第161話 無法者の大親分はいいやつ
「うめえー、マジでエルフの酒を持ってきやがる。やるな、あんた」
「痛いから手加減してくれ」
バンバンと肩を連打してくる豪快な女親分のシソナジス、今は厨房の奥にある倉庫で酒場の亭主を交えての話し合い中。やはりここもエルフの果実酒は大当たりして、みんなは自己紹介とともにおれが出した酒の樽から果実酒をコップに注いでは水のように飲み干していく。
「それでなにしにラクータへ来た」
「ちょっとね、ラクータのことを色々と教えてほしい」
「なにが知りたいんだ?」
「そうだね……都市の長とか、騎士団とか、黒の翼とかね」
黒の翼を耳にした女親分の叩いてくる手が止まってしまい、周りにいる子分たちへ合図するかのように、手のひらを乱暴に振って、子分たちを倉庫から追い出した。
「ウチらは無法者だ、騎士団とケンカする気はない。特に狂った黒い翼のやつらと関わりたくもない。あいつらを探るなら自分でやってくれ、ウチらを巻き込むな」
「そんなにヤバいやつらか?」
「ウチら無法者は金のためなら脅しも殺しもやる、それで生きてるからな。でもそこにはやっちゃいけない仁義もあるけど黒い翼のやつらは違う。」
「ほう、具体的には?」
「あいつらはプロンゴンの命令でラクータの方針に従わない罪のない市民や獣人を平気でかどわかして売っぱらうわ、殺すわのやりたい放題。何度もそんな現場を目撃してはらわたが煮えくり返るの思いでぶっ殺そうかと思ったけどあいつらは正規の騎士団、まともにやり合える相手じゃないからこっちも我慢してるんだ」
「ふーん、そうなんだ」
軍隊なんて合法的な武装集団だから、それを縛る規律がちゃんと機能していなければただの暴力装置でしかない。ところで初めて聞く名が出たけど、そいつはだれかな。
「プロンゴンというのは人の名か」
「ああ、ラクータの都市の長だ」
なるほどね。でもよく考えたら都市の長の名くらいはエティリアかワスプールに聞けたかもしれないのに、我ながら横着したものだ。
「黒の翼とかのこともあるけど、できればもう少しラクータのことを詳しく知りたいのでここで滞在しようと思ってる。どこか静かに泊まれるところはないか?」
「あることはあるだが……アキラ、あんたはなぜラクータを探ろうと思ってんだ、そいつを聞かせてくれ」
巨漢というのかな、巨女のシソナジスはストレートにおれの目的を聞いてきた。まあ、聞かないほうがどうかしてると思うけどお互いに信頼関係がない以上、どこまで話せばいいかためらってしまうものだな。
……そうか、信頼関係がないから質問してきたというのもあるかも。ペンドルは彼女のことを仁義に厚いと話したので、ここはペンドルのことを信用してシソナジスと腹を割った話をしてみよう。そうでないと前に進められない。
「シソナジスは獣人族のことをどう思っている?」
「いきなりの話だな」
「まあまあ、できれば教えてもらいたいなあ」
「うーん、今のラクータのやり方は正直気に食わん。獣と蔑んでいるけど獣人たちは昔から仲良くしてもらってる気のいいやつらだ。黒い翼に殺されたけど、スラムを仕切った親分の中で虎人のアッガズはいい奴だったんだぜ」
「なるほどね」
「獣人たちのことを聞いてどうするんだよ」
どうやらシソナジスは獣人さんのことを悪く思っていない。それなら楽土のことはまだ彼女に言えないが、おれが獣人さんに肩入れしているくらいは言っても構わないじゃないかな。
その前にコップが空になった彼女に年代物の果実酒を注いであげましょうか。
「なんだこれは。樽のやつだけどすごいいい匂いするな」
「ご一献あれ」
おれに勧められたままシソナジスはなみなみに注がれた年代物の果実酒を口にして、そしてそのまま動かなくなった。やはり親分を張ってるだけであってものは知っているようだ。
「おれはこういう珍しいエルフのものを持っている。でもこれらの物は獣人から回してもらってるので、どうにかラクータへ持って来れないかなと見に来たんだ」
「……お代わりを」
目の前に出された空のコップに年代物の果実酒を注ぎながらおれはしゃべり続ける。
「それでラクータに来てみれば獣人たちが虐待されているのを見て、この都市と交易していいかどうかがわからなくなったので、ペンドルの知り合いであるシソナジスさんに会いに来たってわけ」
シソナジスが注意深くおれを見ている中、魔法の袋からリュックを取り出して、メニューの操作でいくつかの品物をこの場に出す。
魔力付きの真珠とアラクネの糸で作ったケープ、それにゴブリンたちが採集してラメイベス夫人を喜ばせた香辛料。これらを見たときにシソナジスは眉間を寄せて皺を作り出すが、巨女であっても容姿に気を付けましょうね。
「……ラクータ代々の大親分だけに伝わる話があるんだ、光る石も蜘蛛の糸もアラリアの森しかないとな。あんたはアラリアの森から物を採って来れるというわけだな?」
「まあ、そうだな。否定はしない」
「それをここで売りたいということか」
「それを見極めたいのさ。獣人たちが採って来れる物を獣人を虐げる者たちに売りたくないかな」
しばらくの間、おれとシソナジスは真剣な目で互いを見つめ合っている。もちろん男女間の劣情ではなく、探り合うように信用できるかどうかを確かめ合ってるようなものさ。
それにシソナジスは自分が大親分だってこともそれとなく教えてくれたもんね。
「……わかった、あんたに宿へ案内する者を付ける。そいつは戦う腕はないが小回りは利くから、ここにいる間にそいつと行動したほうがいい。ウチに会いたければいつでもここに来い」
「ありがとう、世話になるぜ」
どうやら面会は無事に終わったようで従者も付けてくれるようだ。まあ、監視役も兼ねているだろうがラクータ市内の地理を知らないおれはその程度のことで目をつぶっても構わないでしょう。
「そうそう、ちょいと聞きたいがこのスラムで炊き出しとかはやってないの?」
「炊き出し? ……近頃はやってないな」
クルゾールたち親無しの子供を思い出して、炊き出しとかがあればすくなくても飢えなくて済むと思う。テンプレによればそれは教会の仕事であるから、やっているかどうかをシソナジスに確かめてみたかった。
それにしても引っかかるような返事が戻ってきたね。
「近頃やっていないとはどういうことかな?」
「……」
拳を口元に当ててからシソナジスが目を閉じて何かを考えているようだ。こういうときはなにも聞かずに待つのが良策と思うから、エルフの果実酒を10樽ほど出しておこうかな。こうすることで口が滑らかになるかもね。
「前までは巫女様がよくやっていた」
「ふーん。やらなくなったんだ」
そう言えばネコミミ巫女元婆さんはここの巫女様のことを気にしていたな。
「違う! やれなくなったんだ」
「どういうことそれ?」
顔を俯くシソナジスからなぜか悲しい雰囲気を漂わせている。これはなにか良くない予感しかしない。いや、予感というより良くないことが起こっている証拠だ。
「巫女様は黒の翼のやつらに捕まっているようだ」
「ほう……」
ビンゴか。城塞都市ラクータ着て早々、力を貸してくれているネコミミ巫女元婆さんのため、ラクータの巫女様を捜索せよのイベント発生だ。
「手を尽くしてようやく巫女様の居場所は掴んだが、今頃生きているかどうか……」
「助けに行かないのか?」
「助けに行けないんだよ。巫女様が捕まっている場所は黒の翼の騎士団本部、あそこは厳重な守備でだれも近寄れないんだ」
「ふーん」
合間を見て、その黒の翼の騎士団本部とやらに偵察しに行ってみよう。うん、それがいいや。
「色々と教えてくれてありがとう。たぶんまた来ると思うけど、まずは宿で一休みしたいんだ」
「おう、エルフの酒はありがたくもらう」
「うん。真珠やケープももらってね、あんたにあげるために出したんだから」
「え? こんなきれいな女物はウチに似合わないよ」
「いえいえ、たまにはきれいに着飾りましょうね」
「……あ、ありがとう」
こういうなりだし、大親分を張るものだから女として見られることも少ないのだろう。でもね、女は女だ、褒められて嬉しくない女性はあんまり見かけないから仲良くなるために、惜しげなくおべんちゃらはちゃんと使いましょう。
「あんた、入城書はどうした? 宿に泊まるのに必要だから貸してくれ」
「なにそれ」
呆れた顔でおれを見る巨女の大親分、その前に入城書ってなに? 初耳だけど。
「どうやってラクータへ入ったんだ? 詰め所で入城書を書きこまないと普通は入って来れないはずだが」
「……」
えっとね、タクシーを使って空を飛んで路地裏に着地しました……なーんて言えるか!
「あんた、何者だ?」
「アキラです」
訝しげな顔で凝視してくるシソナジスは、おれがよく聞かれることを口にするけどごめんね、本当のことは言えないんだ。
「いや、名を聞いているのじゃなくて――」
「聞かないでくれますか? 自分で言うのもすごく変だけどさ、なぞの多い男なんだよおれは」
「……まあいい、アラリアの森しか出ないものを持っている時点で怪しい。ペンドルの紹介だからウチらに害を及ぼすこともないだろう」
「ごめんね? ご理解にお礼を言うよ。これはここ一帯じゃ手に入らないものだから、大親分に贈呈いたしましょう」
ワインもどき一樽をアイテムボックスから出して、それをシソナジスの前に置く。
「これは……」
「ここから遠く離れているエルフの村で交換してもらった果実酒だ、本当に珍しいからがぶ飲みしないことを勧めるね」
試し飲みにペットボトルに入れてあるワインもどきをシソナジスのコップに注いでから彼女のほうへさし出す。コップを取ってから一口を飲むと大親分の顔付きが変わって、両目でコップの中身を凝視しながらワインもどきを飲む干す。
「こ、これは先のと違う……」
「ああ、欲しければもう一樽はあげるが数が少ないのでなるべく一人で楽しむように」
「当たり前だ! こんないい酒を飲まれてたまるか、これはウチが一人で呑む」
「あははは」
「入城書はなんとかしてやるから、それまでここで呑め」
「そうですか、ありがとう」
まあ、無法者の大親分なら偽造書類くらいはどうにかしてくれるでしょう。親交を深めるために、ウラボスの料理を食わせながら酒でも呑みますかね。
ありがとうございました。




