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第144話 森に潜む盗賊団と遭遇戦

 街道の外縁は森林地帯、岩山のようなシンセザイ山が森の向こうに見えてくる。獣人さんたちはおれに慣れてきて、食事を作る係や休憩するときに走車を円陣に組むために誘導する係など、自主的にお手伝いをしてくれるようになった。



 獣人さんの子供たちは最初のうちこそ遠くからおれのことを眺めていたが、あめちゃんをあげたことで懐き、今ではとても仲良くなることができた。


 休憩のときに子供たちと野球したり、缶蹴りしたりと色々と遊んでいる。



「おい、まだかよ」


「ちょっと待てて、六回裏でピンチなんだ」



 待ってくれ、ニール。今は手が離せないんだ。


 ツーアウト二塁と三塁、バッターは代打の犬人の青年。得点は一点差でツーストライクツーボール、ここを抑えればおれのチームの勝ちだ。だがスライダーもフォークもやつには通用しない、先からカットされてばかりでそろそろタイミングを合わされてしまう。


 速球を内角高めで放るがやつはボールと見極めてバットを振らない。キャッチャーである羊人の少年は抗議するが審判である鼠人のおじさんは判定を翻さなかった。


 いいんだよそれで。あれは捨て球、次の投球の布石だから。



 ボールを握りしめる。バッターの鋭い目線が飛ばされてくるがやつの狙いは同じ速球のはず、おれもそう思わせるために投げたんだ。


 先と同じ腕の振りで外角高めを狙う。やつもそれに狙いを定めてバットを振りだそうとした。


 ボールはストレートより遅く、わずかに沈むその球はキャッチャーミットに収まる。速いストレート狙いのバッターは反応しきれずにバットが途中で止まっていた。


「ストライーク! バッターアウト!」



 三振を取ったおれは思わずガッツポーズした。見たか! こっそりと鍛え上げた魔球チェンジアップを。大きな変化を見せるスライダーやフォークは動体視力に優れる獣人に通用しにくいことはおれも知ってるんだ。それなら遅い球や小さな変化が有効ではないかと考えたが、ばっちりだな。



 ククク、次がツーシームを狙ってみるか。フロントドアやバックドアとかを習得するのもありだね。なにせ、この世界に来てからおれの体は強靭になっているから多少の無理は利くもの。超再生のユニークスキルは自動的に怪我を治せます、いえーい!



 外野で観戦していた獣人たちから拍手が沸き上がって、おれはキャッチャーの少年と勝利を祝うためにハグをした。休憩時間を考えて六回裏で試合終了するようにルールーを設けている。獣人さんたちは護送中だから安全に重きをおかなければならないから、こういうのは楽しけりゃいいんだ。


 獣人さんの女性たちは食事の用意を済ませているから、この後はみんなで試合を振り返りながら美味しく食べる。ニールが急かしに来たのは飯を食いたいがためだ。




「アキラ殿、ニール殿から赤旗と白旗が上がったぞ!」


 走車の屋根にいるイ・プルッティリアから大きくないが緊張した声が聞こえた。



 赤旗と白旗は襲撃を受けそうなときの合図、予測はしたけどとうとうこのときが来た。大きく息を吸い込んで、目を閉じてから胸いっぱいの息を少しずつ吐きだしていく。これから始まるのは人殺し。アルガカンザリス村の襲撃や森の中での獣人の殺戮の時と違って、今回はおれがテンクスの郊外で盗賊団を殲滅したように先手を打つ。



 走車の中でアイテムボックスから出した斬鬼の野太刀を握ると手がちょっとだけ震えている。操縦を代わってもらったエティリアとデュピラスに目をやると彼女たちは心配そうにおれを見ていた。イ・プルッティリアは屋根から降りてきて、マントの下はしっかり鎧を着けているはず。エティリアとデュピラスを彼女はきっと守ってくれるからおれは自分のやるべきことをするだけ。



「イ・プルッティリアって、あれだよな」


「なんだ?」


 女騎士は途中で止まったおれの言葉に不審そうに見てくる。



「乳がないんだよな」


「なっ! き、貴様ああ、そこになおれ! 成敗してくれるわ!」


「あははは」


 悪いな、イ・プルッティリアさん。おかげで平常心に戻ることができたから、あとでお詫びにチョコレートをあげるから。



「ちょっと行ってくるからここはお願いするよ」


「待ってい、逃げるか!」


 おれを掴もうとした女騎士の横を通って、全力で駆けるようにニールのいる走車を目指す。



 全ての走車の内側に薄い鉄板を張ってあり、モビスも装甲を付けさせている。これはワスプールに無理を言って、出発前に全車両を強化させた。ニールがいるから心配はないがこういうことはやっておいて損することはない。


 壮年の男性獣人に軽装化した鎧と自衛用の剣は渡しているが、それは獣人たちを安心させるための手段だけで戦力としては考えていない。ほら、旦那やお父さんに守ってもらうというのはなんとなく心が落ち着くじゃん。ただそれだけ。



「ニール!」


「おう。俺がやろうか? すぐに終わらせてやんぞ」


「いい、おれが行く」


「そうか。森の中で120人くらいだ」



 ニールから教えてもらった敵の数は、おれが気配察知を全開させて探知した数と一緒だ。



「ここを頼む」


「心配すんな。人族ごときがなんだってんだ」


 それもそうか、おれはなにを言ってるんだろう。ここには世界最強の一角がお守りをしてくれている。おれは戦いだけに集中しよう。



 メニューを開き、初級光魔法のアイコンに左手の人差し指を置く。森の中に潜んでいる盗賊団の方向に体を向けると全力で走り出した。




「バ、バレてやがるぞ!」


「こいつ一人で何ができる、殺せ!」


 急接近したおれに驚いたが盗賊たちは慌てて武器を抜いたがそれは意味がない。ファージン集落の森でゴブリン相手にレバルアップしたおれは森での戦いが一番やりやすいんだよ。


 それにお前らなんか足元にも及ばない犬神と死闘したんだから、あきらめてここで死んでくれや。



 光魔法が次々と射出される。おれの光魔法は貫通性に長けているから、盗賊どもが木の後ろに隠れたって意味がない。



「こいつは魔法使いだ! 魔法防壁を張れ!」


 誰かがそう叫んで、盗賊側の魔法術師が魔法陣を起動させる。野太刀を鞘から抜いて、魔法陣が光っている魔法術師のそばに一気に駆け寄る。



「て、てめえ――」


「死にな」


 水平方向に振り払う野太刀は魔法術師の喉を掻っ切った。魔法陣が消えたのでそいつの横に集まっている盗賊どもを光魔法で薙ぎ倒していく。



「って!」


 背中に鋭い痛みが走ったので振り向いてみた。地面には矢が落ちていて、木の上から狙撃されたものと思う。


 やばいなと思った。頭に兜を被っていないからこれが頭を狙った物なら死んだかもしれない。幸い、体に不壊属性のTシャツを着ているから矢が貫通することはないが、これは良い勉強になったもんだ。



 気配察知で木の上に30人ほどの弓使いがいることは察知できたのでそいつらを先に片付けることにする。足に力を込めてから全力で大地を蹴るとおれは木の上にいる盗賊のそばへ飛び付いた。



「あ、ああ……」


「こんにちは。そしてさようなら」


 野太刀で硬直した盗賊の心臓へさし込んでいく。矢が飛んでくる音が聞こえたので今殺した盗賊を盾代わりに使って矢を受けさせた。野太刀の柄を握りしめて魔力を流すと木の上にいるほかの盗賊へ雷魔法を飛ばした。


 地上にいる盗賊どもが何か喚いているがおれは弓使いを仕留めることに専念した。



「いってえ!」


 飛んできた水魔法をまともに食らってしまい、ダメージはそれほどではないが地面まで叩き落とされた。その魔法術師はおれがほぼ無傷で動いていることに驚いて、すぐさま魔法を使おうとしたがその前におれの光魔法で射殺する。



 なんだか初めてゴブリンと戦ったときのことを思い出した。テンクスの町で盗賊団と戦ったときは人数は少なく、戦いの順序を立てることもできた。アルガカンザリス村の時は奈落の仮面で相手を脅かすことに成功している。今回は遭遇戦の要素が高く、相手も飛び道具を使ってきている。これは良い経験をさせてもらっていると考えよう。



 ゴブリンとの初戦で学んだことは魔法による射撃に専念することだ。下手に接近戦で混戦になるよりも、ここは魔法一択だな。魔力は十分にあるし、光魔法と雷魔法で殲滅を図る。よし、行くか。




 半分の人数まで撃ち減らされ、魔法術師と弓使いが全滅した盗賊団は逃亡しようとした。戦意を失った人なんて無防備に背中を見せるだけで、機敏値が高いおれはあいつらを逃がすつもりはなく、ここは観客にお見せするためにも全員を殺しておく。



 離れた場所にある木の上から3人一組がこっちを覗き込んでいて、合計4組のラクータから来た観客がこの戦闘を偵察している。この距離なら顔もぼやけてしまうだろうし、吉と出るか凶と出るかは知らないが、強力な魔法術師が獣人側に付いているということで多少は警戒してくれるでしょう。



 本音でいうと今回のような判断は正しいかどうかがわからない。一介のリーマンに策謀を張り巡らせるスキルなんて元の世界の日常で習得は不可能だ。ただ、すでに紛争が始まろうとしている今は自分で思考してやり抜くしかない。もう、迷う時間はないから。



「ガフ――」



 最後の盗賊が森の奥で死んだ、死体はこのままにしておく。城塞都市ラクータ騎士団のやつらはこちらと十分な距離を取りながら偵察を続けていた。おれが獣人さんたちの所へ戻ろうとするとやつらはそのまま逃げ去っていなくなった。



「アホなことをしたな、おれ」


 反省する声を自分の疲れた心に語りかけた。60人近くの盗賊を追いかけるのは大変だったし、バラバラに逃げたから気配察知のスキルがなければ、落ち葉のしたに隠れた盗賊を見つけることもできないはず。


 今回は自分の力を過信したと思う、自分だけでみんなを守ろうとしたのはただの思い上がりだな。


 とりあえず、みんなの所へ戻ろう。




「ようやく気付いたのかよ、バカだろうてめえは」


 ニールに相談したときに怒られてしまった。


 次からはおれが出撃するのじゃなくて、盗賊団が出てきたところにニールと連携して迎撃しようと考えた。



「俺はあきらっちを見守るもの、お前は好きなようにすんのはいいがもっと頭を使え」


 コツンとニールに叩かれた頭は痛くない。でも、確かに言われた通りもっと人をうまく使わないといけない。立ち向かおうとしている敵は組織そのもの、おれ個人でどうにかできるかもしれないという妄想はここでやめておく。獣人さんたちの命運がかかっているからドジは踏めないんだ。



「あなた、お茶を飲んだほうがいいもん」



 エティリアが持ってきた熱い心遣い(おちゃ)は素直に嬉しい。そうだな、お茶でも飲んで落ち着こう。どうであれ最初の襲撃は退けたし、みんなは無事だ。反省すべき点は反省して、くよくよしても仕方がない。マッシャーリア村に着くまで、まだ道は道は遠い。


ありがとうございました。

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