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第151話 銀星は湖畔で輝く

「基本的にあんたたちは人族側と相互関係を結ぶことなく、自分たちだけでやっていく前提で楽土の未来を考えてほしい。それには内政、外交と軍事を自立した形で運営していくことが望ましい」


 族長たちからの返事は期待していないし、アベカ君が一生懸命に書き留めているからおれは考えを述べていくことにした。



「安定した生活を送るためには公平な税収と裁判が必要と考える。そのために行政、立法に司法は必要不可欠で、それを執行する組織をきみたちの手で作っていかねばならない。世界には理があるように、きみたちも自分たちの生活が保障されるために自分たちのしきたりに沿った法を作り、それを住まう人々が義務として守ることでより良い生活を送るための権利を得る」


「……」


「獣人族は村の長によって統括してきたが楽土とはもっと大きな共同体であり、それに伴う管理は今までのように簡単にはいかなくなるでしょう。そのためにきみたちにはしっかりと話し合った上で決めてほしい。おれは組織については意見を提供するが、政治体制については自分たちで決めればいいと考えている」



 この世界のコミュニティは独自の政治体制を持っているとイ・コルゼーさんから教わっている。都市院なり里院なり、それは獣人さんがやりやすいように作り上げればいい。


 民衆主義とか社会主義とか、それは元の世界で長い時間をかけて人々が当時の政治体制と争い、歴史を鑑みた思想家が熟考を重ねて、元の世界に合うように提唱され、人々が自分たちの暮らしの中で勝ち取って社会に取り入れたもの。



 そういう人々が必要とし、自分たちが享受する政治体制はあくまで時代の変化とともに、その社会に適するからこそ機能を果たすのであって、押し付けられるものじゃない。


 この世界もいつかは政治的な変化があるかもしれないけど、観光したいおれはそれに参加するつもりはない。革命って、大変だよ? なによりも民衆に浸透し、政治の在り方を理解するまでは時間がかかってしようがない。おれによって政治が行うことは建設的かつ有意義なことじゃないので、それに携わるつもりは一切ない。




 それからおれは大まかに組織について、族長たちへ建言してみた。


 組織としてはいくつかの主要部門を作る。


 獣人たちのしきたりをもとに法を作る立法課。

 作られた法で違反したものを裁判するための司法課。

 各都市と折衝するための外交課。

 税収による予算や支出を管理する財務課。

 社会インフラを管轄する建設課。

 医療に労働や福祉を施政する厚生課。

 学問や学び舎を司る教育課。

 農耕地や畜産を統合する産業課。

 公共事業に関わる諸事などを調整する総務課。



 それとは別に、軍事力は自衛力を持つ軍隊組織と、市民の安全を守るための治安組織に分ける。


 軍の組織は簡単、それは獅子人族と虎人族を主体とした、戦闘能力を持つ集団であれば特に問題はない。それと違う体制で治安組織として、おれが考えたのが冒険者ギルド。


 冒険者ならアラリアの森で狩猟しつつ、森の巡邏を兼ねることができるし、依頼そのものを受ける際に、それが違法なものであるかどうかもチェックできる。



 冒険者の身分保証については雇われ者としてじゃなくて、公共機関から月給で支給されることで、これを法的にしばりつける。その一方、依頼をこなすことで、ボーナスみたいな賞金制度を設けて、冒険者であることにやる気を高める。


 早い話、公共機関による雇用の機会を増やすことだ。



 冒険者ギルドを人族側に設けるつもりはない。これは獣人族側が運営すべきものであって、拡大させるとしてもそれはエルフの集落または異人族の里だけ。


 要するにこれら全ての組織はアラリアの森で運営されるだけのもので、これに関わることができるのは、アラリアの森に住まう人々だけというのがおれの考え。




「そうそう、大事なことを忘れたよ」


 危うくみんなに伝えそこなったところだけど、これは獣人の発展になくてはならない組織だ。



「な、なにかな?」


 うん、エイさんの頭から見えない煙が立ちこもっているね。



「学校だ、教育だよ。こっちでいうと学び舎かな」


 ワスプールとモビスや走車の支払いについて話していた時に、ワスプールはおれの前で暗算してみせた。以前にエイジェがオレの暗算に驚いていたけど、ワスプールの話によると学び舎に通っていれば、それは子供でもできることだそうだ。



 話が聞けてよかった、大恥をかくところだった。おれはてっきりこの世界には暗算がないだと思っていたが、よく考えてみればファージン集落で子供の教育を担当したのはイ・コルゼーさん。巡回神官様は神学とかで、言語についての知識は相当なものはあったけど、数学を子供に教えていた時はいつも算木を使っていた。



 この世界で教育を受けることはお金がかかるとワスプールから聞き、お金のない獣人さんが子供に教育を施すことは難しいと彼は教えてくれた。それなら公共学校を立ち上げて、獣人さんの子供たちにもしっかりと学問について学んでもらおう。


 教育ってね、とても大事だよ。親は子供の育成に安定した生活環境、健康な体、それに十分な教育を与えればいいと思う。それだけあればこの世界で生きていけるとおれは思っている。



「ま、学び舎?」


「そう、お金のいらない学び舎。ご飯もついてるから親も安心して働けると思うんだ」


 ピキシー村長はあっけを取られた顔をしているけど、学校は作ろう。それに給食は意外と親にとって助かるはず。



「そうはいってもオレたちの中で学び舎へ行ったやつなんかいないぞ」


「あ、あたいは行ったもん」


 虎人の村長さんが困っていると、エティリアは挙手して教育を受けていることを発言した。


 エティリアは商人なんだから親が行かせてくれたのでしょうが、彼女は楽土の交易を支えるエティリア商会(仮)の会長さんだから、先生としては考えてません。たまに講義するなら教師としてお願いしたいけど。



「それは任せてもらおう。ゼノスで交渉してきてみる」


「はいチュッ?」


 面白い顔をするがそれはやめてくれよ、ネズミのおばあちゃん。あんたの顔にはちょっとしたトラウマがあるから。



 教師役はゼノスで雇うつもり、いわゆる終生雇用ってやつ。候補についても考えがある、労働力として扱われていないお爺さんとお婆さんだ。


 働く現場で歴寄りを見かけないから気になっていたが、この世界で労働力として扱われない人は家にいて死を待つとワスプールがおれの質問に返事してくれた。



 よく考えたらファージン集落でニモテアウズのじっちゃんも息子のヌエガブフに養われていたもんな。なんともったいないことを。



 爺さん婆さんはな、人生経験が豊富なうえで有能な人もいるんです。このまま埋もれるのは資源の浪費、社会のためにぜひもう一度花を咲かせてほしい。


 それに爺さんや婆さんの先生なら、種族の違いや人族側の諜報活動についてもそこまで配慮しなくていいし、働けなくなるまで、悠々自適に最後の日々を送ってもらいたいものだ。




「だいたいそんなもんかな?」


「そんなものだって……」


 エイさんは呆れた顔をしているけど、すでに族長たちは色々と熱論し始めている。こういう時は酒があればさらに盛り上がるなんだけど、できればラメイベス夫人の作った酒のアテを待ちたい。


 散々待たせやがってって顔をしているニールさんよ。うん、わかってるからそんな物欲しそうな顔をしないでくれますか?



「皆様、お待たせしましたわ」


 なんというタイミングで酒のアテを持ってくるんだ、外で待っていたわけじゃないだろうな。


 ラメイベス夫人や、やっぱりあんたには読心のスキルがあって、まごうことなきこの世界のウラボスだよ。


 さあ、酒盛りするぜ!




「アキラさんは色々と知っていますね、どこかの都市で都市の長を務めていたのですか?」


「いやいや、そんなわけないよ。ただのリーマンですよ」


「りーまん? なんですかそれ」


「ナハハ。要するにお金をもらって勤めていただけ」


 ワインもどきをピキシー村長と飲みながら雑談を交わす。実は村長たちが色々と詳しく聞きたがっていたがみんな追い返した。まずは自分たちで考えてみて、詳細についての疑問があればおれはできるだけお答えしよう。



 正直なところ、おおよその概念はわかるとしても、細かい所までおれも知らないというのが本音。例えば田んぼすら耕したことのないおれに、小麦の栽培なんて知るはずもない。ファージン集落にいた頃、カッスラークが畑仕事するときに、横で彼と雑談しながら手伝った程度のことしか知らない。



 最初から全部のことができるのではなく、できることから積み重ねしていくことを期待して、課という小さな組織単位でスタートすることを勧めた。


 コアさえあればあとは必要に応じて増員すればいい。


 交易都市ゼノスの都市の長であるマダム・マイクリフテルから人材を借りようとも思ったが、なんだか関与されそうでそれは諦めた。色々と悩んでみたけど最終的に開き直って、獣人さんたちに丸投げです。



 ここは獣人さんたちの街、彼や彼女らが住みやすければいい。行政はそれを手助けるものであって、楽土の目的は組織を作るためにあるではない。おれが獣人さんに力添えしたのは獣人族の安住の地を求めたもの、そこは勘違いしたらダメ。



「アキラの名をとって都市アキラと言うのはどうだろう」


「はいチュッ。わたすら鼠人族はそれがいいと思うでチュッ」


 はいチュッじゃねえ! 獣人さんたちがおかしなことを言い出したぞ? 組織について語り合えと言うのに、なんで街の名に話題が変わっている。しかも都市アキラってなんだ? そんなの絶対に嫌だぞ。



「待て、ちょっと待て。それは無しだ、そんな恥ずかしいことはやめてくれ」


 慌てて止めに入ったけど、そのいかにも残念そうな顔はやめなされ。



「アキラはオレたちに色々としてくれた。感謝の気持ちも込めて、その名が子孫代々に受け継がれていけるようにアキラの名を付けようと思うんだ」


「やぁめぇろぉ。恥ずかしいわ! ほかの名にしようや」


 そんな羞恥プレイは絶対に嫌だぞ。道にアキラ通りとかでも嫌なのに、都市の名がアキラってどんな冗談だ。


 もしラクータと本当に戦争になって、ラクータとアキラの戦いとか、歴史に名を残すようになったらどうしてくれるんだ。



「でも名は大事だよな」


「わたすたちの街でチュッ、いい名が欲しいでチュッ」


「そうですね、ワタシとしても先祖の地に帰り、誇れる名の都市でありたいですね」


 全員がチラ見してくるけどこいつらどうしてくれよう、名くらい自分たちで決めろ。でもここは放っておいたら本当におれの名が付きそうで、その前に手を打ってしまうのはあり。早急に考えなくちゃ。




 酒を飲んでウラボスの料理をパクパクと食ってるニールが、フッと視野に入って来る。


 よく考えたら、彼女がいなければ森のヌシ様地竜(アースドラゴン)ペシティグムスに勝負することなんてできなかったし、奴隷獣人の輸送もうまく行かなかったはず。おれは口でこそ色々と言ってるけど、実質的には彼女の功績であるはずだ。



 名を付けて相応しいとしたらそれは彼女であり、おれじゃない。よしっ、押し付けちゃえ。



「……シルバースターシティ、銀星の都市というのはどうだ」


「しるばーすたーしてぃ?」


「そうだ、輝く銀の星。アラリアの湖畔は夜空がきれい、その横で煌めく都市がきみたちの住処だ。シルバーというのはな、強い象徴なんだ。神話で名を轟かす銀龍(シルバードラゴン)をあやかって、獣人族は強いということを子孫たちに伝えていこうぜ」


「おお、銀龍(シルバードラゴン)様ですか」


 村長たちが感心しているときに、ニールが小刻みに肩を震わせ始めた。


 これは来るぞ。



「はーははは! あきらっちもたまにはいいことを言うんじゃねえか、強い象徴のシルバースターシテーとは気に入ったぞ。その名にしろ、俺が守ってやんよ!」



 獣人の村長たちがニールの言葉にあっけを取られていたが、おれは一人でほくそ笑んでいる。



 うん、こうなることがわかってわざわざ言った甲斐がありました。ニールを知る獣人さんからの反対も少ないことだろうし、楽土の名前は銀星の(シルバースター)都市(シティ)で決定します! 異論はないし、言わせる気はありません。



 それでマッシャーリア村であったここがマッシャーリアの里という名に変えて、通称としてマッシャーリアの里が下の里で、銀星の都市が上の里という意見をみんなに提案してみようかな。


ありがとうございました。

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