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第164話 情報はいつでも大事である

 交易都市ゼノスもそうだけど、陰の日は酒場に来客が多く、料理の注文が厨房に次々と舞い込んできて、大親分のシソナジスとその手下たちは忙しく動き回っている。それはいいのだが、おれはここでなにをしているのだろう。



「おらカムラン、皿を洗ったらちゃっちゃと野菜を切らんかい!」


「お、おー」


「カムランさん、石窯で煮込んでいるボア肉ができたかどうかを見てくれよ」


「さき見たよ、もう出してもいいよ」


 まさか手伝うために呼び出されたとは思わないが、あまりの忙しいから手伝ってみればこのありさまだ。



「ローストオーク三人前よろしく!」


「カムランっ!」


「わーったよ、今作るから」


 ゴブリンの里でもらった岩塩と香辛料を使って、下味を仕込んでから石窯で焼く。ローストかどうかはおれもよくわからないが、それらしきものが出来ればいいだろう。なんせ、ボア肉が無くなりかけで悩んでいるシソナジスに提案した超いい加減の料理だから、こんなの酒と一緒に飲み込んでしまえば、味なんて合格と思えるなら問題ないでしょう。



「皿が足りないぞお」


「カムランっ!」


「洗う、今洗いに行くからいちいち呼ぶな」


 人使いの荒い大親分だな、カムランってそんなに呼びやすいのか? まあ、これを片付けないことにはお話もできないから頑張るか。




「助かったぜ、おかげで客もさばけた」


「いいよ、このくらいのことは」


 酒場の客がだいぶ引き、今は子分たちでも注文の料理を出せるからということで、おれはシソナジスと倉庫に来ている。ワインもどきを木箱の上において、思い付きで作ったローストオークの切れ端で酒のアテにする。



「ラクータを見てなにかわかったか?」


「きれいな街だね。騎士団はそこら中にウロウロしてるし、獣人が合法的にイジメられていることに目をつぶればみんな平和だよ。ゴミ置き場みたいなスラム以外ね」


「そうだ、あんたの言った通りさ。プロンゴンが都市の長になってからウチの仲間は大勢が殺されてしまったよ、都市の安全を脅かすってな。今ここにいる無法者もスラムに逃げ込んできたからなんとか生き延びたみたいなもんだ。親無し子は行き場を失い、養ってくれる家族を無くした歴寄りとここに迷い込む。弱い者は生きられない、それがこのラクータだ」


「クソたれが住む街だな」


「ほかの村に逃げたやつらもいたが、いつの間にか消息を絶って消えてしまった。親無しの子供もそうだ。受け入れてくれる村もあるが大体は騎士団に通報されて、奴隷として売られていく」


「……なんでゼノスに行かないんだ」


「ははは、簡単に言ってくれるね。ゼノスまでの道のりは遠い。盗賊どもに襲われるか、猛獣やモンスターに食われるかだ。それに街道を巡邏する騎士団だっているからな、あいつらに見つかると逃亡市民ということで奴隷だ。危険を冒してまでゼノスへ行っても仕事はあるかどうかわからんから、みんなはこうして息を潜めてなんとか生きているだけ」


「すまない、確かに軽はずみで言うべきことじゃなかった」



 世の中にはどうにもならないことが存在する、一旦出来上がってしまった流れは少数の人では変えられない。その流れに逆らおうとしたら自分自身もどこかへ流されて、消え失せる覚悟をしなければならない。本当にね、人の世はかくも生きづらいというわけさ。



「プロンゴンのやつは市民からの支持を受けている、もちろん商人や騎士もだ。ところが最近となって風向きが少し変わった。なあ、聞くけど、獣人に肩入れしているやつらがいるって、そりゃあんたのことか?」


「まあ、なんというか。否定しないという答えでいいか?」


「ああ、それでいい」


 掲げた酒杯にラクータの大親分は自分の酒杯を当ててきた。乾杯というわけじゃないけど、こういうときは二人で呑んだほうが酒のうまみは増す気がする。



「獣人族が作る特産品をタダみたいな値段で仕入れて、商人どもは違う都市でそれを高値で売って、護衛する騎士団に高い護衛料を支払ってもなお有り余るほどの暴利をむさぼってきた。だがここ最近獣人族から特産品が入らなくなった、聞くところによると獣人族の村にもう獣人が住んでいないみたいだ」


「……」


 まあね、民族移動したから廃村になっちゃったね。シソナジスのコップは空になっているから次は年代物で嗜もうか。



「商人どもはカンカンになって都市院へ押し寄せたらしいけど、なぜか全員が黙って戻ってきたと見に行かせた者が言う。それで騎士団の知り合いに探りを入れたけど、どうも都市メドリアと都市ケレスドグにラクータは出兵要請の使いを出したみたい。特産品を作る獣人がいない、ここに来ての出兵、考えられるとしたらなんだと思う?」


「獣人を追えだな」


「そうだ、ついに獣人を種族ごと取り込もうとプロンゴンは動き出したわけだ。イカレてるとしか思えないが商人どもにとって獣人の物は利益が出るし、労働力としてもラクータで運搬作業に農耕などの重労働に獣人は欠かせないからな」


「それが正当な代償を支払っているならともかくだ、一方的な搾取は頂けないぜ」


「ああ、まったくだ」


「ところで話に出た都市メドリアと都市ケレスドグはなんだ? 同じ人族最高のイカレた野郎どもか?」



 ラクータに出兵を要請された都市のことも聞いておきたい、情報はあればあるほど客観的な判断ができる。


 ローストオークが少なくなったのでゼノスで買ったトンカツを出す。シソナジスは一口食べてから立て続けて口の中に放り込み、目をおれのほうに向けて、作り方を教えてくれと言わんばかりに見つめてくる。


 わかったよ、あとで教えるから先に話を進めて行こうか。



「メドリアとケレスドグは昔からラクータと協力関係がある都市、ここ一帯で共通しているのは作物を耕す農地が少ないことだ。特にメドリアとケレスドグが共同治水事業に失敗してからラクータの援助でどうにかやっていける感じだ。両方ともことさら獣人を軽視することはなかったけど、プロンゴンが都市の長に就任してから援助が拡大して、いまは両都市ともあいつの言いなりみたいな状態だ」


「そ、かあ……」



 もう少し反撃する時期が早ければ切り崩し工作はやれたかもしれないけど、今からでは遅すぎる。でも獣人さんたちがアラリアの森に逃げ込んでから、メドリアとケレスドグを取り込みする作戦を発動してみてもいいかもしれない。長い目でみたときに敵を作ることよりも、獣人さんの味方を増やすことでラクータからの圧力を減らすというのも悪くない。



「あんたはここでまだやることはあるの?」


「うん、ちょっとね。もう少しだけいるつもり」


 黒の翼の本部を偵察して、騎士が最も少ない時間台を割り出し、それで巫女様救出作戦を遂行する。


 だがその前に競売会で売られてしまう獣人さんを買い占め、たとえちょっとだけでも助けてやりたい。そのためにシソナジスと方法を話し合ってみよう、せっかく助け出したのに移動手段がなければ困るし。



「なあ、走車とモビスを買おうと思ったらどこで売ってもらえるかな?」


「唐突だな。なんでそれを買う必要があるかは教えてくれるだろうな」


「ネコミミの宿でね、獣人の競売会があると聞いた。それに参加して獣人たちを買い戻したいと思ってみたりして」


「まあ、競売会はお金さえあれば買えるだが……なるほど、ラクータから連れ出したいってわけか」


「そうだ」


「できないことはないだが、あんたって、獣人族に特別な思いがあるの?」


「うん! モフモフは正義だからな」



 目が点になって、シソナジスは酒杯を持ったままの体勢で固まってしまってる。うーん、わかってもらえないのかね、せっかくモフモフ党ラクータ部長は大親分に就任してもらおうと思ったのに。あ、ダメだ。モフモフ党ラクータ部長は適任者がすでにいる、ネコミミの宿のフトルッスさんだ。人選を間違うとモフモフたちの福利厚生が違ってくるからね。



「ま、まあ。なにが正義はよくわからんけど、あんたが獣人族に熱い思いを抱いてることだけはよくわかった」


「おうよ」


「競売会は陰の日の終わり、獣人たちを助けたらここから出て行くのか?」


「ああ、一応その予定だ。先に言うけど、シソナジスさんに迷惑をかけるのなら自分で何とかするからね」


「ははは、気を遣い過ぎだ、そのくらいはなんとかできる。だが走車とモビスは用意して城外に置いとくから、そこまでは獣人を自力で連れて行けよ」


「任せろ」


「簡単に言うね、騎士団が出てくるかもしれないよ? 競売会は都市院が運営しているんだぞ?」


「それも含めて任せろ」


 目を細めてから信じられないと語るような表情で巨女の大親分さんは見つめてくるけど、おれだってバカじゃない。


 まだ本格的な紛争は始まっていないため、いざとなったらローインと銀龍メリジーに協力を願う。それに向こうにとってもいきなりのことだから、騎士団と言っても一部しか出て来れないはず。



 本当に追ってくるのならメガビーム砲を食らわせてやる。集結した軍勢なら勝ち目はないでしょうが、分断して追跡してくる騎士団なんて、今後のために各個撃破で数を減らしてあげましょう。


 あ、そうそう。ちょっとだけ敵の数を聞いてみようかな。



「ラクータの騎士団ってさ、どのくらいの騎士がいるわけ?」


「大まかな数しか知らないけど、騎士団が四千くらいで支団黒の翼が八百、あとは商人たちを護衛するために編成された街道騎士支団が七百人くらいかな」


「結構いるんだね」


「ああ、ゼノスの騎士団は前に二千五百って聞いたことがあったからその倍くらいか」


「メドリアとケレスドグの騎士団はどのくらいの人がいるの?」


「うーん、長い間そっちの大親分と連絡が取れていないから今はしらんけど、三歴前ならそれぞれが千五百を超えていないと思う。騎士団は金食い虫だから維持するのが大変なんだよ」



 ラクータが五千五百にメドリアとケレスドグが千五百として、最大限に出てくる騎士団の数は八千五百人。でも都市の守備とかあるから五千と見積もって、それでも獣人さんの新生軍を上回る。それに出兵ということは市民が徴兵されるかもしれないから、その場合に兵士の数が増加する。はあ、どうしたいいやら……



 まっいい、ラクータの軍勢が来たら下の里を放棄してアラリアの森に逃げ込もう。うん、そうしよう。援軍のない籠城戦なんてアホのすること、下の里の建設に長期籠城戦の設計思想は盛り込んでいない。あれは作ってみたものだけ、盗賊やモンスターなら撃退できるでしょうが軍隊相手に戦うような作りはしておりません。


 一介のリーマンに戦争の経験を求めてはいけませんよ。




「色々とありがとうな、とてもためになったよ」


「礼を言われるほど大したことは言ってない。それよりあんた、ラクータ相手に戦争する気かい?」


 心配する気配を漂わせているシソナジスにおれは手を振って笑って見せる。



「そんなご大層なことは考えていないよ。第一、騎士団相手に勝てるはずもないだろう?」


「そうか、それを聞いて安心した。ラクータ教会は千人の神教騎士団(テンプルナイツ)を抱えているんだ、アルス神教の大神官様なのにプロンゴンとつながりを持ってると聞く。神教騎士団はやばい、全員が剣と魔法の達人で、特にラクータの神教騎士団は総本山から派遣された精鋭と噂されているから、間違ってもラクータとことを構えるな」


「そうなのか、クソだな。でも忠告はありがたく受け止めておく」


「そうしてくれ」


「じゃあ、もう行くよ」


「なんかあれば連絡しろ。走車が用意できれば知らせに行く」


「ああ、ありがとう」



 年代物のエルフの果実酒とウラボスの料理を置いてからおれは倉庫を出て、去っていく振りをした。気配遮断のスキルを起動し、倉庫の入口まで戻ってきて息を潜める。


 おれとシソナジスが話している間、だれかがずっと倉庫の木箱の中に身を隠していた。そいつを確かめないといけない。




「これでいいのか、カンバルチスト」


「ああ、すまない。協力してくれてありがとう」


 ラクータの大親分はだれかと喋っている。倉庫の扉を完全に閉めないように、わずかだけの隙間を残しておいたので、未知の人物に鑑定スキルを使ってみた。



 ……大物じゃないかおい。城塞都市ラクータの騎士団副団長だと? どういうことだこれ。こいつらの話を聞いてみよう、判断を下すのはそれからだ。



「なんで情報を流すようにウチに頼んだんだ」


「そのカムラン、いや、アキラか。その人物はどういうつもりかが知りませんが、あなたからの話だと獣人族に近いと思われます。このまま都市の長の思惑通りに進んだなら獣人族は滅んでしまうので、それはできるだけ避けたいと私は考えてます。あなたもそう思ったから私に連絡してきたと思いますが?」


「……否定できないところは癪だが、そうだ。ウチは仲のいい友人であった獣人族を滅ぼしたくない、苦しくてもいいから生きていてほしい。生きてさえいればいつかはよくなる日も来るからな、ずっと続く陰の日なんてない」


「そうです、私もそう考えている。そのためにあなたからアキラという獣人族に近い男へ情報を流してほしかったのです。願わくばその人はちゃんと考えてくれるように、ラクータと戦うのじゃなくて獣人さんを逃がすか、それか抵抗せずに降伏してもらいたい。生きていないと何も始まりませんから」



 なるほど、騎士団の副団長様はモフモフ党に入党したいわけだね? よろしい、きみにはモフモフ党ラクータ支部の部長補佐兼護衛官の位を授けましょう。


 部長はフトルッスで副部長はシソナジスなんだよ、ごめんね?



 でも本当に嬉しかった。たとえ騎士団でも獣人さんのことを思ってくれる人がいるのなら、このラクータもそうすてたものじゃないかもしれない。


ありがとうございました。

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