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第165話 教会はいい所ばかりじゃない

 黒の翼の行動を見させてもらった。ちょうどいい場所にほどよい大きさの木があったので、その上で気配遮断を全開させて黒の翼の本部をじっくりと観察した。


 本部の外壁に六つの角があって、それぞれの角に一名の騎士を配備している。スマホをローインとニールに奪われて、時間で計ることができなかったのは痛いが、行動パターンを書き記すことで代用できる。



 建物の中にどのくらいの人が詰めているのはわからないけど、巡邏隊を出すときは約50人の集団が二回のあとで、100人の大規模的な出動となる。侵入を狙うならこの時間帯となる。


 あいつらは帰って来る時に獣人とか人族を捕まえてくることがある。どういう罪で連れて来られたかは知らないが、泣き叫ぶ獣人や人族を殴る蹴るの暴行を働く黒の翼の連中に、おれの自制心はいまにも崩壊しそうだ



 たぶんだけど、侵入後にもっとひどい光景を見ることになるだろう。その時は巫女の救出だけ専念して、そのほかの不幸な人々を見捨てることになると思う。それは心をしめつけ、とても苦しくて悲しくてつらい気持ちになるでしょうが本当にすまない。おれの力は限りがあるし、ニールやローインに頼めば何とかなるでしょうが元を断たないとこういうことが続くだけ。申し訳ないが今は囚われた人たちになにもできない。


 見捨てる覚悟を今のうちに決めておかないと、やる時になったら絶対に目の前にある状況に流されてしまう。それでは巫女様を救えない。


 泣きたいのなら今は泣けるだけ泣いてやる。




 ここまで見てきたが情報を集めることはできた。よく考えてみれば集めた情報の中、騎士団に関するものとかはゼノスでマダム・マイクリフテルか、ペンドル氏に聞くこともできたでしょう。ワスプールもなにか知っているかもしれないし。


 まあ、情報戦の専門家ではない自分がやり手のスパイみたいに、ラクータを解明させるほどのすごい情報収集力なんて持っているはずもない。それでもここにきて、ここを見て、ここに住んでいる人たちと話して、城塞都市ラクータのイメージを自分なりに掴むことができた。



 城塞都市ラクータそのものが悪の巣窟と考えることはない。そんなマンガみたいな街は世界に存在しないのでしょう。ここに住まう人々が人生を送り、喜怒哀楽に満ちる日常を送る場所、それがラクータだと思う。


 獣人族に関しては、ひょっとして巨女の大親分のように、獣人に同情的な人たちは想像しているより多くいるのかも。アンケートを取ってないし、取材も行ってないからその実態はわからないけど。



 でも、現実的に都市の政策が獣人族に圧政を敷き、獣人族を搾取することでラクータの発展の一部に寄与しているなら、表向きに反対を唱えることも難しいとおれは考える。


 そんなのは別に異世界でなくても元にいた世界でもあったことだし、元の世界にいた頃のおれは自分だけのことを考え、自分が住んでいる社会にだけ興味を向けていた。そんなおれがラクータに住む人たちを非難する資格なんか所持していない。



 スラムに追いやられている人や獣人たち以外、ラクータの市民たちは、自分たちが選んだ都市の長から豊かでなくても不自由しない暮らしを施政の成果によって保障されている。それをひっくり返すにはそれ以上の利益を誰かが約束できるか、もしくは都市院の運営によって今以上の不利益をラクータの市民が被ってしまうかだ。



 現状を良しとする市民が大勢いるなら、ラクータが今すぐ変わることはないのでしょう。そこまで考えが至ると、おれは淀んだ水たまりに頭まで浸かるような暗い思いにとらわれてしまう。


 結局、ラクータでおれができることなんてほとんどない。来て、見て、成すこと無く去るか……それならせめて巫女様とほんの少しだけ獣人さんを助けよう。それが今の自分にできることと思いたい。




 黒の翼の本部を観察し終えたことであとは獣人の競売会を待つだけだが、ラクータ教会へ行ってみるのも悪くないと思ったおれはそこへ足を運ぶことにした。



「お布施をお願い致します。アルス様へ捧げる気持ちを必ず大神官様はお伝えくれましょう」



 ラクータの教会前まできて、白いローブを羽織り、小太りした神教の関係者に賽銭箱を持ったままで阻まれている。


 精霊王(ようじょ)へお祈りを捧げるのに大神官ってやつを通さないといけなかったっけ? ゼノスの教会はそんなことなかったなんだけど。ここがこういうしきたりならそれに従ったほうが無難、下手に幼女から声が届いてしまうとラクータの奇跡ということになれば、それこそ敵を増長させてしまうもんね。



 銅貨一枚を賽銭箱に入れる、でも小太りさんはどかない……


 銀貨一枚を賽銭箱に入れる、でも小太りさんはまだどかない……


 銀貨五枚を賽銭箱に入れる、小太りさんは満面の笑みで道を開けてくれた。



「信心深いお方よ、あなたにアルス様のご恩愛あらんことを」


「……アルス様にご感謝を」



 うそつけ! おれは断言できるぞ、金貨一万枚積んだところでアルス様(ようじょ)は喜びません。あいつに焼き菓子を捧げた方がよっぽとマシというものだ。でもおかげでラクータ教会のことが少しだけわかった、こいつらは宗教を笠に着るくそハイエナどもということだ。



 おそるおそる教会の中を歩いて行き、ここで幼女が反応したらこまる。ラクータ教会に女神様の奇跡を与えてはならない、幼女がなにかを言い出す前に止めなくちゃ。



 結果的には杞憂という形で終わってしまった。この教会の女神像に精霊王(ティターニア)様の気配を感じることないし、通信することもできないと直感した。目の前にあるのはただ美しいだけの石像、この都市にアルス様の恩愛は授かっていない。



「皆の者、よく聞きなさい。我らアルス様から祝福される人族は全ての種族を導くため、聖戦はまさにこれから始まる。これはアルス様のご意思であり、我ら人族だけに与えられた至高の宿命」



 教会の身廊に多くの信者が多く集まっているから何ごとかと思ったが、偉そうな大神官様がご到着してからありがたい説法が始まったというわけだ。


 どうでもいいけど聖戦とはなんとも魅力的なお言葉ですな。その名の下、いくら人が死んでもそれは神様の思し召し、唱えたやつらの罪じゃない。



「いま、このラクータの界隈にいるケモノ人はアルス様のご意思を反し、アルス様にご感謝を捧げることすら忘れ、自らの聖なる義務を放棄し、アラリアの森に住む邪神なるドラゴンの許へ帰依するために集結している。これはアルス様への明確な反逆、我ら人族はこれを正すべく、アルス様になり代わり、ケモノ人が再びアルス様のご恩愛を受けられるように聖戦を行わねばならんのだ!」



 ハゲの大神官様の言葉におれは思わず伏せている顔を僅かに上げてしまった。



 なぜだ? バレているぞ、森のヌシ様地竜(アースドラゴン)ペシティグムスのことも、獣人さんたちがアラリアの森へ帰ろうとしていることも。


 できる限り隠蔽工作はしてきたつもりだが、ラクータのやつらはちゃんと掴んでいるということだ。だれが漏らした? ワスプールか? それともゼノスの都市の長か? ペンドルら無法者たちか? あいつらは獣人さんたちを裏切るとは思いたくないがどういうことだ。



 ……落ち着けよおれ。


 大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと胸に溜まった邪推を吐き出していく。



 ラクータのやつらのことだ。汚い手を使って、獣人さんたちの秘密を吐かせたことは考えられる。そもそも獣人であれば共通する祖先の伝承を秘密と言えないだろう、秘密と思っているのは獣人さんだけ。拷問という手段を用いれば白状させることだってできる。



 大神官の言葉で問題となることは獣人さんたちは森のヌシ様地竜ペシティグムスを守り神にすることが知られた。これは獣人さんたちしか知らない、おれが成した最近の出来事。


 考えられるとしたら里にいる獣人さんたちの中にスパイがいるということだ。



 だれだそいつは? 仲間思いで団結力を誇る獣人族ではなかったのか。いや、人のすることだ、何らかの手を使って脅せば済むこと。人が汚いことはおれが一番している、なんせおれも人だからな。



 候補を考えればいくらでもいる。獣人の村に潜めさせればいい、それは難しいことじゃない。それじゃどうやってラクータの工作員と連絡を取り合う? そんなのおれにわかるわけがない。クソっ、人というのはやはり侮れない。


 現に一介のリーマンだったおれもこうしてラクータへ潜入して情報を漁っているし、これが集団でやられたらさすがに打つ手がないぞ。



 こうなれば楽土のこともバレたとみたほうがいいかもしれない。もううかうかしてられない、ラクータはおれが知らない間に抜かりなく動き回っていた。甘く見ていたおれは自分の楽観的な見通しに嘲笑を向けるしかない。




「――いうことだ。いいか、皆の者。知らせによるとアルスの砂漠で異変が起きた。アルス様はゼノスの教会に降臨されたという間違いを起こしたが異変は我らに知らせるため、人族よ立て、世界を救えとな。」


 大神官は自分の言葉に酔っているように声を張りあげる。


「アルス様を敬う我ら人族こそ全ての種族の旗手として先を行き、ケモノ人を含む全ての種族を従えた後に神山を越え、いにしえに道半ばでお倒れになった勇者様が果たせなかった邪なる魔族を殲滅し、このアルス・マーゼの大陸にアルス様のご威光を知らしめ、そして轟かせよ! それこそが我らアルス神教が成すべきことであり、アルス様からお授かりになった本当のお告げであることを忘れてはならない!」



 こいつはアホか、マジでこの場に風の精霊(メガミ)を呼びたい思いが湧き上がった。このハゲの親父は神の名を騙る大嘘つきであることをこの場にいる人たちに、それこそ知らしめてやりたくなる。



 もちろんそんな無益なことはしないがこの胸くその悪さをどうしてくれよう。ファンタジーの世界(アルス)に来たけど、ここは魔法と剣の夢のような夢想郷だが、欲深い(やつ)なんてどこにいようといるもんなんだな。


 それすなわち悪だと決めつけるほどおれはバカじゃないけれど、そういうやつらと関わりたくないのが本音。やはりモフモフとエロフ様がいい、ファージン集落のような人たちともお友達でいたい。



 ことがこういうふうに発展してしまえば、おれはここでスローライフは送れないけど、獣人さんたちが楽土に住みつくことを見届けて、念願の観光をしながらこの異世界(アルス)を往こう。


ありがとうございました。

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