第155話 五芒星の都市
木と水堀で囲まれている砦のような集落を見たときにおれとニール以外の全員がびっくりしていた。ニールが驚くのは食べ物の時だけだとおれは思っているので気にしていない。
警戒しているゴブリンたちがおれを見つけると木で組んだ頑丈な門を開けて飛び出してきた。
「ギャースカっ!」
ゴブオ一家は元気でゴブミとゴブマサたちゴブリンの子供はおれの周りに集まっている。頭を撫でる間に、子供たちはみんな物欲しそうな顔をしていたからおれもすぐにその欲望を理解した。
あめだね、チョコレートも欲しいのね。よし、出してあげるからちゃんと整列するんだぞ?
それはいいけどニールよ、お前まで列に加わってどうする。
ゴブリンの集落は人数が増えていた。通訳を務めてくれたゴブミの話によるとほかの集落に住むゴブリンがゴブオたちの豊かさを見て、こっちのほうに移り住んできたらしい。ここはもう集落と言うより里と言い換えたほうがよさそうだ。
ゴブリンの里は干し肉や採集した森の恵みである野菜や香辛料を干してある。ゴブリンたちは自分の暮らしを向上させるために懸命に働いていることがきれいに作り替えられた家を見てよく理解できる。
ゴブコたちゴブリンの主婦たちはラメイベス夫人から干し肉の作り方を聞いていたし、男連中はニールと白豹ちゃんたちから武技を学んでいる。ゴブオはゴブミの通訳でピキシー総務課長とエティリアとこれからの付き合い方や交易についてお話をしている。
なんでもゴブリンたちが採って来る香辛料は貴重なものもあるので、エティリアはゴブリンたちが欲しがっている武器や防具と交換する話をまとめているらしい。
そういうのは獣人族と異人族が納得するまで協議したらいいと思う。おれはおれでしなければならないことがあるから。
「行くぞ!」
「来いギャー!」
どうやらギリースーツの着用はルールで認められたとゴブマサから教えてもらった。それはいいが鬼役はおれ、森に隠れてしまった数十人のゴブリンをどうやってみつけようか。あいつらは隠れたら気配察知でも見つけにくいのにギリースーツの着用だと? まあ、お遊びだから楽しければなんでもいいよね。
空へ舞い上がったのはゴブリンを模って彫刻した缶蹴り専用の玩具。ゴブリンって案外手先が器用なもの、これなら彫像などの民芸品を交易品にするのもありかもしれない。
あとでゴブオに建議してみようかな。いまはとにかく隠れたゴブリンの子供たちを見つけないといけない、遊びこそまじめにやらないと面白くない。
「あなた、ありがとう」
「ん? なに? なんでいきなり礼を言うの?」
おれが走車の上でモビスの手綱を取ってる横にエティリアが身体を寄せてきて座っている。
「異形……異人族と貴重な品々の交易ができたもん、あなたのおかげだもん」
「なんだ、そんなのお礼はいいよ。おれは商人じゃないからエティにしてもらわないとなんもできないよ。でもこれでエティの商会ができそうだね」
獣人族で商人のお知り合いというのはエティリアしか知らない、エティリアは父親が作った商会を再興したい希望を持っているのは前から知っていた。彼女を手伝うのはおれにとって当然のことだ。
「うん。商会は作るもん、アキラ商会だもん」
「いや、ちょっと待て。アキラ商会ってのはなんだ?」
「アキラ商会はアキラ商会だもん」
「いやいやいや、そうじゃなくて」
うさぎちゃんが可愛く首を傾げるのは大いに結構、可愛いからおれも見たい。けれども今の議題はなんで商人ではないおれが商会の名になっているはず、そこから離れないように。
「ここはエティリア商会で正しいと思うよ? おれの名を使うのじゃなくて」
「でも、あたいはアキラのおかげでたくさんの商品が入ったもん。あなたの名を商会につけたいもん……ダメ?」
あ、涙目でうさぎちゃんがおれのことを上目で見てきているよ。くーっ、かわええ。でもこれは譲れないこと、商会の名はエティリア商会にしてもらわないと交易都市ゼノスでおれの名が大々的に宣伝されてしまう。
それにエティリアを一大商人にしたい願望もある。
「エティ、よく聞いて。これからゼノスを初め、色んな街できみが商売すると思うんだ。その時にアキラ商会でいくとおれが会長だと勘違いされてしまうし、きみが父親の商会を再起させたいのは知っているから、ここは間違ってもおれの名ではなく、きみの名で商会を作らないとダメだ」
「うー……」
「エティ? いい子だからちゃんと言うことを聞いて」
「むー……」
こういう時は頭を撫でて、優しく諭すように言うのが大事。最初は理性による説得で次は感性で説き伏せる。
「おれはね、エティが立派な商人になったところを見たいからそれで色々と頑張った。今度はエティが自分の商会を立ち上げて、商会を大きくしておれを喜ばせてくれないかい?」
「……わかったもん、あたい頑張るもん。あなたを喜ばせてあげるもん」
よしっ、任務完了。
エティリア、きみの商会がこの界隈で一番となることを望んでいるのは本当。そのためならおっさんは頑張れるから。
ゴブリンの里を出たおれたちは地図作成のためにおれたちは時々休憩を取って、アベカ少女に記録するための時間を作る。鼠人族の少女は初めての作業に戸惑いながら懸命にノートに書き記していて、どうしてもわからないときはおれがマップを開いて彼女を指導している。
道の方向を示すための道しるべで悩んだがニールのおかげで解決ができた。彼女は下に向けて手をかざすと地面から生やすように硬い石が隆起させた。
「俺が作ったものは壊れねえ、それに俺の気を込めといたから道の中にモンスターは入ってこねえよ」
「お、おう。ありがとうな」
この頃になるとニールが非常識なことをしても、誰一人として口を開くことはない。あの女騎士でさえ見ているだけで質問をしようとしない、いい傾向だ。
アラリアの湖畔まではもう少しの道のりはあるが、ラクータのことは気になるけど次にここへやって来る土木班のためにきっちりと道を作らないといけない。
邪魔な木や巨木は撤去して、走車がゆとりをもって行き交えるように道を広げていき、適切な間隔に休憩を取れるように広場も設置しておいた。もちろん、最初の使用者はおれたちであることは言うまでもない。
マキリがマーメイド族を連れて来てくれたので今はモフモフとエルフ様たちがお酒を飲みながら楽しく交流中。臨時に作った炊事場でラメイベス夫人とデュピラスは色々な料理をマーメイド族の接待のために調理している。
都市建設のことでマーメイドたちは一族あげて賛成してくれたし、そこまで行くのに水路を作るの計画も喜んでくれた。マキリとシャースランたちはおれのお願いで千個の真珠を採ってきてくれて、これはエティリアの交易のためではなく、おれ自身が魔力切れに備えるものとして備蓄するもの。
宴会は終わりそうにないのでおれはニールとアベカ君にサジくんを連れて、一足先都市建設地へ行くことにした。マキリたちは行かさないためにおれの服を掴んできたが、大量の酒の樽を置くとそこへマーメイドたちが群がっていく。
脱出なら今だ。
名残惜しそうに酒を見ているニールの腕を引くと、エティリアに片手をあげてからおれがアベカ君とサジくんを伴ってこの場からそそくさと逃げ出した。
五芒星。それがおれの考える銀星の都市の平面的な形。中央に学び舎や病院を含む各種の公共施設、工業や商業施設はここに集中する。五つの三角形に獣人さんやエルフさんたちの住居区にして、唯一大手門にある区画だけは外部との交流があるため、そこには冒険者ギルド、対外的の各種商店、酒場に宿屋などの商業区にする予定。
地面に描かれているおれの計画をアベカ少女は漏らさずにノートに書いているが、これはあくまで原案であり、詳細については下の里へ戻ってから村長たちが検討すればいい。農耕地は都市の外周で開墾していくつもりだし、近くでアラリアの湖に注ぐ川が流れているので都市までに水路はそこから引く。
土木班はすることが多いので増員したほうがいいのでしょうが、下の里の工事も同時に進めて行かないといけないからそこは調整すればいい。幸いと言うべきか、肥沃な土地であるが魔素の塊は森の中に比べて極めて少ない。試しに踏んでみたけど出てくるのはゴブリンやコボルドといった弱いモンスターであるから、獣人さんたちでも十分に対応できるでしょう。
これから獣人さんたちはここを建設しつつ、下の里からここへ移住してくる。下の里は交易するための拠点であるとともに、そこで人族側と交流を続けてほしい。どういう経緯であれ、ゼノスのように獣人さんと対等に付き合えるコミュニティだって存在しているんだ。
本当はエティリアたちと一緒にアラクネの里でほかの異人族に会ってみたい願望はあるが、おれはニールとテンクスの町までの新しい交易路を開いていかねばならない。異人族たちのことはエティリアとピキシーさんに任せればいいのでしょうし、強力な助っ人であるラメイベス夫人もついているから心配はないと思う。
「ニール、しばらくは二人の旅になるからね」
「おうよ。酒があれば文句はねえが、ラメイベスに飯を作ってもらっとけよ」
「ご心配なく、抜かりなく発注がかけておいたぜ」
すでにラメイベス夫人へ注文したし、食材の牛肉も渡してあるのさ。あとはみんなと合流して打ち合わせと休憩を済ませたら出発する。
城塞都市ラクータのことが気がかりだからとにかく一度は行ってみたい、顔が割れていない今ならどういう状態であるかを自分の目で確かめてみる。あちらの協力者も欲しいのでスイニーの粉のことを合わせて、妖精の小人の爺さんに相談してみるか。
ありがとうございました。




