第162話 ネコミミの宿
巨女の大親分がおれの袖をつかんで離さないこの現況をだれかどうにかしてくれ。
「アキラ、ここに住め、な? ラクータも騎士団のことで目をつぶれば案外いいところだぞ?」
「あ、はいはい。用があるんでもう行きますね。それにお気に入りの料理はおれが作ったじゃないので、無くなったら食べれなくなるから」
ウラボスであるラメイベス夫人の料理に惚れ込んだシソナジスはおれを放さんばかりに腕をきつく掴んでくるが、ペシティくんの前例もあったので驚くこともなく冷静に対応することができた。
それよりも周りにいるシソナジスの子分たちがなにやらひそひそ話で盛り上がっている。
ボスに男ができそうとか、やっと花を咲かすことができるとか、そう言った話でやつらは顔を綻ばせている。
巨女の大親分とはいい友達でいられそうだが女として見ることはない。おれには恋人がいるし、なにより心をときめかす胸装甲は脂肪であって筋肉じゃない。シソナジスが魅力的じゃないとは言ってないよ? 彼女は人間的に十分な魅力をお持ちだとおれも思う。うん、きっとそうだ。
「とにかくできるだけ協力してくれ。この料理を作ったのはさるお方、彼女の料理を食べようと思ったら獣人と仲良くしないと口にすることはできない」
「そうか……まあ、ウチらがラクータのお上と争ってしまうような危険なことじゃないなら力は貸そう」
「うん。そういう危険なことはおれが引き受けるから助力だけお願いする」
「なるほどね……わかった」
「そうそう。自己紹介するときに言ったけど、ここでおれはカムランという名を使うから入城書はそう書いてくれよ」
「はいよ、そうしておく」
彼女へ暗におれはラクータとことを起こすつもりだと伝えたが、わかってもらえてなにより。
「この酒場の前の道を城壁のほうへ向かって歩くとネコミミの宿というのがある。そこで女将に酒場の厨房にいる大女から紹介してもらったと言え、入城書なしでも止めさせてもらえる」
「え? ネコミミの宿って、獣人さんのお宿?」
それは期待できるな、どんな獣人さんがおれを迎え入れてくれるでしょう。
「……昔はな。ネコミミの二代目女将は黒の翼に捕まってしまって帰って来ない。もう、だめだろうな」
「そ、かあ……」
おのれラクータのロクでなしどもめが! ただじゃおかんぞ、その黒の翼というアホども。
「今は二代目女将が鍛えた人族の子が女将をやってるんだ。獣人たちと仲良くしてた子だからきっとあんたとが合うでしょうが、念のためにあんまり獣人のことは言わんほうがいい。ラクータでは密告制度があってな、いつどこで誰に聞かれるかわかったもんじゃない」
「ああ、気を付けるよ」
「入城書はあとで持って行かせる。チャガレットという小僧だが中々機転が利く、慣れないうちはそいつのことをちゃんと聞くようにな」
「はいよ、色々とありがとう。それと頼んだことはよろしく」
「ああ、こっちがお礼を言いたいくらいだ。炊き出しはやっておく」
「また来るから」
厨房の裏口から出るとそこは細い道、ヘドロを踏みながらマップを開くと城塞都市ラクータの道が示されている。
シソナジスに金貨5000枚を渡して、スラムで二日一度の炊き出しをお願いしておいた。それならすくなくても子供たちが飢え死にすることはないでしょう。やっぱりね、顔を見知ったら死なれるとどうも居心地が悪いというか、なんだか釈然としない。
まあいい、偽善だ偽善。しない後悔よりもしてからの反省をする。
ちょっと長引きそうなのでニールとローインに会って相談してみよう。
やつらは沈黙のままスマホの画面を見つめていた。漏れてくるのはアンアンの声、あれは間違いなくお宝の動画だ。
なにを見ているんだこいつら!
「おい! あにめなる物語を見ていたのじゃなかったのかよ!」
『む、アキラ殿でござるか。この人族が交尾する物語も中々面白いでござるな』
「おう、なんか人族はすげえな。排泄の穴に――」
「だあーっ! 言うな、それ以上言わんでよろしい!」
ローイン、交尾する物語なんてものはありません、それはただのAVだ。それと、ニールもいらんことを覚えるじゃありません、趣味は人それぞれですから。
「これからラクータの事情を調べるのに時間が必要だ。ローインはすぐに呼び出せそうだけど、ニールはどうする? 一旦ゼノスへ引き上げるか?」
「いや、俺はお前を見守るものとしてここに居んよ。ただここは臭えから城の外に行くわ、なんかあったら笛で呼べや」
『それなら拙者がニールを連れて外の森で待機でござる。交尾する物語の数はあにめなる物語より多いから見応えはあるでござるよ』
「……好きにしろ。そうだローイン、呼んだときは風の姿で来てくれ。ラクータのやつらに知られたくないんでね、右腕を上げたらそのまま飛び去ってくれ、左腕はおれの周りの敵を倒してほしい。それと交尾する物語のことはもう言うな!」
『うむ、拙者は鳥頭ゆえに覚えが悪いでござる。アキラ殿の右腕は逃走で左腕は戦闘でござるな?』
「……ああ、その通りだ」
このアホ鳥はとうとう自分で頭が悪いって認めたぞ。どうしてくれようかな、いっそうのこと焼き鳥にするか。
「ニール、とにかくこの都市は胸くそ悪い、獣人さんを家畜しか扱っていない。だからこそおれはもうちょっと見ていきたいので待っててくれ」
「おうよ。お前が前に覚悟したように、俺はこの紛争に手は出さねえ。でも覚えておけよ、俺は親父の言いつけでお前の見守る者としてここにいんから死ぬなよ? お前が死んだらこの都市を草木一本残らず平らげてくれんぞ」
「あははは、怖いなそれ。冗談でも笑えないよ」
「とにかくだ、好きなようにやってみろ。俺とローインは外で待つからなんかあったら笛で呼べ」
拳で軽くおれの胸を当ててからニールは風のローインに包まれて、スマホを持ったまま夜空へ飛び上がっていく。こうやってみるとおれもローインで移動するときはそういう姿だったんだな。次からは右腕だけ突き出すとかさ、カッコいいポーズを考えなくちゃいけないかも。
それにしても銀龍メリジーさんは感動的なことを言ってくれるね。おれが死んだら城塞都市ラクータを更地にするってか、神はそんなことはしないのでしょうけどうそでも嬉しいってやつだ。
さて、宿屋へ行って案内する子でも待ってみるか。
「酒場の厨房にいる大きな女から紹介してもらいました、しばらく泊まる予定なので部屋をよろしく」
「ああ、ナジ姉さんの紹介ね。ようこそネコミミの宿へ、愛しのネコミミはいないけどわたしがネコミミさんが帰って来るまで代理女将のフットルスよ」
この世界で宿の女将さんって、ふくよかな女性じゃないと務まらないのかな。テンクスの宿の女将は丸々サンだし、この人に至っては太るっすって名で自己主張しているよ。これをファンタジーというべきかどうか迷うね。
「……あきっ、カムランだ、ここに泊まっている間はよろしく頼む」
「アキッカムランさん?」
「ごめん、カムランだからアキは忘れてくれ」
偽名は難しい、カミムラから適当な文字をとってカムランにしたが覚えられない。銀龍メリジーはニールを一発で覚えたけど今から考えると彼女はすごいね、それともよほどファフニールという竜の名がすきだったのかな。
「そう。一日のお代は食事なしで銀貨12枚、二食の食事付きなら銀貨13枚だけどどっちにする?」
「食事付きでいい。ただ出歩くときが多いから、おれがいないときは待たなくてもいいよ」
「それは残念ね。うちの宿が作るご飯は美味しいよ、そネコミミの宿の名物ねこまんまで有名だからね」
「なるべく戻るようにするから楽しみにしておく」
ねこまんまって、気になるなそれ。ぶっかけるのは味噌汁かな、ちゃんとかつお節はつけてくれるだろうね。それよりも漬物が食いてえ。
「女将さん、だれかおれのことを訪ねてきたか?」
「いや、カムランさんは今うちの宿に来たばかりじゃないの」
「そうね、そうだね。だれかおれのことを探しているなら部屋のほうへ案内してやってくれ。ところでおれの部屋はどこかな?」
「お部屋ね……」
おや? フトルッスがなんか悩んでいる顔をしているけど、満室なのか? いや、それなら断ってるはずだ。
「ナジ姉さんの紹介だから訳ありなのよね、どうする? 裏口に近い静かな部屋にする?」
「それでいい。いや、そうしてくれ」
気を遣ってくれてたのか、ありがたい。この宿は一階に酒場や食堂が見当たらないからとても静かだ。実は一階に食堂や酒場があるのは異世界らしくてそれでいいのだが、こういうふうにロビーがある宿のほうがおれは好き。なんだか旅館らしくて感じがいい。
「食事はどこで取ればいいかな?」
「うちの宿は部屋食よ、お部屋にいる時に持って行くから」
うむ、いよいよ元の世界にそっくりだ。ここで温泉とかあれば最高だな。
「温泉とかはないだろうね、ははは」
「おんせん? 大風呂場のことかな。カムランさんは通だね、うちの宿のもう一つ自慢よ。一泊に付き銀貨2枚の追加になるけど、大きくてゆった――」
「よーしぃ、もちろん追加でお願いしまう。お風呂は最高だ」
「そ、そう? カムランさんは冴えなさそうだからケチかと思ったけど、お風呂を知ってるなんて、人生を楽しんでるわね」
うっさいやい、冴えなくてもお風呂には入るやい。それにしても大風呂か、こりゃ楽しみだな。テンクスやゼノスに公衆風呂はあるけど、あれはサウナというべき、気分的に洗った気がしない。やっぱね、風呂は浸かってしかるべきでしょう。
タオルを頭に乗せてからうーんと唸る、これに限るね。日本酒とかないのかな、さすがにそれはないか。
クソたれの都市というイメージは変わらないけど、それは人の話でこのラクータの文化を見てみるのも悪くない。
シソナジスから聞いたようにここの女将さんが獣人好き。この都市の中で反人族至上主義の人がいるのかもしれない。けなすのは簡単なことだが、ちゃんと調べてからこの都市の価値を定義したほうが正しい。
独断と偏見で物事を決めつけるのはよくないね、うん。
「女将さん、ここにカムランさんという人は来ていますか?」
「おや、チャガレットくんじゃないの? どうしだんだい?」
女将さんの視線に合わせておれも声がした場所に目を向ける。そこには線の細い少年が一枚の紙を持って、宿の入口から中を覗いていた。
ありがとうございました。




