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第141話 ラクータの騎士団長は動く

 城塞都市ラクータ騎士団の団長執務室でカッサンドラスは都市ゼノスにいる部下からの通信文に目を通している。そこには監視対象であるワスプールがゼノス都市院のだれかと密会したようで、その際にゼノスの無法者たちの大親分に就任したペンドルが身元不明者を連れて同席したと書いてある。



 ワスプール商会が大量の走車やモビスを買い付けたという情報はすでにラクータ騎士団ゼノス偵察隊によって調査済みで、ペンドルという無法者たちの大親分が近頃は獣人の奴隷を買い漁っていることも知っている。


 この二つの情報をまとめるとカッサンドラスは都市ゼノスから獣人が誰かの手によって連れ出されるだろうと結論付ける。しかもそれを都市ゼノスの都市院も了承していることにカッサンドラスは推測していた。



 プロンゴンにこれまでに偵察結果を報告して、指示を仰いでから次のことを考えようとカッサンドラスはペンをとって報告書の作成に取りかかる。彼が気になっていたのは身元不明者のことだった。


 獣人たちの動きを観察している部下からの報告で今までのように村ごとの行動ではなく、例えば一番手強いと思っているカリゴートル村では獅子人族が強力な武装をした上で、マッシャーリア村の長であるピキシーとほかの村を訪ねている。獣人たちはこれまでと違って、各種族が団結しようとしていることにカッサンドラスは気付いている。



 誰かが裏で獣人を唆している。


 アルガカンザリス村と獣人を襲撃した部下を殲滅した人外。テンクスの町でワスプール商会から食糧を買い付けている人外。ここに来てゼノスでワスプール商会と無法者たちの大親分を使って移動手段の入手と奴隷獣人の買取り。見えていなかった敵の動きが活発となってきたのだ。



 これらのことは交易都市ゼノスの主導で動いているとカッサンドラスは思っていない。なぜなら、それらの行動によって結びつく結果がたったの一つ、全ては獣人族に関連してくる。ゼノスは獣人に緩和的な政策をとっているとは言え、今回のように獣人のために動くのであれば、もっと早い段階からラクータに対してなんらかの手を打ってきたはず。


 ゼノスが獣人族のことでラクータと争ってまで得ることのできる明白な利益がないため、獣人族のことで軍事力に長けるラクータと明らかな敵対行為を取ることはないと、カッサンドラスに限らずプロンゴンもそう踏んでいるはず。


 それならもっと単純明快に思考を巡らせてみようとカッサンドラスは手のひらを口元に当てた。



「おれなら次はどうする……動いている敵が少数であるなら次はこのラクータだな」



 報告書のまとめに筆を走らすカッサンドラス。彼はゼノス方面から来る人たちが入城のときに騎士団による査問と監視体制を強化するように、プロンゴンに見せるための報告書に追記した。




「よくわかりました、報告書通りに職務を遂行してください」


「はい」



 プロンゴンは満足そうにカッサンドラスから提出された報告書をその場で目を通して、内容に付いては改めることもなくペンをとって一番下に署名した。



「ゼノスから獣人たちと合流すると思われる獣人の輸送団を襲撃してください」


「……はい、出動用意しておきます」



 騎士団長の少し嫌そうな顔に都市の長は軽くため息をついてから話を続ける。



「騎士団長殿は勘違いしていますね、騎士団は監視部隊だけ出動してほしいのです。襲撃するは近隣の盗賊団、資金は惜しまずに使ってくれていいですよ」


「はあ」


 いまいち要領を得ないカッサンドラスへプロンゴンは自分の考えを説明する。



「騎士団長殿が報告書に記しているように誰かが獣人たちに手を貸しているとぼくもそう思います。そこで今回は多くの獣人が移動するので多分ですが、その誰かがその輸送団と行動を共にするでしょう」


「はい」


「盗賊団ごときにやられるような者なら心配することもないでしょうし、盗賊団を撃退できるのならその実力を見極めてください」


「……わかりました、この近辺の盗賊団に声をかけておきます」


「そこでですね、盗賊団を撃退できるほどの実力者ならどこかで大規模の襲撃をかけて、騎士団長殿にその実力を直に見てきてもらいたいのです」


「はい、そのようにいたします」


「騎士団はくれぐれも襲撃に加わらないでくださいよ? ぼくはどんなやつが獣人についているかだけを知りたいですから」


「厳しく言いつけておきます」



 カッサンドラスからの返事にプロンゴンは笑顔で頷いた。



「そうそう。ゼノスにいる者たちに伝えて、ラクータへ帰れないエッシーピ商会のエッシーピ会長にゼノス辺りで盗賊団でも募って、その獣人輸送団を襲撃させてください」


「はあ……しかしエッシーピ会長は商人ではありませんか、果たしてその任に適しているのでしょうか」


「エッシーピ商会はぼくのおばさんであるエッシーピ夫人が後を継ぐんですよ。エッシーピ元会長にラクータへ帰還してもらっては困りますからね、そういうことなんです。それにね、報告書にあるようにワスプールの所にトストロイ商会の一人娘が出入りしているそうじゃないですか? エッシーピ元会長もね、仕事はちゃんと最後まで全うしないといけませんよ」



「……わかりました、指令通りに伝達します」



 プロンゴンがエッシーピ商会のエッシーピ会長を使って、城塞都市ラクータにあった多くの都市院の方針に非協力的な商会を潰しまわったことはカッサンドラスも風聞で耳にしていた。それらの商会は獣人たちと仲が良かったり、ゼノスと長い付き合いがあった情報も聞いている。そのために彼はエッシーピ会長を同情する気になれない。


 ただ、目の前にいる青年は役に立たない人物を簡単に切り捨てることを再確認できた。騎士団を守るためにカッサンドラスは職務に励んで、プロンゴンに付け入るスキを与えないようにしないといけない。カッサンドラスはそう自分の心に誓った。




 伝書バルトという鳥類を使った通信手段がある。このバルトという鳥は人族に馴れて飼いやすく、飛翔能力に長け、帰巣本能を持っているためアルスの世界では文の配送に重宝されている。城塞都市ラクータは軍事を重んじるため、ラクータの騎士団では以前からバルトを飼い、通信部隊に所属させていた。



 ゼノスの郊外にある大きくない農耕の町に城塞都市ラクータ騎士団は隠れ家を設置していて、ゼノスから察知されないように赴任している騎士団員は森の中でバルトを飼育していた。カッサンドラスからの伝令書を筒に入れてから厳重に蝋を使って蓋を封じ、それをバルトの足に縛り付けてから通信部隊の担当者はバルトを放す。


 空へ舞い上がったバルトはゼノスへ向かって飛び去った。



 カッサンドラスは軽装に着替えた。魔法の袋にプロンゴンから命じられた財務担当から受け取った金貨3万枚を入れてある。彼はそれを使って、この界隈にある盗賊団に声をかけていこうとモビスに騎乗する。


 こういう仕事は自分でしたほうがいいとカッサンドラスは考えている。カンバルチストは有能だがこういう汚れた仕事に向かないことを、だれよりも騎士団長の彼がよく知っていた。



 ただ、騎士団は民を守り、都市を脅かす盗賊やモンスターと言った脅威を取り払うのが本来の仕事とカッサンドラスは認識を持っている。プロンゴンが都市の長になってから城塞都市ラクータ騎士団の本質は変わりつつ、守るための騎士団というより戦うための集団に変貌していくような気がしてならない。



 城塞都市ラクータ騎士団は黒の翼のような暴力集団になってはいけない。そのためにカッサンドラスは自分の代でこういった騎士団らしからぬことの全てを終わらせたいと思い、走行するモビスの手綱を強く握りしめた。



「獣人には悪いがやらせてもらう。願わくばお前さんたちにもアルス様のご恩愛があることだ」


 ちょうどいい、獣人の輸送団が盗賊どもを殺せるのならこの際にそいつらを一掃してくれ。これで城塞都市ラクータの付近も安寧がもたらされることでしょうから、獣人の輸送団が死に過ぎないようにカッサンドラスはアルス様に願ってみた。






「みなさん、こんにちは」


「……」


 ペンドルの案内でゼノスの町はずれにある大きくて崩れかけの建物へ来た。ここはペンドルと出会った場所で、その中には汚れた身なりの獣人さんがたくさんいる。どの獣人もおれを怖がっている目で見ているので挨拶してみた。


 うん、怖がってばかりで獣人さんのだれ一人としておれへ返事はありませんね。


 召喚! ――エティ、助けてよ。



 エティリアとセイが奴隷だった獣人さんたちと話をしてくれている間に、おれはペンドルと人数の確認している。



「種族は分けていないからね。大人の男が368人、大人の女が343人、子供が242人に歴寄りが41人。全部で994人だよ」


「うん、ありがとう」


「ごめんね、食べさせるのが精いっぱいなんだ。服もさ、着替えさせようとしたけど獣人たちがボクらを怖がるのよね」


「いや、それはこっちで考えるからいいよ。これだけの獣人さんを集めてくれただけでも感謝したい」


「そう」


「ありがとう」



 エティリアとセイはおれたちのことをちゃんと説明してくれたようで、獣人さんたちからは警戒の視線が消え始めている。


 そりゃね、ひどいことをされたらだれだって怖がるよ。



「そうそう、一応警告だけしておくね」


「はい?」


 ペンドルはいつもと同じようにおどけた顔で話しかけてきた。この妖精の小人(ノーム)は大事なことを伝える時に平常の態度で接してくることはもうわかっている。こういう冷静なところはおれも見習わないといけない。



「たぶんね、ラクータのやつらと思うけど、アキラのおっちゃんは監視されているからね。今後の行動は気を付けた方がいいよ」


「そうか……大事な情報をありがとう。気を付けるよ」



 とうとう来ましたか、ラクータのやつらは。予想していたこととは言え、なぜか緊張で背中にいっぱい冷や汗だ。



 これはもう脳内ゲームなんかじゃない、おれはやったこともない命のやり取りである紛争に身を置こうとしている。



 勝ちはないとしても負けることは許されない。やっと身震えが止まったおれは改めて奴隷の獣人さんたちを楽土に連れて行くことを心に決める。


 上村明という男はできなくても、アキラという男がそれを成す。


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