第160話 スラムの子供が案内してくれる
城塞都市ラクータのスラムへ行きたいが道がわからない。情報を聞くために広場へ行き、適当な店で食べ物を注文してそこの店主に聞いてみようと思った。
「へい、お待ち。お薦めはワイルドベアの串焼きだ、召し上がってくれ」
「へえ、ワイルドベアなんて珍しいな」
「おう、騎士団が遠征で獲ってきたやつだ。高かったけどたまには客寄せで出しとかないとな」
「なるほどね」
ワイルドベアはシンセザイ山脈で出るモンスター、おれのアイテムボックスにも交易路を開通させるために狩ってきた肉や皮の素材がいっぱい入っている。
出された料理はワイルドベアをひき肉にして小麦粉を混ぜてから焼いたもの、この世界にもハンバーグに近い調理法はあったんだな。ニールとネシアにおれの特製とか言ってたのが恥ずかしい。かかっているソースの詳細はよくわからないが酸味が効いてあまり好きになれない。
「おじさん、一口ちょうだい」
横を見ると小汚い子供が三人、おれのことを見上げるようにワイルドベアのハンバーグをねだっている。
「こらあっ! 商売の邪魔をすんなクソガキども!」
店主が大きな包丁を持ってすごい形相でこっちに向かって威嚇していると小汚い子供たちが素早く逃げていく。
「すんませんねお客さん。あいつらはスラムに住むやつらでな、よくこうして広場にきて食べ物を漁っているんだ。騎士団のほうも取り締まっているがなんせガキどもの数が多くてね」
「先のこれを三人分、お持ち帰りで」
申し訳なさそうに謝って来る店主におれは微笑みながら追加のワイルドベアのハンバーグを注文する。
小汚い子供たちがすばしっこくあっちこっちの店へ食べ物を探しているらしく、機敏値が高くても小回りの利かないおっさんは追いかけるのに大変だ。
「捕まえたぞこいつら。いつも商売の邪魔しやがって、もう許しておかないぞ」
「放せよ!」
ガキどもが店の人に首根っこを掴まされ、暴れているけど逃げられそうにない。スラムへ行くためにもここは助けておくか。
「おい、放してやれ。その子たちはおれの知り合いなんだ」
「ああ? なんだお前は。スラムのやつか?」
「痛い! 放せよ、ウェーン」
店の人たちが子供の首を掴んだままおれに話しかけている。すごい力で鷲掴みされているのか、子供たちが泣き喚いていた。
「お前らスラムのやつらが――」
「お前の店の物を買ったら全部でいくらだ」
いかついおっちゃんがなにか喚こうとしたが言わせないように店へ視線を飛ばす。
「はんっ、お前らみたいな――」
「いくらって聞いてんだよ」
「っけ、金貨一枚だ。貧乏人に払えるわけがない、こいつらは騎士団に突き出すからとっとと消えろ!」
「やめろよ、騎士団に捕まえられたら殺されちゃうよ、ウェーン」
周りに人が集まり出し、威張る店の人に泣く子供たち、なんだこの面白い構図。もうちょっと付き合ってもいいがスラムへ行きたいのでちゃっちゃと終わらそうか。
思うだけど金貨一枚というのは店の人のハッタリだ、ちっぽけな店にそれだけの食べ物があるはずもない。たたこういうときは乗ってやるのも一興、子供を助け出してからスラムへ案内してもらおうか。
「ほらよ、全部買ったからさっさと作りな」
管理神から偽装してもらったいつものリュックのアイテムボックスを使うじゃなく、見た目を変える意味で魔法の袋を用意しておいた。その中から金貨一枚をいかついおっちゃんへ突き出す。
「……」
「どした、売る気はないのか?」
「……ま、毎度ありです」
いかついおっちゃんは金貨一枚を受け取ると走って店の中へ入るといそいそと調理し出した。子供たちを掴んでいた店員も手を放してから店へ入っていく。
「これを食べな」
「……」
痛そうに首をさすっている子供たちへワイルドベアのハンバーグを手渡すが、目を丸くした子供たちはそのまま動かなくなっている。
「冷めると美味しくないよ、早く食べな」
「……あ、ありがとう」
よほどお腹が空いたのでしょうね、ワイルドベアのハンバーグを子供たちはがっつくように食べ出した。食べている子供たちにおれは案内役を務めてもらうように話しかける。
「食べながらでいいから聞いて。おれはちょっとスラムに用があってね、そこへ連れて行ってもらえないかな? お礼はあの店で買った食べ物の全部だ」
「……」
食べることに夢中の子供たちはすごい勢いで首を縦に何度も頷いているので、とりあえずおれが言ったことは耳に入っているようだ。
店の人は作った料理を包んで、おつりの銀貨30枚と一緒に持ってきた。いかついおっちゃんの店主はちゃんとした人で悪い人ではないらしい。おつりを受け取ることなく、さらに金貨二枚を渡して、この子たちが食べに来た時は作ってあげることを店の店主にお願いした。
その程度のお金で子供たちがいつまでもここで食べることはできないでしょうけど、これはおっさんの心を落ち着かせるための偽善だ。作ってもらった食べ物は魔法の袋に入れ、店の人と子供たちがびっくりしていたが気にしない、早くスラムの酒場へ行くことが目標だから。
「おじさん、ありがとう。騎士団に捕まえられたら死んじゃうよ」
「そうなの、騎士団って怖いんだ」
「うん、普通の騎士団は怖くないけど黒の翼ってのがとんでもない悪いやつら、あいつらは僕たちスラムに住む人とケモノ人を罪もないのに捕まえるんだ」
「ほう、黒の翼ねえ」
その名を耳に刻み込もうか、どういうやつらでどんなことをしているのかを調べておく必要がある。
さて、曲がり角に差しかかっているけどここで子供たちに待ってもらおうかな。
「ちょっとだけ待ってくれる? その間にこれでも食べて」
「うわあ、お菓子だあ」
焼き菓子を受け取った子供たちを曲がり角に行かせるとおれは後ろへ振り向く。
「出て来いよ、ついて来ていることは知ってるから」
無法者らしき五人がぞろぞろ出てきた。広場から追跡されていることは気配察知で認識していたからな。
「おい、その魔法の――」
ここで一々お前らと押し問答なんてすると思う? そんなバカじゃないよおれは。
脅そうとしている五人に飛びかかるように一気に接近するとそのお腹にパンチを次々とぶち込んでいく。倒れ込んでゲロを吐くバカどもを気にすることもなくおれは子供たちの所へ戻り、お菓子で満足した子供たちに手を引かれながら目的地のスラムへ足を向けた。
ラクータのスラムは旧市街地のようで古い家が乱立していた。淀んだ空気にすえた臭い、下水なんてものはないだろうなと思いつつ子供が住んでいる家へ向かう。
汚い家の中に入るとそこは十数人の子供たちがいた。三人の子供から聞いたが全員が親無しみたいで、空き家のここで寝泊まりして街へ食べ物を探しに行ってるということだった。
店で買った料理を出すと子供たちが一斉に群がり、食べ物をがぶりつくその凄まじい勢いにあっけをとられてしまった。喉を詰まらせた子供に水を飲ませたり、食後にお菓子を出してあげたりして、今のおれがこの子たちにできることはこれだけ。
敵地にあるスラムの子供をどうにかしようなんて思い上がったことはしないし、できるはずもない。せめてこの子たちがしばらくご飯に困らないように小麦粉を置いて行き、弱っている子供に回復魔法をかけた。食糧が多すぎると大人にバレたら子供たちは抵抗もできないまま奪われると思ったので、この家の地下室に隠せるだけの量を渡した。
もちろんこれもおれの偽善であることは承知しているがなにもしないよりはマシと思うし、なによりおれの心が落ち着く。
「僕はクルゾール。おじさん、食べ物をくれてありがとう」
「おれはアキ……カムランだ、お礼は酒場まで連れて行ってくれるだけでいいよ」
広場で出会ったこの子が酒場まで案内してくれると言った。ほかの子供たちに手を振ってからお別れして、この汚れたスラムの中を歩いて行く。
人が虚ろな目を向けてきて、無気力な視線でおれを眺めていた。生きる夢も明日への希望もここにはないらしい。
ファージン集落は貧しいけどみんなで寄り添って生きているし、獣人さんたちは仲間思いで苦しい生活の中で分かち合っていたが、ここはそんな情けのある光景は見当たらない。人は自分が生きるのに精いっぱいというか、それとも人の持ち物を奪うまで生き延びることに執着しているというべきか。
この世界でなくても元の世界にも貧困なんてざらにある。目を向ければいくらでも悲しい人たちを目の当たりにすることはできるし、目を背けばそんな心を突き刺す光景を見なくて済む。異世界転移しても同じのような世界におれは生きているから、時にはなにもしない自分が善人じゃないことくらいは自覚している。
それでも後悔が残らないように自分がなすべきことをできるだけしておきたい。
「ここが酒場だよ」
「ありがとう」
「カムランのおじさん、ご飯は美味しかったよ、ありがとう。おじさんにアルス様のご恩愛を」
「ああ、きみたちにもアルス様のご恩愛を」
大きく手を振ってからクルゾールは元気よくスラムの中へ走り去っていく。
ただの八つ当たりだと自分でも思っているが、この世界に神様は確かに存在しているから、どうにかこの子たちをできないものかとムカついた。
だがそれは筋違いの話とすぐに思いなおし、神頼みする前にそう思うやつがどうにかしてみせろってもんだ。そう、それはおれだ。おれがなにもできないのに精霊王様たちを責める資格なんて持っていない。
大きく息を吸い込んでから胸に淀んだ思いを吐き出そうと実行したがすぐにそれが過ちだってわかった。
くさい、臭すぎるぜここの空気は……さて、やるべきことをやろうか。
獲物を狙う目線の中を通って、カウンターへ一直線。酒場の亭主は見定めるような目で見てくるが銀貨三枚を取り出して、ペンドルから教えられた通りに合図を送るつもり。
「安い酒をコップの半分で三杯くれ」
「……金を出しな」
亭主は拭いているコップを机の上に置いてから返事してきて、銀貨をカウンターに並べると三枚とも裏面を上のほうに向けた。
「……釣りだ」
カウンターの上に銅貨三枚がおれの目の前に置かれているので、それをペンドルから教わった通りに裏面を上のほうに向けさせる。
合図はここまでだが、この後はどうなるのだろう。
「……厨房へ行って酒をもらってこい。エルフの酒がほしいからと言え」
「あ、ああ」
しばらく銅貨を眺めた酒場の亭主から指した方向へ行くようにと言われた。ここで色々と考えても仕方ないからカウンターを離れて厨房へ足を運ぶ。
厨房の中で調理している人が数人いて、どの人もいい体格をしていた。おれが入っても自分たちの仕事をするだけで目を向けて来ようとしないがその足さばきを見るだけでわかった。どの人もプーシルと変わらないくらいやり手だ。
「エルフの酒がほしいですけど」
全員が仕事をとめてからおれのほうに鋭い視線を送って来る。うん、当たりだな。
「エルフの酒なんて手に入らんだよ……ウチはシソナジスだ。あんた、見た目は冴えないやつだけどペンドルの使いか? ラクータになんの用だ?」
答えてくれたのはガッチリとした体を持つ中年の女性、2メートルは届くだろうと思われるくらいの長身でその胸がまさに文字通りの胸装甲。
シソナジスというのはおれより一回り年下のムキムキでガタイがとてもいい女だった。
ありがとうございました。




