上の里へ行く道はモンスターが入り込んで来れないとは言え、なにがあるかは知らない。きみたちの護衛は欠かせないからそっちに専念してくれ」


「でも――」


「ゾシスリア、選択を間違ってはいけない。誰しもがすべきことはあり、きみたちにしかできないことを、やるべきときにきちんとやり通してくれ。冒険者として経験を積んできたきみたちは、みんなの護衛こそが任務そのもの。戦場で戦っている同胞たちが後方のことを心配しないように、みんなを上の里へ送り届けてくれ」


「うー」


 腕で涙を拭うゾシスリアの頭を撫でて、ひたむきな若者の純粋な気持ちを踏みにじるような真似して申し訳ないが、軍隊を前にして彼や彼女たちを守り通せる自信は、戦争を知らないおっさんにありません。



「アキラ監督、あたしはついて行きます! 光魔法は使えますし、師匠から頂いたこれで自分の身を守りますっ!」


 銀龍の(シルバードラゴン)手甲(グローブ)を力強く叩いたメッティアは、譲らない決心でしっかりした口調で話してきた。


 彼女は騎士団に襲われたことがあって、この中で唯一といっていいほど対人戦の経験はある。多くは撃ってないと思うけど、貴重な光魔法の使い手。凛として迷いを見せない彼女を説得するのは難しそうだ。



「ふー、わかった。だが戦場で逆上だけはするな、引くべき時は引けよ」


「はいっ!」


「ボクたちもやれるのに……」


 嬉しそうに笑うメッティアの横で、ブツブツと呟くように文句を言ってくるサジ君たち。森へ遠足に行くわけじゃないから、そんなことを言われてもおっさんは無視するだけ。




「もめてんな。準備はいいのか、アキラ?」


「えっと……冒険者ギルドのギルド長がここでなにをしてんの?」


 目の前に来たのはドワーフたちにもらった装備を着用している虎人、元村長にして現職のギルド長のムナズック。



「お前とアジャステッグだけに任せるわけにはいかんのでな。エイが行けないからここはおれが出るしかないだろう」


「撤退する獣人さんの護衛はどうすんのさ」


「こいつらがいるからな。おい、お前らにみんなを託したからな! 怪我人なんか出したらお仕置きを覚悟しろ!」


「……はい」


 冒険者ギルドのギルド長から気圧されたゾシスリアたちがしゅんと小さくなる。そうだよな、こういうふうに叱りつけるようなやり方もあるけど、それはキャラによるもの。わかってはいるkrど、冴えないおっさんのおれがそれをやっても、きっとさまにならないのよな。グスン



「ムナズック、おれが操縦する走車を用意してくれ。ちょっと着替えてくる」


「ああ、任せろ」



 さあ、気持ちを切り替えよう。これから立ち向かうのは今まで経験のない軍という戦うためだけの組織、統率のない盗賊団と違って、軍隊は集団で動いてくるもの。



 どこまで自分の力が通用するかは知らないけれど、願わくば戦闘に巻き込まれないように、獣人さんたちを助け出したら、一目散にとにかくみんな逃げようか。


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