番外編 第20話 闇の魔法
集落から森へ行く道に小屋がある。
お父さんはあたしら集落の子供がそこへ行かないようにと言付けてあるから、普段は森へ行くときでも素通りしているの。
ヌエガブフおじさんから教えてもらった話では、昔にアキラのおっさんはその小屋に住んでいたらしいが、今ではノーネームという集落の外から来た人が住んでいるみたい。
たまに集落の中でその人を見かけるけど、集落の人と喋っているところを見たもなく、時折家にきて、大量の魔石や珍しいモンスターの素材をお父さんに渡している。そういうときは、お母さんが部屋から出ないように言われているので、あたしはいつもお姉ちゃんとお喋りして、そのノーネームさんが家から出ることを待つ。
でもね、みんなは気付いていないけど、そのノーネームさんはどこかで見たことある気がする。なぜかはわからないけど、すごく親しみをあたしは持っているの、なんででしょう。
陽の日はシャウゼおじさんが、お姉ちゃんとクレスたちを連れて森の中へ狩猟しているから、剣の練習をしているあたしは妹たちと集落でお留守番している。ニモテアウズおじいさんはあたしらに剣術を教えた後に、たいがい酒場へ行くのね。
あるときにいつものように剣術の訓練が終わり、妹たちからお花畑のお花で冠を作ろうと誘われたけど、お母さんが調理に使う香草が無くなっているので、あたしは森の中へ取りに行くつもりため、妹たちのお誘いにお断りしたの。
お父さんもお母さんも、村に来る昔の仲間を迎えにテンクスの町へ行ったわ。お母さんから教わった料理を作れるので、一人のお留守番でもあたしは大丈夫。
森に入る前、その小屋の前を通る時に、アキラのおっさんがここに住んでいたと、小屋を見ながら物思いに耽っていると後ろのほうから声がした。
「ファージン所の娘か、オレになんか用か」
振り返るとノーネームさんがあたしを見ている。
よく見るとこの人は格好いい顔付きしているのよね。ほっそりして剽悍そうな体付き、集落で見たときも思ったが無駄のない動き。無法者のケンカや殺し合いを見たことあるあたしにはわかる、この人はとても強いの。
お父さんとお母さんは凄腕、それはあたしでもわかるくらい。でも目の前にいるノーネームさんは、なにが強いかと言い表せない、それは底の見えない強さと思うのね。
しかし何度見てもこの既視感は消えない。やっぱりこの人は見たことあるの、確かにあれはそう、あの人だわ。
「……アキラのおっさん?」
「……」
なんででしょうか、この人は若くてとても格好いいのに、なんでアキラのおっさんが思い浮かべたのでしょう。冴えなくてうだつが上がらないおっさんが、こんな格好いい人と比べられないのに。
「面白いことを言う娘だな。名はなんだ?」
「ディレッドです」
「お前はアキラを知っているのか?」
「え? ノーネームさんはアキラのおっさんを知っているんですか!」
「そうだな……この世界でオレほどあいつのことを知ってるやつはいないと思うぜ」
「アキラのおっさんのことを教えて下さい!」
それがあたしとノーネームさんがお話するようになったきっかけ。自分の中での感覚だけど、この人は悪い人と思えなかったの。
あたしとノーネームさんがお話していることはすぐに集落で知られた。小さな集落だもの、知られないほうがおかしい。
お父さんとお母さんはノーネームさんが住んでいる小屋へ行って、なにか話し合いをしたみたいけど、別にあたしにノーネームさんと話しちゃダメとは言わなかったわ。
ノーネームさんは時々集落からいなくなり、そして似ぬ食わぬ顔でまた舞い戻って来る。どこへ行ったかは聞いても教えてくれないし、知らない言葉を話すことがあるの。
「チートあるのにモフモフとばかり遊んでやがる。まったく見ていて飽きないやつだ」
「え? なに? ちーと? もふもふ?」
「こっちのことだ、気にするな」
「うー、教えてくれてもいいじゃない」
森で野菜とか香草とか採りに行くときに、ノーネームさんはすることがない場合、あたしについて来てくれる時がある。
「お前は将来なにがしたいんだ」
「うーん。よくわかんないけど、お父さんが若い時みたいに冒険者とかがいいかな? 剣はへたくそでよくニモテアウズおじいさんに笑われるけれど」
「ふーん……強くなりたいのか?」
「そうよ、強くなりたいわ。誰からもなにも奪われたくないの、もう二度と」
あたしは前に自分の生い立ちをノーネームさんに言ってあるの。なんだか気分的にアキラのおっさんと話しているみたいで気楽だったからかな。
「ねえ、ノーネームさんって強いでしょう? あたしに教えてくれないかな」
それはただ気まぐれに言ってみただけ。よくある子供が大人にものをねだっているような感覚で、あたしはノーネームさんに話してみた。期待なんてしてないし、たぶん笑われてお終いと思ったの。
だからね、ノーネームさんがあたしの顔をジッと見つめてくることがちょっと怖かった。
「……む、無理なら別にいいわ」
「……いいぜ、強くしてやる。あいつが拾ってきたならお前に強さを与えてもいい」
「え? な――」
ノーネームさんはあたしの肩を掴むと、体になにかが入り込んでくる感じがした。そのわけを聞くこともできなくて、あたしはそのまま気を失った。
気が付いた時にあたしは小屋の中にいる。周りに野菜や香草がたくさんあって、ノーネームさんは横に座っていて、ニモテアウズおじいさんとお酒を飲んでいる。
「お前のために言うけど、このことはほかの人に言わないほうがいい。ファージンにはオレから伝えておくから、今度の陽の日からオレと修行だ」
「え?」
「おめぇも物好きだな。こいつを鍛えてどうしようってんだ、ノーネーム」
「別に。アキラが助けたやつだし、オレのことを恐れなかったからこういうのは縁というもんだろう。もっともこいつ以外に教えるつもりはない」
「そうしてくれ。おめぇはおっかないやつだ、あまり人と関わるな。酒を飲みたいときはわしを誘え、お前が出すぶらんでーというお酒はうめえから」
「ああ、そうさせてもらう。だから死ぬなよ、爺さん」
「けっ、ぬかせ」
あたしに言いつけしてから、ノーネームさんはニモテアウズおじいさんと飲みながら話し込んでいる。二人はなにを言ってるのだろうと思ったけど、とりあえず野菜や香草をお母さんに早く渡したいと思ったわ。
自分にびっくりすることがあるなんて思いもしなかった。剣の稽古の時にニモテアウズおじいさんが振って来る木の剣が見えるの、見えてしまうの。もちろんその後は木の剣に当たり、あまりの痛さにわんわんと泣いてしまったけどね。
どういうわけかはわからないだけど、お父さんはあたしがノーネームさんの許で修行することを許してくれたわ。お姉ちゃんとクレスは心配していたけど、あたしがノーネームさんはアキラのおっさんとどこか似ていることを教えたら、クレスが走って行って、ノーネームさんをつかまえてマジマジとその顔を見つめたことがとても面白かったわ。
「うん、ディレッドの言う通りよ。でもアキラのほうが格好いい」
「……ええ、そうね」
クレスがアキラのおっさんのことを好いていることはあたしにもわかってる。でもね、一般的にいう顔の良さならノーネームさんよ、アキラのおっさんは親しみのある顔と思うけど、それが格好いいと表現はないわ。ええ、ないわ。
最初の修行の時にあたしは驚いてばかり、自分にね。だって、魔法が使えるですもの。
「どうやら人族は魔法陣なしでは魔法が使えないらしいが、お前はそんながなくても使えるようにした。さきのようにイメージ……魔法の印象を頭で浮かばせるだけで撃てるからな。体に浮いている今の魔法陣はただの偽装。魔法陣がいらないときはそういうふうに思え、それで消えるはずだ」
「は、はあ……」
なにを言っているのがよくわからないけど、あたしは魔法使いになったことだけは理解したの。これってちょっとすごくないかな。
それからノーネームさんは色々と教えてくれたの。体捌きや武器を使いながらの魔法撃ちとか、とにかくあたしは日に日に自分が強くなって行くことはようわかるわ。
剣術は今でもニモテアウズおじいさんから教わっているが、ニモテアウズおじいさんに言われて、ヌエガブフおじさんとお手合わせしたけれど、いつの間にか対等に戦えるようになったのね。自分じゃない自分がちょっとだけ怖い。
「今から実戦だ、モンスターと戦ってもらう」
「ここ、どこですか……」
目を閉じれと言われてから滑るような感じに襲われた。目を開けたときにあたしは岩山みたいなところにいた。ここはどこでしょうか、集落の近くにこんな場所なんてないはずよ。
「その前に最後の魔法を教える」
「あのう……」
ノーネームさんはあたしの質問を無視した。
「お前はすでに使える魔法だけど、今までは戦闘技術の修行に集中するために言わなかった。イメージは簡単、なにも阻めない、全てを突き抜ける」
手を前方にかざしたノーネームさんは黒いなにかを射出し、そこにあった硬そう岩をいともたやすく貫通させた。
「闇の魔法。魔法防壁すら防ぐことのできない、この世界に住むあらゆる種族において、この魔法の使い手はお前たったの一人だ」
「……」
「ただし調子に乗るなよ、莫大な魔法量を持つやつに、お前ではダメージを与えることはできない。たとえば精霊とか、名付きのドラゴンとかな」
「は、はあ」
なにを言ってるのかよくわからないの、でも一つわかったことがある。それはノーネームさんはやっぱり人ではなかったということ。闇の魔法の使い手があたしだけというのなら、それを使えるノーネームさんはどの種族でもないということだわ。
「やってみろ」
「え?」
ノーネームさんが手を振っただけで目の前に五つの首を持つモンスターが現れた。なにこれ、こんな化け物なんて集落の近くで見たことがないわ。
なにがなんだかわからないまま、あたしは修行した通りに手をモンスターのほうへ向けて、ノーネームさんがしたように、黒い何かを思い浮かべてからそれを前へ飛ばす。五つの首を持つモンスターは大きな叫びをあげたので、びっくりして触発されたあたしは次々と闇の魔法を撃ち出した。
フッとわれに返ったとき、五つの首を持つモンスターは倒れて動かなくなっている。え、なに? 何が起こったの? あたしが倒したの?
体の奥底から何かが溢れてきそうな感じで力が漲ってくる。
「レベルアップか」
「え?」
「次行く」
「はい?」
もうなにがなんだかよくわからないまま、あたしは現れた五つの首を持つモンスターを闇の魔法でとにかく倒していくだけ。
もったいないので、五つの首を持つモンスターの心臓の近くから大きな魔石を剥ぎ取ってきた。集落へあたしを連れて帰って来たノーネームさんは自分の小屋へ戻ったの。
家に帰ったあたしは、心配そうに待ってくれたお母さんに魔石を渡してあげた。これで集落の役に立つといいなあ。
「八等級の魔石……ディレッド、これはどんなモンスターから取ってきたの?」
「え? あたしもよくわからないですけど、首が五つあって――」
「ヒドラ! ディレッド、あなたヒドラと戦ったのね!」
あたしの肩を掴んだお母さんは、今まで見せたことのない怖い顔で迫ってきている。あの五つの首を持つモンスターはヒドラなの? 死んだお父さんが聞かせてくれた物語で出てくる、お姫様をさらって、王子様が苦しい戦いの末にやっと倒してお姫様を助けたという、あの怖い化け物のヒドラなの?
「どした、大きな声を――」
「あんた! ノーネームのやつはディレッドにヒドラを戦わせたのよ! もう許さないわ。いくらアキラの知り合いでも、やっていいことと悪いことがあるわ!」
お母さんが聞いたこともない怒声で張り上げたの、お父さんも目を細めて好戦的な顔つきになったわ。はやくあたしが誤解を解かなくちゃ、お父さんとお母さんをノーネームさんと戦わせちゃダメ。もう、亡くしたくないの。
「大丈夫よ、お父さん、お母さん。あたしが全部倒したから、何十匹も倒したの!」
「何十匹だと……」
「ディレッド、あなたなにを言ってるの? ヒドラは上位のモンスターよ? それをあなた一人で倒したというの?」
「はい、魔法で倒しました」
ノーネームさんからもらった擬装用の魔法の袋から、数十個の大きな魔石を取り出した。あたしはノーネームさんからインベントリーという空間魔法を教えてもらったけど、人に話してはいけないと言われたので、ヒドラの皮で魔法の袋を作ってもらった。
「……」
お父さんとお母さんは無言のままで顔を見合わせている、先まで上げていた気勢もなくなったみたい。よかった、二人がノーネームさんと戦わなくて本当によかった。
その後にお父さんとお母さんはニモテアウズおじいさんに連れられて、ノーネームさんから話を聞くために小屋へ行ったらしく、ノーネームさんはあたしの底力を上げたいからモンスターと戦わせたって言ったみたい。あたしが十分に強くなったということで、今後は集落で育てればいいってことになったらしいの。
ノーネームさんから教わる修行はそれが最後、あれからノーネームさんがあたしに教えることはなくなった。お父さんとお母さんはホッとした顔であたしを抱きしめたの。本当にずっと心配していたみたい、心配かけてごめんなさい。そしてその気持ちはとても嬉しいの。ありがとう、お父さん、お母さん。
でもね、二人に言えないことがある。実はノーネームさんからすごい装備をもらったわ。なんでも黒いローブは攻撃魔法の殺傷力を大幅に減軽の上、物理攻撃を無効化させるらしいけれど、なんのことかはあたしもよくわからない。大きな杖もね、魔法の威力を上げてくれるし、どのような武器でも自在に変化できるとノーネームさんは説明してくれたわ。
「いつかお前が冒険者になった時に使え」
「はい、ありがとうございます」
「精霊とか名付きのドラゴンと戦うなんて思うなよ、守護の眷属は化け物揃いだからな。それ以外のモンスターは大丈夫だろう、お前ならいつかはドラゴンスレイヤーになれる」
「どらごんすれいやー?」
「そういうことだ」
「はあ……」
どういうことかは今でも理解できないけど、もらった装備は今でもインベントリーの中に入っている。いつかニモテアウズおじいさんから冒険者になってもいいというときに使うつもり。
日常は過ぎていく。ニモテアウズおじいさんに鍛えられ、イ・コルゼー神官様から回復魔法を教わったあたしはシャウゼおじさんに連れられて、お姉ちゃんたちと一緒に森へ狩猟しに行くようになったわ。ノーネームさんと会って話す機会はグッと減ったのね。
いつも思う、なにかが終わる時って突然にやってくるわ。
お父さんから皮のなめし方を教えてもらっているときに、玄関の扉が勢いよく開いた。お父さんとあたしが目を向けると、ノーネームさんがそこに立っている。
「アキラが危ないからオレはもう行く」
「なっ! あいつが危ないだと? 俺らも手伝いに行く!」
「無理だ、オレにしかできないこと。お前らを連れて行くつもりはない」
「ノーネームさん、アキラのおっさんはどうしたのですか!」
お父さんに返事したノーネームさんは、あたしの問いに滅多に見せない微笑みで答えてくれた。
「オレが行けば問題はない。お前は自分の夢をかなえろ、その道のりでアキラに会うこともあるだろうよ。唯一の弟子よ」
「……」
見抜かれていたわ、あたしがアキラのおっさんに会いたがっていること。会って、ちゃんとお礼を言ってあげたいこと。
「お前にアキラのことを任せてよいのか?」
「オレ以外に守護の眷属しかできないのだろうな」
「守護の眷属?」
今でもノーネームさんが言ってることを理解できる人はほとんどいない。集落ではニモテアウズおじいさんとイ・コルゼー神官様しかわからないみたい。二人ともノーネームさんが集落に来たとき、即座に受け入れを決断したとお父さんから聞いたことがある。
「世話になった。アキラと違って、オレはここへ戻ってくることない。もう心配はしなくてもいいぞ」
お父さんの顔がちょっと赤くなって、心当たりがあるみたいなのね。でもあたしは違う。ノーネームさんとお話もしたし、魔法とかも教えてもらったのでお礼はちゃんと言わなくちゃ。
「ノーネームさん!」
「なんだ?」
「あたしが強くなったのはあなたのおかげです、お礼をいわせてください。ありがとうございました」
「お前が強くなったのはお前にそういう思いがあったからだ。強くなりたいと思う限り、今よりも強くなれるだろう」
「はい!」
「じゃあな、人族と戯れて楽しかった」
それだけを言い残すとノーネームさんは扉から出て行った。
あたしとお父さんがその後を追いかけたけど、出てすぐなのに、もうどこにもノーネームさんの姿が見えない。本当に消えたの、消えてしまったの。
「やはり人外たぐいであったか……」
お父さんの呟きにあたしも同意するけれど、お父さんのようにホッとした感じじゃない。
あの人はあたしに魔法を教えてくれたお師さん、アキラのおっさんの面影を持つ人。いつになるかはわからないけど、きっとあたしは誰もが認める凄腕の冒険者になるわ。
絶対にどらごんすれいやーのディレッドになってみせますから。
ありがとうございました。




