第177話 ラクータの軍議が定まる
城塞都市ラクータで今、市民の間でちょっとした騒ぎになっている。誰かが広場で獣人族へ出兵する噂を広めたために、人族至上主義の賛成派の市民と反対派の市民が激論を交わしていると、都市院は報告を受けている。
以前から有事の時に、市民から志願兵を募る旨はすでに公告されていて、それに対する準備も商人の賛同を得た上で、兵糧や武器装備は滞りなく整えてきた。残るは出兵布告の時期を見計らってきたが、獣人族側に先手を打たれてしまったような形になった。
「やはりこの前に獣人を連れ去った人族の男の仕業と思われます」
「そうですね、どういう方法を使ったかは知りませんが、警備の厳しい詰め所を突破するとは思えません。そうなるとこちらが予想できない方法を使用したということになるので、その男が行ったと見たほうが無難と思いますね」
城塞都市ラクータの都市の長は、騎士団長から問われたことを迷いもなく返事してから、騎士団長の隣にいる、怒気をあらわにしている黒い鎧をまとった騎士に向けて話しかけた。
「黒の翼の騎士団支団本部から巫女を奪い去ったのもあの男と思いますよ」
「畜生があ、自分の不在を狙ってくるとは、コソ泥のマネをしやがったクソをぶっ殺してやりたいですぜ」
なおも口汚く罵っている部下から目線を外すと、プロンゴンはカッサンドラスのほうに口を開く。
「メドリアとケレスドグに出兵要請は宣告しましたか?」
「はい、すでに知らせを飛ばしていますので、まもなく出発するかと思います」
「獣人族を監視させている偵察隊のほうは引きあげさせましたか?」
「はい。マッシャーリア村で偵察した強行偵察隊から知らせでは、獣人たちは慌ただしく動いているとのことでしたので、こちらと戦う準備をしているか、アラリアの森へ移動するかと思われます。ただ獣人たちはマッシャーリア村に入ってから部隊を編成させているので、まともな戦力にならないはずです。そのためにアラリアの森へ移動する可能性のほうが高いと考えられます」
「なるほどねえ……それで偵察隊はどうしてる?」
「これ以上の情報を収集させることよりも、今は兵力の集結が大事なので偵察隊を集結地点へ移動させ、現地でこちらと合流するように伝令を出しています」
「結構です。あとは戦をするだけで、兵力の分散は避けておくべきです」
カッサンドラスの報告に頷いてから、プロンゴンは椅子に腰かけると、二人の部下にソファーへ座るように手で合図する。クワルドは横着そうに身を投げるように座り、カッサンドラスは静かに腰をソファーに降ろすと、プロンゴンは執務机においてあるお茶を飲む。
「騎士団長殿、市民から兵を募った場合、今はどのくらいの数になると把握しているのですか」
「普段から軍事訓練を受けている市民兵は約5万ですが、そのうち2万は集まるじゃないかと思います」
「そうですか……商人たちから寄付をもらい受けていますので、市民兵軍事規則に基づいて、参加した場合の給金は一日当たり銀貨15枚を支給します。ちゃんと市民に通達を行ってください」
「はっ」
「それとは別に今回は聖なる戦いとなるため、ラクータの教会から一人当たり銀貨50枚がアルス様のご恩愛ということで、イ・ムスティガル大神官様から支払ってくれるそうですよ。よほど巫女様の誘拐が嬉しかったのでしょうね、そういう意味ではあなたもよくやってくれましたよ、クワルド支団長殿」
「っち、ありがたくない話ですよ」
無礼ともとれるクワルドの態度に、プロンゴンは気にせずにカッサンドラスへ話を続ける。
「今回は都市メドリアと都市ケレスドグから騎士団が800人、市民兵が1万ずつ派兵されるので、こちらが募る市民兵は1万5千人としましょうか」
「はい、わかりました」
「それと都市メドリアと都市ケレスドグの援軍ですが、途中で合流できると思いますから、こちらへ向かわせずに、直接マッシャーリア村へ向かわせるようにすぐに知らせなさい」
「はい」
「輸送部隊は足が遅いですため、先行部隊として5千人の市民兵を先に募った上、護衛の騎士団員を500人つけて、兵糧や装備を積ませてから行かせてください」
「はい、手配します」
「長期戦を行うつもりはありませんので、できるだけ手早くやってほしい。期待させてもらいますよ、カッサンドラス騎士団長殿」
「微力を尽くします。ところで旗印はどういたしましょうか?」
「今回のために特別に仕立てたものがありますよ。ラクータの教会から神教騎士団も同行するから、これはアルス様の名のもとに獣人族を懲罰するための行動です。アルス神教の巫女の誘拐、並びに相互関係であるにもかかわらず、勝手に村を退去して上で一方的な断絶宣言」
「はっ」
「なにより、アラリアの森に住むと言われる邪なる地竜への帰依です。アルス様のご恩愛に感謝しないばかりか、アルス様のご威光を背く許しがたい行為、厳罰を与えないわけには行きません。今回の旗印は聖戦、ラクータ教会とともに我々は人族の威光を示すべきなのです」
旗印、それは市民に都市としての軍事行動を説明するときに最も重要なもの。進行する軍の本隊に掲げられ、攻める側に見せつけるための正義の印。プロンゴンはカッサンドラスからもたらされた情報を用いて、イ・ムスティガルと密会を重ね、今回の出兵のために理由を練り上げ、旗を作らせた。
聖戦にふさわしく見せるため、それは黄金色の生地に縫い上げられた女神が、伝説で語られる槍を持って竜を刺し殺す図になっている旗である。
プロンゴンが指す方向をみると、執務机の後ろに飾られている旗の見本にカッサンドラスは固唾を飲んだ。これであとは突き進むのみ、いまさら獣人族のことについては考えることを放棄する。願えるのはこの偽りの正義を持つ戦争が、一刻も早く終わることだけだ。
「それではぼくはクワルド支団長殿と先陣の打合せをしますので、騎士団長殿は先のことを速やかに遂行してください」
「はっ!」
扉のところで一礼しつつ目を閉じたカッサンドラスは、この後に自分がすべきことだけを思考することにした。戦争は始まり、獣人は死ぬ。
ただ、獣人たちができるだけ早めに降伏することを選択してくれるよう、連絡の仕事が終わった後はラクータ教会へ行って、アルス様にお祈りを捧げようと、騎士団長のカッサンドラスは心に決める。
「オークの部隊はどうでしょうか」
「はい、心配ないですよ。前に消されたやつらは惜しかったのですがそれでも200体はいますから」
「そうですか、わかりました。とりあえずほかの兵を怖がらせてはいけないので、鎧を着けさせたうえで、なるべく目立たないところに控えさせてください」
「はいよ、お任せください」
「先陣は任せます。こちらの本隊の動きに合わせて、先に戦場へ行って整えてきてほしいです」
「でも、それでケモノは出て来ますかね」
クワルドはプロンゴンの言葉に、わずかに不信そうな眼差しを見せている。それを咎めることもなく、プロンゴンは椅子の背もたれに体を預けた。
「全部は出ないでしょうが、間違いなく一部は出てくるはずです。そのためにもここで黒の翼の腕を見せて下さいね」
「はいよ。計画通りに餌を放ちます」
部下からの言葉にプロンゴンは片方の口端を吊り上げる。思いかけないことは確かに起こったけど、結果的に獣人を攻めることを早めることができた。
ラクータの巫女のことにしても、敵がわざわざこちらが処理に苦慮する人物を、労力までかけて引き受けてくれた。その結果に喜んだ貪欲の大神官が、神教にのみ伝わる秘術の行使と神教騎士団の参戦に同意した。
ラッチとかいうバカな敵は、プロンゴンが心からお礼を言ってあげたいくらいの出来事ばかりやらかしてくれた。
戦争そのものを長引かせる気はないとプロンゴンは思案している。マッシャーリア村に進駐して、黒の翼はそこへ駐在させてから長期戦を仕掛けるのは、森に逃げ込んだ獣人を誘き出すための策。そのエサにラクータの獣人たちを使えばいいのだから。
このあとは広場で貪欲の大神官とともに演説するだけ。思えば5歴前によく広場で演説をやっていたもの、あれでラクータの市民の支持と今の都市院で、手足がごとく動いてくれている若者を集めた。
演説の時に、城塞都市ラクータが所有している秘宝である神器の使用を市民に伝えよう。これはアルス様のための聖戦であるため、さすがに市民たちも反対はできまい。
自分の立場を弁えず、何度も敵地に侵入してくるバカな人族は、こっちが策略さえ使えば必ず出てくる。ああいう後先考えないで自分の力を過信するお人よしは、問題が現れれば自分しか解決できないと思い込んでしまうものだ。そこをプロンゴンは利用するつもりだ。
「ぼくはこれからラクータの教会へ出向いて、イ・ムスティガルを誘って、広場で市民たちに獣人族への宣戦布告を行いますので、広場へ行って秩序を保ってください」
「はいな、お任せを」
黒い鎧の騎士はソファーから立つとプロンゴンのいる執務室から出た。プロンゴンは執務机にからコップを取って、すっかり冷めてしまったお茶を一気に飲んでから、その身を椅子に預ける。
これで長らく手を打ってきた獣人の制圧ができ、獣人を支配下におく。多くは森の中へ逃げ込むが問題にならないし、近い将来で完全に支配した獣人がアラリアの森から資源を獲ってくれば、今より多くの都市と交易ができるはず。それでゼノスのくびきから脱して、機を見て交易都市ゼノスへ圧力をかけつつ、いずれは武力でゼノスも支配下におさめる。
思ったより早いこと夢をかなえられそうだ、それなら手を緩める必要もないだろう。流れというのは来た時にちゃんと乗って躊躇なく前へ進むこと、迷いが過ぎると機会を失わせることになる。プロンゴンは椅子から立つと引き出しのほうに目をやる。
「もうすぐだ、もうすぐ始まる……スクア、見守ってくれ」
執務室の扉へ向けて、プロンゴンは思い描いてきた夢を果たすため、迷いのない足取りで歩き出した。
ありがとうございました。




