第147話 襲撃が続く
「カッサンドラスぅ、てめえは俺らを謀ったじゃねえだろうな!」
「なにをだ」
「なんだよあれは! なんで俺らの手下が二千人もいて一瞬に殺されちまうんだあ!」
盗賊団の親分に詰問されたカッサンドラスのほうが答えを知りたいと思った。襲撃は完璧だったはず、盗賊団を六つずつに分けて、森側と人の高さはある草が生えている草原側から街道を進む長い車列へ波状攻撃をかけた。
通常の奇襲なら魔法や矢で混乱に陥って、対応ができないまま襲いかかる盗賊に戦力を奪われてしまう。盗賊の親分たちがそう豪語したし、カッサンドラスもそうだろうと思っていた。
ところが撃ち放たれた魔法と矢は全て空中で光魔法にかき消されてしまい、驚愕して立ちとまった二千人の盗賊が一瞬で光魔法に撃ち殺された。それは全て一回だけの魔法の行使によってだ。騎士として長い経験の中、こんなのは見たことも聞いたこともない。
「こういう光魔法はあるか?」
「ありません! あるわけありません。こんな魔法があってたまるか、魔力が持ちませんよ」
部下の魔法術師は刺激が強すぎて前方を見たまま頭を動かそうとしない。車列のほうから一人が飛び出してきて、持っている武器で地面にいるなにかを突き刺していく。
優しい奴だ、放っておいても盗賊は死ぬだろうがきっちりとトドメを刺している。
その者はこっちに視線を向けたようで動きを止めた。
「あれは最初に戦ったやつのようです」
全ての襲撃を観察した部下がカッサンドラスに情報を伝えた。あっという間で終わった戦闘だから見るべきものは魔法だけだがその者の行動に興味を持った。兜を被っているようで人族か獣人なのかは知らないがトドメを刺していくところ、こっちを観察するところ、この二点から導く答えはそいつが感情を持っているということだ。
感情を持っているのならそいつに行動原理は存在するということになるし、感情というものは上下する。全くの人外ならなにを考えているのかはわからないが、人族にせよ獣人にせよ、人ならどこかでスキができてしまう。すくなくても敵の情報が入ったんだ、これは大きな収穫となるはず。
考えをまとめたカッサンドラスは小さく笑みを顔に浮かばせる。
「カッサンドラス、てめえ覚えてろよ。絶対にやり返しに行くからな!」
盗賊団の親分12人とわずかに残った盗賊が逃げようとして、騎士団長へ捨て台詞を吐き捨てた。
カッサンドラスは右手をあげると連れてきた部下たちが得物を抜き、魔法陣を起動させ、目を見開いた生き残りの盗賊たちへ攻撃を開始する。
「カッサンドラス、てめえ――」
「おれが盗賊どもを逃がすと思うか? 働いてくれたことに礼を言う。だからそのまま罪を悔いて地獄へ落ちろ、クズどもが」
日々に訓練を重ねておのれの腕を磨いてきた精鋭たち相手にに盗賊団の親分と言えど敵うはずもなく、反撃もそこそこで全員がこの場で殺されてしまった。
カッサンドラスはずっとこちらを見ている者に目を向けている。これは血の試練をくくり抜けた者だけがわかる感覚だが、騎士団長はその者といずれは刃を交えると確信した。そしてこの場をこのまま去ってもその者が追ってくることはないと理解している。
モビスに跨ったラクータ騎士団のやつらは退却した。距離があり過ぎて鑑定スキルを使ってもその中で一番強そうなやつのことは読めなかったが、あれは騎士団の中でもきっと大物と思う。威風堂々というか、迫力満点というか、周りにいるやつらが殺し合いをしてもあいつはおれのことを目を逸らさずに視線を飛ばしていた。
まあいい、いずれは対峙することなるかもしれないからそいつを覚えるだけでいい。盗賊たちのトドメはあらかた刺したので今はみんなのところに戻ろう。
それにしてもニールの光魔法には驚かされる。雨あられの矢と魔法がきれいに消されてしまい、その上に盗賊たちの殺害も含めてたったの一撃。盗賊どもが乗っていたモビスは残してとお願いしてみたがちゃんと願った通りモビスは生かされている。
数百頭のモビスは本当に助かる。楽土の土木工事に物資の輸送、モビスが活躍する場合はこれから増えていく。
盗賊さんたち、心からお礼を言うよ。この世界で極楽浄土なんてものはあるかどうかは知らないが、これだけ人数がいれば三途の川を渡るのは寂しくはないだろう。その前この世界で三途の川ってもんはあるかな? もっとも元の世界でもそんなのあるかどうかはおれも知らないし、知っていたらここにいないし。
アホなことを考えてないでモビスを回収しよう。敵のお偉いさんは出て来たし、これだけ盗賊団を滅ぼせば後の襲撃はないだろう。これまではみんなを急がせて歴寄りや子供たちに負担をかけていた。これで少しは進行速度を緩めることができるはずだ。
「おい、全部やられたぞ。俺たちだけでやれるか?」
「あいつらはバカだ。盗賊ですと言わんばかりに行くから死んで当たり前。襲撃するには相手の実力を知ることも大事だ。ワタシの言う通りにすればうまくいく」
「本当かな……」
「いいか、今まで三回ほど見てきたけど魔法は全て車列の中央から撃った。真ん中のやつさえ押さえれば大丈夫だ。あとは適当に奴隷獣人から人質を取れ、それで武装解除させろ。一番後ろの護衛はワタシとモンドゴスらでやる」
「お、おう」
「奴隷獣人は約束通りお前らが800人、残りはモンドゴスらが引き取る。ワタシはこの襲撃さえ終わればどこかで再起を図るから奴隷はいらない」
「おう!」
ゼノス近辺でエッシーピは若い騎士団員からもらった1000枚の金貨で知り合いの盗賊団と掛け合った。その結果、二つの盗賊団で180人の盗賊がこの話に興味を示し、若い騎士団員が用意した武器装備、モビスに走車を受け取ると大急ぎで奴隷獣人の輸送団を追尾した。
エッシーピは逸る盗賊団を諫めて数人の盗賊に偵察へ行かせた。その結果、奴隷獣人の輸送団に極めて強力な魔法術師がついていることを知り、盗賊団に迷いが生じてしまった。
そこへ今回の大規模的な襲撃が撃退された知らせを聞いて、盗賊団の親分は手を引くことを考えたがエッシーピは彼らに策を授ける。
襲撃方法を知った盗賊たちは気を良くして、エッシーピが若い騎士団員に魔法の袋に用意させた酒を出し、群がる盗賊たちの横を通って、人がいない場所で彼はまだ明けない陰の日の夜空を眺めていた。
「エティ、エッシーおじさまはすぐに行くから。これは復讐だからね」
月の明かりを体で受けているエッシーピは微笑んでいた。
後方でこっちに向かって土煙が上がっている。なんだ、あれは。
おれは赤旗と白旗を上げて車列の行進を止めさせた。
「イ・プルッティリア、エティ、剣を抜け。デュピラスは車内で待機しろ」
近付いてくるのは矢がいっぱい刺さった走車が十数両、その後ろでモビスに跨った盗賊が矢を立て続けて射っている。
「た、助けてくれ! 盗賊に襲われているんだ!」
横を通っていく矢が刺さっている走車から大声で助けを求められた。モビスに跨った盗賊たちを見るとこっちの様子を見ていたが、こっちの警戒態勢を見てすぐに引き返した。
すでに十数両の走車はこっちの車列の真ん中辺りまで行き、そこで走車を停めていた。おれたちのほうに数両の走車がゆっくりと近付いてくる。
「すまねえ、助かった。いつもなら盗賊団なんかいないが、なんでか知らんけど大人数のやつらに襲われて、おれ達だけが逃げてきたんだ。水とか分けてもらえるとありがたい、全部置いてきたんだ」
「そうか、そいつは大変だったな。水ならあるよ、とりあえず一休みしたら」
「おう、そいつは助かるぜ」
ひょっとしておれたちのせいで襲われたかもしれない。一応、ラクータの標的はおれたちだが、盗賊団のやつらはお小遣い稼ぎに行商人を狙ったかもな。走車から行商人たちが下車する。前のほうを見てみたけど、先に行った十数両の走車からも人たちが降りてきていた。
ちょっと待て、なんか人の数多くないか。
「そいつらは盗賊だぞ!」
モビスが食べる草を積んだ走車のほうから大声があがっていた。行商人たちは驚いた顔をしたがすぐに得物を抜き、こっちのほうに襲いかかって来る。
畜生、前回の大規模的な襲撃を退いたから気が抜けたのか、それとも正々堂々と襲ってきたから森や草原にしか潜んでいないと思い込んだみたいだ。よく考えてみればこういうやり方こそ盗賊団らしい、まったくわきが甘いってじっちゃんからもペンドルからも言われていたのに!
「てめえは!」
一人の盗賊が憎々しそうにおれを睨みつけている。だれだこいつ、こんな知り合いなんていないぞ。
「てめえとペンドルのおかげでゼノスから追い出されたけどよ、こうも早く復讐できるとはアルス様にご感謝だぜ!」
「……危機が一発さん?」
「だれだそれ。おれはモンドゴスだ、死ぬまでに覚えとけや!」
髭面じゃないからわからなかったけど、この体格にこの声、間違いなく危機が一発さんだ。
片手剣を振って来る危機が一発さんはさすがにゼノスで親分を張っていただけであって、中々鋭い剣の捌きだ。でも、この頃ニールに鍛えられているおれの相手にはならない。
横を見ると女騎士は豪快で強烈な技を盗賊どもに食らわせている。だって、一撃で盗賊が両断されているのだぞ? 今度お手合わせを願おうかな。ニールのほうに目をやるとやつは数十人相手にボクシングをしていやがった。右ストレートを頭で受けた盗賊が頭ごと吹き飛ばされて、ボディブローを受けたやつは腹に風穴があいてしまった。
うん、ニールの心配はいらないみたいだ。
「なに余所見しやがる! とっとと死にやがれ!」
そうだな、いきなり来たからびっくりしたけど、飛び道具じゃなくて接近戦を挑んできたこいつらがアホだ。
神教騎士団に銀龍だぜ? 負けるはずがない。おれだってこんな盗賊風情に後れを取るわけないんだ。
そう思っている自分に油断があった、おれはエティのことを忘れていた。
敵の狙いはエティだった。
「トストロイの一人娘エティリアあ、死ねえ!」
「エッシーおじさま!」
汚い馬丁の身なりをした初老の男がエティリアに斬りかかろうとしている。
ありがとうございました。




