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第171話 ゼノスの奇跡よ再び

「どなたか存じませんが、助けいただきありがとうございます」


「人族、先は悪いことしたな。許せ」


「色々とお話したいこともあるでしょうが、今は逃げることが先だ」



 多重魔法陣の回復魔法でラクータの巫女様イ・メルザイスを治癒した。すでに時間が立ち過ぎているので、残念ながら両目を治すことはできないがそれでも彼女の命は失われずに済んだ。


 リスの形した水の精霊マウに真珠で魔力を回復させたらきれいな姿に戻っている。



「ありがたいお話ですけれど、イ・ムスティガル様に疎まれているあたしは教会に戻っても再び囚われてしまうことでしょう。せっかく助けて頂きましたがせめてあなただけでも生き延びてください、勇敢なあなたにアルス様のご恩愛がありますように」


「人族、巫女は自分が守るよ。早く逃げろ」


 奈落の仮面を被って精霊にはおれが人族であることはバレている。それはいいのだが早くいかないと騎士団のやつらが戻って来るじゃないか。



「巫女様、どうかおれを信じて下さい。行き先はゼノスの教会です、そこならラクータ教会も手が出せません。おれに逃げる方法があるので今はとにかく任せてほしい、あなたを助けらたアルス様も喜んでくれるから」


「……」


「変わった人族だね、君から精霊の匂いがするけどどういうことかな?」


 鼻のいい精霊だ、先までおれはローインといたからな。それにしても精霊に匂いがあるなんて初耳だぞ? これからローインタクシーに乗った後は入浴しよう、エティリアに精霊くさいとか言われたら傷つきそうだ。その前に精霊の匂いってどんな匂いであるかを知りたい。



「巫女様、御決断を」


「巫女、この人族に助けてもらおう」


 リスが懸命に巫女へ語っているけど巫女には聞こえないはず。精霊王(ようじょ)の祝福を受けていないとお付きの精霊は強化されないと思っていたが、ローインの祝福を受けたネシアに付いているペッピスは強化されたがそれはどういうことかな? エデジーさんはローインより弱いはずもないけど、なぜローインの祝福でペッピスは顕現できたのだろうね。うーん、よくわからん。



「……わかりました、あなたにあたしの命を託しましょう。それもアルス様のお導きかもしれません」


「お願いするよ、人族」


「お任せください、必ず助け出してみせます」


 渡した闇カラスのシュルコートウベールを羽織った巫女を左の肩に抱えて、リスの精霊を頭に乗せたまま牢屋から出た。いまだに倒れている騎士を無視してそのまま一階まで駆け上がる。巫女がいると気配遮断を使っても経験豊富な騎士なら巫女の気配を察知されてしまうでしょう。


 巫女を救出したのなら無事に脱出するほうが大事だ。強行を覚悟で空いた右手にマンイーターを握りしめて、敵と遭遇したら戦闘する決意を固める。




「あ? 誰だてめえグワ――」



 全力疾走で玄関へ向かい、途中で出会った騎士は急所を狙うことなくただ斬り倒す。玄関ホールで数人の騎士が騒ぎを聞きつけたので駆けつけてきたが、その相手するよりも、とにかく今は外へ出ることが先決だ。



「侵入者だ、逃がすな!」


「地下牢へ行ってみろ、誰かが攫われているぞ」


「あれは巫女だ、ほかのやつらは手と足がない!」



 玄関の扉を守ろうと二人の騎士が行く手を塞ごうとしたが、一人目を斬り倒すとと二人目はおれの頭上から水魔法が飛び出し、そいつを吹っ飛ばした。



「やるなマウ」


「人族こそ」


 玄関の扉を蹴り飛ばし、建物の外へ。あとはローインを呼べばゼノスの教会まで飛んでいくだけ。




「ローイン、このまま空へ!」


 風はおれと巫女にリスの精霊を包むとふわりと体が浮き上がる。



「な、なにが起きているのでしょうか?」


「うわうわ、ローイン様だ」


 ラクータの巫女様はおれが手を放しているのに、自分が浮いていることにびっくりしているし、精霊はローインのことに気付いて慌てふためいてる。


 腹いせに黒の翼の本部を壊してやろうかとも思ったが、そうなると競売会の件もあって、ラクータでの騒ぎを大きくするだけだから、いますべきことは巫女様をゼノスへ移送することだ。ヘイト値をためるのもほどほどに。



「ローイン、全速でゼノスへ行ってくれ」


『……了承でござる』


 ん? 風鷹の精霊(ローイン)の反応が悪いぞ、どうしたんだ。



「なにかあったのか?」


『すまほなる異界の神器をメリジーに取られたでござる』


「ああもう、そういうのは後にしてくれ!」


『アキラ殿は冷たいでござる』


「頼むから時と場合を弁えろ、こっちはそいう場合じゃないから!」


『……了承でござるよ』


 おれたちは超高速のローインタクシーで高度を上げながら、城塞都市ラクータの偉観ともいえる城壁が急速に視野から遠ざかっていく。




 うっすらと夜明けが大地を照らす中、ローインはゼノス教会の近くの路地裏に降ろしてくれた。報酬のチョコレートはあとでまとめて渡すということで、まずはラクータの巫女をネコミミ巫女元婆さんへ預ける。


 巫女様をお姫抱っこの恰好でゼノス教会へ駆け足で急ぐ。



「あ、あのう、走っているみたいですがここはどこでしょうか」


「巫女、ここはゼノスだよ」


「巫女様、もうゼノスに着いてます。今から教会へ行きます」


「え? そんなあ、ゼノスまで道のりは遠いですよ? こんな早く着くわけありません」


「本当だよ、もうゼノスだよ」


「嘘じゃありません、詳しい方法は言えませんがもうゼノスです」


 副音声みたいにおれはマウのあとで巫女へ答えているけど、マウの声はイ・メルザイスに届かないので喋らざるを得ないんだよ。



「待たれよ、怪しい者め」


「お待ちになってえ」


「女を抱えて教会になんの用だ!」



 教会の玄関の前で剣を抜き、おれを誰何してくる神教騎士団の騎士たちがいた。よく見るとこの前にイ・プルプルの後にいた騎士団員だった。おれの隠しスキルである有能な眼力(オッパイの見極め)を使えば、真ん中のお胸様の豊かな胸装甲を見間違うはずもない。


 しかも彼女の声はとても可愛らしく、ラクータの巫女のことがなければ、彼女の言われた通りに待ってあげたいと思ってしまうほどだ。ラッキースケベを期待してのことじゃないぞ。



「巫女様に取り付いてくれ、今抱えているお方はラクータの巫女様だ。万難を排して救出してきた」


「……」


「あらあら、あなたは隊長さんと話していた人ですねえ」


 ほかの二人が怪しむような目でおれを見ている中、お胸様は手をポンと叩いて、おれのことを思い出したようだ。



「そうだ、イ・プルッティリアは別命で動いているがおれは命がけで巫女様をお救いした」


「皆様、あたしはラクータの巫女イ・メルザイスです。このお方に救って頂き、もしここがゼノスの教会ならイ・オルガウドとお会いすることはできませんでしょうか?」


 おれの腕から抜け出して、自分の足で立ったイ・メルザイスは顔を覆うタオルを外し、くり抜かれた目の痕を神教の騎士団員たちに見せる。


 衝撃的な光景を見た神教の騎士団員たちは息を大きく吸い込み、しばらくのあいだ動くことができなかった。それから互いの顔を見合わせ、イ・メルザイスのそばへ駆けつけて、彼女を支えるように教会の中へ案内する。



「イ・メルザイスさま、足元にお気を付けください」


「ありがとうございます。皆様にアルス様のご恩愛がありますように」


「アルス様にご感謝を」


 なんでおれはその後ろに付いていたのかと、後で思い出しながら頭を抱えることになった。巫女は救出したんだからもうゼノス教会に任せればいいのに、なんとなく気になったのでその後について行ったのでしょうな。



 だから、ゼノスの奇跡再びということになったんだよ。



『コラァーっ! 遊んでばかりでたまにはこっちに来ーい、このバカァー!』


 子供の甲高い声が脳内を響きわたり、女神像から出た凄まじい波動が教会内の空気を震動させた。



 すっかり忘れていたけど、ここの女神像は精霊王(ようじょ)に直通しているのよねえ。



「アルス様じゃあ、アルス様がおいでなされました!」


「アルス様にご感謝を」

「アルス様、アルス様、矮小なる私たちを守り給え!」

「アルス様、ご恩愛下さいませ!」


 女神像の横で瞑想している老いた神官が跪いて頭を床に打ち付けている。夜明けの前だからか、十数人しかいない信者たちも老いた神官に見習ってその場で絶叫を始めていた。



「次に喋ったら当分の間はローインに言いつけて、あんたはチョコレート抜きの刑にするからな」


 おれの小声に反応して声こそ出さなかったが、反論するかのように女神像から再度凄まじい波動が迸る。



「神威も同じだ!」


 ようやく女神像を沈黙させ、今のうちに早くネコミミ巫女元婆さんへ会いに行こう。そうしようと思って、後ろを振り向くと神教騎士団の三人はおろか、ラクータの巫女まで老いた神官と同じようにトランスしてやがった。



「アルス様にご感謝を!」

「アルス様あ、お導きくださーい」

「我らに英知を、我らに勇気を、アルス様にご感謝を!」


「ああ、アルス様は本当にゼノスにおいでくだされたのですね。もう、あたしは死んでも構いません、どうかラクータの民をお救い下さいませ」



 ……もうおれは下の里に帰ってもいいかな。怖いよ、信者って本当に怖いよ。



「アルス様っ、どうか我らに道を、我らに幸を、我らに英知をお授かり下さいませ! アルス様にご感謝を!」



 聞き覚えのある声のほうへ首を向くと、そこにはネコミミ巫女元婆さんが恍惚状態で女神像に縋りついている。


 よしっ、なにもかも見なかったことにしてこのまま帰ろ!




「そなたは苦労したのじゃ、アルス様にお仕える身としてなんとむごい仕打ちをうけたのじゃ、ウェーン」


「よろしいのですよ、イ・オルガウド様。これもアルス様のお導きなら、この身の全てを捧げようと幸せとしか思えません……シクシク」



 流涙しながら抱き合う巫女様たち。


 今はイ・オルガウドの執務室で巫女様たちの再会を喜び合い、扉の外では先の神教騎士団の三人が警備に当たっている。



「ちょこれーと様、イ・メルザイスをお救い頂きお礼を申し上げるのじゃ。さすがは女神様の御使い、わらわたち巫女の御味方なのじゃ」


「え? あたしを助けて頂いたのは女神様の御使いなのですか?」


「いやいやいや、イ・オルガウド様も適当なことを言うんじゃありませんよ? イ・メルザイス様、これもアルス様のお導き、なにとぞお気になさらずに」



 このくそじゃないけど元ばばあが、誤解を招くようなことは言わんでくれ。イ・メルザイスは見えなくて申し訳ないけど、おれは唇に人差し指を当ててから懸命にイ・オルガウドへ合図を送る。



 口を尖らせて納得しない表情を見せる猫人族の巫女様。くう、かわええなあ。あんたが神に仕える巫女で本当は婆さんじゃなかったら惚れていたよ。


ありがとうございました。

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