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第178話 獣人族の首脳会議

 旧マッシャーリア村、今はマッシャーリアの里で通称が下の里は、獣人たちが自分たちの仕事で慌ただしい日を過ごす中、上の里である銀星の都市へ、避難輸送団の第一陣に当たる歴寄りたちを送る準備が、総務課によって進まれている。


 同時に下の里で蓄えられている大量の食糧は、避難輸送団と共に数回に分けて、上の里へ送り届けることが獣人たちの会議で決議されたらしい。



 獣人たちの都市運営に当たる各課は、少しずつだが確実に機能を果たしている。学び舎のお師さんたちが到着したことで、教育課は爺さんと婆さんたちと協議した結果、ノディソンさんたちは子供たちの学力を知るため、まずは使われていない倉庫で授業を始めることにした。


 マッシャーリア里公立学び舎の第一期生はアベカ君がデザインした制服を着て、親たちに連れられながら学び舎へ通い始めた。



 ノディソンさんに声をかけられた人族の中で、農業について詳しいバディファムツさんという人は、上の里の農地開発に産業課の担当である鼠人さんたちと、現地を視察したいと申し出ており、避難輸送団の第一陣に同行することになった。


 冒険者ギルドのギルド長ムナズックは、下の里の防衛会議に列席するため、避難輸送団護衛の手配はセイが担うことになり、ゾシスリアとメッティアが彼女を補佐する形で、その業務に携わっている。



 獣人族が魔法を使えることは、おれの鑑定スキルを偽装のために、巡回神官であるイ・プルッティリアの許で、メッティアが持っている光魔法を彼女に確認させた。獣人も魔法を行使することができるという世紀の大発見に、イ・プルッティリアはかなり興奮したが、予測した通りに彼女の胸が揺れることはなかった。



 子供を中心におれの鑑定スキルで持っている魔法のスキルを発見し、イ・プルッティリアが確定した回復魔法の使い手を彼女が育成に当たり、火魔法使いなどそのほかの魔法術師の卵はレイが預かって、冒険者ギルドの魔法課に所属させた。


 エルフさんたちによる、魔法陣習得の授業は連日の賑わいを見せ、獣人族の戦力向上を見込めることに、アジャステッグくんとエイさんは大喜びしていた。



 獣人族は自分たちの新たな日々に各々の力を惜しまず、だれもが生き生きと仕事に励んでいた。エティリアはエルフ五人衆や獣人族の冒険者とニールの護衛で、異人族の里へ交易のために出かける予定だ。


 ゼノスとの関係を深めるためにも、一回だけの交易ではなく、貴重なアラリアの資源を継続的に提供できる実績で、ゼノス側の信用を深めていかねばならない。


 本心ではおれもエティリアも一緒にいたいと、お互いに寂しさを募らせているけれど、獣人族がここ一帯で侮られない勢力を築き上げるため、ここは頑張る時期だと二人は私情の時間を後に回すと決めている。





 種族の紛争が始まったので、ニールに行商団の同行をお願いした。護衛の依頼なら、紛争と間接的な関係はあるかもしれないが、ラクータの人族と彼女が対峙することは回避できる。


 エティリアの安全を彼女に託したいおれは、行商団が出発する前に彼女と意思疎通を図るため、二人で会話を交わす。



「ニール、エティリアのことをお願いする」


「任せろ」


 彼女からの視線はなにか言いたいことがあると、気付いたおれは言葉をかけられる前に答える。



「大丈夫だよ。人族の軍勢を発見したら、すぐにここから撤退するので無茶はしない」


「……そうしろ。お前は状況が変わんと、後先考えずにやらかす癖があんからよ、今の自分の言葉を覚えてろ」


「はいよ、ありがとう」


銀星の(シルバースター)都市(シティ)で待ってんぜ」


 銀龍メリジーさんは銀星の都市という名が大のお気に入り、彼女の口から、通称である上の里で語ることを聞いたことがない。




「こんにちは、アキラさん」


「こんちはー」


 道を行く獣人さんから挨拶された。こうして下の里の中で歩いていると、獣人さんから声をかけられるのはめずらしくない。



 マッシャーリアの里の酒場兼宿屋の予定建物からパンの良い匂いがしてくる。ラメイベス夫人とデュピラスが料理教室を開き、獣人さんの奥さまたちとサンドイッチやらハンバーガーやらを開発しているらしい。


 なんでも冒険者用の携帯食にしたいとのことで、おれが試食者というマウスを務めたからよく知っている。



 試食に出た料理の中には、強烈な香辛料の味がしたものがあったので、知らずに食ったおれは水をがぶ飲みするはめとなった。そういう体験がいくつもあって、たとえいい匂いがしてきても今は近寄らないように、ここはさっさと別の所へ行った方がよさそうだ。



 建物の工事だが、外周の防御施設だけは今でも工事を続けている。獣人さんたちの会議ではラクータに占領され、使われる可能性があるから、工事の中止をしてはどうかの意見も確かに提議されたらしい。


 だがムナズックとエイさんは人族が強襲をかけた場合に、一時的でも食い止める必要があるということで、工事は止まることなく続行することになった。



 色んな会議でおれの出席を求められているけど、可能な限りはお断りさせてもらってる。獣人さんたちが討論し、自分たちの未来を自分たちで決めてくれたいいと思うし、その中で失敗することもあるでしょうけど、それを含めての前進だとおれは考えている。


 間違いは大いに結構、大切なのはその中で経験を積み、同じミスを繰り返さなければ、それがより良い施政につながっていくでしょう。



「串焼きはいかがっすかあ!」


「もらおう。いくらだ?」


「銅貨3枚です。あ、アキラさんじゃないっすか、ただでいいっすよ」


「いや、ただより高いものはないからお代は払うよ」



 里の真ん中は広場、まだ数は少ないけれど、飲食できる屋台がちらほらと出店していた。広場の中央に湧き水を汲めるような水場もあるので、そこで桶を持つ女性の獣人さんたちが楽しげに雑談していた。


 串焼きを買ったおれは広場で行き交う獣人さんたちを眺めながら、それを美味しく食べている。



 工事を中止した建物はそこら中にあるが、獣人族の里にかける人々の情熱が衰えることはない。広場の端に走車が並べられ、そこへ食糧を積み込む獣人さん、家族と話す歴寄りの獣人さんもちらほらと見かける。


 こうして見ると、戦争の前ってこんな変わらない日常が送られているのかなとフッと思ったりする。戦争のないところで生まれ育ったおれに、戦争を実感しろと言われても、実のところおれにもよくわからない。映画とかは転移前によく見ていたのだが、画面の中でしか存在しないものにリアルさなどあるはずもない。



「サッと終わってくれるといいけどな」



 一人で考え込んでしまうと、どうしても思案の方向がネガティブになりそうだ。こういうときは酒を飲んでいると、さらに悪い想像してしまいそうな気がするから、里の中に作ってあるグラウンドへ行くことにした。走って身体を動かすのも悪くない、たまには運動でもしよう。



 グラウンドへ行くと、そこは子供たちが野球の試合をしていたので予定を変更。羊人族の子供と虎人族のチームが対戦しているもんだから、ここは横で試合を見つつ大人たちの所へ行って、おれも野球試合を観戦しつつの雑談で獣人さんたちと日常を楽しみますか。


 ピキシーさんたちは会議があるらしい。参加はしないけど彼らが知恵を出しあって、未来へ向かう道は自分たちで決めてくれればおれも嬉しい。






「第一陣の走車100両が出れば、次は子供と女の第二陣だな。同じように冒険者の訓練を積ませた150人の護衛を付ける」


「はい。第一陣の帰りを待っている間がないですし、走車の数も足りないことですから、歩ける人は歩いてもらうこととなります」


「仕方のないことだ。よもやラクータがこんなに早く動くとは思わなんだ」



 ムナズック、ピキシーにエイたちは各課の幹部を集めて、避難の移動についての合同会議を開いている。



「エイ殿、自衛団の訓練はどうなっているでチュッ?」


「ロピアンの婆さんか。それは問題ない、練度はアジャステッグが訓練ほど高くないけど、里を防衛するくらいはできるように訓練させているのだ」



 都市の運営にあたる各課とは別に、元村の長によって構成される長老院という組織がある。


 長老院は異なる種族の獣人たちが衝突した場合の調整、各課の提案や運営状況を確認するために設けられた組織。急進的な変化は独自の風習を持つ集団に大きな影響を与える場合があると、アキラの建言で元村長さんたちの賛同で立ち上げた。



「今のところは大きな問題が起きていないけど、アキラが救ってくれた同胞たちから聞かされた、ラクータに残されている同胞のことをどうするかだな」


 冒険者ギルドの運営を専念したいムナズックは、長老院の構成メンバーに入ってない。その彼から提示され議題に、会議に参加している獣人たちは苦悩の表情を浮かべている。



 この話題だけはアキラの前で話すべきではないと、獣人たち全員が共通の認識を持っている。すでに色んなことで獣人族を助けているアキラに、獣人族がラクータにいる同胞のことを心配していると知れば、無茶なことして助ける方向に走るかもしれないと、ここにいる獣人たちは全員がそう考えている。



「放っておくしかあるまいな。今の我らにラクータの同胞を助ける手立てはない、したくてもできないからな」


「でも数千人はいるのだ、それを見捨てろというのか!」


 エイの言葉に元村長の誰かが憤慨して、きつい口調で大声を出した。



「助けるのは無理でチュッ、人族は多すぎまチュッ。城塞都市の城壁を破るのはできないでチュッ」


「……それはわかっているが同胞を見捨てろというのはなあ」


 鼠人の長老ロピアンの現実的な意見に、犬人の長老は尻尾をゆっくりと振りつつ、苦渋の声で呟いていた。城塞都市ラクータに犬人の同胞が数多くいるからだ。



「みんなの言いたいことはわかってる、おれ様も同胞を助け出したいと思ってる。だけどおれ様らがラクータから攻められる今、それは到底できない話と知ってほしい」


「……」


「今の戦力では同胞を助けるどころか、自分たちが逃げるのが精いっぱいだ。これ以上ちゃんぴおんに世話をかけるわけにはいかない、おれ様らのことはおれ様らでなんとかせねばならん」


 獣人族の軍を率いるアジャステッグが話したことに、ここにいる全員は納得するというより、今はそれしかできないというような苦悩に満ちた表情で頷くほかになかった。



「ラクータにいる同胞たちのことも大事だが、第二陣の出発を急がせたほうがいいかもしれん。こんな状態でラクータに襲われたら大混乱は免れんだろう。走車で交代しながらの休息でいいから、女と子供は先に上の里へ行かせて、残った同胞たちは万が一の場合に歩きでアラリアの森へ退却させよう」


 会議のまとめでエイが出した意見に、反対する獣人は一人もいない。



 よくぞここまで同胞たちも成長したもんだとピキシーは感心している。過去に歴一度の村長の集いでは、どの種族も自分の種族や村を守るための偏った意見で、協議の進行が荒れていたと苦い記憶しかない。



 アキラという強力な力を持つ人族は自分たちの未来をもたらせてくれるだけじゃなく、獣人を一つの種族として団結させてくれた。その彼へ感謝の気持ちはいまでも絶えることはない。



 惜しむことはアキラが自分の熱い友情を受け入れてくれないこと、それだけがピキシーには残念でならないものだった。


ありがとうございました。

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