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第173話 モフモフたちと話し合い

 ローインタクシーを使ってニールたちに追いついたおれは、獣人さんたちを護衛しながら下の里へ急ぐことにした。獣人族を生き延びさせるため、彼らとはよく話し合わねばならない。


 それにエティリアのことも気になるので、協議が終えればローインにお願いして護衛に加わるつもり。万が一、ラクータのやつらに襲撃されて囚われでもしたら、おれは絶対に後悔してしまう。



 下の里に着いたとき、奴隷にされそうな獣人たちは同胞に会えた喜びとラクータに残されている同胞を思う悲しみが、慟哭という形で彼や彼女たちは感情をあらわにした。



「アキラ、この度もラクータから同胞を助けて頂き、ありがとうございました。もうどうしたらアキラさんに感謝していいかわかりません」


「いいよ。好きでやっているから気にしないでくれ」


 涙を流すムナズックの肩をおれは叩いてあげた。



「うおー、ちゃんぴおん! 一生ついていくから扱き使ってくれ!」


「だー! 暑苦しいからこっちに来るな!」


 なんでアジャステッグくんの感情表現が抱きつくしかないのかが理解できない。何度おれのレバーブローを食らわせばこいつは治るだろう。



「それよりもみんなに話がある。村長だった者を全員集めて来てくれ」


「おう、任せろ」


 アジャステッグくんが急ぎ足でこの場を離れる。本当は心身の疲れをいやすために、深い睡眠を取りたいが今はそういう場合じゃない。すくなくともエティリアと会うまで、気を緩めることはできない。




「急がせてすまないが、これからおれが言うことをよく聞いてほしい」


 新しくできた学び舎の体育館にみんなに来てもらって、全員が口を噤んでおれの言葉を待っているようだ。中には目を真っ赤にして、先まで泣いていた獣人もいたけど、たぶんおれが連れて帰ってきた奴隷にされそうな同胞からラクータの話を聞いたのでしょうね。



「ラクータへ情報を集めに行ったが、ラクータは近い内にここへ攻めてくる。これは間違いないんだ」


「返り討ちにしてくれるわ!」


「うおーっ!」


 将軍様の掛け声に獅子人族の全員が拳を握りしめ、天を衝かんばかりと両手で気勢を上げている。気持ちはわからないでもないが、現実を知ることが大事だ。



「アジャステッグくん。今の兵力は何人いる?」


「おう。おれ様の種族とムナズックの種族を合わせて、自衛軍に所属している人数は1800人だ。そのうち300人は上の里の護衛に行かせてある」


「1500人か、話にならないな」


「ちゃんぴおん、なにを言いやがるんだ。おれ様らは強い、人族が束になろ――」


「ラクータの騎士団は5500人、警備を省いても最低4000人は出てくるじゃないかな。それに都市メドリアと都市ケレスドグからも兵がくるので、ラクータは二万を超える軍勢で攻めてくるとおれは考えているんだ」


「そ、そんなの関係ないわ! 一人が十人以上殺せばおれ様らは勝つ!」



 強がるなアジャステッグくん、そして精神論で語ってくるな。そんなで戦いには勝てないんだよ。ラクータから下の里までの間は草原地帯が続いてて、地の利を得られる地形は存在しない。まともにぶつかればあっという間に殲滅されて終わりだろう。


 それにこの世界で軍隊の戦い方をおれは見たことがない、悪いけど対応しようがないんだ。



「おれがみんなと話し合いたいのはラクータの攻勢にどう手を打つことだ。まずはおれの意見を述べるからそれを参考に話し合ってくれ」


「お、おう」


 興奮して立っているアジャステッグくんは腰を下ろした。ほかの村長たちも真剣な顔でこっちのほうへ向いてくる。



「まずは野戦でラクータと戦うことは無理。あんたらは一対一で人族に勝てるかもしれないけど、集団戦に長ける人族に勝てる見込みは今のあんたらにはないと考えている。戦争ができるだけの軍事訓練は積んでないし、有効な戦術を持っていないと思うからな」


「……」


「それにここではっきりと言わせてもらうけど、下の里にこもって戦うのは無理と思ってくれ。砦は作ったがここは要塞化されていない。人数で押されたらすぐにやられてしまうだろうし、今の人数だけでこれだけの規模の砦を守ることはできない」


「……」


 アジャステッグくんとムナズック以外の元村長さんたちは青ざめている。ピキシーさんが挙手したので彼へ発言するように手で促した。



「アキラさんの話はわかりました。たとえば自衛軍に所属してなくても、ワタシたちも武器を持って戦いに加えれば女子供抜きでも数千近くの兵数は集められるはず」


 ピキシーさんの意見を聞いたほかの元村長たちもうんうんと頷き、同意を示しているがそれに賛同することはできない。訓練を積んだ正規軍を相手に、にわか仕込みの民兵が勝つことは極めて確率の低いことだ。統率の取れる軍事行動を行う一点だけでも大きな差が出るはず。



「悪いがそれに賛成はしない。戦に経験のないあんたらに迫って来る敵兵を平然と殺せることはできないだろうし、指揮に従って統率された行動がとれるとは思えない。下手に戦うと死者を増やすだけだから、やめとけとだけ言わせてもらおう」


「それじゃどうしたらいいのか!」


 大声を上げるムナズックにおれは自分の見解を示すことにした。



「下の里を放棄してアラリアの森へ逃げ込む。上の里にこもって、あいつらが引くまで待つ」


「ラクータのやつらがここを占領した時、オレらはどうしたらいい」


「そのときはここをくれてやれ。エティリアはゼノスと交易を始めたので、ゼノスは森から資源で利益を上げ、それが続かないことでラクータへ抗議してくれるでしょう。ゼノスなら食糧という資源でラクータに圧力をかけてくれる。それでラクータ一帯の民意が変わった時に和平交渉なり、条約を結ぶなり、こっちが有利になれるまでアラリアの森から出ない」


「……」


「それに備えてあんたらにやってもらいたいことがある。あんたらとラクータの相互関係を破棄する書類を作ってくれ。それをおれはラクータに渡しておくから預からせてくれ」


「あいつらが認めない場合はどうする」


「認めようか認めまいかはどうでもいい。とにかくラクータとは相互関係がないことをこの際にはっきりと示す必要がある。今のままじゃ相互関係があるにもかかわらず、勝手に村を抜け出したから成敗するという理由を与える。それにたとえラクータが認めなくても、ゼノス側に獣人族はラクータと手を切るという意思を表明することができるから」


「わかった、それは書こう。元々こっちもそういうつもりだったから」


 ムナズックの声にほかの村長からも異論を唱える者は現れなかったので、話を続けることにした。



「おれからの建言をまとめるとしよう。敵勢が現れたときに下の里は放棄し、あんたらは全員が上の里へ撤退する。敵勢の確認に自衛軍は10人程度の偵察隊を編成して各方面に派遣し、敵を見つけたときは速やかにこれを報告する」


「……」


「ラクータと相互関係を破棄したのち、それをゼノスに知らせてくる。情勢が変わるまでアラリアの森から出ないこと。以上のことがおれからの提案、どうするかはあんたらみんなでよく話し合ってくれ」


「……わかった。アキラはこのあとどうするつもりだ」


「エティリアを探しに行く。あんたらが決意したならラクータへ相互関係の破棄書類を出しにおれはラクータへお出かけして、ゼノスにこのことを知らせに行く。その後であんたらと撤退する……それくらいかな? それと悪いけどあんたらが話し合っている間ここで寝かせてくれ。連日のことで疲れた、一眠りしたい」


「ああ、わかった。休め、オレらは話し合うから」


「ちゃんぴおん、すまねえ。ちゃんぴおんにおれ様らのことで走らせた。ゆっくり寝てくれ」



 ムナズックとアジャステッグくんの言葉に甘えて、そのまま横になるとおれは目を閉じた。正直言って疲労がたまっている、ラクータにいる間は襲撃に備えて仮眠程度しかしていない。ネコミミの宿がどうこうということじゃなく、万が一に備えることが大切だからな。それに獣人の護衛と巫女のこともあったから、もう瞼が重たくて重たくて、今は一睡を欲しくてたまらない……




 起きたときはびっくり。獣人さんたちが一人も話すこともなく、ジッとおれのほうに視線を注いでいるだけ。横でアベカ君が心配そうにおれを見つめていて、布団を被せてくれたのも彼女だろうか。ありがたいことだ。



「……ごめんな。お行儀が悪くて」


「お気になさらずに。もっとおやすみになってもよかったのに」


 可愛らしい少女から気を遣ってもらって、おっちんは頭をかくしかないじゃないか。



「アキラさん。寝ている間にみんなで話しましたが、アキラさんの言う通り、今のワタシたちにラクータと戦えるだけの準備も兵力もありません。だからアラリアの森にこもります」


「そうか」


 兎人族のピキシーさんがみんなを代表して、討論した結果を伝えてくれた。



「それと大切なことをアキラさんに言わなくてはいけません」


「ん?」


 真剣な面持ちだけどどうしたんだろう。愛の告白なら受け付けないぞ、ピキシーさん。



「城塞都市ラクータに住んでいる同胞たちに申し訳ないですけど、今回は彼や彼女たちを助けることはできません。見捨てるわけじゃないのですが、助けに行ける手立てがないのです。だからアキラさんも無理をしないでください、お願いします」


「……そうか、すまない」


 おれが気がかりしていることを獣人さんたちは総意でピキシーさんの口を通して伝えてくれた。



 できればラクータにいる獣人さんたちを助けたかったが、今となっては到底無理な願い、敵地にいる獣人さんたちを助け出すことはできない。おれ以上にここにいる獣人さんたちは心を痛めていることでしょうが、それでもおれを気遣って彼らは選択した。選択してしまったんだ。


 なんていい人たちだろうか、エティリアを含め、この人たちと出会えるだけでも異世界に来てよかった。人と人をつなげるものは心だということだな。



「下の里の建設はどうするつもりか」


「このまま続けます。上の里と下の里を合わせてワタシたち獣人族の里です、今は放棄してもいつかは取り返せばいいことですから。なあに、先祖の地へ戻るのに何世代を待ち続けてきたわけだから、苦にはなりませんよ」


「そうか」


「はい」



 周りを見渡すとみんなは笑顔を見せてくれている。辛いことも多かっただろうが、獣人さんたちは陽気に振舞って生きてきた。この人たちのためにもうひと頑張りしよう。それが今のおれにできることであり、おれがしたいことでもあるから。


ありがとうございました。

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