番外編 第19話 対をなすもの
見た所ここはなにもない砂漠だが、なぜオレという存在がここにいる? 思い返してみよう、オレというものを。
母なるアルスの星は彼女を汚すものを許さない、それはわかっている。いにしえに自分を守るためいかなるものも生きることもできないように自らを魔素という星の活力で星そのものを覆い尽くした。
それは強大なるものと出会うまで続いていた。強大なるものは母なるアルスの星と意志を交し合って、大地に生き物を生かすために星が変革することに母なるアルスの星は同意した。
それからは強大なるものが二体の守護という調停役を残して、思念という意志が流れ込むようになる。母なるアルスの星は魔素を星の地中に引っ込めて、時には発生してくる生き物に分け与えて、時には強大なるものにお願いされた通り、生き物の試練となるモンスターが誕生する源として湧き出させている。
母なるアルスの星とともにいるオレにもわかる。彼女はただこのままあり続けていたい、降り注いでくる岩にも、自分を壊しかねなかった大きな星降りにも耐えてきた彼女、母なるアルスの星は星間にいるだけで満足している。
だから、生き物が大地を乱すように大きな争いが起こったときは動かない緑の生命だけを生かして、動ける生き物の全てを滅亡させるだけの存在を生み出そうとした。このときは二体の守護者と強大なるものが生き物の争いをやめさせたので、母なるアルスの星もそれ以上のことはしようとしなかった。
この星に異界から来た異物が入り込んでいる。それは思念という意志ではなく、具体化した生き物として母なるアルスの星の大地に降り立っている。そいつは長い間にこの星を彷徨っていたが、時空間が停止している状態では母なるアルスの星も手の出しようがない。
強大なるものがそいつにこの大地にいることを許可されたらしく、どこかの生き物が集まる所にいる。ああ、これでわかった。母なるアルスの星はその異物が星に異変を引き起こすかどうかを見極めるためにオレという存在を産み出したんだ。
砂漠にはたまに空間が歪んでどこかの異界から思念という意志が入り込んでいる。それらはすぐに散ってしまうものだが、目の前にあるのは異物が残した消えない思念、オレは手を伸ばしてそれに触れることにした。
「はは、はははは! そういうことか」
そいつが残した思念を吸収したオレはそいつが持つ知識というものを得ることができた。面白いじゃないか、あいつが住んでいた異世界というのは。この星と違う星の存在は母なるアルスも数々の思念で知ってはいたがどれもぼやけたものばかりだった。オレを通して鮮明で新たな知識に母なるアルスの星も今までにない興味を持つ。
「召喚、竜王バハムート!」
そいつの知識で言うなれば、オレの身体は魔素で肉体というものを構築している。母なるアルスの星から無限に供給されている魔素でオレはどのようなものも具現化させることができる、異世界の知識からするとこれはチートというやつだな。
オレの頭上には黒く染まって鈍く光っている大きなドラゴンが虚無から姿を現した。これがゲームというやつでいうと召喚術というものだな。
「戻れ」
『承知、主殿。』
力の行使に満足したオレは竜王を魔素に戻して消えさせた。
「凍てつく氷原! マ〇ャドっ」
魔法というものを試した。オレがイメージした通り、目の前は砂漠であるにも関わらず、辺りは全ては凍り付いて一面が氷に覆われている。氷が太陽の光を反射して、輝くように煌めいている。さしずめ美しい異様な光景になっているともいえるだろう。
「イージスにエクスカリバー!」
そいつが持つ知識から構成した強力な盾と剣を生み出し、それを手にしてから剣を抜いてみる。これは中々の業物であることもオレには理解ができた。ほかにもアルスにない鎧や兜を作り出すこともできるが、今はほかに試したいことがあるので次の機会にしよう。
両手を空高くかざして、母なるアルスの星から力を得る。いまに必要なのはそいつの知識でいうと引力というものだ。星の外縁ににある浮遊している固体物質、それを一つだけ星に引き寄せると思い浮かばせた。
「星降るメテオっ!」
今は昼という時間であるにもかかわらず、空に一筋の尾を引いている燃え盛る岩が地面に目掛けて降り注ごうとして、その雄大な光景はオレの心を震わせていた。
「ははは、できたぜ」
星が降って来るのは、もうだれにも止められない。肌に空気の震動と熱気が伝わってきて、いまにも落ちてくる隕石が地面と激突しようと、オレは陶然として落下してくるそれを見ながら、これから起こるであろうの天変地異にワクワクして期待している。
星が降った瞬間に、砂を空へ撒き散らす大爆発が大地を揺るがした。
ゼノテンスの大森林地震が起きている、震度はせいぜい1か2程度であったがおれの腕にしがみ付いてくるエティリアの怯えようは尋常じゃなかった。
「……あわわ、アルス様がお怒りだもん……」
「大丈夫だよ。これは地震というものだ、エティは地震に遭ったことはないのか?」
精霊王は意味もなく地震を起こさない、そもそも異変を起こすことを嫌っているはずだから幼女がこんなことするわけがないとおれは信じている。
「じしんってなあに?」
「うんまあ、星の活動というか、自然現象のひとつだな」
「意味がよくわからないもん。でもやっぱりアキラっちは物知りね、何でも知っているもん」
「それほどでもないよ」
腕にしがみ付く力を緩めないまま褒めてくるエティリアに、照れ臭そうにおれは返事をした。地殻変動とか断層とかのことを言っても、きっとわかってもらえないし、説明がやたらと長くなるのでそれはやめることにした。
「ほら、もう止んだだろう? 心配することないよ」
「うん!」
地震のおかげでエティリアの中で、おれの株が上がったことに舞い上がっているおれは、爺さんと幼女がドラゴンと精霊を遣わして、この異変を調べさせていることなど知る由もなかった。
「あははは、こんなすごいことになるなんて思わなかったよ。ごめんなさい、母さん」
母なるアルスの星からのきついお叱りを感じたオレは笑いながら謝っている。隕石の衝突でオレの身体も高温の燃焼で消滅したが、ようやく再構築を終えたばかり。異世界からきたあいつが消えない限り、オレも消滅することがないように、母なるアルスの星はオレを生み出している。
いわばあいつとオレは対をなす者だ。
隕石が激突した瞬間に母なるアルスは魔素を大量に使って、被害を最小限に止めることに成功した。爆発の粉塵だけは気流に乗って、これからアルス・マーゼ大陸を漂い、降り注ぐことになるだろうが、星の自然に影響することはそんなにないと思う。出来るだけ小さな固体物質を選定してよかった、オレはオレを褒めたいと思ってる。
「さて、行こうかな……うん?」
オレのほうを目指して、なにかが遠くから近付いてくるのを感じることができた。ここで待ってやっても良いが、どうもそれらは二体の守護に関わっているみたいだ。ここはひとまず会うのは避けることにして、得た知識で気配というものを最小限に抑え込む。
「すぐに会いに行ってもいいけど、あいつの表現でいくとそれでは芸がないということだ。あいつに関する情報をしっかりと入手してから見極めに行くというのもありだ」
魔素があるところなら、オレはどこへでも直ちに行くことができる。そいつの気配をどこかの森の中にいることは探知することができたが、ここはあいつの足跡を辿ることで、その人となりを探ってみることにしよう。
母なるアルスの星に害する者であると判断が下ればその場で滅する。そうでないというのであれば、母さんも違う決断を下すかもしれない。そのためにおれという存在がここで誕生したわけだから。
「思念とかいうやつを、もうちょっと触れてから旅立つか」
いまでもこの何もない広いだけの砂漠には、異世界から思念が流されてきているので、おれはより多くの概念を得るために、この場から離れることにした。
「カミムラアキラ、お前はどういうやつかは知らないが、この大地を大事にするやつであることを願うぜ。そうすりゃオレも長生きができるってんだ」
言い終えてから、オレは自分が口にした考えに苦笑しそうになる。知識を獲得したおかげで、どうやら生に対する概念に執着心を持ったらしい。
砂漠を一回りしたら、まずはあいつが残した気配からすると、どこかで立ち寄った少数の生き物がいる集落を、第一の目的地としたオレは母なる大地での第一歩を踏み出した。
アルス砂漠で原因不明な大爆発という異変は、辺境に住む種族の間で大きな噂となり、それはアルス・マーゼ大陸に住むほかの多種族にも伝わることになる。
ありがとうございました。




