第148話 死に様は人それぞれ
「よそ見するなっつってんだろが!」
「くっ――」
オルトロス戦以来、おれは初めて斬りつけられた。エティリアのことで気を取られて、気が付いた時に危機が一発さんが切り払ってくる剣はおれの露出した腕を掠めたんだ。
「死ね、死ね死ね死ね! てめえを殺したらペンドルのやつに復讐しに行くんだ」
危機が一発さんはおれを傷つけたことが嬉しかったのか、叫びながら剣を振って来る。こいつとやるのはここまでとしよう、さっさと殺してエティリアを助けに行こう。一歩大きく下がったおれに危機が一発さんは悦に入った表情で生涯最後の言葉を発した。
「逃がすと思うか、ああ? てめえを――」
斬鬼の野太刀の柄に魔力を流すと幾筋もの雷魔法が危機が一発さんのほうへほとばしり、危機が一発さんは断末魔の声をあげることもなく絶命した。
すでに多くの盗賊はイ・プルッティリアが斬り殺し、残った盗賊たちは武器を放り出してから森のほうへ逃げていく。
どうでもいい、逃げたければ逃げろ。
エティリアはエッシーおじさまと呼んでいる初老の男と激戦しているがその動きは激しく、おれは魔法を撃つことも助太刀することもできない。エティリアに当たるかもしれないからだ。
「死ねい、エティ!」
「おじさま、やめて!」
初老の男はすでに血まみれでエティリアは傷一つ負っていない。この戦い、どこかおかしい。
「どういうつもりは知らないが敵はエティリアに殺されることを望んでいるようだ」
横からイ・プルッティリアの一言でおれも気付くことができた。初老の男はエティリアからの攻撃を避けることもなくその体で受け止めているが、エティリアへの攻撃は全て逸らすように斬りかかっていたんだ。
なんだ、あいつはどういうつもりだ?
「うおーっ!」
「エッシーおじさま!」
飛びかかった初老の男にエティリアの剣が胸部に深々と突き刺さり、剣を失ったエティリアは両手で口元を覆いつつ、後ろへ下がりながら倒れる初老の男を見ていた。
「イ・プルッティリア、エティを頼む」
「承知した」
エティリアのことをイ・プルッティリアに任せて、おれは初老の男の許へ急いだ。あの状態で回復魔法は間に合うか。
片膝をついて、魔法をかけようとするおれの手を初老の男は掴んだ。
「こ、このま……このまま死なせて……くれ……」
「は?」
意味が分からん、このおじさんはなにを言いやがる。
「わがと……友のトストロイはワタシ……ワタシが殺したみたいなもの……父の仇を討た……討たせてやりたかった。これは……エティの……復讐」
「……」
なに? 復讐ってなに? 見くびるな、エティはそんなやつじゃないぞ!
「ら、ラッチさん……エティを……エティを頼む……しあ……幸せにして……やってくれ……」
死にかけの男は振り絞るように握って来る手に最後の力を込めてくる。エティリアのほうに目を向けたが彼女は地べたに座り込んで、イ・プルッティリアに肩を支えられたまま、エティリアは死ぬであろうの旧知のおじさんを涙目で見ている。
「た、たのむ……エティを……たの……」
「ああ、わかった。任せろ」
「あ、ありが……トスト……ロイ……わびに……いく……」
エッシーおじさまと呼ばれた初老の男は息を引き取った。おれにとって、こいつはエティリアを襲ったクソたれだったが、おれが知らないエティリアの過去の歳月にこの人はいいおじさまだった時代もあったみたいだ。
人なんてしょせんそんなものかもしれない。
だれだって、いつ変わるかは知らない。あんなに仲が良かった友達と疎遠になることなんて多々とあるし、一緒に夢を見ていた仕事仲間と離れ離れになって、連絡が途切れてしまうことなんて当たり前。そんなの生きていればいつの間にかなんの感傷も湧かなくなり、ただ人と出会い、人と別れるだけ。
それがなんだ? それは悲しいことか? わからん。おっさんにはなんも言えない。人は別れるがために出会いを重ねているだけと思ったりもする。
今は一人の男の死をエティリアに伝えるだけ。それでもこの男は死んでから泣いてくれる人がいて、それがこの男の人生の価値。おれに殺された危機が一発さんは黒焦げになって大地の養分となるのみ。
もし、おれが死ぬときはだれかが泣いてくれたりするだろうか? エティリア? デュピラス? クレス? ファージンたち?
アホなことを考えるのはよそう、死ぬときは死ぬだけだから。
森の近くで初老の男を火葬でアルス様の許へ送った、それがエティリアの希望だった。火葬式はおれがエティリアのお供で立ち会い、静かに涙を流す彼女の後ろから空へ燃え上る炎を見つめる。
憎い父親の仇であったはずなのにエティリアは喜んでいなかった。彼女はなにを思いなにを悲しむのは聞かない、聞いても多分わからないだろう、こういうときはただそばにいるだけでいい。
奇襲に備えるため、イ・プルッティリアが屋根の上で見張り役を務めるようになった。たまに森のほうからオークやコボルトが襲ってくるがオークは食糧になれるのでそれは積極的に討伐した。
あれから盗賊団による襲撃はなく、時折ラクータ騎士団の監視の目を感じつつ、いくつも無人になった獣人の廃村を通って、おれたちはついにアジャステッグくんたちに追いついた。
「ちゃんぴおん!」
白銀の鎧で将軍様に見えるアジャステッグくんが右手を振ってからおれのほうに向かって走って来る。
「この同胞たちはゼノスから連れて来てくれたのか」
「そうだよ」
「ありがたい、さすがはちゃんぴおんだ」
アジャステッグくんがまた抱きつこうとしたから三歩ほど後ろに下がったが、そこにイ・プルッティリアがいたので慌てて当たらないように身を避ける。
「人族の女か。ちゃんぴおん、そいつはだれだ!」
「え? ああ、この人は――」
しかめ面したアジャステッグくんはイ・プルッティリアのことを聞いてきたので、説明のために話そうとしたがイ・プルッティリアのほうが割り込んでくる。
「神教騎士団のイ・プルッティリアだ、教会建設のためにアキラ殿と同行している。神教騎士だが位は巡回神官、そなたらにもアルス様のご恩愛を」
「おお、巡回神官様ですか? 失礼しました。アルス様にご感謝を」
「うむ、アルス様にご感謝を」
恭しくイ・プルッティリアに敬礼するアジャステッグ。獣人さんたちはアルス様を深く信仰しており、アルスの森の方向へ礼拝する習慣を持っている。
よく考えたら困るのよな。森のヌシ様地竜ペシティグムスは楽土の完成後に獣人さんたちの守り神になるし、一方では精霊王にも変わらない信心を捧げる。どっちの神を獣人さんたちは重んじるだろう。まっ、それは獣人さんたちに任せるか、宗教なんて信じたいようにそれぞれが敬えばいいものさ。
「アキラさん、この後はどうされるつもりですか?」
「そうだな。このまま護送を続けるか、きみたちに任せて先に村へ向かうかを迷っているけどね」
ピキシー村長がおれにスケジュールを聞いてきたので素直に答えることにした。
「それでしたらゼノスから帰って来た同胞たちのことは任せてくれてもいいですよ。あといくつかの村を回ればこちらも村に着きますし、先に行ってもらってワタシたちのことを知らせてもらえれば助かります」
「そう、だねえ。多いもんね」
ざっと見ただけでも数千人の獣人さんはいる。獣人の将軍様に率いられている獅子人族は軍勢といっても過言じゃないから、多少の敵ではどうにもならないでしょう。ここはピキシー村長の提案に甘えよう。
「それじゃ村を通ったときにきみたちのことを伝えておくよ。何か不足するものはあるか?」
「食糧を補給してもらえれば助かります。特に小麦粉などの食材が足りないですね」
「わかった、それは置いて行く。ほかには?」
「武器や防具があればアジャステッグたちだけじゃなくて、ワタシたちも自衛くらいはできるのですが、いきなり言われても難しいのでそれはいいです」
自分の言葉に苦笑しているピキシー村長におれは満面の笑みでその肩を叩いた。
「ふっふっふ……よくぞ言ってくれた、きみの願いを叶えようじゃないか」
あるんですよ、いいものをおれは持っているのですよ。ちょうど気配察知でラクータの監視者が立ち去ったばかりだし、いまなら出しても問題はないと思う。
とくとご覧あれ! きみたちのためにウェストサイドのドワーフさんたちからもらい受けた特製の武具を!
積み上げられている武器や防具にアジャステッグくんやピキシー村長たちは絶句していた。これなら獅子人族以外に千人くらいは完全装備できるでしょう、ちょっとした軍隊ってところかな。
「……アキラ殿、これはどういうことだ」
低い声だがすごい迫力を込めた口調と視線で問い詰めてくるのは神教騎士団のイ・プルッティリア。
しまった、完全にこいつの存在を忘れている。この頃は獣人さんやエルフ様の前でなにかと色んなことをやらかしているので、だんだんと自重しなくなっていた。
「ウオッホン。いいか、イ・プルッティリアさんよ。実はな、おれは獣人を救えと巫女様から密命を受けているんだ。そこで巫女様から様々なものを授かっていて、必要な時に使えと言われている。本当はきみに言わないようにと巫女様から念を押されたがきみをだますのは心苦しいものがあるので、今だから本当のことを打ち明けてもらったよ」
「うそつけ!」
まあ、うそだけど。そこは場の空気を読んで素直に引き下がれや、このペッタンコ騎士が。
「巫女様にお仕えする私は女神祭の以前にお前など見たこともないわ! さあ、神罰が下る前にアルス様の名にかけて真実を申すがいい」
ものすごい目で睨んで、両手でおれの肩を剛力で掴んでいる女騎士さん。痛いから放してくれ、それにみんながこっちをみているじゃないか。
「きみは巫女様から教会建設の下見と獣人族の苦境に手を貸せを申し付けられたよな。おれのことを探るために付いてきたわけじゃないよな? これ以上いらんことに口を出すと追い返すぞ」
もう面倒だ、こうなったら脅すしかない。この手で銀龍メリジーの口を封じたこともあったから通用するはず。
「……ひ、卑怯者めえ! うわーん――」
泣きながら女騎士さんはどこかへ走って行きました。すまんな、卑怯は承知の上でやらせてまらいました。
うーん、周りからの視線は明らかにおれを責めている。
デュピラスも、エティリアも、セイレイちゃんも、おれを敬愛するアジャステッグやおれに気があるピキシー村長も、護送してきた獣人さんたちも、みんなはおれが巡回神官であるイ・プルッティリアを泣かせたことにおれが悪いと思っているようだ。
『はーい、本当のことを言いまーす。実はこの世界の二柱の守護さんである神龍と精霊王とはお友達なんですよ。そこにいるニールもそれは偽名で本当は銀龍メリジーさんなんですからね。ローインのことはもうみんな知っているから、きみたちが敬っている女神様こと風の精霊エデジーさんをお呼びしましょうか? 彼女とはお友達ですから呼べばすぐに来てくれますよ』
なーんて言えるかっ!
言えるわけないじゃんそんなの。神教の教典に書かれている神々とお友達のおれはなんなんだ? そうなったらラクータの人族と獣人族の紛争どころじゃないわ。この世界の神話が変わるわ! 神々と知り合いのおれはどうなるんだ。
考えてみろ、元の世界で誰かがおれに私は神とお知り合いだよって言われてみろ。おれはそいつを病院に連れて行くか、それかそいつとの人間関係を考えさせてもらう。
もし、本当にそいつが神を連れて来てみろ。おれはそいつを神の使いとして崇めるか、利用させてもらうか、遠方からそいつの幸福を祈ってやるかだ。どっちにせよ、対等な付き合いはしなくなることは目に見えてくる。
そんなの嫌だぞおれ。平穏な生活を送りながら観光したいがために転移を決心した、それを邪魔するものは全力で排除するつもり。
そのためにとっとと獣人さんたちの楽土を作り上げ、エティたち獣人族が幸せな日を迎えたらおれは遁走させてもらうつもり。
ありがとうございました。




