第163話 巫女様の居場所を探れ
少年はラクータの街をよく知っているし、知り合いも多く、チャガレットくんは色々と街の中を案内してくれた。獣人さんのことを考えないのならラクータはゼノスと違う意味で活気のある街だ。
スラム以外は街並みが落ち着いた雰囲気を持ち、人々の間にゼノスでよく見られる喧騒さはない。街の中で落ちているゴミが目に付くほど落ちてないし、草木などの植栽はほどよく視野に入ってきて、都市の管理は行き届いているというおれの受けた印象。そんな街の中で市民たちは思いのままに行き交ったり、お買い物したりと快適な日常を送っているように見えた。
店の品物を見させてもらったけど、確かに交易都市ゼノスのように贅沢品は少ないのだけど、生活に必要な商品は一通り取り揃えているし、その品質も悪くない。
チャガレットくんから聞く話によると三歴前まではもっと悪かった。治安水準は低く、街の中を無法者どもが我がもののように歩いたらしい。労働で得られる報酬は安く、その前に仕事があまりないという状況であったみたいだ。
そういう時期にチャガレットくんの父親は働いているときに、落ちてきた木箱で押しつぶされて亡くなったらしいが、弁償金を支払われることはなかったと、チャガレットくんはちょっとだけ辛そうに話した。
小さい頃に母親を病気で亡くしたチャガレットくんは、日々に苦労を重ねながらどうにか生き延び、シソナジスに拾われて、ようやく食事を欠く生活から抜け出すことができたと微笑みを見せる。
孤児院がないこの世界は、何らかの理由で親などの保護者を無くすと、子供は死や搾取と隣り合わせで生きるしかないらしい。元の世界でも親がいない子は大変だし、紛争地域にいる子供はもっと厳しい日々を生きている。なんだろうね、産まれた場所がほんの少しだけ違うだけで人生そのものが変わってしまう。
とにかく今は獣人さんたちのことだけを考えよう。おれは自分が生きていくのに十分な力があっても世界を変える力はないし、そういうことを管理神から託されていない。目の前にある現実を受け止め、自分はそういう世界で生きていることだけ、改めて心に刻み込もう。
この城塞都市ラクータの都市院はちゃんと仕事を遂行している。
それはチャガレットくんから聞く話でも理解ができた。都市の長がプロンゴンというやつに代わってから、公共事業による仕事の機会が増えたし、騎士団による無法者の取り締まりも厳しく行われた。
貧しい人や身寄りのない孤児に歴寄り、お行儀のいい無法者などのはみ出し者たちはスラムに追いやられて、城塞都市ラクータの治安が一気によくなったらしい。どうも臭いものに蓋をするという感じがしないでもないけど、とにかく都市の暮らしが良くなったことで、市民から絶大の支持と称賛を都市の長プロンゴンは受けているとのこと。
チャガレットくんがシソナジスから聞いた話によると、プロンゴンというやつは獣人から奪った財産や労働力で公共事業の資金に充てた。ほとんど食事しか得られない程度の賃金で、獣人さんたちは農耕地の開拓や治水工事でこき使われて、それで死んだ獣人さんも少なくないらしい。
それで開拓された農耕地に人族が入植したのだから目も当てられない。そのことでシソナジスは嘆いていることをチャガレットくんが教えてくれた。
やはりシソナジスは無法者の大親分だけどいいやつだ。
城塞都市ラクータは再建されたと市民たちは思っているのでしょうが、おれは違うと憤りを感じている。だれかの犠牲の上に成り立つ幸せなんて、そのだれかがいなければ崩れ去るでしょうし、繁栄を維持するために新たな犠牲者を見つけなければならない。
まあ、別にラクータの市民もおれを納得させる義務がなければ義理もないのだけど、おれにとってはモフモフこそが正義だから、エティリアの幸福のために、獣人たちをラクータから切り離すと再確認した。
善人でも神様でもないおれが、獣人さんたちとラクータの人族を幸せにすることなんてできやしない。獣人たちがいなくなって、ラクータの人たちが不幸になれば、今まで自分たちは獣人を犠牲にしたことを、骨身に応えるくらいに思い知ればいい。
その上で違う形の都市政策を敷けばきっと変わると思うし、なにも奪うだけが経済を維持する手段というわけじゃない。これからアラリアの森に住む獣人族や交易都市ゼノスと上手に付き合いながら都市の運営を行うことはできるはず。
そういう歩み寄りをやるか、やらないかだけだ。
よし、城塞都市ラクータの初期視察感想は完了。これでおれの覚悟ももっと固まる。
「そこがラクータ騎士団支団、黒の翼の本部だよ」
「ふーん」
ちょっとした砦のような建物をチャガレットくんが小声で教えてくれた。高さ3メートルくらい石積みで頑丈そうな壁、その曲がり角は櫓がなく、正面の門はどうやら金属でできているようで、その前で黒い鎧を着用した騎士が見張りをしている。
ここを侵入しようと思ったら正面からしかないと思われるが、外壁を含む建物全体を見た感じでは、上空に対して警戒していないように思われた。
そりゃそうだよな。これまでの観察で飛ぶモンスターを騎乗していないこの世界では、上からの侵入を考えるやつのほうがどうかしてる。それにこの砦の周りにほかの建物はなく、正門をくぐらない限り入れそうにないと、黒の翼のやつらは確信しているのだろう。
おれ以外の人たちはきっとそう思うのだろう。
黒の翼の行動をチェックしながら適切な時機を見計らって、ローインタクシーで空からお邪魔するね。
「チャガレットくん、先に宿に帰って」
「え? カムランさんはどこへ行くつもりですか? 案内なら僕がしますけど」
「ちょっとね、黒の翼さんたちにご挨拶をね」
「危ないですよ! あいつらは気に食わなかったら罪がなくても捕まえちゃいますよ」
「まあまあ、そこは何とかするから宿に戻ってね」
「でも……」
心配そうにおれを見てくるけどチャガレットくんはいい子だね。あとでまた一緒に大風呂へ行こう、背中の流し合いをしようぜ。
何度も振り返ってくるチャガレットくんは言われた通りに宿へ戻っていき、ここにいる間はネコミミの宿で部屋を取ってあげている。そうしたほうが共に行動しやすいし、ネコミミの宿の名物であるねこまんまは、確かに女将代理が自慢するほどうまかったので一緒に食べたい。
かつお節は乗ってなかったけどね。
黒いロープを羽織ってからテンクスの町で買ったビン入りアビラデとウラボスが作った料理を持って、砦の角で警備している黒い鎧の騎士に近付く。
「いまはよろしいのでしょうか」
「む、なんだ貴様は? 見るからに怪しい奴だな!」
うっさいな、怪しくしているからそりゃ怪しいんだよ。
「大神官様からの言いつけで来ました、少しお静かに」
「むむ、イ・ムスティガル殿からだと? なんの用だ」
うん、騎士の声が小さくなった。よし、つかみは大丈夫のようだ。
「巫女に食べ物を持ってきましたのでお渡し願います」
「……」
あれ? 騎士が黙ってしまったぞ? 巫女様はここにいないのかな。そうなればやばいな、いざとなったら最大速度で逃げるか。魔法は魔法陣によるものを使う予定だから、身体強化だけはかけておく。
「まさか巫女はもう……」
「……生きてる。だいぶ弱ってるが死んでない」
「大神官様は気にされていましたので、私どもがこうして気を遣って物を持ってきたのですよ。ご内密にお願いします」
そっと酒の入ったビンと一緒に料理を騎士に手渡す。そいつは周りを見回してからおれからの賄賂と料理を受け取った。
「見張りが厳しいのでな、渡せるかどうかは知らんがとりあえずこれは預かる」
「へえ、そりゃもう。ご無理のないように」
「おまえ、名はなんて言うんだ?」
「へえ、教会の厨房で働くサエナーイという者です」
「ほう、知らんやつだ」
「目立たないほうが雑用はしやすいもので」
なんだか騎士がうんうんと頷いているけど冴えなくて悪かったな。でもな、こういう時はさらに賄賂を渡すと効果的だ。なんだって、最初にお酒を受け取ったからな。
「騎士様、これはイ・ムスティガル様に仕える者から預かったものです。ぜひご苦労をかけてる騎士様にと」
金貨五枚を出すと、そいつの欲望に満ちた目付きで左右へ確認するように目をやった。素早くおれから金貨を受け取ると自分の懐に仕舞い込んだ。
「イ・ムスティガル殿に仕える者は物事がわかると見える。上がケチでも下はちゃんと常識を弁えてるな。この食べ物は巫女に渡せるなら渡しておくが、無理な時は処分するからな」
「そりゃもう、騎士様にご迷惑にならないようにやってくだされば結構です……あっしはあまり長く出ると怪しまれるのでこれにて失礼します」
「おう、だれかに見られないようにな」
「へえ」
こいつは料理を食べながら一杯やる気まんまんなんだろうな。まあ、そのために渡したようなものだからそれでいい。おかげでラクータ教会の巫女様がここに囚われて、生きているけど弱っていると情報を得ることができた。
大神官のイ・ムスティガルはケチんぼというどうでもいいこともわかったし、怪しいやつとして教会の方向へ向かってビクビクしながら戻ろう。こういう演技は見えなくなるまですることが大切だ。
ネコミミの宿に戻ると女将さんがカウンターのほうでぷんすかと怒っているけど、それをチャガレットくんが横で宥めていた。
「本当にどうしようもないクズたちだね、どうしたらそんなひどいができるのかしら」
「しようがないよ、今に始まったことじゃないし」
女将さんのお怒りは収まりそうにないね、なにが起きたのかな。
「どうしたの? なんかすごい怒ってるけど」
「あら、カムランお帰り」
「あ、カムランさんよくぞご無事で」
「ああ、ただいま。で、なにがあったの?」
この後は予定がないから、雑談に交えてもいいよな。
「それがね、ラクータのロクでなしがまた獣人を競売にかけるんだよ」
「ほう……それは、詳しく教えてほしいかな」
女将さんじゃないけど、それを聞いたおれもいきなり怒り心頭だ。競売とはなんだ、モフモフは売り物じゃないぞこらっ!
「ラクータは労働契約を獣人と結んでるのね。その契約に一日の日当が銀貨五枚だけど、食費と宿泊費は別で一日銀貨六枚を徴収しているのよ? そんなの働けば働くほど借金が増えるだけの不当な契約だわ。」
「そりゃそうだ」
「獣人の多くが文面を理解できてないこと利用して、働きたい獣人をだましているのよ。それで借金が金貨一枚になった獣人を都市院が市民に売り飛ばしているのね、呆れてものが言えないわ」
「なるほどね……」
獣人さんたちをハメる仕組みはしっかりと出来上がっているのか。敵ながら感心くらい汚ないやり方だ、チクショーめ。
「陰の日の終わりにその競売会が開くなんだけど、お金があればわたしが競り落としたいわ!」
「やめなよ女将さん。前の女将さんはそれでお金を使い果たして、その後に黒の翼に言いがかりをつけられて捕まったじゃないか」
「……う、うう……」
少年から止められた女将さんはカウンターに突っ伏せてから泣き出した。前の女将さんが捕まったのはそういうわけがあったのか、確かに納得できない話だ。
「あ、カムランさん。使いが来てたよ、酒場の厨房に来てほしいって」
「そうか、わかった。あとで行くよ」
偵察というのは、隠密で行ったほうがいいということをなにかの本で見たと記憶してるが、世の中には威力偵察というのもあるみたいだ。ここに立てこもって、城壁の中でのうのうとあぐらをかいて、好き放題にやってるかもしれないけど、時には自分たちも脅かされると思い知るがいい。
クソどもが。
ありがとうございました。




