第150話 会議はお茶会がいい
感動感激、ただそれだけ。異世界に平城現れる。
まだ建物による防衛施設はなにもないけど、土塁や空堀はすでに出来上がっていて、ほかの6人を置いておれは駆け出した。堀底を見るとそこには畝掘がちゃんと伝えた通りに掘られていた。
大手門のほうへいくとそこは枡形虎口。敵の侵入を防ぐ機能を持つは勿論のこと、これなら将来において、村の中へ入る時は詰め所としても使えるはずだ。どうしようかな、せっかくだからタモン櫓でもかまえてやろうかな。
ああ、夢がふくらむね。
「先生、お帰りなさい!」
「アベカ君、よくぞ作り上げた。先生はきみのような生徒を持つことが誇らしい」
「ありがとうございます!」
鼠人族は無毛で正確に言うとモフモフに該当するかどうかがはなはだ疑問に感じるけど、獣人と言うことでカテゴライズしようじゃありませんか。
「先生が言いつけした工事は大まか終わりました。櫓や塀などの防衛施設ですが、建物に使う木材だけは用意しましたけど、あとは先生と相談してから決めようかとみんなが話し合いで決めました」
「よろしい。非常にいい答えだよアベカ君」
「それじゃ、ワタシは資材の計算がありますのでまたあとで伺います」
「うむ、ご苦労さま」
少女は軽やかな足取りで城内のほうに走り去る。うんうんと頷いていたら後ろからエティリアの声が聞こえてくる。
「あなた。さきの子があなたの言ってたアベカちゃんもん?」
「ああ、そうだ。この城も彼女たち鼠人族の監督で作り上げたみたいなもんだ。おれがいても果たしてできたかどうか」
こういう土木工事は難しい、工期工程をしっかり把握していないと中々思うように進まない。おれがエティリアたちと会いに行く前に鼠人たちを捕まえてくどいくらいに教え込んだがそれはあくまで概念と理論。現実的に工事に取りかかると思ったらそこは経験値が大事となって来る。現場ってね、色んなことが起きるんだよな。
これでお城の土台ができたので後は内部の区割りをどうするかだ、教会に住宅、公共施設に商業施設。考えたら色々としなければならないことが次々と出てくるわけで、ここは一旦族長たちを集めてしっかりと討論したほうがいい。
だが、その前にだな。
「ラメイベスさんが作るご飯を食いに行くぞ!」
「うおーーー!」
怒声に近い声をあげたのはやはりニールであった。同士よ、いざ往かんぞ。
満腹満足。もうこのまま寝てもいいかな? と思ったらエティリアとレイはもう仲良くイビキをかいてイ・プルッティリアにもたれて寝ていた。おーい、そいつはクッションがないぞ。
セイは母親のラメイベス夫人の後片付けを手伝い、ニールはエイさんたちとワインもどきをあおっている。ウェストサイドの森のエルフが作るワインもどきは言うまでもなく大人気だし、ラメイベス夫人はしばらく見た後で牛肉を使っての料理を開発したんだ。恐れるべきは料理の魔女、異世界のウラボス。元の世界でもワインを使った煮込み料理はあるが、それをラメイベス夫人はおれに聞きもしないで作り出した。
もうね、ラクータと決着をつけたあとにおれは彼女の許でしばらく修行するのスケジュールは組んである。
料理を制するものは異世界を制す、そうに違いない。
「ここじゃ入りきらぬな、場所を変えるか?」
「そうですね。アジャステッグ以外の村の長はだいたいこの村に来てますから、どこかみんなが入れる場所があればいいですけど」
エイさんとピキシー村長が話し合いのための場所を悩んでいる。村のことを一番知っている二人が知らないのならないのかもしれない。かといってこの大人数で青空会議と言うのも気が引ける。どうしたものか。
「わたすが案内するでチュッ、いいところがありまチュッ」
ネズミのおばあちゃんのロピアンさんが挙手してから発言しました。これは前に教えた通りですね、発言は手をあげてからということさ。
「どこへ行くんだ、ロピアンのばっちゃんよ」
「加工木材の置き場でチュッ、そこならまだ使ってないでチュッ」
「おお、そうだ。すっかり忘れていたわ」
おい、エイさん。あんたピキシー村長から村のことを託されていたのだろうが、なにが建てられたかくらいは覚えろ。ったく、使えないな。
「おーい、お前。あとで酒のアテを作って加工木材の置き場に持ってきてくれい」
「はい、たくさん作るわ。待っててくださいね」
エイさんが奥方のラメイベス夫人に酒のアテを注文してくれた。いえーい、やったね、エイさん。前からずっと思ってたけどあんた中々やるな、さすがだね。
そこは木材を使って建てた大きな倉庫。外から中まで見させてもらったが理に適っていて、屋根裏を眺めるとちゃんと構造的なことも考えている。あとはトラス構造や火打ち梁に筋交いなどの補強材の概念を伝えよう。それとアンカーボルトや接合金物とか必要と思うが鉄筋のこともあるのでこれはエルフの長老に相談してみよう。なるべく釘を使わないで継ぎ手や仕口だけで組み上げるというのも悪くない。大きな建物だと接合部が複雑になる恐れはあるが、そこは現地の建築技術の併用で考えていこう。
スイニーの粉はドワーフたちからもらっているので、櫓や塀の外装は防火対策を考えてモルタル塗り仕上げでいいと思うがスイニーの粉はおれが持っている分しかないから、将来の補修のこともあるのでどうしたものか。うーん……
そうだ! ペンドルはノームだ、あいつならなにか知っているかもしれない。今度ゼノスへ行ってペンドルに聞いてみるか、それがいい。
「うおっ! なんだなんだ」
後ろを振り向いてみると族長たちが整列してジッとおれを見ていた。
「いや、アキラがまたなにかブツブツと言ってるからオレたちは黙った方がいいかなと」
ムナズックがわけを話すと族長たちはうんうんと頷いていた。それはいいけど羊人の村長さんやネズミのおばあちゃんら何人かの知り合いはいるが、そのほかは初対面だよな? なんでみんなが納得しているんだ。
「オッホン。それじゃ、会議を始めようか」
「うむ、皆の衆、座ってアキラの話を聞こうじゃないか」
エイさんの声に村長さんたちは一斉に床に腰を下ろすがエイさんの言葉はちょっとおかしいよな。おれは会議すると言ったのになぜそれがおれの話を聞くということになった。
まっいいか。知っていることをアウトプットしていこう、どうとらえるかは獣人さんたちに任せよう。
「ロピアンさん、お願いがあるけどアベカ君を呼んできてほしい」
「はいチュッ」
なにその美味しいお菓子の答え方、お菓子が食べたくなったのでお茶でも用意しようかな。そうだ、こういうお話し合いはエティリアにも聞かせてあげたいし、白豹ちゃんたちも来させた方がいい。たぶんこの後は飲み会になると思うのでニールも呼んであげよう。
「エイさん。エティリアとセイにレイ、それとニールも連れて来てくれないかな」
「承知した」
さて、来てもらう間にお茶とお菓子を出しておこうか。会議はね、食べながらやるのがおれは好きなんだ。
「アベカ君、きみに書記をお願いするよ」
「はいっ! 先生、書記ってなんですか?」
元気よく手をあげてから鼠人少女の生徒は質問してくる。うむ、先生としてここはお答えしよう。
「書記とは文字通り、書き記すことだ。これから行われるお話し合いの内容をきみが重点だけ記録しておく。いいか、大事なのは全部書くのじゃなくて、話し合いで出た議題と問題点、それに結論。この三つを書き留めることが大切なんだ。大変とは思うがその三つの事項に注意して、きみが書くべきと思ったことを書けばいい」
「は、はい。頑張ります」
「エティリア」
「はい、アキラッちさん」
アベカ君に新しいノートを渡しながら恋人に声をかけたが、族長たちの前で緊張している彼女はさん付けでおれに返事した。
「これからの話し合いをよく聞いてほしい。聞くだけでいい、わからないところがあれば今後の会議で発言すればいい。エティはアラリアの森でまだ生産されていない食糧をゼノスと交易して獲得しなければならないからね」
「は、はい。頑張るもん」
「セイ、レイ、きみたちにも話を聞いてもらう。楽土が出来上がったら獣人族は自らの共同体を運営していかねばならない、今までのようにものを作ってそれを人族側に売ればいいというわけにはいかなくなる。最悪の場合に備えて、人族と交易しなくても自立できるだけの体制を作っていなかねばならないから」
「はい」
「...レイ、聞く...」
白豹ちゃんたちとエティリアは今までと違って、どこか落ち着かない様子を見せている。気持ちはわかる、おっさんだって今は心臓がバクバクしているんだ。政治なんてさ、学生時代に基礎だけ学んだだけで、それ以来はニュースや歴史の本でしかかじったことがない。
国家にしろ会社にしろ、組織作りはこういうことは欠かせないと思う。家庭でも運営するのに夫婦の話し合いは非常に重要だ。獣人の村長さんたちにおれが知っていることを伝えて、あとは彼らが自分たちで運営できるように体制そのものを築けばいい。
今はラクータ側と争っている非常時、運営するために最低限の組織を立ち上げ、アラリアの湖畔で街を作った時にちゃんとしたものに発展を遂げればいいとおれは考える。
政治家でもないおっさんが知っていることなんてたかが知れているけど、それでも持っている知識を獣人さんたちに伝えていこう。それがこれからアラリアの森に住んでいく獣人族にとって、どのように役に立つかは彼らが決めればいい。
なぜおれは獣人さんたちと話し合わねばならないのか? 内政チートがしたいのか? 違うね、これは責任という見えない枷。どうであれ獣人さんが民族の移動までしてアラリアの森へ帰ろうとしたのはおれが言い出したこと。自分ができる限りのことをしなければ獣人さんたちに申し訳が立たない。
ただ無責任に思うかもしれないけど、獣人さんたちは自分たちの未来を決定する権利と義務を有しているから、おれはあくまでアドバイザーとしての役割を担う。どのように自分たちのコミュニティを築き上げるかは、彼らと生きていくつもりのないおれが口を出すべきじゃない。
そういう自覚の前提におれは獣人の族長たちと彼らの未来を語り合うつもりだ。
ありがとうございました。




