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第168話 競売は金貨がものをいう

 競売会の会場はありがたいことに城門近くにある大きめの石造建築物で行われる予定、この距離なら城門まで走りぬけば、なんとか脱出できるだろう。


 気になるのは獣人たちの体力だけ、ひどい目に合っているなら動けないかもしれない。まあ、今から心配しても仕方がないから会場に入ろうか。



 警備はざるというより、たぶんこういう事態を想定していないと思う。厳しい入城チェックに日頃からの巡邏、それにここで騒ぎを起こしても、すぐに騎士団が駆けつけると考えているのでしょう。だからおれは簡単に入ることができた。



 薄暗い会場の中で正面の舞台だけがかがり火で照らされている。照明の魔道具があるにもかかわらず、こういうふうに演出させて、おれは気分が悪くなっていく一方だ。



「おい、なんで来てるんだ。あんたはケモノが作るものを売って稼いでいるじゃないか?」


「ああ、今まではな。ケモノが村を逃げ出したから商品が入らんだよ、腹が立ったからケモノでも買って気が晴れるまで殴ってやるつもりだ」


「あははは、やめとけやめとけ。ケモノは頑丈だからその前にあんたの手が壊れそうだ」


「それもそうだな。帰りに棍棒でも買って帰ろうかな」



 隣で話し合っている人族のクソ野郎の会話に血管がブチ切れそうになった。こいつらにレバーブローを食らわせてやりたいのだがここは我慢が必要だ。畜生が!



「皆様、お待たせしました。本日はご来場ありがとうございます」


「おおーっ!」


 舞台の上で青年があがると大きな声で挨拶をした。その声に応えるように場内から割れんばかりの歓声が上がり、ここにいる人たちは獣人さんを奴隷としてつれて帰ることで興奮しているようだ。


 今はとにかく落ち着けおれ、キレてはいけません。



「本日は皆様に喜ばれる商品を取り揃えております。いつものことですが、ここにいる獣人族は我が市に借金が返済できない者たちばかり50人をとり揃えております。合法的であるため、アルス神教が定めた規律に反するはありませんのでご安心を」


「おおーっ!」


 なにが合法的だ。書類をロクに読めない獣人さんを騙しただけだろうが、立派な詐欺罪だぞこら!



「では進行の時間を考慮しまして、さっそく一人目の奴隷を皆様に見てもらいたいと思います。羊人族の若い女性で、番がいなかった貴重な獣人ですので、皆様も熱意のある競い合ってくださーい」


「うおおーっ!」


 薄い布を着せられた羊人族の女性は屈強な男に連れられて、舞台に上がって来る。自分の体を両腕で抱え込むようにしている彼女を、屈強な男がむりやり腕を剥がすように豊満な身体を会場にいる人たちに見せつけている。



「最初は金貨1枚から始めたいので、どんどん上乗せしてください!」


「金貨1枚と銀貨10枚だ!」

「金貨1枚と銀貨30枚!」

「俺は金貨1枚と銀貨50枚よ!」

「金貨1枚と銀貨80枚!」


 上がっていく競りの値段に羊人族の女性はその目から涙が流され、自分が迎えようとする運命に絶望しているのだろうか。モフモフに涙は似合わないぜ、待っててな、おっさんは頑張るから。



「げへへ、金貨3枚と銀貨50枚」


「おっと、ついに金貨3枚と銀貨50枚が出ました。ほかにいませんか、いなかったら――」


「金貨10枚」


 競売を仕切っている青年が競り落とした鐘を鳴らそうとしたときにおれは声を出した。会場は一瞬で静まり返り、全員が驚いた顔でおれを見てくる。



「あ、あのう――」


「金貨10枚だ」


 うっせいよクソガキが、驚いてないでサッサと進めや。



「金貨10枚ですが、ほかはありませんか?」


「……」


「それでは金貨10枚で売却が決まりました!」



 会場の中は沈黙を保ったままで全員が青年を見つめて、困った顔の青年はおれが競り落とした合図を鐘で鳴らした。


 よし、一人目ゲットだ。



「いやあ、今日はびっくりですね。獣人の奴隷で金貨10枚なんて今まで聞いたこともありません。さあ、皆様、気を取り直して二人目行きましょう!」


「おおーっ!」


「二人目は犬人族の子供です、女の子ですよ。これは大変珍しいですから、せっかくの機会を逃さないようにしてください。それでは金貨1枚から始めましょう!」


「金貨1枚と銀貨30枚!」


「金貨10枚だ」


 もうだるいから次に行こうや。銀貨で積み重ねたらいつまでかかると思ってるんだ、このバカヤロどもが。



「……え、えっと、金貨10枚です。ほかの方はいませんか……」


 そんなのいるならもう声をあげているだろうが、場の雰囲気も読めないのか。




 さすがに五人目にもなると会場からはどよめきの声が上がっている。台上にいる青年もどうやって次へと進めばいいかわからなくなったらしい。



「おい、お前いい加減にしろ! 金貨10枚ばかりじゃ誰も買えなくなるだろうが!」


 おれの胸倉を掴んできているのは先の商人、獣人さんを買って殴ろうと考えているやつだ。ケンカを売ってきたのならちょうどいい、おれもてめえのことが気に食わなかったから。


 そいつの腕を掴むと力を込めていく。



「いて、いてええ、いってええっ! やめてくれえ、いてええ!」


 本当はこのまま骨を粉砕させてやりたいがこれ以上の騒ぎはあとに影響するので、このくらいで勘弁してやる。それに大物が出てきたんだ、そいつらの対応をしなくちゃいけないからこんな小物に構ってる暇はない。



「おい、お前。どこの商人だ」


 黒い鎧を着用している怖い顔の騎士が目の前にいる。鑑定スキルでこいつが黒の翼というおっかない支団長とわかったがその後ろに立っている騎士団長のほうが遥かに強い。しかもそいつも気付いているかどうかは知らないけど、おれたちは一度顔を合わせている。盗賊団が襲撃してきた時に見物していたやつだ。



「商人じゃないけど獣人の奴隷を売っているからと聞いて、それで買いに来たけどなにか」


「生意気な口を聞きやがるぞこいつ。50人もいるんだぞ、それを全部金貨10枚で買うつもりか、ああ?」


「売ってくれるなら即金で買おう」


「はんっ! お前みたいな貧乏くせえやつにそんな大金あるわけがねえ。大方小金をためこんで競売の規律も知らないでアホみたいにあり金を吐かしているだけだろうが」


「じゃあ、金貨500枚出せば売ってくれるんだな」


「お前に金貨500枚があったらな」



 よしっ、言質を取らせてもらった。こいつはちょっとだけ強いけど絶対に脳筋のバカ、後ろで騎士団長が厳しい顔をしているのが見えないらしい。まあ、ここは金貨500枚を積んで見せようかな、擬装用の魔法の袋に金貨2000枚は用意しているから。



 次々と積まれていく金貨の数に黒い鎧の騎士は言葉を失っていた、まさか本当に出されるとは思わなかったらしい。バカめ、てめえの物差しで他人を測るんじゃない。



「きっちり500枚だが数えてみるか?」


「き、貴様ああ……」


「おやめなさい。この人はちゃんと金貨を支払ってますから違法じゃありませんよ」


 腰にぶら下げている剣の手をかけようとしたときに黒い鎧の騎士の後ろから涼しげな声が聞こえてきた。



 眠たそうな目をした青年がおれの前に足を止めて、品定めするように顔を覗いてくる。鑑定スキルですぐにわかったけどこいつは大物どころじゃない、敵の親玉そのものじゃないか。


 城塞都市ラクータの都市の長、その名はプロンゴン。



「今回の競売はあなたのおかげさまで大儲けですよ」


「そりゃどうも」


「よろしければ名を聞いても?」


「ラッチだ」


 カムランで言おうとしたが万が一のことを考えて、フットルスさんやシソナジスに捜査の手が行かないように、偽造の入城書を使うつもりはない。



「そうですか。ラッチさんは獣人の奴隷をラクータから買って、この後はどうされるおつもりですか? さし支えなければ教えて頂けませんか?」


「ゼノスへ売りに行く」


「そうおっしゃっても金貨10枚で仕入れて、獣人の奴隷なんて金貨10枚以上で売れませんよ?」


「売れなければ畑でも作って耕す」



 しばらくの間、プロンゴンというやつはおれの目をジッと見つめていたけど、飽きたように眼差しを小さな机に積まれている金貨のほうへ移した。



「お買い上げありがとうございますというべきだね。ええ、奴隷獣人は全部ラッチさんのものですよ。普通はね、書類を書かなくちゃいけないのですがラッチさんの場合は不要かと思いますけど、違いますか?」


「違わないな」


「そうですか、それでは獣人たちをどこへなり好きなところへ連れて行ってください」


「そいつあどうも」



 プロンゴンは横にいる人に指示して金貨を片付けさせるとともに、獣人たちを連れて来させるように命令した。



「そうそう、ラッチさん」


「なんだ」


 去り際にプロンゴンは笑顔でおれに語ってきた。



「ラッチさんは書類不要でこちらも手続きを省いて助かりました。それで実はですね、ラクータでは入城した時に入城書を記載して頂くように協力をお願いしてます。ラッチさんはちゃんとお持ちになっていると思いますが、それがない場合や記載事項に不備がある場合は、騎士団のほうでお話を伺うことになりますのでご注意を」


「ああ、ご親切にありがとうよ」



 すでに騎士団長と支団長はこの場にいない、おれを逮捕するために部下を呼びに行ったかもしれない。プロンゴンはおれを引き止めるために話しかけてきたのでしょう、どうせ捕まるから金貨500枚もしかっりと頂くってわけだ。セコいなこいつ。


 まあ、気前よく獣人をくれたのも足止めにするつもりだろうが、この状況になることはシミュレーション済み。どのみちラクータとはやり合うんだから、まずはおれのターンということでここは派手にやらせてもらう。




「ご、御主人様……」


 あう、ここにきて御主人様属性回収イベントだ。最初に売られていた羊人族の女性が薄い布を着たままでおれに声をかけてきた。プロンゴンのやつはどうせあとで奴隷も回収するつもりで着替えさせないつもりだろうがそうはいかない。


 おれが買ったんだからおれの物。まあ、獣人さんたちを奴隷にするつもりなんかないけどね。



「あのね、きみたちをこのラクータから連れ出すつもりだ。獣人族の故郷へ帰ろう」


「え?」


 獣人さん全員が信じられないような顔でおれを見ている。



「時間がないから詳しいことはあとでだ。とにかくなにがあってもおれに付いてきてほしい、絶対にきみたちを守るから」


「……」



 おれを見定めるような目で見つめてきていたが、やがて意を決したように全員が頷いてくれた。


 よーし、守るべき人がいるときのおれは強い。ラクータの騎士団なんて目じゃないことを見せてくれるわ!


ありがとうございました。

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