第175話 マダムは読唇術をお持ちで
「都市の長様は現在会議中で――」
「大変急ぎの御用でございます。これはゼノスの未来に関わることでございまして、貴方にそのご責任が取れるとおっしゃられますか?」
「……少々お待ちください」
侍女さんの気迫に押された取次のお嬢さんが慌てて会議室に入る。見た目はおっとりとした若い女性の外見だが、この侍女さんはなかなかどうして、さすがは都市の長に仕えているだけであって、侮れないやり手のようだ。
「ちょっと強引じゃないかな」
「いいですのよ、これくらいでないと進まない会議がだらだらと長引くだけです。マイクリフテル様はよく怒っていましたもの」
することがないので侍女さんと会議室の外で待つことしばらく、マダム・マイクリフテルが気だるそうな顔で扉を開き、廊下へ出てきた。
「あら、アトロポスじゃない、どうしたの? でも助かったわ、意味のない話をだらだ――」
「お久しぶりです、マダム・マイクリフテル」
侍女さんと話そうとしたマダム・マイクリフテルは、おれの顔を見るなりびっくりした表情を見せ、だけどすぐに満面の笑みを顔に浮かべる。
「アキラじゃないの。エティリアという商人からとても素晴らしい品の数々が届いたのよ、これでゼノスはさらに栄えるわ」
「ところでそうもいかなくなりました」
「え? どういうことなの」
「ラクータはついに獣人族に対して進攻することになりましたから」
その知らせを聞くとマダム・マイクリフテルは険しい顔になり、形のいい口を尖らせた。この人の表情は豊かだな、きっと女優さんを務めても一流だろう。そうだ、前に都市の運営で提案してほしいとか言ってたな。ゼノスの街を回った時に小さな劇場を見かけることはあったけど、中でやってたのは眠たくなるような三流芝居。れっきとした公立劇場でちゃんとした劇を演じれば、市民の観客や観光客も増えるだろうね、それを提案してみようか。
最初の出演者たちは決まってる、ペンドルたち無法者の親分たちだ。あいつらなら素晴らしい役者になれると思う。
話の内容は多くの人に聞かれたくないので、マダム・マイクリフテルは廊下にあるちょっと凹んだ所へ連れて行ってくれた。なるほど、ここなら密談しても聞かれにくいだろう。これはちょっと面白い設計だ。
「あのロクでなしたちぃ、せっかくこれから商品がどんどん入ると思った矢先に……」
「それでこれが獣人族から城塞都市ラクータに出した相互関係の破棄を記載した書類です」
親指の爪を噛むマダム・マイクリフテルへ獣人族の村長たちが書いた書類を手渡す。ゼノスとこれからの関係を想定して、ラクータへ出した同じ内容のものを書いてもらった。
「……これにラクータの都市院の印と都市の長の署名がないわ」
「これまでさんざん虐げてきたのにそんなの必要ですか? これはいわば宣戦布告みたいなもので、獣人族は書面で自分たちの正義を主張したまでです。ラクータは安全を保障する相手に騎士団をさし向けようとしているのですよ?」
「……そうね。わかったわ、これをこのあとの会議で出すわ。ラクータの一帯に住んでいた獣人族に対して、交易都市ゼノスはその自立に支持することをを表明します」
「会議で反論とかは出ませんか?」
銀色の髪を揺らして、マダム・マイクリフテルは嘲弄するような笑いを見せてくる。
「ゼノスの都市院の一部の人はラクータからなにかをもらっていることをわたくしが知らないとでも? エティリアが持ってきた森の資源はそういう人たちを焦らせるに十分だったわ。これはとてもいい機会なの」
「はあ……」
「ラクータが獣人族を配下に収めた後に、目標をこのゼノスに向けてくるのは知っているわ。このあたりでわたくしもゼノスを代表して、ラクータに意思の表明をはっきりしてあげないとね。いつまでもこちらが黙っていると思われても困るのよ」
「……そうですか」
やはりおれには政治はよくわからない。どこでなにをどうすればいいのか、政治家というやつは所属する共同体または地域の利益を最優先に考えるものだが、仮想敵だからといってそのまま戦争に至らない。ゼノスでもラクータの野望を知りながら食糧とか輸出しているもんな。
わからんことを考えても仕方がないので、まずはゼノスをこっちに明確に引き込めただけでも良しとしよう。新しく作った交易路はラクータによって抑えられてしまうかもしれないが、場合によってはゼノスがラクータへ抗議してくれることを期待してもよさそうだ。確かに言えることはアラリアの森で採集される資源を、今のラクータに渡すつもりはない。
軍事力で勝てないなら、貴重な資源を使って経済のほうで戦いを挑もう。なんならラクータの勢力圏から大きく外れた新たな交易路を構築してもいい。とにかく獣人さんたちがアラリアの森に都市を作り上げたら、この地域で第三勢力になれるまで、じっくりと力を蓄えていこう。
「マダム・マイクリフテル」
「なんでしょうか、アキラ」
「獣人族はラクータと軍事力で争うつもりはありません。アラリアの森で独自の勢力圏を築きあげたら、改めてゼノスと協定を結びたいと思います。アラリアの森で獣人族は物資に困ることはありませんので、相互関係というより同盟という形で検討してもらえないでしょうか?」
「それだと獣人族のメリットなんてないじゃないの」
「いいえ、ラクータが変わらない限り、獣人族の潜在的な敵対勢力としてあり続けるでしょう。それではこの一帯の発展を妨げますので、ゼノスとアラリアの森から圧力をラクータにかけつつ、都市メドリアと都市ケレスドグに裏から援助してやりましょう」
「メドリアとケレスドグねえ……」
「彼らをラクータから引き剥がし、最終的にはラクータが孤立させることで、ラクータの民意によってプロンゴン氏を都市の長から引きずり下ろします。そこで初めて、この一帯の平和につながるような首脳会議を行ってはいかがでしょうか?」
「……」
あらら、マダム・マイクリフテルは黙り込んでしまったけど、おれの意見はおかしかったのかな。こうなったらダメ元で言っちゃえ。
「交易路はラクータの勢力圏を迂回するように作り直し、ゼノスと交易して得た貨幣をもって、獣人族が都市メドリアと都市ケレスドグに援助するということで、その貨幣でゼノスが両都市に食糧を輸出してください。これはラクータの経済を圧迫する長期戦、音を上げたほうが負けと考えます」
「……」
「率直に言いますとこれはラクータにかける包囲網、ラクータの軍事力を維持できないように経済を弱らせ、民意を反プロンゴン氏へ傾けさせるが目的なんですよ」
「……」
うわー、ゼノスの都市の長はついに俯いてしまったよ。やはり素人の考えでは無理だったのか、あーあ、おっさん反省だな。
「アキラ!」
「うわっ!」
ガシっと肩を掴まれてしまってるけどいきなりどうしたの? それと目が、目が怖いですよマダム・マイクリフテル。
「いいわねそれ。ずっと食糧の輸出量でラクータを牽制してきたけれど、効果はあるもののラクータ側からの恨みも買ってきたわ。ゼノスとして軍事力でラクータと対抗しようとは思わないの、それはここ一帯の緊張を高めるばかりで被害を被るのは市民だけだわ」
「は、ハア……」
「アキラの策ならラクータの軍事力を削り、都市メドリアと都市ケレスドグへ正当な食糧輸出も行えるわ。獣人族がアラリアの森にいる限り、ラクータも手が出せないのよ」
「そ、そッスね」
「ラクータの市民が都市の長を変えたらその首脳会議に応じてもいいと思うわ。この一帯が繁栄するなら利益を得るのは市民よ、それが都市の長としての一番の仕事なの」
「そッスか、いやあ、マダム・マイクリフテルって偉かったッスね」
お考えはよく理解できましたから手を放してもらえませんか? 爪が食い込んで超再生のユニークスキルが働き出してるんですけど。
「アキラ、同胞たちがアラリアの森に入ったらあなた、このゼノスで働きなさい!」
「謹んでお断りさせて頂きます」
高く買ってくれるのは嬉しいけど、政治は先手を打ってしかるべきで後手に回るのは悪手と思う。おれが獣人さんたちのことでやれるのは今ある事実に対しての処理、必死になって無い知恵で考えた、言わばコケの一念ってこと。政治のノウハウとキャリアがないのに、通用できると思うほど自惚れていない。
それにあんたの許で働いたら死ぬまで扱き使われるがな、ブラックは嫌です。
「まあ、あなたね。わたくしのお誘いをこと――」
「マイクリフテル様、そろそろ会議の時間が再開されると思ういますが」
お、ナイスフォローだ、アトロポスちゃん。片目をつぶってきているのは確信犯ってとこだね、グッジョブだ。あとできみに1樽のワインもどきを贈呈しましょう。
「あら、もうそんな時間なの? まあいいわ。アキラ、会議に参加しませんか?」
「申し訳ないがそろそろ獣人さんたちと撤退の準備をしないといけないので」
「残念ね。アトロポス、会議のお手伝いしなさい。この後の会議は長引きそうよ」
「……」
目を大きく見開いたアトロポスちゃん。口では言ってないけど絶対にあれがガーンって言いたかったと思う。ごめんね、人身御供にさせちゃって。ワインもどきは2樽に増量するので、都市の長の家に届けてから下の里に帰るね。
「アキラ、同胞のことはお願いします。それとくれぐれもラクータと戦わないように気を付けてちょうだい。ラクータの騎士団は神教騎士団以外ではこの一帯で最強なのよ」
「はい、元よりそのつもりです」
「そう。じゃあ、頑張ってね……アトロポス、行くわよ」
「……はい、マイクリフテル様」
ちょっと気落ちしているアトロポスちゃんへ、声は出さずに唇の動きだけで感謝を伝えることにした。お・さ・け・を・た・の・し・み・に。
おれの唇の動きを読んでくれたアトロポスちゃんはパッと表情を明るくさせた。どうやら読み取ってくれたみたい、よかったよかった。
「アキラ、わたくしの分もお願いね」
「……はい」
マダム・マイクリフテルにもしっかりと読み取られたらしい。都市の長になると読唇術は持ってらしゃるのかな。仕方ない、5樽のワインもどきをマダム・マイクリフテル宅へ届けに行くか。
「待たせてすまなかったな、アキラ」
「よっ」
お酒を届けた後で商人ギルドへ足の延ばしてワスプールに挨拶しに来たが、ちょうどワスプールに来客がいたので、美人秘書さん(不倫妄想癖あり)が別室へ案内してくれた。そこでお茶とお菓子を食べているところへワスプールが入って来る。
「どうしたのかな? エティリア様ならもうお帰りになられたはずだが」
「いや、ちょっと報告を兼ねてね。ところでここは秘密の話でも大丈夫かな?」
「うむ。私の執務室を含めて商人ギルドの応接室はちゃんと盗聴に対策してあるんだ。ところでそんな危ない話なのか?」
「ラクータが獣人族を討伐するために兵を起こすことが、危ないかどうかをどう判断するによるんだな」
ワスプールはコップを持った手を口元へ運ぶの動作を止めたが、視線だけは厳しく注視してくる。
「それはまことか? いつ頃になる」
「近々だ」
「ふー……」
コップを机に置いたワスプールが大きく息を吐いた。
「これで業務を終わらせるのでアキラは一緒に家に来てくれ」
「ああ、わかった」
机の上に備えている呼び鈴を鳴らすと、美人秘書のヌビエリさんにワスプールは早退するからこの後の予定を取り消してくれと伝えている。
ごめんねワスプール、せっかく美人秘書さんとイチャイチャのぬちゃぬちゃの予定を中止させた。親友らしからぬ振舞いを許してくれ。
「はい、イチャイチャのぬちゃぬちゃをとても楽しみにしていましたのに、とても残念無念でございます」
「ヌビエリ君はアキラの戯言に悪乗りしないように。それとアキラは今後、いらぬことを口にしないように」
あるえ? またやっちゃったの? これは本当にチャックを購入して口に取り付けないとダメだね。売ってなかったらエルフの高齢長老者に作ってもらおうかな。
ありがとうございました。




