第167話 出撃の狼煙は上がる
「今回の競売会に出品されるケモノは50人です。女が多めですから約200枚の金貨が収益になると見込んでおります」
「そうですか、わかりました。商人たちは獣人の特産品が入らなくなって随分とうっぷんも溜まっているから、女の獣人は高値で売れるでしょうね」
「はい。獣人の特産品の交易に出られないために参加する商人たちは多くいると予想されております」
「その時はぼくも会場へ行きます」
財務担当からの報告を聞いていたプロンゴンは財務担当が去ってから、控えているカッサンドラスとクワルドに小さな箱を開けて、その中身を見せる。
「これはなにか知っていますか?」
「きれいな石ですね、それがなにかは存じませんが」
「へええ、騎士団長様にも知らないことはあるんだな。それはなんですか」
自分のことは棚に上げて、皮肉を言ってくるクワルドをカッサンドラスは無視することにした。
「光る石ですよ。大昔はアラリアの森でしか取れないという魔力を補充できる貴重なものです。獣人がアラリアの森に地竜に追い払われてから入らないものとなりましたが」
「はあ、それがなにか……」
要点を得られないカッサンドラスに、プロンゴンは小箱の蓋を閉めてから眠りそうな目をして、自分の椅子に座る。
「ゼノスにいるラクータの商人がゼノスの闇市で買ってきて、ぼくが買い付けた物ですよ。一つ金貨150枚でね」
「金貨150枚……」
「ヒュー、高え」
驚いている騎士団長と支団長の声に、プロンゴンは悪戯が成功したかのように笑って見せた。
「その商人の話によるともっと数はあったのですが、闇市の競売でどんどん値段が上がり、資金がなかったために断念しただそうです」
「はあ……」
「長様よ、悪いけど話が見えて来ませんよ」
黒い鎧を着ているクワルドは少しだけ苛立ちげに髪の毛をかいているので、プロンゴンは微笑んだまま部下たちに説明することにする。
「獣人たちは間違いなくアラリアの森に入った、そこで採集したものは我々ラクータを無視してゼノスと交易を始めたということですよ。今のところは商人たちに知られていませんが、この噂が広まると都市院としては無視できません。商人たちは黙っていないと思うからね。騎士団長殿、獣人たちの動向を報告してください」
指令を受けたカッサンドラスは懐から報告書を取り出すとその上に書いてあるものを読み上げていく。
「マッシャーリア村は土で作った砦の上に引き続き建物を建設中です。前に報告しました獣人に協力している男女の名も判明しました、男はアキラで女はニールという名です」
「アキラとニールねえ……」
「ゼノスにいる者からの報告によるとそのアキラという男はゼノスのワスプール商会の会長と仲が良いらしく、ゼノスの無法者の大親分であるペンドルという男ともつながっているそうです」
「ふむ」
「ところがそのアキラという男は身元が不明で最初に現れたのがテンクスというゼノスの勢力下にある町で、それ以外のことは調べてもなにもでてきません」
「わかりました、続けてください」
「マッシャーリア村にいる一部の物は食糧と開拓道具を持って、アラリアの森に拠点を作るために入りました。信じがたい情報ですが獣人たちはアラリアの森にいるモンスターとも交易されているそうで、アラクネの糸などの珍しい素材を見たと潜入している獣人が言っておりました」
「ほう、それは確かに信じがたいことですね。支団長殿、あなたも報告してください」
指名されたクワルドはカッサンドラスを一瞥してからプロンゴンのほうへ向きなおして話し出す。
「ケモノどもの村を調査しに行った部下たちから森の中で変な道があると報告がありました。その道に所々壊れない石が設置されていて、それはシンセザイ山を跨り、ゼノスまで行くと思われます。おかしなことに道の中でモンスターは現れないし、未知の中まで侵入するモンスターも見当たりません」
クワルドは自慢げにカッサンドラスを見たが、騎士団長は顔色を変えずに報告を聞いているだけ。
「部下たちはゼノス方向へ進んで行ったのだが、ケモノどもとエルフの集団を発見しました。どうやらケモノどもの行商人であるようで、その周りを固めているのは凄腕揃いだそうだ。部下たちは報告するために引き揚げてきたが、あれは新しい交易路だと思いますよ」
「なるほどね、新しい交易路ですか……」
椅子に身体を沈み込むようにしてプロンゴンは考え込んでいる。カッサンドラスとクワルドは都市の長が施行する間は口を閉ざしている。
「……ふーん、くれるというならありがたく頂戴しようか」
独り言のようにプロンゴンが呟くと、カッサンドラスとクワルドは都市の長が考えをまとめたことに気付けた。
「獣人たちはアラリアの森で資源を得るために拠点を作り、得た資源でゼノスと食糧の交易をするのでしょう。支団長殿が見つけた新しい交易路はそのためにあるのですね、このことがわが市の市民たちに知られるとどうなると思いますか?」
「さあ」
「わかりません」
「獣人たちはラクータを省いて独自の経済圏を作ろうと考えているのですね。いや、獣人にこういう知恵は働けないからそのアキラという人族が入れ知恵しているのかもしれません」
「……」
「それはともかく、ゼノスで我々が買っていた食糧が獣人に流れ、森の資源でゼノスがより一層利益を上げ、我がラクータはなにも得られないままやせ細っていくだけです」
「……」
黙り込む騎士団長と支団長に目をやることもなく、都市の長は窓の外へ目線を向けた。
「ラクータ騎士団カッサンドラス騎士団長、ラクータ騎士団支団黒の翼クワルド支団長。メドリアとケレスドグに駐在する騎士団員に伝書バルトで出兵を知らせてください。こちらも市民兵を編成して、メドリア軍とケレスドグ軍と合流を目指しつつ、マッシャーリア村へ進軍します」
「……」
「はっはっ! 戦ですか、いいですね。これでケモノどもをぶっ殺せるぜ」
ついに発動された進軍の指令にカッサンドラスは顔を暗くし、クワルドは喜びをあらわにした。相反する反応にプロンゴンは面白そうに彼らを見つめている。
「……もし、獣人たちがアラリアの森に入ったのならどういう対応しましょうか」
「騎士団長殿は臆病者だぜ、そのときは森の中へ進軍して殺してやればいいでしょうが」
カッサンドラスは嘲笑ってくるクワルドを無視して都市の長へ視線を送り、プロンゴンからの答えを待っている。
「地竜と戦うとなればその損害は無視できません、それは避けたほうがいいとぼくも思います。ところでクワルド支団長、ラクータにいる獣人の人数は把握していますか?」
「ケモノどもですか? いまだにケモノを匿っている不届き者がいるからな……こっちで掴んでいるのは四千人です、各地で働かせているケモノを含めれば八千人くらいはいるじゃないかな」
「全部引き上げさせてください。今度の出兵は彼らにも働いてもらわないと困ります」
「女子供やじじいばばあもですか? あいつら役立たずですよ?」
「ええ、全てです」
プロンゴンとクワルドの会話を聞いているカッサンドラスは顔を曇らせた。プロンゴンは団結を誇り、同胞を愛する獣人の習性を利用して、獣人が森に逃げ込んだ場合はおびき出すための手段で使おうとしている。
「騎士団長殿、先に戻って騎士団の編成を行ってください。一応ですが都市の守備隊も編成しておいてくださいね、市民に不安を与えてはいけませんから」
「はっ!」
都市の長に敬礼してからカッサンドラスは執務室を出る。
もう戦争は止められないことを彼は覚悟を決めた、あとは殺戮にならないように獣人たちが無駄の抵抗をしないことをアルス様に祈るしかない。
留守する部隊の編成はすでに決めている。獣人族に心を寄せている若者が戦場で殲滅されて死んでいく獣人を見なくて済むように、彼はカンバルチストをラクータに残させることにした。
若者の心に傷が刻み込まれないため、それは騎士団長として部下に気遣ってやれる唯一のことだった。
「クワルド支団長、これ以後の市内巡邏は次の陽の日の朝にて任を解くとします。黒の翼は先陣として働いてもらいます」
「はっはー、話がわかる長様だぜ。ケモノどもとそいつらを匿う不届き者をいたぶるのも飽き飽きしていましたからね」
「マッシャーリア村への攻撃は黒の翼に任せようと考えているからそのつもりで。騎士団長殿はお優しいから、この戦いの後は位を引いてもらってゆっくりしてもらう予定です」
「ク、ククク……」
満面の笑みでクワルドは笑いを殺している、これで彼の望みであるラクータ騎士団の団長の席が見えてきた。
「新生ラクータ騎士団の最初の仕事はスラムの清掃です」
「え!」
「獣人が森の資源を取ってくれるようになると新しくそのほかの都市と交易ができそうですからね。お客様がいらっしゃったときに家の中が汚れていたら困るでしょう」
「クククっ、プロンゴン様に仕えてよかったぜ。あのゴミどもはずっと気に食わなかったんだ、これできれいにできるのなら腕が鳴るってもんですよ」
これから始まる血の狂宴にこういう奴が必要とプロンゴンは考えている。反抗的な獣人と人族が消え失せるまで剣を持ったバカな奴に踊らせ続けて、最後の最期で首を斬ればいい。
その後はカンバルチストみたいな男に騎士団を任せて、いずれ時機が熟せば強大になったラクータの力で交易都市ゼノスを落とす。
いつか自分も死んでこの世から消える、それは全然かまわないとプロンゴンは初めから覚悟していた。
自分が死んでもこの地にスクアの名が残れば、それでプロンゴンの人生に生きた意味を持つ。今も続くこの無色の世界でたった一度だけ彩ってくれた今はいないあの子へ捧げるため、それはだれにも聞かせることのない鎮魂曲。
ありがとうございました。




