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第142話 女騎士は獣人の護衛に加わる

 マダム・メーロミンスの家から出て、合流してきたデュピラスはエティリアと二人で会話が弾んでいる。狐人のお姉さんは顔見知りのニールと話しているが、たまにおれのほうへ視線を向けてくるのはなぜなんでしょう。



 なんかね、元カノと彼女がしゃべっているところを見ているようで心が落ち着かない。いや、別にデュピラスは元カノじゃないよ? ただね、目の前にある光景はそういう気分になる。なんなんだろうな。



「アキラさん、お話はエティリアさんからうかがいました。わたしたちをお助けして頂きありがとうございました」


「あ、いや。うん、そだね。いえいえ」


 両手をきれいに揃えてお礼を言ってくるデュピラスにおれはしどろもどろに返事することしかできなかった。


 気になる、ああ、気になるね。いったいデュピラスはエティリアとなにを話していたのかな。そりゃおれもデュピラスを助けることでエティリアに気を遣ったけど、デュピラスを助けたい気持ちにうそや偽りはない。


 それなのにデュピラスはなぜいまさらよそよそしい態度を見せるかな。気になる、ああ、気になるよ。



「ふふ」


 笑いやがった、こいつは笑ったな。なんだその悪女のような微笑みは! デュピラスって、こんな子だったっけ。



 おっさんが一人で悶えている間に、ワスプール商会の倉庫に停めてある走車へゼノスから流してもらった食糧、ワスプール商会に急遽買い集めてもらった衣服などの日用品が次々と積み込まれていく。ワスプールもコロムサーヌもこっちをチラ見しながら、臨時に雇った人へ荷の積み込みの指示をしていた。



 奴隷だった獣人たちはエティリアとセイの説明でおれが彼らを奴隷として買い集めたのじゃなく、解放するために故郷へ連れて帰ることを理解してくれた。泣いている獣人、喜びをあらわにする獣人と表現方法はそれぞれだが、みんなが安心しておれにお礼を言ってくるのは嬉しかった。



 ただ、村へ連れて帰るのじゃなくて、マッシャーリア村へ集結してから向かう最終地はアラリアの森であることはまだ伝えていない、それはゼノスを出てからしようと考えている。今のゼノスでどこにラクータの手先が潜んでいることはわかっていない。ひょっとしてワスプールが臨時で雇った人の中にラクータの偵察員がいるかもしれない。


 だけどそれを判明する手段を持たない以上、余計な気を配ることはやめにした。キリがないから。




「さて、お話をしたいのは護衛についてだ」



 白豹ちゃんたちとニールはおれがワスプールに借りた小さめの応接間にいる。熱めのお茶を入れてからゼノスで買った焼き菓子を机に上に並べた。



「今回は千人を護衛するからアキラさんは冒険者を雇うつもりはないかい?」


「ない。今回はおれたち4人で行く」


 ニールは表情を変えることなく焼き菓子を食べているが、セイとレイが返事にびっくりしたようで持っているお茶を机の上に置いた。



「一人で250人を守るのは厳しいわよ」


「...レイ、守り切れない...」


「そういう心配しなくていい。前衛はセイとレイ、ニールは真ん中にいてもらう。おれはエティと後方で警戒に当たる」



 白豹ちゃんたちの心配はわからないこともないが、ニールが車列のど真ん中にいれば大丈夫だ。彼女なら光魔法による全方位射撃が可能で、どこからの襲撃でも備えることができる。



「心配すんな、俺一人でも大丈夫なんだよ」


「ニールさまがそう決めるならなにも言わないわ」


「...レイ、頑張る...」


 ごく当たり前のようにニールがいうと白豹ちゃんたちも従う姿勢を見せた。それはいいけど、セイ、いまニールさまって言わなかったか? この三人の序列はどうなっているのが気になるじゃないか。



「今回は必ず襲撃があるとおれは予測している。そこで襲撃があった場合はおれが迎撃に向かうので、セイとレイ、ニールはそのまま待機。おれが討ちもらした敵を討伐してくれ」


「任せろ」


「……わかったわ」


「...レイ、ちゃんと()る...」


 基本方針は伝えたのであとは道を教えるだけ。



「道のことだが、今回は獣人族の村に寄りながら村々の様子見を兼ねる。シンセザイ山の山道を通らずに、獣人さんたちの疲労も考えて通常の道を使う。前にエティからラクータまでは陽の日と陰の日がそれぞれ15日と聞いたことはあるが、獣人の村へ行くためにそれ以上かかるかもしれない」


「おう」



 みなさんはお茶を飲んで焼き菓子を食べることに夢中なってきたようだけど、おれの話は聞いていますか?



「さきに出発しているアジャステッグたちと合流できれば、たぶんそれで襲撃は無くなり、安全になると思うが……って、おれの話を聞いてます?」


「ああ? お前はちゃんと考えてんだから俺は敵をが来たら殺すだけだ」


「そうね、ニールさまの言う通りだわ。この焼きパンは絶品ね、なんであの店を知らなかったのかしら」


「...レイ、セイちゃん同感。悔しい...」



 どうやら話はおれの行きつけのパン屋にそれているようだ、まあいいけど。銀龍メリジーは種族の紛争に出てもらうことはできないが、対盗賊戦では最強に等しい。彼女は大火力にして弾薬無限の固定砲台、対空対地なんでもござれだ。


 なんでエティはおれと最後尾にいるかって? そりゃ、長い道のりだから二人きりでイチャイチャしたいじゃん。



「そうだ、忘れないうちに言っておくよ。遠くのほうでこっちを見るだけで手を出して来ない人族がいると思うから、そいつらに手を出すな」


「なぜだ?」


「そいつらは見物客だ、戦う気はないと思う」


「そうか」


 ニールはあっさりと引いてくれたし、白豹ちゃんたちは返事すらしない。彼女たちはこういった手配をおれに任せっきりにする気つもり、ありがたいけどなんか釈然としないような気分。まあ、いいけど。


 せいぜい高みの見物をしてもらおうじゃないか、ラクータの者ども。




 走車150台は壮観だ。人目を避けるために夜明けの出発を選んだがそれでも野次馬は集まる。


 ちょっと離れた場所に都市の長に仕えている侍女さんの一人がこっちを見ている。おれの視線を気付いたのか、ペコっと頭を下げてきた。ここでは間違いなくラクータによる監視の目があるので、おれは下を見るフリで会釈した。



 ワスプールと奥方であるコロムサーヌは来ていないし、ペンドルたちもこの場にいない。どちらともすでに挨拶は済ませてあるので、ここに来てもらう必要はない。


 さあ、陽の日と陰の日を合わせると30日以上の路程。元の世界で言うと150日、約五ヵ月の長旅となる。水はおれでどうにかなるとしても、定期的に森でオークを狩って、野菜を採集してこないとおかずが無くなる。


 そういうことを考えていると隣で耳鳴りを起こすほどの怒声が耳の中に飛び込んできた。



「お前ええ、出る時はちゃんと知らせてくれるって言ったではないか!」


「……すまないがきれいさっぱりあんたの存在を忘れていた」


「なんだとおお――」


「これ、静かにするのじゃ、イ・プルッティリア。早朝からさわがしいのじゃ」



 女騎士(イ・プルッティリア)さんがおれたちと同行することを選択的認知で忘れることにしたんだっけ。だってな、おれという存在はこの世界の種族から見れば色々と不思議な技を使うアンノウン。それをこいつが目撃すれば、絶対に一々聞いてくるのはもう予想しなくてもわかる。



「出るのじゃな、ちょこれーと」


「ああ、もう行くよ。でもいいのか?」


「なんなのじゃ」


「巫女様がここに来たことはラクータに知られちゃうよ」


「なぜわらわがラクータに気を遣わねばならぬのじゃ」


「それもそだね。見送り、ありがとうな」



 ネコミミ巫女元婆さんの肩に小さくなっている水の精霊カガルティアが乗っている。たぶん、人に見られることを嫌がって、顕現することなく元婆さんと一緒に来てくれたのでしょう。それなら口で挨拶するよりも目線で気持ちを伝えればいいはず。


 カガルティアはおれの目線に首を90度ほど傾げて考えている様子で、しばらくすると何かに悟ったように頷いてくれた。



「全ての愛し子にアルス様のご恩愛を、そなたたちの行く先に幸あらんことを。アルス様にご感謝を」


「アルス様にご感謝を!」


 ニール以外のみんなは巫女様の祝言に跪いてからアルス様にお祈りを捧げる。ニールこと銀龍メリジーは魔族領に行けばきっとお祈りを捧げられる立場にある。しかも彼女は爺さんの眷属だから幼女のご恩愛はいらないと思う。



「文句は後でクドクドにダラダラと説教と一緒に念入りで言わせてもらうからな」


「なんかメッチャ嫌だなそれ」


 女騎士の恨み言にげんなりする。文句と説教がセットして長々と聞かされるのは嫌だから、ここは早めの出発をしようじゃないか。



「セイ、レイ、頼む!」


 先頭にいる白豹ちゃんたちに白い旗をあげると彼女たちも白い旗を上げた。車列が長いので言葉が届かないときのことを想定して、赤旗は停車、白旗は前進と合図することを決めている。ちなみに襲撃がある場合は赤旗と白旗を同時に上げることがその合図。


 ニールは地獄耳なのでこういうことしなくてもちゃんと声が耳に届くだそうです。いやだな、悪口を言えなくなるじゃないか。



 騎士団詰め所にいる衛兵たちから見送られて、千人の獣人を乗せた長い走車の列が動き出している。




 はい、エティリアとイチャイチャ不可能が決定事項となりました。最後尾の走車にエティリアのほかにデュピラスとイ・プルッティリアが乗車しております。乗っているのは四人ですが、女性三人は仲良さそうにイ・プルッティリアから神教の教えを聞いたり、デュピラスの半生のことで涙ぐんだり、エティリアの行商経験で笑ったりしてとても楽しそうです。


 おれ以外は。



 何の嫌がらせだおらあ! 半年近くも禁欲的な生活を強いられるというのか? 無理だよそれ、こんなんじゃ動画も見れねえじゃねえか!



 あるえ? 雨かな? なんで視野が水で霞んで見えないのだろうか……


 どうやらそれはおれの涙のようだね。



「あなた? どうしたの。つらいなら操縦を代わるもん」


「ごめんなさいね、走車の操縦はできないのよ」


「こんな男を甘やかすことはない! 軟弱者め、この程度の距離で泣いたりして情けないぞ!」



 ああ、そうッス、女騎士はおれとやりたいッスね? やってやろうじゃねえかああ? もちろんエッチじゃなくて殺し合いのほうだ。てめえみたいな神教騎士団(オッパイないッス)に負ける気はしねえよ。



「なぜだろう、邪念がこの身に襲いかかっているような気がする」


「え? 敵? 敵が来たもん?」


「怖いわ」


 女騎士(イ・プルッティリア)が剣を抜くと、エティリアとデュピラスがその後ろに隠れてしまっている。


 くそヒンヌーがあ、おれが守るべき女性たちを奪いやがって。おっさんがいい恰好できなくなるではないか! まあ、邪念というのは多分おれがヒンヌーを見て笑いをこらえている目線のことだと思うね。



 そろそろここで休憩と食事をとろうか。いくら基礎体力が高い獣人でも、歴寄りと女子供もいるから長旅で無理することはない。



 赤旗を上げて、最先頭の走車の上に乗っているレイちゃんが見えるように旗を振った。


ありがとうございました。

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