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第143話 商会の会長は色々と考える

 なにをどこでどう間違えたのだ? なぜワタシがこんな盗賊どもと一緒にいるんだ。エッシーピ商会はワタシの手で一代にして城塞都市ラクータの最大商会にのし上がったのだぞ。都市の長であるプロンゴンは妻の甥で、ワタシは子供の時から目をかけて、資金や人員だって援助してきたのだぞ。あいつがワタシにこんな命令をするはずがない。



 ゼノスから出た獣人の輸送団を襲えだと? ワタシは商人だ。剣術は若い時にトストロイと一緒に習ったが、盗賊が出ればいつもあいつがやっつけてくれたんだ。獣人の輸送団を襲うなんてそんなことはできるはずがない、そんなのワタシがするべきことじゃない。



 でも騎士団のやつらは命令通りにやれと、いくらワタシがプロンゴンに取り合えと言っても聞いてくれない。ゼノスでエティを捕らえるつもりだった、プロンゴンはエティを軟禁すればそれでいいと言ってくれたんだ。トストロイをだましたがそれはプロンゴンが城塞都市ラクータの市場を抑えるのに必要だからワタシも協力した。



 プロンゴンの用意した晩餐を食べたトストロイはその後で死んだと聞いた。先にプロンゴンと食事をしたワタシはトストロイに食べることを勧めたが、まさかあいつが死ぬなんて思わなかった。怖くなってきたので考えることを放棄して、エティは何度も商会に来たと聞いたが会うのは嫌だったから追い返した。



 その後でカッサンドラスからプロンゴンがエティを捕らえるつもりを聞かされたワタシはプロンゴンと交渉して、エティだけは勘弁してほしいと願った。プロンゴンはマッシャーリア村を脅すためにエティを使う気だったが、あの子はトストロイが残したたったの一人の娘でワタシを子供の時から慕ってくれて、粘りに粘ってやっとの思いで軟禁することでプロンゴンも折れてくれた。



 ワタシはプロンゴンの頼みを聞いて食糧の買付けにゼノスへ来た。もちろん、正規の値段で買う気なぞない。こういうのは無法者どもを使って、安く買いたたくに限る。ゼノスで名が知られて、ガキみたいな身なりで色々と協力するペンドルという無法者は使いやすかった。



 ペンドルからエティがゼノスにいることを聞かされたワタシはエティをラクータに連れて帰るつもりだった。だが、見た目がしょぼいラッチとかいうやつに邪魔されて、ワタシはエティをラクータへ連れて帰れないまま、ゼノスで食糧の買付けを続けた。



 買った食糧はラクータにあるワタシの商会へ送ったが使った分の資金は商会から送ってくることがない。妻とはとっくに仲が冷めて、商売以外のことで話すことはないが今までこういうことはなかったのだ。いくら早馬を使っても返信は来ないし、食糧の買付けもワスプールというやつがテンクス界隈の食糧を買い占めされて、ワタシはそれ以上の食糧を買うことができなくなった。



 ペンドルに言いつけてワスプールというやつの商会をどうにかしてもらうつもりだったが手の平を返すようにあいつはワタシを切り捨てた。


 食糧の買付けで持ってきた資金はとっくに底がついたワタシはラクータに帰るにも護衛の冒険者を雇う金がなく、ここゼノスは女神祭だというのに汚い宿に泊まり、酒を飲む日々が続いた。



 なぜだ、なぜ妻は金を送ってこないのか。ラクータにいる騎士団のやつらと会ったが身元がバレるから顔を出すなと散々殴られた。


 酔いで意識がもうろうして少年の時を思い出す。トストロイと二人でラクータとゼノスで一番大きい商会を作ろうと夢物語を語ったあの日々。二人は協力しながら商会を大きくして行き、人族側はワタシ、獣人族側はトストロイ。若い時は妻同士も仲が良く、エティと娘はよく遊んでいたな。



 それがいつ頃から変わったのだろう。商会が大きくなってワタシはさらに大きくなることを望んで、利益を出すために無法者どもを使い出した。トストロイと妻から諫められたがあいつらはなにもわかっていない。利益を出すためには多少の無茶はひつようなのだ、トストロイに獣人たちから買う特産品の仕入れ値を抑えないと儲からないと教えてやったのに笑われた。


 なにがおかしい、商いはズル賢くやらないと利益を生み出さない。そんなこともわからんのか。



 今から考えるとあの時からトストロイと妻もワタシのそばから離れたような気がする。


 だがそれはもういい、いまさら元には戻れない。ワタシはラクータに帰らねばならない。せっかく騎士団のやつらから会いに来た、ワタシをゼノスの近くにある農村まで連れてきた。ここであいつらから路銀でも借りて、護衛の冒険者を雇ったらラクータに帰ろう。


 妻に文句の一つを言ってやらないと気が済まない。




 それなのになぜワタシは盗賊みたいな連中と同席している? なぜワタシは獣人の輸送団を襲わねばならない? なぜいつも言うことを聞いてくれるプロンゴンはそんな命令をワタシに出すのだ?



「エッシーピさん。モンドゴスさんと協力してちゃんと獣人の奴隷輸送団を襲撃して獣どもを捕獲してくださいよ。」


「この爺さんはやれるのか、ああ? 足手まといは困るぜ。」


 軽薄な笑いを見せる若い騎士団員の言葉に髭面の盗賊は唾を飛ばしてワタシのことを蔑んでくる。


 そんなことを言われても困る。ワタシは商人だ、卑しい盗賊なんかじゃないぞ。



 若い騎士団員は手を伸ばしてワタシの肩にかけると、ワタシの横で顔は同じように前方を見ながら小声で囁いてくる。



「エッシーピさん。あんたの商会は奥さまが会長職を継ぐことになってるんだ、あんたが帰ったところで居場所なんてないんだよ。一応ね、命令だからおれたちも武器装備と支度金は渡すからさ、ここで拒否してあんたのことを殺させないでくださいよ。」


 このときにワタシは悟った。ワタシは全てから見放され、世の中で一人だけとなった。



「その獣人の奴隷輸送団にさ、エティリアという名の獣がいるみたいんだよ。自分の失敗は自分で始末をつけてくださいよ。」



 エティ……トストロイの一人娘がそこにいたのか。そうか、そこにいるのか。



「わかった、やらせてもらう。」


「はっは、話がわかるじゃないですか。お願いしますよ、こっちも仕事で大変ですからね。」


 若い騎士団員はワタシの肩を強く叩いた。痛かったけど今はどうでもいい。



「あの盗賊どもは何人いるのだ。」


「なんだとお、おれは無法者で盗賊じゃねえ! 畜生、ペンドルのやつになびきやがって。あいつら、この仕事で大金が入ればゼノスで巻き返してやる!」


 髭面の盗賊はなにかほざいているが気にするつもりもない。いまは人数を知ることがが大切だ。



「なんかね、100人の手下がいたけど今は8人だってよ。」


 軽蔑の眼差しを若い騎士団員から向けられているのに髭面の盗賊は気が付く素振りをみせない。



「それでは話にならん、お前らの情報では獣どもは千人いるじゃないか。」


「そうですね。」


 若干ではあるが若い騎士団員の態度も少し真面目になってきた。



「最低100人はいないと襲撃なぞできん。街のスラムでお前らが捜してくるか、ワタシに金を預けてワタシがかき集めてくるかだ。それかこの近くにいる盗賊団に声をかけてもいいぞ。あとモビスと走車もいる、歩きでは追いつけない。」


「……資金と必要なものはご用意いたしましょう、あとはエッシーピさんのほうで何とかしてくださいよ。」


「それとワタシの成功報酬はなんだ。」


「成功した時は金貨500枚。それにラクータさえ近付かなければおれたちから追手をさし向けることはないです。」



 ふ、笑わせてくれる。ワタシを殺すつもりだったんだな。



「おい、盗賊!」


「ああ? 口の利き方に気を付けろよ、じじい。俺様はゼノスでも恐れられていたモンドゴス様だぞ。」


 髭面の盗賊は顔を歪めて凄んでくるが怖くなぞない。



「しゃんとしろ。お前もどうせ追い詰められている身だろう、ここで成り上がりたかったら奮起してみせろ!」


「んだとじじい……」


 この盗賊はもう無視していい。これからどこか隠れ家を作り、人手を集めてから獣人の輸送団を追いかける。



「はっは、腐っても元はエッシーピ商会を大きくしたエッシーピさんってとこですね。恐れ入りましたよ。


 若造の揶揄なんてどうでもいい、この襲撃はワタシが主導でせねばならないのだ。


 全ては復讐のため。そう、復讐なのだ。



 手っ取り早いのは盗賊団と組むことだ。それならいくつかの盗賊団に仕事を頼んだことがあったのでよく知っている。


 説き伏せるのは簡単、千人もの奴隷獣人がいることを言えば簡単について来る。獣人の奴隷はその状態にもよるが金貨数枚で売れる場合があるから、盗賊団はそれを見逃すはずがない。



「その獣人の奴隷輸送団はどこへ向かっておるのだ。」


「街道から出たところを見ると獣人の村へ向かっていると思われる。気になるならたまにこっちへ寄れ、追跡はしているから情報くらいは伝えますよ。」


「うむ、武器や装備、食糧なども頼むぞ。」


「こっちもアシはつきたくないんでね、武器や装の新品は無理だろうけど使い古しならなんとか揃えてみますよ。」



 ちょっとだけ戸惑う様子を見せる若い騎士団員、まさかワタシがやる気になったとは思わなかったのだろうな。



 もう商会のこともラクータのことはどうでもいい、商会はあの妻ならなんとかやっていけるのだろう。もうどうでもいいのだ。



 ワタシは何者でなにを夢見てきたのはもう思うまい。


 いまはただロクでなしどもをを集めて、エティがいるその獣人の奴隷輸送団に追いつこう。それだけが今の生きる望みだ。


ありがとうございました。

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